邂逅列車①
1999年2月。
かつて、80年代の頃。
ノストラダムスの大予言とやらで、この年の7月だかに世界は滅亡するとか、まことしやかに言われてたものだけど。
実際にその年になってみると、そんな気配は微塵もなく、今や誰もそんな予言など気にしなくなっていた。
まぁ、20世紀と言う一つの区切りの終わりでもあるのだけど。
……季節は冬。
2月の半ばを過ぎた辺りで、寒さのピークも超えて、早いところでは梅の花が咲いていたりするのだけど。
東京では、むしろ大雪が降ったり、冬本番。
まぁ、この町田は八王子と違って、幾分か温暖で別に水道管が凍ったりもせず、過ごしやすい。
山一つ超えるだけで、随分と違うものだ。
平成元年にこっちに引っ越してきて、今年は平成11年。
10年の歳月が経ってしまった……光陰矢の如しとはよく言ったものだ。
色々と無くしたものもあれば、拾う物もあった。
そんなある日のことだ。
たまたま回ってきた平日休み……さりとて、何の用事もなく、眠くもならずで、一人ゲームをしつつ、無為に時間を過ごし、深夜ニ時を回ったころ……。
携帯電話の着信音が鳴り、微睡みかけていた意識が強制的に現実引き戻された。
「はいよ……お久しぶりぃ……」
こんな真夜中に携帯が鳴るとか……休みなのを気付かないで、誰か従業員が呼び出し電話でもしてきたのかとも思ったのだけど。
違った……。
なんと言うか、珍しい人からの連絡だった。
「やぁやぁ、見延くんお久しぶり。深夜の突然の連絡……痛み入る。けど、その様子から寝てたみたいだね……済まないことをしたようだ」
灰峰姉さん。
俺の姉貴分のようなもので、もう随分と長い付き合いになる友人だった。
かつては、毎日のように顔を合わせていたのだけど、お互い社会人になってからは、そこまで頻繁には会っていない。
思い出したように、釣りに行ったり、深夜一緒に飯を食うとかその程度の付き合いだった。
あいも変わらず、お互い浮いた話のひとつも無いのだけど、会えば変わらず、気兼ねのない会話に華を咲かせる……まぁ、そんな間柄だった。
「プレステやりながら、ウトウトしてた……。まぁ、起きちゃいる……どのみち、日が昇らんと本格的に眠くもならんのよ」
「相変わらず、不健康な生活をしているようだね。けど、助かったよ……こんな時間に起きていそうな知り合いなんて、君くらいのものだからね。今日は平日なんだけど、仕事じゃないのかい?」
「こないだちょっと緊急で土日仕事してたから、今日は振替休日って事で休みになったんだよ。仕事柄この時間は昼間みたいなもんだから、眠くもならん……。せっかくだから、車で出掛けようとも思ったんだが、この時期、釣りもキツいからねぇ……めんどくさくなったから、ゲームやってた」
「そうか。正直、またぞろ遠くにいるようだったら……ら、あ、諦めようと思ってたんだ……だ」
……なんだろう?
