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昼と夜の交わり  作者: 泡沫
昼に生きる夜の蝶
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タチバナと要人警護社の日常

 私は人が誰もついてきていないことを確認して、建物に入る。



 その建物に入ってすぐにある地下への入り口は地面に張り付いていて、とてもじゃないが、入る人はいないだろう。私はその蓋を開けて階段を降りた。




 地下には広大な道が広がっている。とは言っても貯水施設のような下水道のようなよくわからないところではあるのだけれど。迷路のようになっていて初めてきた人ではここで迷ってしまうだろうが私はそんなことはない。わかる人にはわかるように、逆に知らない人には何もわからないように案内が書いてある。


 隣に流れる用水路を眺めつつ、目的の場所へ向かう。響き渡る私の靴音以外は何も聞こえない。秘密基地の様相を呈している。実は初めてきたときにかなりテンションが上がった。




 そうして歩くこと半刻、扉を開けると小さな部屋に辿り着く。扉を閉め灯りをつけると、華美ではないが綺麗に整理整頓されたロッカーにクローゼットが見える。初めて見たならば外側と内側の差に驚くことだろう。


 私は扉に鍵を閉めると、薄い灰色のブレザーを脱ぎチェックのネクタイを緩め、丁寧にクローゼットにかけていく。代わりに置いてある白いワイシャツに黒いネクタイ、そして黒いコートらしき上着を羽織る。チェックのスカートも、独特なプリーツの入った膝上スカートに変え、ストッキングを履く。ローファーは踵の高い膝下までのブーツに変える。髪はおろし、ヘッドホンらしき飾りをつけ、コンタクトをつけて化粧を整えた。その頃には、優等生の面影もなく、全くの別人となっていた。


 荷物を取り替え、扉から出る。そこから少し歩いた先にある階段を登り地上に出る。扉はほとんどの場合人通りのない場所に設置されているので、警戒はするもののそこまで気にしなくていいのだ。


 そこから歩いてすぐ、通りに面した駅ビルの3階、そこが私の職場だ。





 「こんにちは。今日の仕事はどうなっていますか。」


 重厚な扉を開けると同時に、挨拶をする。ノッチ・ラペルの襟の縁は紫色で袖は着物のようにひらひらとしている。同じように縁は紫色で飾られていて統一感がある。コートというよりジャケットの生地で膝の少し上までの長い丈でひらひらとしている。動きやすいスカートに、ブーツを履いているその姿は、一般的なようでそうでない不思議な格好だ。しかしそれにもかかわらず、しっくりときているのはデザイナーの腕なんだろう。


 「タチバナさん、今日も大きい仕事はなし、と言いたいところなんですが、どうも避けられないようです。今、話題になっている銃の乱射事件に使われた銃なんですが、どうも夜の方に関わっていそうでして、こちらに依頼が来ています。深夜のあたりにまた聞き込みをお願いします。」



 答えてくれたのは苦労性が滲み出ている事務の伊藤さん。

 彼は四十代でこの会社の事務で一番長く働いている。愛用の手帳がいつもジャケットの内側にしまわれていて、その手帳で全員の予定を管理しているらしい。いつも穏やかで優しい顔をしている。今日も七三分けの髪を整えながら机の下から出てきた。どうやら掃除をしていたらしい。

 この会社での事務は他の会社でのそれと一線を画す。彼は事務と言いながらもこの会社の運営等たくさんのことを一手に引き受けてくれている。

 彼と同じような仕事をしている人があと5人ほどいて、彼らがいないと、正直この会社は成り立たない。だから、実は頭が上がらないのだが、彼らは私たちに丁寧に接してくれる。そんな必要ないと思うけれども、だからといって否定するつもりもないから、そのままにしている。



 オフィスには机と椅子が人数分並べられていて、応接スペースが用意されている。他の会社とあまり変わらないように思えるが、勤務時間内にもかかわらず、人は殆どいない。というか、私と伊藤さん意外誰もいない。

