邂逅列車④
『そっか……。またいつもの予感って奴かい? 別に今更、驚かないが、説明の手間は省けそうだな』
『うん、状況は理解したから、安心していいよ。状況から察するに、姉さんは境界にいるって感じだね。けど、そうなると不思議なのはそもそも、どうやって君の携帯に繋がったのかってとこだね。携帯やインターネットってのはデジタルな代物だからね……そんな異世界通信機みたいになったりするとは思えないんだけどなぁ……。リアルタイムで会話出来てたとなると、双方向通信が確立してたって訳か……。面白いね、実に』
『俺も訳が解らん……。ただ、姉さんの話だと俺からワンギリで着信があったんだとか。俺は身に覚えないし、実際発信履歴にもそんな記録は無い』
『なるほど、興味深い……。最新デバイスの携帯電話に介入する怪異かぁ……。実際、インターネットに潜む新手の怪異の噂ってのもあるからね。聞いたことあるだろう? 特定時間になるとチャットルームに現れるどこにも居ない誰かとか……死者の書き込みとかさ』
『チャットの噂は俺も知ってるなぁ……。幻の13番チャットルームだっけ? なんでも、相手に先にログアウトされると、そのチャットルームに閉じ込められるとか何とか』
『あ、その噂の元ネタ流したの僕だよ。変な番号のチャットルームがあって、誰かが居たってのは事実でね……。実際は、チャットインして、挨拶でもって思ったらいきなり文字化けがぞろぞろ流れ出して、止まらなくなってね……。しょうがないから、回線遮断したんだけど。ログ見た感じだとチャットルームに入ろうとした時点で、エラーになってて、そもそも入れなかったみたいなんだよね。あの文字化けの列はなんだったんだろう。もし最後まで、文字化け文を受信してたら、何が起きてたんだろうね……』
『うへぇ……むしろ、そっちの話のほうが怖いな。結局、何だったのか良く解らんってオチの辺り、なんだか凄く真実味があるな……』
『まぁ、一応実話なんだけどね……。実際、この手の怪談じみた話もポツポツと聞こえてきてるよ。そのうち、あの世から携帯がかかってくるとか、そんな話も出てくるだろうね……。今回の君の話も限りなくそう言う話に聞こえるよ?』
『……確かに携帯ってのは、どこからでもかけられるから、相手が家や公衆電話に限らない……そう言うことか。となると、姉さんが俺の携帯にかけてきたのは、奇跡的な話で、そもそも偶然って訳じゃないのか……』
『この世界で起こる事象に偶然ってのは無いよ。全て起こった時点で必然なんだ……僕と君が知り合ったのだって、必然だったと思うよ……ふふっ。ああ、それともうひとつ……この世に居ないチャット相手とか言うのはどうだい? 例えば、今、君とチャットをしてる僕はもうこの世にいない人と言う可能性もあるだろう?』
『……タチの悪い冗談だな。 会ったことも声も聞いたこともなければ、顔も知らないとなると、実存を証明するすべなんて無いじゃないか。そもそも、チャット相手がこの世の者じゃないかも……なんて考えだしたら、切りがないよ』
『ごもっとも……。なにせ、こっちもモニターの前にいるのが僕だって証明するすべはないからね。例えば、うちにはお姉ちゃんがいるんだけど、気まぐれでお姉ちゃんが君にICQメッセージを送ったとして、君はそれに気付くかな?』
『さすがにそれは、気付くと思うぞ。文章ってのは、意外と個人のクセってのが出るもんなんだ。返信レスの時間も人によってまちまちだしね。ちなみに、アーミーの返信はクッソ早い。これがモタモタしてるようだったら、怪しむところかもな』
『……うん? 多分、そんなので解るのって、ミノムシ君くらいだと思うよ……?』
『そうか? けどまぁ、アーミーもなんだかんだで、俺に色々情報与えてるからなぁ……人物像くらいは見えてきてるよ。多分、リアルで会っても、すぐ打ち解けそうだ』
