友人に思いを馳せて
内閣府の建物の裏に掃除業者が入るための入り口があり、そこを通り抜けると二つの倉庫がある。
そのうちの一つを開けてもとそこに倉庫などなく、そこにあるのは立派で広い部屋だ。
そここそが内閣府非公式組織『特殊夜間諜報情報局』の本部だ。
一般的なオフィスのような机の並びで、それぞれの机にはパソコンが置かれている。大きなシュレッダーが何台も並び、それに対してたった一つしかないプリンターが申し訳なく置かれている。ゴミ箱にはインスタントや栄養ドリンクなどの不健康そうな食べ物の残骸が、水場には栄養剤が大量に備え付けてある。大きな冷蔵庫も台所も、当然、机の上も綺麗に整えられていた。窓はなく、空気清浄機とエアコンがあって、ドアも、鋼鉄製のものが三つしかない。
もう明け方だというのにそこには数人、働いている人がいた。
その中の一人氷室息吹は大量の情報と睨めっこしている。机の上には大量の栄養ドリンクの空き瓶が並べられていて、不健康な生活が手にとるようにわかる。七三分けの黒髪は崩れ、ネクタイが緩められているが、細長い丸眼鏡にジャケットと堅苦しい格好をやめる気はないらしい。
その部屋に客が現れるも、氷室は気付かない。
その客はそれに呆れたように溜め息をつき彼が座る机に近づいた。周りの職員は気づいていただろうが、その客を咎めることはない。彼女は見知った相手で、彼女が来るのは予定通りであり、何より害を成すなどありえない存在だからだ。ただし、本当に気づいていない可能性も完全には否定できない。
彼女は氷室の机をノックする。
「氷室さん?タチバナです。仕事の報告に参りました。」
客は氷室の顔を覗き込むように声を掛けた。虚な目で相手の顔を見る。しばらく目を瞬いて、ピントを合わせてから、やっと気づいて氷室は顔を上げた。
「ご苦労様です。これで頭の痛い案件が少しでも減ると思うとこの報告が天の声かと思いますよ。」
話し方も真面目で堅苦しい彼は、徹夜テンションそのまま彼女に話しかけた。本来、天の声なんて言うような性格じゃない。
「また、無理なされているのですか?あぁ、因みに、氷室さんが天の声と評すこちらの報告ですが、残念なことに仕事を増やすことになりそうですよ。」
少し心配するように、半分はトボけながら、橘は彼に応える。しかしその心配そうな顔には自分に仕事を回すなという考えがはっきり透けて見える。
「はぁ。何故こんなにも忙しいのか。そろそろ私も家に帰りたいのです。」
疲れている彼は愚痴を言い始めた。と同時に、お前ももっと協力しろ、という視線を送った。しかし、橘は淡々と切り捨てるように報告を始めた。
「その話はまた今度。残念ながら氷室さんの愚痴を聞きにきたのではないので。依頼された仕事は終わらせてきました。彼らから頂いてきた情報です。当然一度見たら消滅するように細工されているようですので私は見ていません。標的については死亡を確認してきました。後始末は彼方に任せました。」
橘は情報を手渡しながら説明をした。氷室も真面目な顔になって聞いている。
「そう。それで?私の頭痛の種を増やすという報告はなんですか?」
情報端子を手で弄びながら視線を向けて、報告を促す。
「はい。その標的ですが、想定以上に弱く、頭も悪かったので、私含め違和感を感じまして。その程度のヤツが全ての計画を思いつくとは思えなかったのです。そもそも密輸業者から買い取る時点でいくらなんでも五倍で買い上げる必要なんてなかったでしょう。独占して売ってもらうためだとしても目立ち過ぎます。」
橘は自分が感じた違和感を並べていく。
「成る程、裏に誰かが居れば矛盾がない、ということですか。実際、昼に被害を及ぼすと同時に私たちの対応を見ていたのかもしれません。寧ろ、捕まえさせることが目的とするならば…はぁ、面倒な話です。」
机の上で氷室は頭を抱え、髪を掻き回した。黒髪の七三分けが解けて前に降りたことで少し顔つきが幼く見える。
「私たちもそれを警戒しました。彼らに何かが仕掛けられていて私たちの情報が抜かれるのは面白くありません。私たちの中にそういった呪いの類の専門家はいませんでしたから。その呪いの存在こそ知れど、呪いが掛けられているかどうかなんて判別できません。そこで、氷室さんもご存知の左京さんが彼等の持つ情報を確かめ、有力な情報がないことを確認してから殺して、私が冥界に連れていきました。得られた情報は彼等が出会った場所のみです。彼等に接触したのは酒場です。BAR HIKUDANOBABAというところだそうで、恐らく十分な情報がないのも酔っているときに扇動したからだと推測します。」
「とすると、詳細には指示をしていない可能性が高いですね。もっと色々なところで犯罪を扇動しているかもしれない。情報を此方に徹底的に流さないようにしている、これは大きな目的に繋がっている可能性が高いですね。近いうちに対策を立てましょう。警護社の方にも伝えておいてくださいね。」
「承知しております。」
この二人の話し合いで近いうちに対策が立てられることが決まった。
氷室は働きたくないといいながらも仕事は早く、ちゃんとしている。この話に聞き耳を立てていた部下たちがすぐに対策のための準備に移っている。ここは優秀で真面目な人たちの集団なのだ。
「これで報告は全てですね。君はもう帰りなさい。明日も学校があるのでしょう。働かせている方が言うのもナンセンスですが心身を休めてください。学業は大切です。それにこれから大きなヤマがあるかもしれません。何が起こるか分からないのですから、自分が大事なものは大事にして、今のうちに楽しんでおきなさい。」
氷室は眼鏡を取ってリラックスしながら橘に言った。
「氷室さんに言われるとは思いませんでした。"若いうちに色々やっておきなさい"っていってる何処かのおじさんかおばさんみたいですけど何歳ですか?ふぅ。ですが、お気遣いありがとうございます。あと、氷室さんも、休めないほど仕事があるのは重々承知していますが、身体には気をつけてください。」
橘は柔らかく微笑んで挨拶をした。彼女はそのまま出口に向かって歩き、近くにいる局員にも挨拶をして、お邪魔しましたと出ていった。局員は少し笑顔を溢したり、手を振ったりしてから仕事に戻った。
暫くして、氷室の仕事がひと段落した。彼は橘の報告を纏め、次の対策をざっくり考えてそれも記した。氷室は立ち上がり、固まり切った体を背伸びをして伸ばす。深呼吸をしてリラックスしてから、橘が出て行ったドアとは別の扉から部屋を出た。
廊下には人は居らず、警備員がいる場所に近づかないように道を選択しながら、階段にたどり着く。階段を少し上って、先ほどいた場所とはまた別の掃除用具倉庫に入った。
オフィスの休憩所、喫煙所のような場所で、自動販売機と脚の長い机、ゴミ箱と、ブラインドがかけられた窓が数枚ある。尚、喫煙は禁止である。
氷室は、そこに備え付けられていた自動販売機で缶コーヒーを買い、ブラインドを指で下げてその隙間から外を眺める。
そろそろ日も上ってくる時間帯だ。街の光を見ながら氷室はなかなか会うことのない懐かしい友人のことを思った。
(君の部下は頼れる戦力になりそうです。君の部下なのに君には似ないで真面目な子に成長して歓迎ですよ。しかし、今度のヤマは大きくなりそうです。うまくいくといいですが…ねぇ風見君。)
今となっては立場が異なるとても親しかった友人を思って、氷室は少し微笑んだ。
<次回>「意地が悪い上司」6月20日投稿予定




