邂逅列車⑨
とりあえず、こっちも車を出して、近くにあったコンビニの駐車場に車を停める。
都内だと、コンビニ寄ろうにも駐車場なしってのが当たり前だから、車だと色々苦労をするのだけど、ここらのコンビニは駐車場併設しないと商売にならない。
環八から西は都内とは別世界……なんて言われてるのだけど、それは間違ってない。
20号や246を走ってると、環八超えた辺りから、街灯も減って、コンビニも駐車場併設になっていく。
なんでも、タクシーなんかも都内は流しを拾うのが当たり前だけど、環八から西になると、タクシーは駅前で拾うか、電話して呼ぶものになるらしい。
この辺は、地方と一緒……まぁ、東京都民ではあるのだけど、まるっきり別世界とかよく言われる。
まぁ、冷やかしで駐車場に居座るのも申し訳ないので、コンビニで缶コーヒーとタバコ……キャメルライトを買って、そのまま居座ることにした。
さっきの派出所から100mも離れてないけど、コンビニの駐車場で仮眠したり、時間つぶしてるなんて、別に珍しくもない。
他に止まってる車も運転手寝てたり、似たようなもの。
まずは、灰峰姉さんへ連絡……相変わらず不通。
一回だけ、圏外アナウンスにならずに無音でツーツー音になったんだけど、それっきりだった。
……次にアーミーの部屋電をコール。
こっちは割とソッコー出てくれた。
公衆電話で北海道とかにかけたら、テレカがものすごい勢いで減っていくけど、携帯はどこにかけても一緒だから、そこら辺は気にしない。
「……も、もしもひぃっ!」
上ずったような女の子の声。
第一声で思いっきり噛んだけど、声は可愛い。
まぁ、顔も知らないけど、勝手にセーラー服姿の女子高生とか想像してみる。
「……俺、ミノムシだけど、君アーミー?」
「は、はいっ! シバタアユミ……じゃなくて、アーミー! うわうわっ、考えてみたら男の人と電話とか何気に初めてだし、超緊張するんだけどっ!」
……シバタアユミって……今、思いっきり本名口走らなかった?
まぁ、ここは聞かなかったことにしよう。
「何を今更……ICQでしょっちゅうやり取りしてんじゃん。まぁ、女子高生とゆっくりと話するってのも悪くないけど。それはまた後ほどってことで頼むわ」
「それもそっか……。けど、また電話してくれるの? なんか、声かっこいいし、ガッつかない感じが大人の余裕って感じで、いいねっ! ねぇっ! 今度、顔写真とか送ってよ! クラスの奴らに自慢できるし!」
……女子校ってのは、男と縁があるってだけで、それなりのステイタスになるんだとか……。
最近は会ってないけど、お仲間の元女子高生が言ってた。
「まぁ、それは後にしようか。今は……現地の厚木駅の近くのコンビニにいる。まぁ、ちょっと駅前で車停めて、ウロウロしてたら、軽く警察に職質されたんだけど、興味深い情報も入手できたから、その報告。そっちも何か解ったこととかあるかい?」
「職質って……君! なにやってんのよ! へ、平気だったの?」
「まぁ、俺……警察慣れしてるし、職質の相手するのも慣れてるからね。話さなかったっけ? 俺、新聞屋だから、年中深夜の住宅街とかウロウロしてるから、職質なんて、しょっちゅう食らってるのだよ。交通課の奴らはムカつくけど、交番に居たり、パトカーや原チャで街中パトロールしてる連中は話も解るし、割といい人たちなんだよ」
ちなみに、駐禁の切符切ってたりする交通課と、交番にいるお巡りさんの所属する警ら課ってのは、どこもめちゃくちゃ仲が悪いらしい。
理由は簡単で、交通課が気軽に駐禁とかで切符切って、市民から要らない恨み買うと、警ら課の人達も同類視されて、交番にやって来て文句言われたりするから……なんだとか。
なお、交通課は夜勤もないし、捕物なんてまず縁がないから、別に身体張ったりもしない。
白バイなんかも雨降ったらお休みになったりするらしい。
たまに、深夜に飲酒取締りとかやってるようなのは、点数ノルマが足りてないから、渋々やってる……言わば罰ゲームみたいなもんらしい。
同じ制服着てるってだけで同類視されて、筋違いの文句言われる身にもなれってのが、警ら課の人達の言い分……この辺は、たまたま仕事車のナンバー灯が切れてたせいで、パトカーに追い回された挙げ句に職質されて、整備不良で切符切るの? って言ったら、そんな愚痴みたいな言い訳が返ってきたから知ってる。
「……職質慣れって、それシレッと言うことじゃないと思うよ……。で、何が解ったの?」
「ああ、どうも一年くらい前に似たような事件があったらしい。新聞にも載ったって言ってたね。状況は今回の姉さんのケースとよく似てる。やっぱり、橋本で終電終わってる時間にこれから終電で厚木まで行くって連絡を最後に行方不明になった人が居たらしい」
「……良くそんな情報、警察から引き出せたね。……新聞に載ってて、一年前か。さすがにこれは、ネットじゃ無理かな。新聞社に直接聞けば解るだろうけど……これ、裏取りするとなるとお昼近くになるかなぁ」
「まぁ、警察が一般市民に嘘を教えるとは思えないしね。なんでも、その警官によると、今夜はその事件のあった日と雰囲気が似てるんだとか。確かに、今夜は新月で妙に闇が深い……こう言うときって、確かに妙な事が起きるんだよ」
