少年の罪悪
---容疑者 荒井寛之 事情聴取---
「はじめまして。刑事の廣瀬といいます。今日はお話を聴かせてもらいますね。まず、名前を教えてもらえますか。」
私は緊張させないように目の前の少年に向かって話しかけた。
下を向いていた少年が前を向いた。
「丁寧ですね。もっと乱雑かと思っていました。名前は荒井寛之です。」
声変わり前の高い声で質問に答えた。
だが、事前の調査によると彼は対人恐怖症だ。対人恐怖症にしては人見知りしなさすぎなのではないだろうか。なにより、冷静で、淡々としている。
だが、好都合だ。
「ちゃんとお話できそうですね。今回ここに来て貰ったのは、一家殺害事件の容疑者にあなたが挙がっているからです。公園に凶器を隠したところを確認していますし、その凶器からあなたの家の手袋の穴と同じ形、同じ生地の布が見つかっています。このように証拠があがっているので、ここにきてお話を聞くことになりました。」
少年にもわかるように写真を見せながらゆっくりと証拠を見せていく。
少年は興味津々といった感じで写真に見入っている。
「この凶器と手袋、そして目撃された公園での行動、心当たりありますか。」
少年が証拠を見終わったであろうことを確認して、尋ねた。少年は一度頷いてから、答える。
「そうですね、どれも自分だと思います。それで、僕がその一家を殺したとして、何が聞きたいんですか。」
少年は私を試すような目で見た。それを見て、私は対人恐怖症なんて嘘だと悟った。確信犯だ、と。
「悪いと思っていないみたいですね。聞きたいのは殺人の動機です。」
私が怒ったのを確認すると、彼はこれまでの態度を一変させた。
「悪いとは思ってないよ。動機も特にないし。強いていえば、優秀だったからムカついた、とか?」
少年は悪びれず平然として言った。発言の前に、動機など忘れたように右上を向いて思い出そうともしていた。
腹立たしい。
なぜそんな理由で人を殺したのか。
何故優秀な人が、
努力した人が、
殺されなければならない?
そして努力もしてない奴がのうのうと生きてる。
「そんな理由で人を殺したの?人の命を何だと思っているの?」
冷静さを失ってはならないと心を落ち着けつつ、反省を促した。苛立ちを隠しきれずに眉間に皺が寄っていることを自覚した。
きっと少年もどこかで悪いと思っているはず。
自分だって殺されたら嫌だろう。
家族を殺されたら悲しむだろう。
「そんな理由でと言うけど、どんな理由でも人殺しは人殺しでしょ。人の命については何とも思ってない、が正しいかな?逆に聞くけど、なんで君は人を殺してはいけないと思うのさ。」
唖然とした。
確かにどんな理由だろうと人殺しだ。
それでもそんな理由で、理由も特にないのにと思いたくなる。
更に、人の命をなんとも思ってないだって?
そんなのあり得るわけない。
狂ってる。
この少年は狂っている。
それでも少年のどこかに、罪悪感があれば…。
「人を殺すのは悪いことだからです。」
単純に人を殺すのが悪いことだと思っていないようだ。
それについて説明すれば、と丁寧に分かるようにはっきりと伝える。
「理由になっていないよ。なんで悪いことなの。というか、じゃあ善いことってなに?」
少年の目は明らかに失望したような目だ。
別の答えが欲しいようだ。
こういうタイプは教えれば納得する。
とはいえ、
何故「人を殺すのは悪いこと」なんていう簡単なことを理解できないの?
ここまで頭が悪い子がいるなんて驚きだ。
「それは、人には未来があるんです。殺された人は、今だって生きて自分の人生を歩めたんです。その未来をあなたは潰したんですよ。」
丁寧に少年に少年のしたことの悪さが伝わるように説明した。
少年は理解能力が低いようだ。
だったら、丁寧に、幼児にでも語りかけるように、簡単な言葉で伝えようと心がける。
「人の未来を潰すから悪なんだ。でも、そのあった筈の未来って僕には関係ないよね。」
僕には関係がない、
その言葉に苛立った。
まだ自分のしたことが分かっていないのだ。
「自分だって殺されたら嫌でしょう。やりたいことだってあるでしょう。」
誰だって死にたくはないはず、その言葉は少年にだって伝わるはず。
そう思った故の言葉だった。
「じゃぁ僕が、僕が殺されてもいいんだったら、殺してもいいの?」
首を傾げると少年の髪が揺れた。
私は想定外の台詞に驚き、また納得もした。
自分を大切にできない、
自分の価値を理解できないから、
人を殺すことの劣悪さが理解できないのだと。
そういう、可哀想な子なのだと。
犯罪者ではあるが、哀れな子だ。
今ここで、正さなければ、再犯の可能性がある。
「自分の命も限りある一つの命です。生きたくても生きられない人がたくさんいるんです。そんなこと死んだ人に失礼でしょう。あなたには未来があるんです。」
自分の未来に希望を持ってそれを大事にする。
死んでもいいなんて死んだ人への冒涜だ。
少年はぱっちりと瞬きをした。
「それって、君のエゴだよね?生きていく方が地獄だとしたら、地獄だろうと生きろと?」
誰だって未来が大切でしょう?
それをエゴ?
生きていく方が地獄?
それは病気とか?
それでも最後まで戦い抜くことに意味があるはず。
でもこの少年は深刻な病を抱えているようには見えない。
学校には行っていないと言うことだけれど…
イジメとか?
それとも劣等感?