『そうかなぁ? けど、そう言われて悪い気はしない……むしろ、嬉しいな。まぁ、要するにこのインターネットのお付き合いってのは、凄く頼りない関係なんだよね……。つまり、お互いを信用する……これが大前提なんだよ。そう言う意味では、君は信用に足るってことさ』
『そいつはどうも。つか、現状どうしたもんか……ここまで話したんだ。一緒に考えてくれないかい?』
『うん、僕に頼ってくれたのは多分正解だよ。とにかく、今解ってる情報を出来るだけ多くちょうだい。と言うか、むしろ僕が体験してみたいね……異世界とかワクワクするじゃないか。もっとも、無事に戻れるってのが前提になるけどね』
『……真面目にやってくれよ。俺達は安全だろうけど、姉さんはかなりヤバい状況だと思う。早く、何とかしないと……』
『……焦るなよ。どのみち僕は、ここからだと何も出来ないから、君にアドバイスするくらいが関の山だ。第三者として言わせてもらうけど、まずは冷静になって、情報を整理すべきだと思うよ。そのうえで出来ることを考えるんだ』
『ああ、うん……そ、そうだな』
なんと言うか、すっかりアーミーのペースに飲まれてるな……。
けど、冷静になれってのは確かだな。
『まず、話からするといわゆる幽霊電車って奴だね。この手の話ってのは、昔から怪談の定番のひとつでね……実は、世界中に同じ様なオカルト話があって、それはいくつかのパターンに分類される……。確かに電車ってのは、走ってる最中は隔離された空間と言える、そして、大勢の素性の解らない者同士が極めて高い密度で隣り合わせ……考えてみたら、ものすごく特異な環境だよね』
『確かに……満員電車とか、たまらんものがあるよ。全然知らないヤツの体温感じるような距離で密着とか……すげぇストレスだよ。もしも、あんなんで空気感染性の疫病なんて流行ったら、普通に東京終わるだろな』
『そんななんだ……。こっちの電車って座れるのが当たり前、座れないと混んでるって思うくらいなんだけど……。僕も東京の満員電車の様子くらいTVで見たことあるけど、詰め込みすぎって思ったよ。混んでるなら、次のに乗ればいいのに……』
『混んでるなら、次……なんてやってたら、永遠に乗れんぞ? けどまぁ、確かに電車ってのは、そう考えると非日常な空間だよなぁ……』
『そうだね。それにその気になれば、線路がつながってる限り、ずっと遠くまで行ける……。僕の所からでもその気になれば、乗り換え乗り換えで、東京までだって行けるみたいだからね。まぁ、そんな特異な環境だから、昔からミステリーやフィクションの舞台としては定番でもあるんだよ。西村京太郎のトラベルミステリーとかもそうだし、セガールの暴走特急なんかも、典型だよね』
……セガール扮する無敵コックがテロリスト相手に戦う沈黙シリーズ。
何故か、この暴走特急だけは、沈黙が付かない。
あらすじとしては、運悪くセガールがコックとして働いている特急列車がテロリストに占拠された。
セガールが素手でテロリストを皆殺しにして、大・円・団。
このシリーズ、舞台と登場人物が違うだけで、チートコックのセガールがテロリストを撲殺していくと言う一言で説明できる大変解りやすいシリーズだった。
……俺は好きだぞ。
『あれ完全にイヤーモデル化してるよね……次は何を沈黙させるんだろな。それに手塚治虫のマリン・エクスプレスとかも列車を舞台にしてたよな。西村京太郎も速度が落ちると爆発するとか、乗り換え上手く使ってのアリバイ工作とか色々あったなぁ……。でもまぁ、そこは今回、あんまり関係なさそうだな』
『そこまで振って、セルフぶった切りかよ! いけずだねぇ……』
『いけずで結構! お前とこんな調子でやり取りしてたら、軽く三時間とか前にやらかしてるからな……。こっちは常時接続じゃないんだ……少しは気を使え』
