密会と方針
私は、目的の建物の屋上に降り立ち、路地裏を見下ろして目的の一団を見つける。
黒スーツの一団は路地裏を埋め尽くしている。
その中でも一際目を引くのは、綺麗な着物を着付けた髪を結い上げている女性。
着物の色は暖色系で派手な花の絵は決して悪趣味じゃない。寧ろ上品でセンスの良さが滲み出ている。赤い眦は美しく口紅も綺麗な赤だ。よく見ると尖った耳には綺麗な耳飾りがついている。持っている傘は古き良き自然素材で作られたもの、持ち手が曲がっていないのが特徴だ。
「居るのであろう?降りてくるがいいぞ。此度の件で相談に来たのであろう。」
彼女が言った。
隠れていたつもりだったが、どうやら私は気づかれていたようだ。
先に声をかけていただいてありがたい。出て行きやすいというものだ。私は建物から飛び降りる。武器を置くのがマナーだが今回は見逃していただこう。
「お久しぶりです、姐さん。今日は手土産もなく、申し訳ございません。姐さんもお察しの通り、少し急いでおりまして。」
一度礼をして、土産がないことを謝罪する。姐さんは気にしないだろうけど、これは形式上大事というより、こちらはあなた方のことを大切に思っていますよという意思表示だ。
「気にせずとも良い。<夜の蝶>タチバナ。来ることは分かっておった。用意してあるから場所を移そうではないか。」
姐さんは優雅に答えてくれる。笑顔も美しい人だ。
後ろの黒スーツの人たちは微動だにしない。動けば、制裁の対象になったりするのだろうか。
「お気遣いありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます。」
そう言って私たちは移動を始めた。何度も利用したことがある密談するための部屋だ。黒スーツの人たちもついてきてはいるが、密談室には入らないだろう。入り口に幾人か立っているかもしれないが。
「ところで、一人で来るとは、やはりあのバカはサボっておるのか?」
歩きながら姐さんが尋ねてきた。そして彼女がバカという人の心当たりは一人しかいない。
「サボってると言いますか、彼は私に一人で交渉に出向けるようになってほしいそうで、今回は大丈夫だから、と。」
上司の悪口なんて人に言うもんじゃ有りません。
以前言ったら、いつの間にか伝わって、大変な目に遭いました。もう二度と言いません。
「ほう?まぁ、此度の件、妾が協力しない理由がないからの。あやつも部下の教育に力を入れとる、いや、人任せにするためかもしれんが。そういえば、貴様の通称<夜の蝶>だが、貴様の蝶の要素などそのひらひらとした服以外にないだろうに。」
袖で口元を覆い、真面目に働いているのか働いていないのか、と呟きながら私の通称について言及してきた。
「まぁ...そうなんですけど、勘違いしていただくために、放置しています。多くの人が蝶に関わる力だと思うでしょう?」
と困りながらも答えた。言われてみれば、通称って誰が考えているのだか。自分で考えた訳じゃないんですよ?
