邂逅列車⑫
「ああ、だから……不法侵入にならないところに行って、突破口を開くってのはどうだ? その寒川の音だけ聞こえる幽霊列車。住宅街のど真ん中って事は、俺が直接行っても問題なかろう。もっとも、行って上手くいく保証なんてないんだけどね」
「なるほど……。廃線の跡地ともなれば、管理なんてしてないだろうし、問題ないのか。上手くいくって保証は確かにないけど、悪くない手だとは思うよ。その境界の世界って、どうやったら戻れるの?」
「俺の経験上、毎度いつの間にか入り込んでて、戻ってるな。なにぶん、見た感じ現実世界そっくりそのままだから、区別なんて付かないんだよ。実際、さっきも入り込んでたっぽいしな。多分、誰からも見られてない状況とかで、特定の場所に近づくと問答無用で入り込んで、誰かが探そうとしたり、誰かに見られかねない状況になると出れるとか……なんとも言えないけど、これまでのパターンではそんなだったね」
「なるほど……。良く解らないけど、出入りについては、ある程度法則性みたいなのがあるんだ。その境界の世界に入ったってのは、なんで分かるの?」
「まぁ、基本的に誰も居ないってのと、大抵音がしない無音の世界でね……なにより、雰囲気が違うんだよな。こればっかりは、上手く説明できないんだが……。けど、境界の世界じゃ非日常が当たり前になる。姉さんの話だとお盆の時期だと死人に会えたりするって言ってたよ」
「……文字通りのこの世とあの世の境界ってところか。なんとも興味深いね……。けど、そう言うことなら、僕もその境界の世界に入り込んだことあるかも……」
「……心当たりあるのか?」
「うん、前に話した時々、森の中や山の方から聞こえてくるざわめき声……覚えてるかな?」
なんか聞いたことあるな。
時々、そんなのが聞こえるって……。
「一度、それを追って森の中に一人で入って行った事があるんだけど……。ある所から、急にざわめきがはっきり聞こえるようになってね。これはヤバいって思って、すぐ引き返したんだ……。ちなみに「マッカチ エク」「エルム エルム エク」とか言ってたんだけど。日本語に翻訳すると「女の子が来たぞ」「早く、早く、こっちにおいで」とかそんな感じなんだって……。逃げて正解だったと思うよ」
「……お前も大概だな。まぁ、一人きりで訳の判らん所に行くなって話だよ。ちなみに、姉さんはアキバで無人のアキバに迷い込んだらしいんだけど、携帯に俺からの着信があったら、戻れたらしい。なんとも言えないけど、現世との繋がりを意識すれば、割と簡単に戻れるっぽいんだよな」
「そんなもんなんだ。けど、あれってやっぱり危なかったんだね。いい話を聞けたよ……覚えとく。僕も携帯くらい持つようにしようかな……」
「超便利だぞ……これ。けどまぁ、そうなると場所を特定したいところなんだけど。その人、何か知らないかな? 情報もなしで行っても、特定なんて簡単じゃないよ」
「えっとね……。その寒川の幽霊電車……現場は今でこそ住宅街なんだけど、80年代に廃線になるまで、一区間だけの短い路線があったんだって。ちなみに線路とかも未だに残ってて、公園とか遊歩道になってるんだって。そこを夜な夜な幽霊列車が走ってるんじゃないかってのが、その人の見解……。確かに、跡地がビルになってるとかよりは、見込みはありそうだよね。でも、そう言う事なら灰色姉さんにも動いて貰う必要があるんじゃないかな?」
「まぁ、俺の考えたとおりに行く保証はないけど、姉さんなら俺の話を聞けば多分、自力でなんとかしてくれると思う。クリア条件を探して試行錯誤するよりも、大分マシって気もするんだよな」
「確かに、相手の都合とかこっちは関係ないしね。けど、ああ言う異世界みたいな所に行った人が戻ってくる時ってどうなるんだろね? やっぱり、いきなり人が空中から突然現れるとか、そんなになるのかな?」
「どうだろう? 前に姉さんがドッペルゲンガーに会わないといけないとか言って、付き合わされた時は普通に市街地をチャリで走ってたつもりだったのに、いつのまにか誰も居ない変な所にいたって感じだったから、多分境界ってのは、ものすごく曖昧で本人も気づかないうちに迷い込むとかそんなんじゃないかな?」
「その話、詳しく! つか、そんな尋常じゃない体験サラッと言うなし!」
「また今度ね! まぁ、あの人に付き合ってると色々麻痺ってくるからなぁ……。俺ももう余程のことがない限り驚かなくなってるよ」
「頼もしいように思えるけど、君、ちょっとネジ飛んでない?」
「まぁ、現代人にあるまじきことに、軽く2、3回ほど死線を超えてるからな。俺はここぞと言う時や本番でむしろパワーアップする系なのさ」
「あはは……。まぁ、無茶はほどほどにね。けど、そうなると灰色姉さんには、その支線に乗り換えてもらうとかそんな感じになるかなぁ……。でも、そんな裏ワザみたいな事って、出来るのかな? ゲームなんかだとフィールドの外に出て、インチキクリアみたいな感じだよね……マリオでそんなのあったじゃない」
あったなぁ……天井の上ひた走って、敵もギミックも何もかんも無視して身も蓋もなくクリアとか。
いわゆるバグ技や裏ワザとか呼ばれるヤツだ。
