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邂逅列車  作者: MITT
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邂逅列車⑧

「やっぱり、道に迷ってたんだ。多摩ナンバーで地図見てたから、そんなところじゃないかと思ってたよ。どこ行きたいんだい? 地図ならもっと細かいのがあるから、なんならそこで道案内くらいしようか?」


 そう言って、警官も後ろの派出所を指差す。

 まぁ、派出所ならゼンリンの住宅マップくらい置いてるだろうから、道を探すなら最強だろ。


 けど、そこまでするような状況でもないんだよな。


「えっと……相模線の厚木駅ってどこなんだか、知りませんか? 小田急はすぐ解ったんですけど……。近くまで来てるとは思うんですけど、どこが出入り口なんだか解らなくて、困ってたんですよ」


「ああ、JRの厚木駅ならすぐそこだよ。小田急の改札通って行って、相模線の線路渡って行くとホームがあるんだよ。初めて来ると解んないだろうね。その様子だと誰か迎えにでも来たのかい? けど、終電なんてとっくに終わってるし、始発も5時だから2時間以上あるんだけど……さっきから、この辺ぐるぐる回ってたよね?」


 ……訝しげな様子の警官。

 

 確かに、そんな時間に他県ナンバーがウロウロしてりゃ、クソ怪しいわな。

 しかも、交番の真ん前に止まって、地図広げてりゃ、そりゃ声だってかけるさ。


 要するに、俺は今、絶賛不審者職質中って訳だった。

 まぁ、予想通りだった。


 でも、別に悪いことしてる訳でもない。

 強いて言えば、駐車違反かもしんないけど、車も通らんし、そもそも交番おまわりってのは、切符なんて持ってない。

 

 たまに、家の前の道に車置かれて迷惑してるから、切符切れとか騒いで通報する人とかも居るけど、110番してやってくる警官の仕事には、違反切符を切るなんて仕事は含まれてない。


 なのでまぁ、警察も結構対応に苦労するんだとか……。

 

 まぁ、そんな裏事情を知ってる程度には、俺も警察には詳しかった。


 そう言う訳だから、俺がやってる事は、なんら法には触れてない。

 この警官も職質とか言ってないし、君、ここで何してんのー? と聞いただけ。

 

 いきなり、逃げたり、キョドったりしなきゃ、問題ないはずだった。


「いえね、友人が終電寝過ごして、厚木で降りたって連絡があって、ここまで迎えに来たんですよ。おまけに向こうの携帯、電池切れたみたいで繋がらなくなってて……。一応、女の子なんで、さすがに心配で……」


 職質の際、警官ってのはこっちの表情の変化とか、素振りとかをものすごい勢いで観察してるのだ。

 変に嘘を付くと、向こうは嘘付いてるって看破して、ちょっと詳しく……とかなったりする。


 別に悪さしに来てる訳じゃないけど、面倒は避けたい所。


 なので、概ね事実を説明した。

 言ってることは、少なくとも嘘じゃない……。


 嘘つきのコツ。


 8割の真実に2割の嘘を交えること。

 要するに、伝える情報を選別して、真実を包み隠す。

 

 まぁ、詐欺師のやり口だけど、この警官には通じたらしい。

 うんうんと頷きながら、先程まであからさまな作り笑いだったのに、真面目な様子になる。


「……それは、さぞ心配だろうね。君はその子の彼氏か何かかい? ああ、免許証見せてもらってもいいかな? それと特徴とかも教えてもらえないかな? もしかしたら、見てるかも知れない」


「まぁ、昔なじみの友人ってところですよ。特徴としてはショートカットで長身、20代女性。多分、黒い男物のトレンチコート着てたと思うんですけど……。あ、免許どうぞ……」


 100%見てないと断言できる状況ではあるんだが。

 自然な会話の流れってもんがある……ここで聞かないのはむしろ、不自然。


 ちなみに、服装は……冬場の姉さんは大抵その黒トレンチコートスタイルだから。


 女性向けの可愛いデザインのじゃなくて、むしろ野郎用のゴツくて野暮ったいデザイン。


 なんか知らないけど、その色気の欠片もないスタイルを彼女は好んでいた。

 おそらく、今夜も同じ格好だろう。


 警官の様子から、俺は迎えに来た相手が見つからなくて、ウロウロしてたと見られてるようなので、俺もその設定に乗っていく。


 免許も見せろと言われたからには、黙って見せる。

 無線で何やら、会話してる様子から、照会とかされてるっぽい。

 

 まぁ、この時点で犯罪歴やらも把握されるんだろうけど、幸い一時停止違反を一回食らった程度なんで、問題にはならないだろう。


 案の定、不審者扱いのようだけど、そこは気にしない。

 こちとら、別にやましいことはやってないから、ここは堂々と要請に従うのだ。


「なるほどね。君は町田から来たんだ……。そりゃここらの道も解らないよね。我々も職業柄、駅から出てくる人は全員顔くらい見てるけど、そんな女性は見てないね……。かなり特徴的だから、見てたら覚えてるはずなんだが……。けど、厚木駅で降りると言ってたんだよね?」


「そうですね。ただ、どこで待ち合わせとかそう言う話をする前に切れてしまって……」


「……何か事件に巻き込まれた可能性とかはないよね? ああ、そっちははどうだ? ショートカットに黒のトレンチコートの背の高い女性だそうだ……」


 ……警官の様子がすっかり真剣な雰囲気になってる。

 いつのまにか、もうひとり若いムキムキな感じの警官が居て、休めの姿勢で突っ立ってた。


 こっちの中年警官が交渉担当、ムキムキが荒事担当って感じらしい。

 