そんなことを言っていると密談場所に着いた。姐さんは傘を、私は武器を黒スーツの人に預け、見えるところに置いてもらう。
黒と赤のものが多い部屋だが、それらの色の配置が絶妙で美しい。風格があり、緊張感も増す。
大きな円型のテーブルに椅子が三つ配置されていて、机にはワインボトルとワイングラスがそれぞれ3つずつ置かれている。それを一人の黒スーツの人が栓を開け注いでいく。その仕草は一流のホテルマンにも劣らない。
準備を終えると静かに退室して残されたのは私と姐さんと少年の三名のみ。
姐さんが座り、私が座り、少年が座る。
座る順番は必ず守らなければならないというほどではないが、大事にされている。
基本的に上下関係(序列)の上の者から座っていく。もし、同じくらいの場合、明確な上下関係がない場合はホスト側、今回でいえば部屋を用意した姐さん側が後になる。
グラスに注がれた飲み物の透き通った赤は血液を想起させる。
姐さんや少年が飲むのを見て、私は隠し持っていた銀のマドラーを取り出しグラスのものを混ぜた。銀のマドラーにくもりがないことを確認し、マドラーについた液体を肌につけ変化がないことを確認する。マドラーを布で拭き取り、それらをしまう。アルコールは入っていないようだから、飲んでも大丈夫だろうとアタリをつけて飲んだ。
とても美味だ。
本来相手に出されたものは飲まないのが正しいが、私は毒に慣らされており、また、相手も毒を混入する動機もないため、今回は飲んだ。
また、相手の出されたものを飲むのは、相手を信頼していると伝えるのに一番いい方法でもある。
彼らは私の毒のチェックを不快にも思わず、当然のように受け入れ、私が飲んだのを確認すると雑談を再開した。
それから5分もたたないうちに姐さんは口を拭い、空気をガラリと変えた。
「雑談もここまでにして、本題に入ろうか。ここに来た理由は察しがついておるが、念の為、貴様の口から聞いておきたい。」
目を細めチラと此方に目を寄越す。艶やかな赤い唇が美しい。
「承知しました。此度の銃乱射事件、警察はまだ犯人に辿り着いてはいませんが、特諜局は、事件後すぐに犯人を防犯カメラから割り出した際に民間人が手に入れられない銃を持っていたことを確認し、情報錯乱させ警察の犯人逮捕を引き延ばしている状態です。犯人が昼の住人だったことから、完全に証拠は消さずに留め、警察に逮捕させる手筈になっています。ですので、明日くらいには犯人に辿り着くと思います。今回の依頼は銃の出所を調べて潰すことです。銃を漏らした人を其方が制裁し、殺したいならそれで構いません。今回その人物を生きて捕らえることに拘りません。しかし、タイムリミットがあります。故に、速やかな人物の特定及び処理のためご協力を賜りたい。」
丁寧に、必要な情報をまとめて、端的に話す。
「なるほどのぅ。構わぬ。彼奴の身柄を自由にしていいと言うのなら全面的に協力しようではないか。」
にっこりと笑って快諾した。
どうやら納得して協力して頂けるようで助かった。ここと争ってもなんの利もない。
だが、自由にと言うのは少し引っかかる。制裁せず見逃し、野放しにすることも含まれるからだ。
「助かります。ですが、標的の身柄を自由にとはどういうことでしょうか。流石に何もせずに野放しはありませんよね。殺害なら遺体の確認を、その他なら記憶の消去の確認など、此方としても最後まで見届けさせていただきますよ。」
姐さんはそれを聞いて、フッと微笑んだ。この台詞を読んでいたような、そんな笑みだ。
「抜け目が無いのぅ。貴様は弱いものイジメは好かん性格だろうに、見届けられるのかぇ。」
やはり、わざと”自由”なんて言葉を使ったのか。
私を試すために。
なんだかんだ、私のことも気にかけてくれているのだろう。
それに、
「確かに好みませんが、仕事ですので。それに、好かないだけで苦手でもありません。拷問とかも忌避感ありませんし。」
好きなことをするだけで仕事になる人なんてそういるものではない。
そして、好きなことだけやって仕事になる、嫌いな仕事を人に押し付けられるほど、実力があると驕ってなどいない。