 不自然に鞠や人体標本が置いてあり、お菓子が散乱している。壁や床に大きな紙や黒板が設置されていて書き殴られた跡がある。他にも毒物が置いてあったり、爆弾が置いてあったりもするのだが、いつものことなので完全にスルーされている。苦労性の伊藤さんが散らばったお菓子のゴミを片付けてくれていたりする。優秀な彼に何をさせているのでしょうか。溜息混じりに、困った上司や同僚を思い出す。

 借りているフロアには他にも部屋があって、社長室や給湯室、仮眠室に医療関係の部屋の他にも、サーバーが置いてある部屋だったり、ロッカー室だったり色々あって、他の従業員はいろんな部屋に散らばってゆっくりしている、もとい、サボっている。

 とはいえ、私も学業大事という社の方針により、ここにきても殆どの場合は勉強をしていたりする。たまに、勉強が得意な人が来てくれて教えてくれる。そういうこともあって、私は既に高校三年生の問題を解いている。だから、学校で成績がいいのも当然というものなのだ。


「わかりました。今日は下調べもしますね。風見さんは今日はどこでしょう。」

「もうすぐいらっしゃると思いますよ。」


 さて、各々が好きなように過ごしているこの会社は要人警護社という要人警護を主軸とする所謂、ボディーガードとかSPとかを派遣する会社なのだ。学歴・年齢不問。読み書きができて、実力・能力があれば他は不問。身辺調査はしっかりされるけど、副業も把握できるうちで申告済みなら可能。というなんとも自由な社風。人数は少なく少数精鋭を貫いていて、主要なパーティの要人警護を請け負えば、仕掛けられた爆弾を解除するというレベルのサービスを提供。お蔭様で満足度100%超えているんじゃなかろうか。因みに100%超えとは依頼していない人からも感謝の手紙がたくさん届いていることを指す。しかしながら、この会社は知る人ぞ知るという感じで、通常のルートから依頼をするのは難しい。紹介が一般的で、ほとんどの場合が常連さんからの依頼。


 ここまででも、知る人の少ない、希少な会社と言えるだろうが、それだけではない。当然、要人警護を主軸としている会社だが、実際この仕事の件数は少ない。私たちの仕事のほとんどは、政府からの依頼。事件などの捜査協力など問題を解決するための依頼を受ける。

 今回の銃の乱射事件の調査もこの仕事の一環だ。

 機密を取り扱ったり、限られた人しか見られない情報を見たりするために、ある程度の権限が付与されていて、全員が最低限「準警察権限」を所持しており、拳銃等の武器の携帯や情報の閲覧など様々なことが許されている。



 私の話を少ししようと思う。

 私の本名は月城光橘だが、ここでは橘 (タチバナ) と呼ばれている。理由は、ここでの仕事は家族含め、高校生として生活している私の周りの人たちには知らせていないから、そして月城光橘と橘が別人であると思わせたいからだ。

 意外と危険が多いこの仕事、自分の身を守れても、守りたいものが知られている時、人は弱くなるものだ。それを避けるため、一切の情報を与えないためにも、服装などに気をつけている。下着まで変える徹底ぶりだ。このことは限られた人しか知らないが、ここにいる社員の皆さんは知った上で応援してくださるのでとても感謝している。



 そういうことで今日も仕事に取り掛かります。常識人が少ないこの社、実は報告書を書かない人が多数。事務さんの仕事が増える一因はそれなのだ。しかし、私は数少ない常識人ですので、毎日他の方々の報告書を纏めているのです。


 私が勉強をすることを大事にしてくださっているので、私の仕事は30分ほどで終わり、あとの時間は自習をしている。たまに、仕事の能力を身につけるための訓練をしてくれたりするのだが、今日は相手がいないのでなしだ。とても嬉しい。なぜなら、師匠たちは、めちゃくちゃ厳しく、怖い。恐怖、畏怖の対象である。実力があるし、尊敬もしているが、人間としては、なりたくないなと思う。

