邂逅列車⑪
「ああ、予想通りだった……。どうも、姉さんはループ世界に取り込まれたようになってるみたいだ……境界線の世界って言ってたね」
アーミーに包み隠さず、現状を伝える。
ループ世界とか普通のやつに話しても、信じてくれないだろうけど。
アーミーなら、受け入れてくれるだろう。
「なにそれ? 境界の世界とか……そんなのあるんだ。でも、大丈夫だった? そんな訳の解らない世界にたった一人とか……僕だったら、泣くよ?」
「あの人、そう言うキャラじゃないから。まぁ、普通に冷静に状況分析とかしてたし、問題なさそうだったよ」
「……そんな非日常な状況で、良く冷静に頭働くよね……。さすが、灰色姉さんだ」
ちなみに、姉さんは「灰色」ってハンドルネーム使ってる。
自分を色に例えるとまさに灰色だから……とかなんとか、すっごく厨二っぽいこと言ってた。
「あの人はそう言う人だからね。で、ちょっと調べて欲しいことが出来た。昭和20年2月17日……この厚木駅で何かがあったはずだから、調べて欲しいって。多分、何か適切なアクションを起こすことで、解放されるんじゃないかって……言ってたよ」
「なるほど……クリア条件って事だね。なんとも解りやすいね……。ちょうど、オカ板に平塚在住の人が来てるから、チャットルームにでも招待して、色々聞いてみるね」
「頼む……こっちは、正直手詰まりっぽい。このまま、現場で待機ってとこだな」
「僕のターン! ってとこだね……おまかせだよ! じゃあ、またね!」
アーミーとの通話終了。
なんか、すっかりノリノリだよなぁ。
けどまぁ、北海道在住の奴とこんな風に外に居ても意思の疎通が出来るとか、便利な時代になった。
そのうち、携帯でネットが見れたりするようになるとか言われてるけど、それもそんな先じゃなさそうだ。
そうなったら、SFみたいにTV電話とか出来るかもなぁ……。
個人的には、携帯でPCで作った自前小説のテキストとか見れたりしたら便利って思うんだけど。
さすがに、そこまでは行ってない……。
ひとまず、コーヒーでも飲みながら、タバコを一服。
ちなみに、車タバコは同乗者がなんと言おうが、基本お構いなし。
……コレばっかりは譲れない。
けど、車の中でタバコを吸ってると、なんとなく空気が変わったのが解った。
キーンという耳鳴りの音。
外に出ると異常なまでに静まり返ってる。
一応、これも経験ある……境界の世界。
俺は、この世ならざる者達が闊歩する非日常の世界の入り口に立っていることを自覚した。
コンビニの方をちらっと見ると、店員の姿がない。
向かいに止まってる車も窓が曇ってて、運転手の姿が見えなくなってる。
「来たな……」
つぶやいて、線路脇まで歩く。
薄暗い葬儀場の駐車場……照明もなく真っ暗で、いかにもって雰囲気だけど、それはどうでもいい。
目を閉じて意識を集中すると、右手側から何か大きな気配が近づいてくるのが解る。
近くに踏切があるはずなのだけど、動いてない。
監視カメラの所在を示す赤いランプも相変わらず……。
アーミーや姉さんなら、何か解るかも知れないけど、俺にはそこまで解らない。
ゆっくりと大きな気配だけが目の前を通過していく。
ぶわっと、生ぬるい鉄の焼ける匂いを含んだ風が吹き付けてくる。
……恐怖はない。
見えないものってのは、基本的にこちらに何か出来るわけでもない。
怖いと思うから怖いのであって、そこに居るのが解って、無害と理解できれば、恐怖心なんて湧きようがない。
そもそも、列車である以上、線路からは出てこれない事に違いはないだろう。
おかしな話だけど、この世ならざる者達ってのは、それなりのルールに縛られる……そう言うものなのだ。
その大きなモノは、ゆっくりと目の前を横切り……遠ざかっていった。
ただ、違和感もあった……確かに止まる寸前のはずではあったんだけど、その割には速度も結構出てた。
今のスピードだと確実にオーバーランだと思うんだが……?
考えてみたら、今は厚木駅って小田急厚木駅と繋がってるけど、昔はどうだったんだろう?