ただ、実力なく権力と地位だけ上がれば、面倒で嫌いな仕事と人付き合いが増えるだけだと私は思う。やっぱり、実力あってこそだ。
「甘いと思っておったが杞憂だったか。良かろう。渓、ここまでの調査を此奴にもわかるように説明するのじゃ。」
「承知しました。」
渓と呼ばれた人物は気配を消すことに長けているようで、気を抜いていると、部屋で椅子に座るまで気づかなかったかもしれない。
背丈は低く、小学校高学年くらいの見た目をしている。しかし、声がわりをしていないような少年の声だが、かなり低い。スタンドカラーシャツに短いズボンを履いた表情一つ動かさない彼は、彼女に謙る様子を見せ少し畏れているようにも感じる。
「此方では、銃の乱射が起きた時は特に何も動きませんでした。被害者・加害者ともに昼の住人でしたので我々が出る幕ではないと。しかし、被害者・加害者の確認の際、貴方方と同じく、民間では手に入れることができない銃だということに気づきました。そこで思い出したのが先日のパーティーで耳にした噂です。どうやら、我々が黙認している銃火器密輸業者が顧客から大量キャンセルをくらい困っていたが、急に全て買い取りたいというものが現れて、しかも買取価格が相場の5倍だったらしい、と。その値段は破格でしたので怪しいと思いましたが、そこまで干渉することは我々の方針に反します。彼らは我々の役割に気付いていないようでしたし、ここで知らせるのも悪手かと。彼らが密輸したものについては我々で把握しています。これで十分でしょうか。」
何も見ることなくスラスラと説明した。
彼の言葉遣いは見た目に似合わず丁寧で、反論の余地を残さぬように、必要以上を話さず、相手の想像に任せるように考えられたものだった。
ここから推測できることを少しずつ確かめていかねばならない。
思い込みで行動するのは悪手だ。
「相場の5倍、まるで相場を知らないようですね。初めて取引したのでしょうか。それにしても高すぎます。そこから売り捌くとして、これ以上の値段で売れるのでしょうか。採算が合わない、そう思いませんか。」
意地悪く、ぼったくられた無知を見下しながら、それでいて、暗にそんなに馬鹿じゃないでしょうと別の目的を示唆し唇の端を釣り上げて相手に意見を求める。
失言を取られないように、欲しい答えを相手から引き出そうとする。
それで、教えてくれるほど彼は甘い相手ではない。だが、相手を苛立たせることはできたようだ。
「回りくどいですね。何が言いたいのですか。」
心なしか眉を顰めたように見える。
まるで、仮面が剥げたようだ。此方が彼の本性なのだろう。
だが、私に回りくどいというのは少し納得できない。
「回りくどいのはお互い様でしょう。簡単な話です。昼と夜では相場が天と地ほど異なる。事件が起きた今、貴方が調べていないはずがない、そうでしょう?」
私はある意味彼を信頼している。恐ろしいほどに抜け目がない。
彼を出し抜こうとするなら、かなり綿密な作戦を練らねばならないだろう。
そんな彼が調べていない筈がないのだ。
そう言うと、彼は一息ついた。機嫌も少し直ったようだ。
「肯定します。破格で買い取った者は昼の人間に売り捌いていました。今回の加害者だけではありません。確認されているのは加害者含め13名、その13名は夜と関わりがありませんので、我々に対処しかねますが、破格で買い取った者に関しては、以前から夜への出入りがあったことが確認されています。我々はその者に制裁を加えようと。相場を掻き回したこと、昼に手を出したこと、そう考えると、夜の記憶を消去して出入り禁止なんてことじゃぁ、手緩いと言わざるを得ません。死んでいただきましょう。まぁ、流石に甚振らずにそのまま逝かせますよ。」
無表情なようで何処か陰がありそれがまた彼を引き立たせる。
この貫禄は10歳やそこらのものじゃない。もっと長く生きた、そう感じさせる。
何より、姐さんと同じ人間と少し形の違った耳がそう、物語っている。
恐ろしいヒトだ。
私が彼の報告に納得したような態度を見せると姐さんが言った。