なんと言うか、妙に静かだったり、闇が濃いような気がするとか、その程度なんだけど。
姉さんもそう言う夜は、境界が緩くなるって話をしてた。
新月の夜は、星明かりしか無いから実際、やたら暗いのだけど、満月の夜にも似たような状況になる事があるんだとか。
ちなみに、新月と満月の夜は、大潮でもあり、大潮の日は釣れるってのが相場なので、土日と重なってると高確率で姉さんから、釣り行こうよコールが来る。
まぁ、いつぞやは、海自体がエライことになってて、デンジャラスな事になったんだがね。
「うわっ、怖いこと言わないでよ……。闇が深い……ね。確かに言われてみれば、そんな夜ってあるね。ちなみに、札幌は雪降ってるから、外は真っ白……外行ったら軽く死ねるよ……別の意味で怖い。気温は軽くマイナス10度は行ってると思うよ」
「そうか……車のウォッシャーとか使うと凍ったり、雑草の葉っぱが凍るレベルだな……それ」
「よく知ってるね……。東京都民だって、聞いてたのに……。東京って氷点下10度切ったりするの?」
「さすがに、そこまで冷え込まないけど。富士五湖辺り行けば、それ位寒くなるよ。ちなみに、氷点下でアイス食うといつまで経っても溶けないし、身体の芯から冷えて辛い……」
「冬アイスは暖房の効いた家の中でコタツで温まりながら食べるに限りますなぁ……って、話逸れてるよ?」
言われてみて、気付いた。
何気に、初めてリアルで会話するんだけど、ものすごーく前からの知り合いみたいな感じがしてならない。
……なんとも奇妙な感覚ではある。
「悪い……つい。それはともかく、どうもその警官、その事件に関わってたみたいで、それもあって随分と親身になってくれてね。多分、本来教えるべきでない情報を教えてくれた……どうも、そんな感じだった」
「うへぇ……。警官って皆、親切そうに見えて、基本人を疑ってかかるような仕事なのに、よくそんな話してくれたね。それと姉さんから連絡はあった?」
「無いな……。一応、アーミーに連絡する前に電話したんだけど、音信不通……一瞬繋がったような感じもしたんだけどな」
「あれ? それって繋がりかけたんじゃ……。ねぇ! 携帯ってキャッチホンとか付いてるの?」
「知らない……。なんか色々オプションの説明されたけど、通話とメール出来ればいいって断った」
「駄目じゃん! 今すぐ、電話切って、待つ!」
言われてみれば、そうだった。
女子高生と呑気に話してる場合じゃなかった。
「そ、そうだな……。じゃ、また後でかけなおす……」
「あ、ちょっと待った! そっちって、今電車走ってる?」
言われて、前を見ると思いっきり線路沿いだった。
けど、何も見えないし、窓を開けても静かなもの。
コンビニの駐車場からは、葬儀場っぽいのを挟んで向こう側が線路。
エンジンを切っても、遠くを走る自動車の音しか聞こえない。
でも……なんだろう? 何か大きなものが通ってるような気配だけがする。
なんだ……これは?
「……何も音はしないし、何も見えないな。けど、何かがデカいのが通っていったな」
……確かに、今夜は闇が濃い。
葬儀場の雰囲気も良くない。
うっすらガスってるから、余計に不気味な雰囲気を醸し出している。
「こっちには、電車の音が聞こえてたんだけど、ガタンガタンって……。もう一度聞くけど、何も見えなかったの?」
心なしかアーミーの声も震えている。
お互いの認識が違うと気付いた瞬間ってのは、確かに空恐ろしくなる瞬間とも言える。
……こりゃ、確実に何か……いる!
「ああ、線路自体は割と目の前だったけど、何も見えなかった……。けど、何て言うかな。何も見えなかったけど、圧みたいなのは感じた。そういや、俺は気配だけは解るみたいなんだよな」
相模外科での一件以来、俺にはそんな能力が身についた。
もっとも、夜部屋に居て、何か来た……って解るとか、なんか妙な空間に入り込んだってのが解るとか、そんな程度だ。
ちなみに、そう言う時は思いっきり柏手を打つと大抵消える。
姉さんの話だと、柏手には魔を払うと言う意味もあって、意外と有効なんだとか。
妙な空間に入り込んだってのは、あからさまに雰囲気変わるから結構解る。
この場合、逃げの一手なんだがね。
しかし、恐れ入ったな……無機物の怪異なんて、ホントに居たんだな。
「……そ、そんな事言ってたね。僕は……声や音で解るんだ……。となると、ニアミス? ごめん、やっぱり一度切る。検証はあとまわし! ううっ、なんか一気に怖くなってきたよ……大丈夫って解ってても、今の音はリアル過ぎだったよ……怖い、怖い、こわーっ!」
アーミー、ビビりすぎ。
まぁ、誰かがこんな風に恐慌状態になると、かえって冷静になる……そんなもんなんだよな。
「あのさ、それ……現場にいるヤツに言うことじゃないよ? まぁ、そっちに何か行くような事もなかろう。……しばらく、起きてるよな? 怖いからって、布団かぶって寝に入られても困るぞ」
「こんなんで、グースカ寝れるわけ無いじゃん! むしろ、目はパッチリ! うーわー……なんかサブイボ立ってきた! と、とにかく、こっちでも引き続き調べとく! じゃ、じゃあ、またね!」
アーミーがそう言うと、電話が切れた。
10秒もしないうちに……案の定、姉さんからの着信あり。