ちなみに、灰峰姉さんはアーケードゲームとかやると、しょっちゅうバクとか無限ループとか引き起こすと言う謎の特技を持ってる。
ボスキャラが画面外に行っちゃって、クリア不能になるとか、シューティングゲームでボスキャラ出て来て、スクロールが止まるはずなのに、止まらなくなって謎空間をひたすら突き進むようになるとか。
なお、そうなると店員呼んでリセットしてもらって、コイン投入判定操作してもらったりとか、店員にとっては迷惑過ぎることになるのだけど。
あまりにもしょっちゅうやらかすから、出禁食らってる所もあるんだとか……。
「確かに、どうやって来てもらうかが問題だな……どうも電車には運転手も居ないし、動く気配もないらしい。そうなると、もしかしたら電車を動かすのがクリア条件だったりするのかな? それはそれで、どうやって動かすか……だよな」
「……そう言う事なら自力で運転しちゃうってのはどう? 電車の運転って割と簡単なんでしょ? 電車でGO! とか僕でもやれたし……。誰も居ない世界なら、逆に何やってもオッケーなんじゃない?」
電車でGO! って……。
まぁ、ゲーセンにあったから俺も知ってる。
結構なヒット作になって、大型筐体のゲームにも関わらず、続編が幾つも作られて、大抵のゲーセンにある定番ACゲームのひとつでもある。
なお、車の感覚でやったら、全然止まらなくて軽くオーバーラン。
駅ぶっちぎりの特急状態で、そりゃあもう酷いことになった。
電車ってのは、何キロも手前から徐々に減速していって、計画的に操作するのが基本らしく、俺みたいに免許持ってる奴は大抵、初見殺し食らって、直前ガッツンブレーキで大減点とか、駅ぶっちぎりで一面クリアすら出来ないってのが常だったらしい。
まぁ、鉄道マニアには大ウケだったらしいけど、俺鉄道マニアじゃないし、何が面白いのか良く解らないゲームだったな……。
けど、確かに運転手いないなら、自分で動かせばいいってのはナイスアイデアだった。
考えてみれば、誰も居ない世界なら何やってもお咎めなしって事でもある。
なんか、ドラえもんでそんな話あったなぁ。
正直、この発想は盲点だった。
「……その手があったか。ダメ元で提案してみるか……。となると方針は決まった。あとは俺の仕事だな。まったく、相談相手がいるってのはいいな」
「あはは、どういたしまして……。僕みたいなのでも役に立ったのなら何よりだよ」
「頼りになったよ……。ありがとな。じゃあ、早速行動に移る……連絡してる暇ないかもしれないし、もう良い時間だしな。そろそろ、眠くならないかい?」
「実は、そろそろ限界……。けど、電話はいつでもかけてくれていいよ。次の連絡は朗報であることを祈ってるよ」
「そうか。こんな明け方近くまで付き合ってくれてありがとな」
「えへへっ、まだ終わってないけど。どういたしまして……じゃあ、がんばって! 灰色姉さんのこと……頼んだよ!」
「ああ……俺に任せとけ! 終わったら、連絡するし、何かあったら改めて連絡する」
「はーい! 気をつけて……べ、別に心配とかしてないんだからねっ!」
「それ? 何のネタ?」
「さぁ? なんとなく、そう言いたくなった」
「思いつきかよ! じゃあ、そう言うことで……またなっ!」
アーミーとの通話を切って、姉さんへ発信。
「……やぁ、そろそろかかってくると思ったよ。ちなみに、こっちは三度目のループへ突入。いよいよ、アナウンスとか人の話声が聞こえ始めたよ。この電車も結構人が乗ってるみたいだ。電車が止まると駅が大混雑になるってのは、今も昔も同じなんだね。これで機銃掃射なんて受けたら、むしろ何人無事に済むか……だろうな。こりゃ、思ったより時間がなさそうだ……。色々やってみたんだが、脱出の条件がどうしても解らない……。電車から出るとほとんど何もできないんだ。いっそ、避難誘導でもしろってのか? おまけに駅舎からも出れないとか、こんなの無理ゲーすぎるよ……」
「そうか……ひとまず、こっちで調べた限りだと、日付や被害状況は解らないけど、厚木基地への空襲のついでって感じで米軍機の機銃掃射があって、たまたま止まってた電車が標的にされてモロに撃たれたらしい」
「うへぇ……察するにかなり酷いことになっただろうな。ちなみに、断片的に聞こえた場内アナウンスによると、どうも運転手が急病になって、交代要員の到着待ちで臨時停車してるらしい。広くもない駅舎に人が大勢いるみたいだし、電車の中もかなり混み合ってる……。ここって、小田急と国鉄の乗り換え駅だから、戦時中でも利用者は多かったんだろうね。でも、この様子だと、しばらく動きそうもない……ここで機銃掃射なんて食らったら、大惨事……になったんだろうな。多分、脱出条件はここで被害を出さないようにしろ……とか、そんななのかも。誰かが適切な行動をしていたら、防げてたかもしれない……そんな人々の思いの残滓がこの空間を作り出しているのかもしれないね。確かに止まってる電車とか良い標的だろうしね。けど、この状況からそんなの無理だろ……こりゃ、詰んだかな?」
淡々と現在の状況を語る姉さん。
過去に起こった悲劇……誰かが、何かをしていれば……。
たらればの思いねぇ……。
けど、そんなもんに他人を巻き込むなって話だよな。