デジタル携帯なのに、妙に雑音が酷いな。
それに声がダブって聞こえる……。
「休みだからと言って、夜になったら眠くなる訳じゃないからね……。この所休みの前の日は、大抵こんな風にゲームやらパソ通の書き込みとかやりながら、夜明けを待つ。そんな調子さ……ああ、悪い。ちょっと電波が悪いみたいだ。一度かけなおそうか?」
そう言って、一度終話ボタンを押そうとする。
「駄目っ! それは待って! すまない、実を言うと、今、君と携帯で繋がってるのが奇跡みたいな状況なんだよ……だから、まだ切らないで欲しい」
なんだか焦った様子の姉さん。
その剣幕に、携帯を切らずに再び耳元に持っていく。
「……状況が判らんな。繋がってるのが奇跡って……そんな僻地にいるのかい?」
「僻地か……ある意味そうかもね。けど、山の上とかってそんならしいね。山奥でもピンスポット的に携帯が繋がる所があるって話は聞いたことあるよ。多分、今もそんな感じなんだろうね」
こりゃ、なんとなくだけど……いつもながらの雑談とかやってる雰囲気じゃないな。
問答無用で、状況を聞くか……この様子だと、またぞろ妙な面倒事に巻き込まれてるっぽいぞ。
「さて……ご用件は? この所ご無沙汰だったけど、姉さんに限って、寂しかったから……なんて、殊勝な理由じゃないだろ。またぞろ、終電ぶっちぎりかなにかかい?」
……この人からの深夜の電話は、大体ロクでも無い話ばかり。
終電乗りそびれたから迎えに来て、なんてのはまだ可愛いもの。
いつぞやかは、宗教にハマった共通の知人を単身説得しようとしたら、郊外のファミレスに連れて行かれ、不毛な説得を試みていたら、いきなり宗教仲間がゾロゾロと来て、逃げるに逃げられなくなったとかで、ヘルプコール。
友人だからって油断して、車で乗せていってもらったらしいのだけど、相手は始めからただで返すつもりも無かったと言う……。
で、俺がその郊外のファミレスまで車で迎えに行って、トイレの窓から脱出してきたところを拾って、エスケープ!
向こうは拉致監禁位する気だったのか、執念深く車で追ってきたんだけど、峠道へ逃げ込んで軽く振り切ってやった……。
まぁ、四人も乗った軽なんかで、峠でノンターボのS13で、ターボ車を煽り倒すなんてやってた俺に追いつける訳がない。
「ああ、うん……その方がまだ気楽だったかもね。さて、どこから説明すべきかなぁ……。まず、今……私は相模線に乗ってる……そのはずだったんだがね」
……相模線。
東京の最果て、八王子から橋本を経由して、厚木、平塚と海の方まで行けるJRのローカル線だ。
もっとも、その実態は単線で無人駅もポコポコある首都圏あるまじきローカル臭を誇る過疎路線だ。
町田在住の俺自身はあまり縁はないのだけど、学生時代横浜線使ってたから一応知ってる。
八王子から相模線直通もたまに出ていて、うっかりコレに乗ってしまうと、橋本で乗り換えないと訳の解らない所に連れて行かれる上に、ホームにこいつがいる限り、次の電車は来ない。
当時の横浜線はおよそ15分間隔くらいで動いていたので、相模線直通が来ると30分待ちが確定する。
乗ったところで、結局橋本で乗り換えて、次のを待つ事になる。
……素晴らしく邪魔だった事を覚えている。
車だと129号へ出る際に、裏道通って行くとほぼ確実に踏切を通過するので、むしろそっちの方で覚えてる。
線路周りも草ボウボウで草をかき分けて走ってるような場所もあるくらいには、保線も雑でやる気ってもんが感じられない……ある意味、不遇路線とでも言うべき路線だった。
ただ……今は深夜二時過ぎ。
さすがに、終電もとっくに終わってる。
そのはずなのに、乗ってるって……なんだか現在進行系で話してるような……?