昔と今で駅の場所が変わってたり、そんなのザラだ。
だとすれば、ここに居ても何の意味もないのかもしれない。
それに、場所が変わってるとなると、跡地を探せってなるけど。
地図を見ても、そんな痕跡とか残ってるようには見えなかった。
今なら、線路に入っても問題はないだろう……さっきのデカいのを追いかけてみるか?
いや、境界の世界は唐突に入って、唐突に追い出される。
見つかったら、元も子もないし、深入りしたら戻れなくなる可能性だってある。
いよいよもって、本格的に手詰まりだった。
……俺は、何も出来ないのか?
「いや、待てよ……。線路が繋がってるところなら、どこでも行けるってなると……」
不意に頭よぎったのは、オカ板の書き込みとアーミーの言葉。
音だけが聞こえる寒川の住宅街の幽霊列車。
アーミーが言っていた線路がつながってるなら、それはひとつの世界と言う言葉。
そして今、目の前を通り過ぎていった見えない列車。
アーミーには聞こえて、俺には聞こえなかった電車の音。
なにより、さっきから右から左……橋本方面へと向かうのしか居ない。
……なんで一方通行なんだ? そう言うルールに縛られてるんだろうか。
なんとなく、繋がってきたぞ。
そもそも、姉さんクリア条件とか言ってたけど、それはあくまで状況からの憶測に過ぎない。
姉さんがこっちに戻るってだけなら、そんなクリア条件達成とかむしろ、どうでもいいんじゃないか?
……むしろ、ふざけんなバカ野郎ってとこだ。
コンビニの駐車場に新しく入ってきた車のヘッドライトが辺りを照らす。
その瞬間、また空気が変わったのが解る……。
周囲の騒音も戻ってきた。
まったく、我ながら随分とまぁ場馴れしたものだ。
「……アーミー! 多分、突破口が見つかったぞ!」
アーミーに連絡して、第一声がそれだった。
「ミノムシくん、いきなりだね。なにか思いついたってとこかな?」
「ああ、考えてみればクリア条件とかどうでも良かったんだ。さっき言ってた住宅街の音だけの幽霊列車。それってどう言うことだと思う?」
「……ああ、それもさっき言ってた平塚在住って人が書き込んだみたいでさ。チャットで色々話聞いてたとこ。昭和20年2月17日の話も聞けたよ」
「それは割とどうでも良さそうなんだけど、なんだって?」
「うん、細かい日付や細かい状況とか良く解らないみたいなんだけど、昭和20年の2月に厚木の海軍基地に空襲があって、そのついでみたいに厚木駅も機銃掃射されたんだって……。ちょうど電車が止まってて、人も大勢いたから死人もかなり出たらしいって……」
「なるほど、姉さんの言ってた状況と一致するな。おそらく、その悲劇を回避するとかそんなのが条件なのかもしれないな。けど、それはむしろどうでもいいと思う……。住宅街の幽霊列車……多分、そっちが本命だ」
「よく解んないけど……。クリア条件は無視するってこと?」
「そう言うことさ。脱出するだけなら、別の方法だって、ありだろ?」
「確かに、こっちの目的ははっきりしてるから、あっちの事情とか意図とかお構い無しでもいいのか」
「ああ、つまり強硬策を取る。俺、どうもその手の怪異とかを問答無用で粉砕する……そんな感じらしいからね。恐らく、後先考えなければ、このまま線路上に行って、さっきの気配を追いかけて、吶喊すれば、解決はすると思う」
「……それやったら、多分不法侵入で君が警察のお世話になるんじゃないかなぁ……? ここらの電車なんて、柵すらなくって、普通に線路渡ってる人とかもいるけど、そっちは色々セキュリティとか入れてるって聞くよ」
まぁ、実際……線路脇の柵には、有刺鉄線とか張られてて、この柵の内側に入ってくるなと言う強い意志を感じさせる。
確か、横浜線の相原あたりの踏切で、置き石やら線路へのいたずらとかが多発したとかで、JRも本腰入れた対策を始めるようになったんだよな。
なんでも、危うく満員電車が脱線一歩手前みたいな状態になったとかで、警察沙汰どころかニュースにもなってた……。
大方、悪ガキの仕業なんだろうけど、そう言う洒落にならん事をするなと言いたい。