 それにしても、日本の警察って、つくづく侮れない……ボケッと突っ立ってるように見えて、行き交う人々の顔や特徴とかチェックしてるらしい。

 

「自分もそのような方は見てませんね。けど、小田急に乗り換えたなら、我々の視界にも入らないですし、小田急は本厚木行きなら一時頃まで動いてるので、そちらに乗り換えた可能性もあるんじゃないですかね。女性と言う事なら、こんな何もない駅で降りるより、にぎやかな本厚木に行ったのではないでしょうか」


「なるほど……ありがとうございます。しっかし、携帯持つようになって、待ち合わせとか楽になったと思ってたら、繋がらなくなるだけで、一昔前と同じ様になるなんて、思わなかったですよ。じゃあ、本厚木辺りにでも行って、駅前でも探しながら、連絡を待つとしますよ。そろそろ、行っていいですかね?」


 この警官達は情報は持ってないらしい。

 とりあえず、時間の無駄だから、ここで話を打ち切ってエスケープが賢明だろう。


「ああ、すまなかったね。けど、確かに携帯持っちゃうと、相手や自分の電池切れたり、圏外とかなってると大変だろうね。でも、何か事件性とかありそうだったら、すぐに110番してくれていいからね。なにせ、割と最近似たような経緯での行方不明事件があってだね……」


 ピキンと来た。

 多分、これは重要な情報だ……。


「似たような話って……ちょっと詳しく聞かせてもらってもいいですか?」


 ここは突っ込む所! これは、さすがに黙ってちゃダメだ。


「あの、巡査長……その話は……」


 マッチョ警官が慌てたように、話を遮る。

 中年の巡査長も気まずそうに、目線を逸らすとふっとため息を吐く。

 

「新聞にも載った事件だし、別に構わんだろ? 一年ほど前の話なんだけどね……終電に乗って厚木駅で降りるって連絡を最後に消えてしまった……そんな事件があったんだよ。君の話を聞いて、ちょっと状況が似てると思ってね」


 さすがに、これはドキッとした。

 

 表情に出てないか……心配だ。

 けど、警官はこっちの動揺は悟っていない様子。


「……ぶ、物騒な話ですね。結局……それ、どうなったんですか?」


「……どうにもならなかった。結局、手がかりも目撃情報も何もなし……行方不明事件として処理された。ただ、変な話でね……そもそも、電話を受けた方も、一時頃に橋本で終電に乗るって聞いてたらしいんだが、向こうの終電は0時前だから、そんな時間に相模線は動いてないはずなんだ。目撃情報も橋本駅の改札で駅員が相模線のホームに降りていくのを見かけたのが最後で、駅員も呼び止めようと追いかけたらしいんだが、ホームには誰も居なかったそうだ。結局、それっきり手がかりも遺留品のひとつも見つからずに迷宮入りさ……」


「あ、あの……巡査長、それ以上は……」


 マッチョ警官が恐る恐ると言った様子で、進言するのを見て、中年警官もため息を吐くと、背筋を伸ばすと制帽を目深に被り直す。


「……すまんね。かえって不安にさせてしまったと思うけど、どうにもあの時の状況と重なってしまって、つい要らない事を言ってしまった。それになんと言うか……今夜は雰囲気が似てるんだ。あの夜とね……。あの日も、こんな風に月が出て無くて、風のない夜だった」


「……俺も新聞屋やってるんで、解りますね。確かに今夜は妙に闇が深い……」


 今夜は新月。

 山の方に行けば、さぞ綺麗な星空が見えることだろう。


 けど、闇が深いってのは、道中なんとなく感じてた。

 平日の深夜と言えど、16号やら129号ともなると、歩道を自転車やら歩行者はちらほらいるのが普通なんだけど、今夜は殆ど見かけなかった。

 

「ああ、そう言うことか……。妙に夜道慣れしてるようだったし、我々警察の相手も慣れてるみたいだったから、深夜トラックかタクシーの運ちゃんかと思ってたんだが……新聞屋か。お互い夜の街をうろつくって意味じゃ、一緒だよな……。あの人たちは我々から見たら、無償の深夜パトロール隊みたいなもので、こそ泥なんかは新聞屋を一番警戒してるって話だ。いつも真夜中の仕事、ご苦労さまって言っておくよ」


 案の定、警官が親近感を持ってくれたのが解った。


 実際、うちの店にも警察はしょっちゅう来てた。

 大抵、目撃情報やら、聞き込みとかだけど、こう言う事件が起きてるから、不審者を見たらすぐに連絡をってパターンも多い。

 

 手配書なんかを持ってくることも実際あったからなぁ……。

 

 刑事なんかも普通にやって来るし、実際に従業員が目撃情報持ってたってことも珍しくなかった。

 俺自身、下着ドロっぽいのを住宅街の裏道で見かけたりしてる。


 とにかく、新聞屋ってのは真夜中に住宅街の隅々まで走り回る……そんな商売だから、犯罪者からすると非常に嫌な存在なのは間違いない。

 

 新聞屋と警察ってのは、存外縁が深いのだ。


 その見返りって訳じゃないけど、警察も新聞屋が歩道突っ走ってたり、ノーヘルでもある程度、見て見ないふりをしてくれたりもする。

 

 新聞屋の無法を警察がほっとくのも実はそれなりの理由があるのだ。

 

「ははっ、俺らも交番の明かりやパトカー見ると安心しますよ。町田でも色々お世話になってますよ」


「どこも似たようなものか……。まぁ、とにかくそう言うことだから、一人で友達を探すのも結構だけど、自分の手に負えないと思ったら、すぐに連絡をしなさい。いいね? その子と無事に会えることを祈ってるよ」


 それだけ言うと警官達もゾロゾロと派出所へと引き上げていった。

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