 私はダメ上司の面倒をみる星の元に生まれてきたのでしょうか。お世話をみられるような年齢じゃあないと思うのだけれど。


 いつもはこれで終わりだが、今日はいつもの仕事に加えて、下調べをします。と思ったら、話題のダメ上司がやってきた。


 「タチバナちゃんいる〜?」

 「はい。件の銃乱射についてでしょうか。」


 この人はいつも軽い。軽すぎる。風に吹かれて飛んでいって仕舞えばいいのに。風見さんは私の師匠でもある。立場としては同じなのだが、先輩だし、上司と言っても差し支えないだろう。そもそもこの会社は社長と事務と私たちのような依頼解決をする社員にしか別れてないので部長とか係長とかそういうのもなく立場は一緒ということになっている。

 風見さんは作戦立案がとてもうまくて、交渉とかもなんなくこなしてしまう。だから、今回の聞き込みも一緒に行くと思うのだが。


「スグに仕事の話なんて、真面目すぎるんじゃない?それはともかく、今回はひとりで行っておいで。今回の一件に関しては向こうさんも隠しだてしないだろうし。そろそろ、一人で行ってみる経験も必要だろう。当然、失敗は許さないよ。」


 はぁ?この人何言ってんだろ?

 まぁ、無理な仕事は割り振らないだろうし、彼がいうのならそうなんだろうが。

 私のために言っているのだろうけど、なんとも胡散臭いというか、サボりたいだけのように感じる。


 「私一人で、ですか?経験って、一人で仕事したことないわけじゃないんですよ?でも、承知しました。では今回は交渉には私が行きますね。アポイントってとってありますか、もしくは誰が何時居るとか分かりませんかねぇ。」


 サボりたいのでは?なんて聞けるはずもなく、この人が言うなら引き受けるしかないのだ。


 「あぁ。私以外がアソコの交渉に赴けないのは問題だからね。慣れてもらいたいんだ。タチバナちゃんがちゃんと組織の中の幹部クラスと対等に色々とできるようにね。私としても、サポートできないのは心苦しいんだよ。君なら大丈夫だと思ったのさ。今回はアポイントとっていないが、姐さんが調査をしているらしくてね。行けば会えると思うよ。」


 わざとらしい演技です。一緒に行ってあげられなくて残念と打ちひしがれる演技は白々しすぎてなんとも。仕事中の上手な演技からは考えられない適当すぎる演技。


 「そんな適当な。私じゃ、アポイントなんて取れないんですよ。まぁ、頑張ります。いつもの路地裏に張っておきます。」

 「うん、そうするといいよ。まぁ、理想は行くであろう場所を予想して辿り着くことだがね。まだまだということだな。修行量増やそっか?」


 ゾッとした。

 そんな恐ろしいこととてもじゃないが...。まあ、拒否なんてないので黙秘を貫きましょう。その間に上司は去っていってしまいました。投げやりすぎです。酷い。そんなこと言えたもんじゃないけれど。


 今日は仕事が立て込んでいるが、いつもの仕事を30分ほどで、その後銃乱射事件の資料を30分ほど読み込んで、そのあとは自分の勉強をすることにした。


 ついでに家に連絡し、今日はホテルに泊まる旨を伝えた。


 私はダミーとして、ホテルと提携してな様々なことをインターネットを通じて提供するビジネスをやっている。その仕事柄、ホテルの人と会って会議をし、ホテルに泊まるということはよくある。そして、その詳しい内容は私も親もよく知らないので、誤魔化す手段としては最適なのだ。

 このビジネスは私が働いていることの隠れ蓑として、とある筋から提供されているものなので、安心して言い訳に使えるのだ。


 そして今日実際にはこの会社の寮に泊まることになる。私のために一部屋提供されていて、いつでも使えるようになっているのだ。今日のように夜に案件を片付けなければならない場合、一時的に帰るととても面倒臭いし時間を浪費することになるので、ありがたく利用させてもらっている。



しばらくして、仕事を上がらせてもらってから、社員寮へ向かい、ご飯を食べて、仮眠をとる。


<次回> 「深夜の街」 6月4日投稿予定

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