02
まずは現状の把握です。
中庭でのお茶会の後。剣術の授業があるという兄様たちと別れ、私はメイドさんに連れられて自室に引っ込んだ。
ちなみに名目はお昼寝。なんせ私、4歳児なのです。わっかいわ~。前世ではしっかり成人していましたからね。中身成人しているのに体は幼女。若返りですよ。女としては喜ぶところ、なのでしょうか…? この先起こりうる世界破滅がなければ喜べたかもしれません。
「ではお嬢様。何かあればお呼ください」
寝巻きに着替えさせてくれたメイドさんが一礼し退室する。
耳を澄まし、足音が遠ざかったのをしっかりと確認してからベッドからもそもそと這い出る。
寝室から出ようとドアに向かう――その途中にある姿見の前を通った時、鏡に映る自分の姿が視界に過ぎった。思わず鏡に近付きまじまじと見つめる。
ふんわりとウェーブのかかった青銀の髪は腰ほどまで長い。髪の毛細い。さらさら。指を通してみる。全く引っ掛からない。手触りいい。
大きく見開かれた瞳はキラキラ輝く紫水晶。ぱっちり二重。睫毛、長い。マッチ棒が乗りそうです。
すべすべの白い肌――なんせ4歳児。ぴちぴちです――にふっくらピンクのほっぺ。愛らしい。
これは将来、間違いなく美人になりますね。ゲームのユニシェルは16歳だったので、美少女でしたが。成人したらきっと美女。将来が本当に楽しみです。
見れば見るほど、ゲームのヒロイン――ユニシェル・エリシオンです。
「これはやっぱり…ふぁんたすてぃっく・こんちぇるとでまちがいない…?」
思わず呟いた。いや待て。決め付けは早計です。たまたま似たような髪色目色でたまたま同じ名前ということもワンチャン。ワンチャンある? あるかもしれない。そうであってほしい。
往生際悪く、うだうだとそんなことを考える。
気を取り直して、寝室を見回す。壁際にある本棚が目に入った。近付き背表紙を確認していく――書かれた文字は無論、日本語ではない。でも不思議と読むことが出来る。素晴らしい、さすが異世界転生。ここで過ごした4年間がしっかりと私の身に付いて…いや待って待って。文字読めるの4歳児。これが英才教育? すごいな貴族の子女!
試しに、辞書みたいに太い一冊を手に取り、ぱらぱらとめくってみる。――うん、さすがに難しい文章はわからない。単語が読み取れる程度だ。そうだよね、私4歳児だし。いや単語読めるだけでもすごいですけどね!
他の本も確認。よくよく見れば絵本みたいなのや童話っぽいものが多い。そういえば、ここにあるのは私を寝かしつけるために兄様たち――たまに、父様――が読んでくれるための本だからだろう。比較的易しめのばかりだった。
何冊かの本を確認。創世神話みたいなのが子どもにも理解出来るよう童話風になっているものがあった。女神テリオスルキアが世界を創り、海を、空を、大地を創り、生物を創って…うん、これゲームのプロローグで見ました。なんてこったい、確定じゃないか。いやわかってましたけどね!
ああ、よく似た全く違う世界であってほしかった…。
しかし、嘆いてばかりもいられません。私は本を棚に戻すとベッドの脇にあった椅子に腰を下した。
ここが乙女ゲーム『FANTASTIC CONCERTO-詩に彩られる世界-』の世界だと確定してしまったのなら、次にやるべきはこれからの対策です。どのエンディングを目指すかを決め――といっても、女神復活ハッピーエンド以外ありえませんが。
自ら女神なんぞになるつもりはないし、生贄になるのは絶対にごめんだ。後から来るであろうもう一人のヒロインを犠牲にというのもなし。私は赤の他人のために自分を投げ出せるような善人ではないし、だからといって目の前で誰かを犠牲に出来るほど図太くもない。
ハッピーエンドを目指すならば、まずは必須となるのはステータス数値の確保。各ステ最後のイベント時には200オーバーしていないといけない――ちなみにステータス上限は240である――剣術、魔術、礼儀作法にそれらに付属するさまざまな知識、街での友好値――街でのヒロインの評価。つまり好感度? コミュ力必須っているかこれ乙女ゲーに?? つくづくこの乙女ゲー、恋愛関係以外に力入れすぎですよね!? その分全エンディング見るための攻略楽しかったですけれど! スチル集めきった時の達成感ハンパなかったですけれど!!
しかし、乱数調整…リアルでは出来ませんよね。どうしよう、これ? ステータス見えないので、どのくらいやればいいかわからないのがつらい。ギブミーステータス画面。これで1足りないとか勘弁願いたい。そしてカンストしていた場合やり損になるのも嫌だ。
……いや、でも待って? これ、考えようによっては…物凄くラッキーですよ?
本来のゲームなら、育成期間は約1年。ゲームスタートが主人公16歳の9月。今現在の私は4歳だから…単純に考えて12年の猶予がある。これって余裕では? グッジョブ異世界転生!!
今のうちからステータス育成しつつ、本来ならゲームスタートしてから知り合う攻略対象たちと知り合い、さらには仲良くなっておけば…後はヒロインが召還された後にヒロインに集中的に会いにいって友情度を上げて…! よしよしよし! いけますよ!!
