子供の悩みは大人より軽いのか
「納得、とは言えないけれど、貴方の説明はわかった。貴方の説明が虚偽なら大変なことだけれど。」
刑事は反抗するのをやめたようだ。現実逃避をして考えるのを放棄しているように見えなくもないが。それならそれで遅効性で崩れ落ちていくだけだろう。
それが直接見られないのは残念極まりない。
「証拠を示せ、と言われたら無理があるかもな。」
事実、物的証拠なんて示せないのだ。そこで刑事が質問してきた。
「その邪霊とやらが他の人をまた殺す可能性はないの?」
そこに気づいてしまったかと思ったが、私はそれを億尾にも出さずに事実を述べる。
「同一邪霊が殺す可能性は限りなく低い。邪霊に対処する手段がない訳じゃない。専門家が向かっている。それに、今回の場合、一家は穴場の祠のようなところによく行っていて、そこにヤバめのモノがあったってことなんだ。だから、そこに行かない限り、問題はないし、今は封鎖してある。更に言えば一度行くくらいじゃ死んだりしないと思う。」
私は淡々と事実だけを述べた。
私は視線を刑事から外して足をブラブラとさせて遊ばせる。刑事は静かに考えているようだ。
「そう。なら貴方の言い分なら別個体の邪霊なら人を殺しうるのね。そこに居た邪霊全て駆除できないの?被害が出てからではもう遅いじゃない!」
思っていたのと異なる反応に私は目を見開き笑いが込み上げてきた。想像と違う反応、だから玩具は面白い!
「ははっ、信じる気になったのかい?じゃぁ聞くけど、殺人起こす前の人間は捕まえられるのかい?」
私の問いに戸惑っているようだ。邪霊をただの駆除対象として見ているのだろう。
「それは…捕まえられない。何もしていない人を捕まえるなんて。自由を奪うことと同じでしょう?」
「それと同じさ。まぁ、存在だけでコッチの害になるなら、片っ端からの駆除も間違っちゃいない。それに自分たちの命を守るために悪い策じゃないだろうね。でも、最初に言った通り、邪霊は人間などの負の感情が形となったもの。つまり、片っ端から駆除しようと、キリがないんだよね。負の感情の抑制なんて不可能だし。言っとくけど、それを駆除できる人も限られていて、絶賛人手不足なのさ。邪霊が見えることが大前提。その上で駆除技術がなければいけない。貴方、周りの人間で邪霊見えるひとに出会ったことあるかい?」
「いや…」
「それだけマイノリティなんだ。邪霊の数から考えて全て駆除できるはずもない。更に、周りに知識のある人がいなければ、勝手に病気と診断されて精神科に一生入院なんて話も珍しくない。」
呆れた事だが。
「だから、被害をもたらした邪霊に対処するので精一杯なのさ。」
邪霊を片っぱしから祓うのはやらないのではなく不可能なのだ。
もう話すことはないと思い切り上げようとした。
「そろそろいいかな?」
「待って!貴方は本当に人を殺していないの?」
この刑事、シツコイ。
「一家を殺したのは私ではない、そう言ったはずだよ。」
「一家の話じゃない。貴方は人を殺したことがないのよね?」
意外だ。
その他で殺人をしていると感じたのか。
私の目や雰囲気からか、悪くない着眼点だ。
しかし、その調子だと何人を疑わなくてはならないのか。
「フッ…。さぁどうだろうね。」
面倒なので誤魔化す。
実際、私はまだ殺したことはない。飽く迄、生捕の仕事や偽装の方が多いためだ。目の前にその状況が来たら、躊躇なく殺す覚悟はできているつもりでいる。そんなに自分に実力があると驕ってはいないのだ。
自分と同格や格上と戦闘を行う場合、殺さず生捕するというのはリスクを上げる行為である。それでも殺さないを貫く人もいるが、それは別の意味で大きな覚悟だ。現状を理解した上でその覚悟を突き通すなら、私も尊敬する。だが、多くの人は殺さないと言いつつ、殺さない覚悟も出来てはいないのだ。殺さない覚悟とただ殺したことがないでは天と地ほど違うと私は思う。
"殺さないのではなくまだ殺していないだけ"
