邂逅列車③
続いて、インターネットに接続して、メール受信やらホームページのカウンターやら掲示板の書き込みチェックなどをしていると唐突に「アッオー」なんて気の抜けた音が鳴った。
「ICQ」の着信通知音。
当時、流行っていたインスタントメッセージツールの草分けのようなもので、登録した相手がオンラインになると、通知が来るので、一言メッセージとか送る……そんな使い方をしてた。
携帯のショートメールとかの方がお手軽なんだけど、前述のような欠点もあるし、何よりショートメールは有料……一通10円とかかかるから、気楽にポンポン送ってると結構馬鹿にならない金額になったりする。
こう言う断続的なネット接続をするような使い方をしてると、相手がオンラインかどうかもすぐ解るし、ファイル送信なんかも出来るので、知り合いとの連絡手段として割と重宝していたのだ。
メッセージの送り主の名前は「ARMY」……アーミーと読むらしい。
以前、ニフティのオカルト板で、全く関係ない俺のPC改造の話で盛り上がって、色々と助言をしてくれて、すっかり仲良くなった。
やたら、高性能のPC環境を持ってて、知識もあって、なかなかに凄いやつなのだ。
コイツの助言で、うちのPCは定格300Mhzのところを5割増しの450Mhzのオーバークロック稼働をしてる。
一応、その話は聞いてはいたのだけど、うちの環境はメーカー製のお仕着せスリムケースとNLXと言うマイナー規格マザーボード。
さすがに、どうにもならないと思ってたのだけど、ケースとマザボー買って、それ以外全部移植すりゃいいよと言われ、本当にやった。
メーカー保証とかは受けられなくなるけど、メーカーや販売店の保証なんて、当てにならないってのはノートPC時代に思い知らされていたので、そこら辺は全く気にしなかった。
まぁ、未だに続く俺のPC自作歴としては、第一号PCではあるのだけど、このマシンにはそんな経緯があった。
ちなみに、搭載CPUはその筋では有名なセレロンA300と言うCPUで、アーミーの見立てだと、俺の持ってる石はオーバークロック耐性が高いと言われるロットで、調整や冷却をキッチリやれば、1GHz稼働も可能なんだとか……。
もっとも、本当に挑戦してグラボを一枚焦がしてオシャカにしたので、ちょっと目が覚めた。
最近は、安定性を重視してるので、以前のような週間フォーマットとかひどい状況ではなくなってる。
ちなみに、アーミーとはその辺り関係で、すっかり仲良くなったので、お互いICQ登録もしてる。
ICQのアカウントって、取り放題で、いわゆる捨てアカも作り放題だったから、匿名のインターネットやパソ通の知り合いとの連絡先交換としては、これが定番でもあった。
アーミーは、平日の夜は日付が変わる頃には、ほぼ100%オフラインになるんだけど、休日の夜は一晩中オンライン……。
テレホでも使ってるらしく、金曜や土曜の夜は、朝までずっとオンライン。
非常時接続のこちらと違って、夜間限定常時接続なんで、捕まるとやたら絡んでくる。
あきらかに、年下っぽいのだけど、割と気が合うんで、こっちもついつい相手してしまう……。
まぁ、顔も素性も知らないネット仲間のひとりではあった。
もっとも、平日のこんな時間にアーミーが居るってのは、本当に珍しい。
『やぁやぁ! ミノムシ君。今日は平日なのに珍しいね。いらっしゃい』
……ミノムシってのは、俺のハンドルネーム。
ICQでもMINOとかなってるけど、由来はお察しだ。
『お互い様だよ。今日は振替休日で休みなんだよ。そっちこそ、平日の深夜にいるなんて珍しいな』
『こっちも似たようなものかな。けど、なんとなく君が来るって予感がしてたんだ』
……なんと言うか、長くなりそうな予感が。
絡みたくてウズウズしてるってのが、文面から伝わってくる。
こっちはそれどころじゃないんだがな……。
『すまない……。今日は忙しくて、構ってられないんだ。ちょっと色々調べ物をしたくてね……』
『あら、つれないね。何かあったのかな? 僕の好奇心がウズウズしてきてるんだけど』
……なんと言うか、面倒くさいやつに捕まってしまった。
男か女かすらも定かじゃないけど。
チラホラと漏らしてくれた個人情報から察するに、どうも女子高生か何からしい。
なにせ、学校の最寄りの駅名とか普通に出してきたんだけど。
ちょっと調べてみたら、その駅の近くの高校……女子校しかなかったと言う。
一応、性別不詳を気取ってるみたいなんだけど、なんと言うか脇が甘いんだよな……。
もっとも軽くカマかけたら、しれっとスルーしてたから、それ以上は追求してない。
どのみち、北海道だかなんだかの在住らしいので、リアルで会うような機会はまずないだろう。
もっとも、コイツもオカ板の常連で、灰峰姉さんのことも知ってる。
相談するには、都合のいい相手ではあるんだが……。
今の状況。
俺一人で対応するのはキツい……いっそ、コイツも巻き込んでみるか?