「方針はどうするのじゃ。貴様の仕事はどこまでなんだ。」
所々、ラフなところが目立つのが姐さんだ。
彼女のそういう話し方は、ある程度信頼をおいたものなど、限られたものにしか見せない。
そう思うと少し嬉しかったり、少し恐ろしかったり。
「今回の乱射を行った被疑者の銃の偽装については特諜局が行うそうです。私の仕事は今回の加害者に売りつけた者というか一団の殲滅、壊滅の確認です。この話を聞く限り、密輸業者は目を瞑る、つまり、警察にはそこに気づかせないのが良いと感じましたので、残りの十二名の銃の回収と口封じも必要だと思います。そこに関しては其方が動くのですか。貴方方が動くのか、特諜局に任せるのか、どちらが良いでしょうか。其方が動くなら、確認も私の仕事に含まれます。特諜に任せるのなら、情報を頂きたい。その報告が私の仕事になります。」
言葉を選びながら慎重に話していく。
どちらを選んでも私としても依頼者側としても構わないだろう。そう言った意思を込めて問う。
姐さんはグラスに入っている飲み物をクルクルとまわす。
「そうじゃのぅ。どちらでも妾には関係ないな。どうせ昼の住人、手出しはできまい。面倒なことは御免じゃ。情報を渡そう。しっかりとやるように伝えよ。渓。」
「用意してあります。」
呼びかけると渓さんはそれに応じ、予め仕舞ってあったUSBを私に渡す。用意してあるあたり、こうなることが分かっていたのだろう。
面倒だなというのが顔に出ている。
ただ、肝心なところで無表情をキープするあたり、油断ならない一流なのだ。
「当然だが、一度見たら消える。うまく利用せよ。」
姐さんはニッコリ笑ってご丁寧に注意してくれた。
この業界では意外と当然の証拠隠滅だ。下手すると、物理的にも破壊工作がされているかもしれない。
私は、その情報を受け取った。
「助かります。ありがとうございます。」
私はそれをしまって笑顔で応答する。
これを依頼主まで届けるのも仕事のうちだ。
本来、私が見て確認するべきかもしれないが、確認すれば情報は消える、この状況をそのまま報告してそれを渡すのが正しいだろうと考え、丁寧に扱う。
「はぁ、タチバナも渓もこれで仕事は終わりではないのじゃ。気を抜くでない。標的を捉えにいくぞ。」
終わった雰囲気を出していたら姐さんに怒られてしまった。
私も渓さんも背筋がビクッとなって伸びる。
「はい。」
二人同時に返事をした。
それに満足したように姐さんは笑って支度を始めた。
私たちも立ち上がり支度をする。
武器を取り、身だしなみを整える。
そして、飲みかけのワインとグラスを残して姐さんが扉を開け、それに私と渓さんが続く。扉を開けると黒スーツの人たちが直立不動で待機していた。それをいないものとして姐さんたちは進んでいく。
「標的の名前と人数、今いる場所は?」
歩きながら、姐さんが尋ねる。
「はい。永井陽斗・水島南斗・桜田忠志の三名で今は彼らがここのところ隠れ家にしている南の廃工場です。現在人はおらず、誰かが侵入してくる恐れもありません。近所の住人が散歩に近くを通りかかりますがそれはたいてい午前五時なので問題ないでしょう。尚、彼らは腕が立つと自負しているようでして、近くの不良に暴力を振るい、通りかかった人に暴言を投げつけ、自分らが一番強いと調子に乗っているようです。」
ご丁寧に、彼らの情報を付け加えて説明してくれた。
強いと奢り威張り散らしているそれの意味するところは自分たちより強い存在を知らない無知でめでたい弱者ということだ。説明しながら彼は標的をディスっているのだ。
「ほう。だが、油断だけはするでないぞ。丁度良い、何も使わず目に見える武器だけで叩きのめして心を折ろうではないか。」
名案だとばかりに、姐さんは笑った。
その笑みは恐ろしく、美しい。正面から睨まれたら失神するものも現れるであろう。
「御心のままに。」
「承知しました。」
渓さんと私はそれぞれ応答した。私たちは三人で南の廃工場に向かう。
不敵な笑みを覗かせた三人の恐ろしさを標的はまだ知らない。
<次回> 「勝利の祝杯を」 6月7日投稿予定