「どう言う事? こんな時間……終電なんて過ぎてるじゃん!」
二時なんて言ったら、どこの駅も営業終了。
夜行列車でもない限り、走ってるわけがない。
こりゃ……またぞろ、非日常系の予感がするぞ。
「そうなんだよね……。普通に八王子から相模線で家に帰ろうとしてたんだ。実は下溝駅で降りれば、割と近いんだ。たまたま八王子に行く用事があったんだけど、色々あってすっかり遅くなって、普段使わない相模線を使って帰れば早いって思ったんだけどね……」
「そいや、家の近くに相模線通ってるとか言ってたっけ。と言うかどう言う状況なんだよ。ヤマキュウよろしく、車庫にでも連れて行かれたってとこかい?」
山田久太郎……まぁ、俺らの共通の年下の友人なんだが。
奴は、小田急で居眠りして、車庫まで連れて行かれたことがあるらしい。
居眠りとかで回送に乗ったままでいると、大抵駅員が起こして、強制退去させてくれるはずなので、どうやったら、そんな事になるのか、謎ではあったのだけど。
まぁ、気付いたら真っ暗な車内で誰も居ないし、どう見ても車庫……。
その後、それなりに大変だったらしいが、なんとも杜撰な話ではあった……。
「車庫の方がまだ良かったよ。ちょっとまずい事になってるみたいでね……。まず車両からして超レトロ。芦ノ湖行くのに箱根登山鉄道のふっるいヤツに乗ったことあるんだけど、あれと同時代の代物っぽいんだよな……。そもそも、これ電車じゃない……ディーゼル車だとは思うんだけど、エンジン音とモーター音が混ざって聞こえてたからね。ディーゼルエレクトロリック? 車両プレートにはキハ1001って書いてあるんだけど……。ちなみに、色は朱と白のツートンっぽいね……相模線って青だけど、昔はこんなだったって聞いてる。それと製造年昭和10年とか書いてある、なんだこれ? 70年前の気動車? 字体とか味がありすぎるなぁ……」
……意味がわからん。
まぁ、気動車……ディーゼルエンジンで動く電車は別に珍しくもない。
うちの田舎の津山線は、未来永劫電化はしないだろうし、八高線もディーゼルで、来てると排ガスの匂いが臭くてって辟易してた覚えがある。
でも、相模線はオール電化路線だ。
ローカル線と言っても、まがりなりにも首都圏エリアを走る電車……ブルーのステンレス車両だったはず。
そんな昭和10年の骨董品を引っ張り出して走らせてるなんて話、聞いたこともない。
「……なぁ、姉さん……今どこにいるんだ? それに何に乗ってるんだよ!」
「うーん? 相模鉄道とか書いてる時点で、こりゃ現役車両じゃないな……知ってるかい? 昔、相模線は相鉄だったんだよ。いやはや、ほろ酔い気分で橋本で横浜線から乗り換えた所までは良かったんだがね。何も考えずに相模線のホームに来てた車両に乗ったんだが……まさか、こんなのだったとはねぇ」
慌てて、ロードマップを引っ張り出してきて、地図を見る。
俺の想像通りなら、姉さんはかなりヤバい状況なのだと思う。
「……外の様子は? 止まる様子はあるかい?」
「外は田園風景って感じなのかな? 高い建物なんて一つもないし、電線もまばらだ。乗客も見当たらないし、運転席も空……なんと驚きの二両編成だ。うーん、どうやって動いてたのか見たかったなぁ。ちなみに、今は厚木駅に止まってるところだけど、ここで降りるのは、考えものだな。……旧字体の時刻表や駅名の看板も見えるんだが、現実味ってもんがないな。……ははっ! これは過去に時空転移してるとかそんなところかもね……けど、人影もないとなると、まだ狭間なのかな? 君とこうやって連絡ができるとなると、現実世界との繋がりも完全に途切れていない……そう言うことのようだ」
……一応、この灰峰姉さんは常識ってもんを弁えてるから、こんな時間に連絡してくる時点で、何かあるとは思ってたけど、案の定だった。
うーん、いよいよ時空を超えたか。
まぁ、前にもドッペルゲンガーに会いに行くとか称して、変な世界に連れて行かれたこともあったし……。
それとも、これは異世界拉致パターンか?
けど、そんなとこから携帯繋がるとかどうなってんだか……。
なんて感心してられる状況じゃないわな。
「ああ、状況は概ね理解したよ。なぁ、俺に出来そうなことはあるかい? さすがに俺一人で異世界から救出とか無理だぞ」
とりあえず、冷静に……。
俺が騒いでもどうしょうもない。
ちなみに、姉さんの狂言の可能性は始めから除外してる。
……いくらなんでも設定凝り過ぎだっての。