と言うか、待ち構えてたような感じだし、嬉々として乗ってくるんじゃないかな。
『……実は、ちょっと困ったことになっててな……。ちょっと話がオカルト方面でねぇ……ちょっと相談乗ってくれないかな?』
『……やっぱりね。実は僕の勘が告げてたんだ、今夜は面白いことが起きるって……だから、学校から帰ってすぐに仮眠取って、頑張って起きてたんだ! いいよっ! いいよー! なんなりとこの僕に相談するといいよっ! うん、明日は学校も自主休校……朝までだって付き合うさ』
なお、推定お子様のくせにやたらと横柄。
多分、リアルな友達は少ないと思う。
一人称僕ってのは、恐らく女子だと悟られないためのカモフラージュのつもりだろうけど。
文面やら、にじみ出る日常生活の様子から、割とバレバレ。
風呂行くと一時間以上は戻らないし、トイレタイムもやたら長い。
何で知ってるか。
いちいち、そんな事までメッセージで送ってくるから。
こっちは別に気にしないんだけど、律儀に報告してくれるんだよなぁ……。
気が利くんだか、利かないんだか。
まぁ、イイヤツではあるし、俺も割と女子を女子扱いしないことに定評あるから、そこはあまり気にしないようにしていた。
『……灰峰姉さんが行方不明になった。最後の連絡は相模線に乗って、厚木駅で降りるって所で切れた。ちなみに、その電車は普通の電車じゃなくて、戦時中あたりの幽霊電車みたいなヤツだったらしいし、降りた厚木駅もどうみても現代の厚木駅じゃなかったみたいだ。……この話を聞いてどう思う? ちなみに、携帯はそれっきり繋がらなくなってる』
『予想以上に面白い話だね。幽霊電車……昔からよくあるオカルト話だね』
『そんな面白半分で首突っ込んで欲しくないんが……。たしかに、この手の怪談は聞いたことがあるな』
『あの世に続く列車。死者の乗る列車……色々なパターンがあるよ。いやぁ、話だけ聞くとむしろワクワクしてくるね。いやぁ、今夜は新月で、何かが起きる予感はしてたけど、ドンピシャだったよ』
本人曰く、霊視とかも出来るらしいんだが。
それを抜きにしても、こちらが事細かに説明しなくても、状況とかをピタリと当ててみせるし、割と的確なアドバイスをしてくれたりもする。
実際、仕事行く前に「深夜の交差点で信号待ちする時は、車のバックミラーを良く見て、後ろに注意しなよ」とか言われて、信号待ちの時いつになく後ろ気にしてたら、居眠り運転のトラックがノンストップで突っ込んできて、慌てて歩道に車乗り上げさせて命拾いした……なんてこともあった。
本人曰く、断片的ながら未来が見える時があるらしい。
姉さんもだが、コイツも多分、本物……なんと言うか、類は友を呼ぶとはよく言ったもんだ。