どちらにしても、相談なり、自分で努力を重ねれば解決する問題だ。
それで生きているのが地獄とは舐めた話だ。
当人には辛いかもしれないが、大人になればもっと辛いことは沢山ある。
だが、それをそのまま言うのは逆効果だ。
だから、まずは少年を励まして希望を持たせなければ。
「生きていれば何とかなるんです。」
言葉を選んだつもりだけれど、簡単すぎただろうか。
でも生きていればなんとかなる。
沢山時間はあるのだから。
「何とかならなくても?」
少年は首を傾げて低い声で言った。
自嘲するような諦めているような表情をした。
命を今すぐ捨てようとする少年に怒りを覚える。
少年の少年らしからぬ歳不相応な翳りを持つ表情に激昂する。
「何とかならないと何故決めつけるの?相談するとか沢山方法はあるのよ?」
「君こそ何で何とかなると決めつけているのさ。死にたくても死ねない人がいるのに、失礼じゃないの?」
私の言葉が終わらぬうちに被せるようにして少年が反論する。
そして私の「生きたくても生きられない人がいるのに失礼」という言葉に被せるように言葉を返してきた。
好き勝手言うけれど、生きると死ぬを入れ替えたらいいってもんじゃない。
私の怒りは止まる事を知らない。
知らないが、何とかなると決めつけていたのは確かで少し言葉に詰まる。
「それは、誰かに悩みを打ち明けて、相談して、解決方法を探れば!」
言葉に詰まったものの思いついたことを並べる。
私が慌てて考えているにも関わらずその言葉が想定通りかのように飄々としている少年を見て怒りは再燃する。
「それで全ての悩みが解決できる、と。傲慢だね。解決できる程度の悩みしか持っていないと見下しているのか。」
凄みを持った顔で少年は私を見下す。
「そんなことはっ!」
失望したかのような目線に私は失望されたくないという本能に導かれ、考えるより先に言葉が口をついて出た。
「じゃあ何で?命の価値が皆等しい訳ないでしょう。」
少年は先程の失望した目線を止めて、首をかしげた。目を細めて声を低くする。
私は命の価値が等しくないと言う言葉に反応する。
命の価値に差があってたまるか。
なぜなら皆ただ一つしか持たない尊いモノそれが命なのだ。
「誰もがたった一つしか持たない…」
「人間は命を奪わなきゃ生きれない生き物だよ。」
少年は私が言い終える前に無表情でそう言った。
私は思わず固まる。
「何を言って…」
「肉だって沢山食べてるでしょ?菜食主義だって、植物殺してるじゃない。」
少し馬鹿にしたように笑いながら言う少年は殺すために生かし育てるって残酷だよねと補足した。
そこで私は反論を思いつき口にする。
「そうだけど、同じ人間を殺すのは…」
そう、命を奪わなければ生きられないというのは動植物の話だ。
今しているのは人間の話なのだ。
しかし、その反応すらも予想通りと口角を上げて、またも言い切る前に言われてしまう。
「話が別だって?一緒だよ。コオロギは共食いをする、生き物は伴侶をかけて殺し合う、人間だって同じさ。戦争時は敵兵を殺すのが善だったんだよ。今更何を言っているの?」
「コオロギと人間は違うでしょう!」
人間を昆虫なんかと同じと言われていい気分がする筈もない。
戦争はそもそも話が別だ。
戦争こそ悪なのだ。
「一緒だよ。何が違うっていうの。人間は特別だとでも?驕りすぎだよ。」
少年は脚を組み椅子の背もたれに肘を掛けふんぞり返って反対の手を私に向ける。
人間は他の種とは違う、
理性のある自分たちは、他の生物とは全くの別物だ。
少年の台詞は意味不明でしかない。
人間は特別なんだから。
この点に於いて少年と言い争っても仕方がないと思い、核心をつくことにした。
「っっ!じゃあ、あなたは、あなたは人を殺していいと思っているの!」
少年ははぐらかすようにのらりくらりと体をくねらせながら応える。
「まぁ、良いというか、悪いというか。強いて言えば、法律で定められているから殺しちゃいけない、かな?」
少年のはっきりしない言い分にイライラするが、それを抑えてはっきりさせるために問い直す。
「法律で定められていなければいいと?」
「はい。人を殺さないって法律は、恐らくは文明文化を発展させるためだろう。多くの生き物は自分の命を守ることに生涯の多くを費やしている。そんなことでは、文明文化の発展に力を向けられないだろう?」
今度は即答した。
しかし私は驚きを禁じ得ない。
道徳でも倫理でもないただただ合理的な手段として殺人を禁じたとこの少年は言っているのだ。
信じられないという方が正しいだろうか。
「発展するために人を殺すのを禁じた、と?」
反芻するように問い直す。
「そう。安全を保障すれば、別のところに目がいく。自分の命が脅かされての発展というのもあるだろうけど、そしたら文化は花開かないと思うよ。理解した?」
「………。」
何も言えない。
余りにも荒唐無稽すぎる。
「その様子だと反論はなさそうだね。聞きたいことは終わった?そもそも、罪悪感から事実を話してもらうのって本人が罪悪感を抱いていなければ全く意味をなさないし、逆に反論されちゃったら、もうどうしようもないんじゃない?」
私を馬鹿にするように話す。
そもそも私の方針も分かった上でのこの会話だったようだ。
その時、取調室の扉がノックされた。
<次回>「真実と向き合う覚悟」7月21日投稿予定




