意地が悪い上司
私は再び警護社のオフィスに戻った。
まだ明かりがついているなんて珍しい。普段は誰も残っていない時間帯だ。誰かが残っているのか、それとも電気を消し忘れているのか。
オフィスの扉を開けると、そこにいるのは伊藤さんと風見さんだった。伊藤さんはともかく風見さんは私を見捨てて帰って寝ていると思っていたので意外だ。というか、不思議でならない。
「どうしたのタチバナちゃん?なんか驚いているみたいだけど。」
風見さんは私に尋ねた。口角は上がっているが目は笑っていない。背筋が凍るような冷気を漂わせるその様は完全に私の心を読んでいるようで恐ろしい。
「驚いていませんよ。気のせいじゃないですか。」
恐怖で震える自分を抑え込みなんでもないように彼に応じる。彼の癖毛を後ろから点される明かりが縁取っていて、彼の顔は影になっている。黒いシャツも高そうなジャケットも恐怖を煽る材料でしかない。恐るなという方が無茶な話であろう。私は風見さんに完全に恐怖を叩き込まれてしまっていた。
「ほんとうに?」
目を細めた風見さんが近づいてきて腰をかがめて私に目線を合わせてきた。凄く距離が近くて怖さが割増だ。少女漫画などでよくお見かけするドキッなんてない。違う意味で動悸が速くなる。
「っほ、ホント、で、す…。」
冷や汗ダラダラのなかなんでもないを突き通す。よくやったと自分を褒めてやりたい。
尚、目の端で伊藤さんが苦笑いしているのが見えた。目を合わせようとしたら目を背けられた。助けは期待できない。
ガタガタと震えながら風見さんの出方を待つ。私の顔は真っ青だっただろう。
「ふぅん。そっか。それなら今日はそれで構わないよ。」
目を更に細めて私の耳元に口を寄せて囁き、耳の後ろをそっとなぞられた。それで許してもらえたのかは分からないが兎に角なんとかなったようで何よりだ。しかし、其れによって私が腰を抜かしたことは誰にも責められないと思う。
風見さんは腰を抜かして立てなくなっている私にしゃがんで目線を合わせて「で、報告は?」と聞いてきたけど、報告が遅れたのは貴方のせいだと思う。ジトっとした目線を向けるも気づかないふりをして見つめ返された。また何かされないだけマシだと思って、腰を抜かしながら報告を始めた。
「依頼は終わりました。しかし、この事件の裏に何かがいてその目的はまだ達されていないということで後日対策を立てることになりました。会談とかがあるかもしれません。」
氷室さんに話した時よりもざっくりと大まかに、どうせ自分が報告書を書くのだから、裏にいる誰かの対策を立てるという重要なことだけ伝えた。
(やはり、裏があったか。だが、今回は少々、嫌な予感がする。)
風見さんは少し考えるような仕草を見せた。
彼の考えはわからない。
「今日はもう終わりにしようか。もう日も昇る、寮に戻って休むといいよ。」
風見さんは立ち上がってそう言った。
しかし、報告書はどうするのだろうか。
風見さんはいつも書いていないし、何より、その分を私に回しているからそんな無責任なこと言えるんだろうけど、そう思って伊藤さんを見た。
「報告書もまた今度で構いませんよ。一週間以内に出して頂ければ問題ありません。」
伊藤さんも微笑んで許可してくれた。
それならやらなければいけないことはない、か?
余りに簡単に許可が出てしまって唖然として固まっていると風見さんが恐ろしいことを口にした。
「おや。まだ動けないのかい?それとも抱いて運んで欲しいのかなぁ?それなら私が運ぶよ〜。」
その言葉に意識を引き戻され、私はすぐに立ち上がり、近づいてくる風見さんから急いで距離を取った。
「では、今日はこれで上がります。失礼しました。」
入り口で一礼して走り去った。
「残念だなぁ。」という風見さんの声が背後で聞こえた気がするが、気のせいだと思うことにした。
<次回>「風見の意図」6月21日投稿予定