「貴方の事情聴取の言葉は本心に聴こえた。」
思った以上に食い下がる。私が殺していようといまいと、関係ないだろうに。
「私が人を殺した経験があると思った?私だって玄人だ。本心に聴こえさせるように訓練しているのにね。」
当然だ。
あの言葉は本心ではあるし、私の中でアレが答えだ。しかしながら感情が理性を上回ってはいない。全て計算の上で話している。
「生きるほうが地獄って言葉、そこから悩みに至るまで、私を見下しているように聴こえた。私ならそう演技はしない。もっと苦しんだところを強調して言うわ。その方が同情を誘えるもの。」
刑事はそう演技するんだ。胡散臭いだけの演技になるのにな。それで刑事が同情するならそう演技してもよかったかもな。まぁ、悩んでいる人が人を見下す、っていうのは"悩んでいる自分は偉い"って人に多いケースだからコレを選んだわけだけど。
「本当に悩んだことないからそういえるんじゃない?悲劇のヒロインさんかな?」
それでも刑事が望みそうなコトを言ってみる。
「だからこそ、貴方は本当に悩んだことがあるんじゃないの?」
どうやら、相手もそう言われたかったようだ。それに、私の悩みの心配をしてきたぞ。自分の立場を理解していないのが丸わかりだ。笑いが込み上げてくる。本日何回目だか。明日腹筋が筋肉痛になってしまうのでは?だが、いい玩具を見つけたものだ。自慢したいが、持ち帰るわけにいかないのがどうも…。
「ふふっ、アッハッハ!面白いね。だったら何なのさ。」
「年齢、かなり若いでしょ。それなのにそこの警察上層部を適当に扱い、犯人を捏ち上げている。何か、あると思わないほうが変でしょう。さっきの言葉、自殺を検討したともとれるわ。貴方が死んだら悲しむ人がいる。それで自死は無責任じゃないの?」
今度は私の自殺を止めに来た。
一般から見たらこの年齢が中枢で働いているのに違和感を覚えるかもしれないが、この業界ではなんら珍しいことではない。
しかし、最後の自死が無責任、か。
間違ってはいないね。立つ鳥跡を濁さずの精神に反する。
だけど............。
「そう、悲しむ人がいなかったら、いいんだ?」
「悲しむ人はいる筈でしょう?家族は勿論、会ったことある人は貴方が気にも留めていなかったとしても、悲しんでくれることがあるのよ。そう思ってくれることが幸せなのよ?」
............。
今度は人に幸せを押し付けてきた、か。論点がずれている。
「だ・か・ら、いなかったら、いいんだね?それこそが幸せなのね?」
「そうです!だから、自分も人も殺しては…」
「まだ言うんだ?確かに悲しんでくれる人がいるそれは幸せだと思うよ。間違いない。間違いないんだ……。」
私は髪を掻きむしり、唇を噛む。鼻がツンとして涙が出る一歩手前なのが理解できた。涙を我慢して前を向く。
「悩みは解決しないから悩みなんだ。悩んでいることを誇りに思って渦にハマっていく人はいるけど。」
刑事を諭すように言いながら時間を確認する。
「時間だ。貴方は考え直したほうがいい。自分の頭が固いことを自覚して、何が善で何が悪か。今回の邪霊の件じゃないが、見えている部分はほんの一部に過ぎない。警察の情報も、証拠も事実とは限らない。そして知らないほうが幸せなこともある。堅物な刑事さん、なかなか楽しめたよ。」
私は軽く微笑んで刑事を見る。
刑事の足が生まれたての子鹿のように震えているのが見えたが敢えて気づかないふりをした。
「羽月さん、参りましょう。廣瀬、調書その他は纏めた。それを提出しろ。」
河合さんが調書などを準備してくれていたようだ。この様子じゃ刑事に調書を書く余裕がないだろう。
「流石は河合さん、仕事が早いっ!よろしく頼む!」
私は河合さんに返事をして部屋を出た。
刑事がこの後どうなったかは知ったことではない。
ただ、私の淡い期待は外れたようだった。
<次回>「良いことを恵んで」8月1日投稿予定