『はいはい。解りましたよーだ。とにかく、幽霊電車についてだったね? 電車自体がバケモノ……もしくは、幽霊が乗車してくるパターン。何故か誰も乗ろうとしない電車とか、満員なのにどう言う訳か誰も座ろうとしない椅子……。あとは時刻表に乗ってない、幻の電車とか……本来存在しない幻のホーム。電車に乗ったら、見知らぬ場所や異世界に連れて行かれる……大雑把に分類すると、この4パターンに分かれるかな? 今回のケースはどれが近いかな?』
『聞いた感じだと、終電出てるのにホーム行ったら電車が来てたから乗ったとか、そんな感じだったみたいだね。あと駅の感じとか電車も古臭くって……。それと最後に空襲警報みたいなのが鳴ってたね……映画で聞いた事ある奴と一緒だった』
『なるほど、色々混ざったパターンだね……。まぁ、概ね電車に乗ったら異世界に迷い込んだってパターンかな。電車自体が化け物のパターンも入ってるかな……。とりあえず、オカ板にその相模線に関する噂が無いか書き込んでみたよ……。まぁ、反応あるかは解らないし、使える情報があるかは、解らない。過去ログにも似たような話はあるけど、今言ったパターンの類型ばかりで面白みはないなぁ』
……行動早いな。
ちなみに、コイツ……さっきも触れたのだけど、ログ打ちと読み込みが滅法早い。
ICQでもやたら長い文章をバンバン送ってくるし、ニフティでもレスの速さに定評ある。
今もオカ板の色んな書き込みに次々とレスを付けていってるようだ。
コイツは、かなり積極的にレス付けまくる事で有名で、その上案の定女子説なんてのが流れてて、そのせいか住民達はわりと好意的だった。
そんなソッコーで有用なレスが付くとは思えないが、何か情報が入るかも。
ひとまず、期待しつつ流れを見守る。
『……マジかよ。5分もしないで反応来てるな』
内容は……深夜の住宅地で何故か電車の音が聞こえたって話だった。
なんでも相模線って、80年代に廃線になった支線があって、その線路跡は今は公園になってるらしいのだけど。
深夜になると、そこから微かにゴトンゴトンと電車の音が聞こえるんだとか。
まぁ、話としてはそれだけで、落ちもなければ、それが結局何なのかとか、解決や解説もなにもない。
それだけに、妙にリアルな話だった。
なにせ、本物の怪異ってのは、現実に唐突に紛れ込んでくるような代物だから、誰かが何かをして解決に至ることなんて少ないし、細々と事象の解説をしてくれるような存在も居ない。
俺が体験したその手の話もどれもそんな調子……。
唐突に始まって、なんとなく終わる。
結局、あれは何だったのか……訳も解らないまま、静かに幕を閉じるのが普通なのだよ。
この話も、それらと同様で、ただ起きた出来事を記載したって……そんな感じだった。
この手のオカルト話ってのは、創作や作為的なものも多いのだけど、そう言うのって何故か、綺麗に落ちが付いたりもする。
本物の怪談話ってのは、ドンデン返しもオチもない。
何もかも解決してくれるヒーローも居なければ、解説役も出てこない。
……そう言うモノ。
それを考えると、多分この話は本物って気がする。
ただ場所は……厚木とは違う場所。
一之宮公園とか具体名も出てたけど、場所としてはかなり南、平塚の方……寒川とかその辺のようだった。
うん? 行ったことないけど、129号のどっかの交差点で地名見た覚えがある。
ちなみに、平塚と言うと海のイメージがあるけど、実際に小田厚の平塚PAあたりで周りを見ると辺りは田園風景で、海があるはずの南には山が見える……。
都内とか埼玉辺りから車でやって来て、平塚で降りればすぐに海と思ってる人も多いらしく、何も知らないで来ると、その光景に割と衝撃を受けるらしい。
平塚の辺りって、低い山があってすぐ海とかそんな感じなんだよなぁ……。
まぁ、なんにせよ……平塚の話となると、あまり関係なさそうだ。