そうと決まれば、まずは攻略対象たちと知り合わねば! 頑張ります!!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『FANTASTIC CONCERTO』の攻略対象は、メイン8人に隠しキャラがそれぞれのヒロインに1人ずつで2人。
この国――ちなみに国の名前はアヴェンシアである――の王子に王子の専属近衛騎士、街中の警備を担当している黒の騎士団に所属している第二部隊々長さん、その部下となる騎士、魔術院に所属する魔術師に見習い魔術師、街中で出会う吟遊詩人に旅の商人。
そして、イベントをこなしフラグを建てないと出てこない隠しキャラ――ユニシェルとしての攻略対象は以上の計9人だ。
さてどうするか…んー…よし、まずは近場からいきますか!
少し考えて、すぐに結論する。地固め大事。それに、現時点で会えるキャラもたぶん限られる。まずは居場所が確実にわかるキャラから当たるのが妥当です。
さっそく攻略キャラ(近場)へ――と思いましたが、残念ながら眠気に負けました。だって体は4歳児。小さな体にいきなり前世の記憶がどばっと入ってきたこともあり、体ではなく精神的な疲れもあったのかもしれない。仕方なくベッドへと戻り一眠りすることにしました。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
一眠りした後。
メイドさんを呼び出し、着替えさせてもらいつつ尋ねる。
「にいさまたちはどこにいますか?」
「アベル様とカイン様は、中庭で剣術の授業中でございます」
あれ、まだ剣術授業中? 私、たっぷり寝たと思ったのだけど、実はそんなに時間経ってない?
確かめたら、1時間ほど経過しているそうです。そんなもんなのか。そのままメイドさんに中庭に連れて行ってもらう。
メイドさんに手を引かれ、4歳児の短い足でとてちたと中庭までやって参りました。
さきほどお茶をしたところとは別の中庭――広いですね、この屋敷。中庭いくつあるの?――の奥、広場になっているところで剣の先生と打ち合う上の兄様と、休憩中らしく少し離れた場所に腰を下ろし、上の兄様を眺める下の兄様を発見です。
「ユニシェル?」
下の兄様に気付かれました。結構離れていたのに。すぐに立ち上がりこちらへやってきます。
「ちゃんと寝たか」
近くまで来た兄様は、膝を付き視線を近付けると頭を少し乱暴に撫でてくれました。
「はいです。めがさめましたので、けんがくにきました」
どうでもいいが、4歳児だからだろうか? 微妙に呂律が…全部ひらがなのような発音になります。中身はとっくに成人していたため、若干ぶりっ子っぽいなと自分で自分が気持ち悪い。いや、でも私はまだ4歳。現在の私は4歳の幼女。無垢な幼女のたどたどしい言葉、可愛い。若干現実逃避っぽくなりましたが気にしたら負けです。
それに、実際ついさっきまではしっかりと中身も4歳だったのだ。いきなり流暢に話し出したら怪しすぎるので、これでいいのでしょう。たぶん。無理矢理納得しておきましょう。
「珍しいな、ユニシェルが見学なんて」
言いながら、兄様はメイドさんに下がるよう手で合図をし、そのまま私の手を引いて先ほど兄様が座っていた場所まで連れていってくれる。
さり気なく兄様たちを観察する。
私と同じ、サラサラの青銀の髪と、透き通るような紫水晶の瞳。剣術の先生と打ち合っているのが上の兄様であるアベル・エリシオン。私の手を引いてくれているのは下の兄様でカイン・エリシオンだ。
髪は二人とも短髪だが、アベル兄様は右側が長いのに対し、カイン兄様は左側の髪が少し長い。一卵性の双子なので基本そっくりではあるが、アベル兄様の方が若干体格がいい。将来騎士になるべく剣術に力を入れているためである。逆に、カイン兄様は鍛錬よりも魔術のお勉強の方が好きで剣術は必要最低限。
カイン兄様曰く、「ユニシェルを抱っこできる筋力はキープしている」らしい。カイン兄様、その基準、どうかと思います。
二人とも、将来は黒の騎士団と魔術院に所属することになる――お察しの通り、攻略対象である。
アベル兄様は乙女ゲームにおける『王子』に並び王道中の王道“騎士様”である。
爽やかな笑顔を絶やさず、老若男女関係なく丁寧に接してくれる誠実な人だ。しかも強い。24歳という若さで部隊長クラス。経験がまだまだ足りず隊長にはなれないが、将来騎士団長も確実といわれている有望な人。人望も厚い。『FANTASTIC CONCERTO』には騎士キャラは3人いるのだが、アベル兄様の人気は圧倒的でゲーム内人気ランキングにおいて王子と人気を二分していた。
対してカイン兄様は容姿こそアベル兄様とそっくりではあるが、性格は真逆。笑顔どころかめったに表情を変えない鉄仮面キャラ。
寡黙で無表情。たまに喋るも口調はぶっきらぼうな為怖いイメージがあるが、本当はとっても優しく真面目な人。植物が好きで庭の一角にカイン兄様専用の花壇があり、自ら世話をしているくらいである。一部、薬草や毒草的なものもあるらしいが。くれぐれも勝手に近寄らないようにと言われているので見たことはありません。
尚、このお二人はユニシェル――つまり私――だと、特に何もせずに攻略可能。まあ攻略と言っても、実の兄妹なので、恋愛エンドではなく兄妹エンドですが。攻略出来たら問題です。倫理的に。
元から妹にバリ甘で騎士団及び魔術院でも有名――になる予定――な重度のシスコン。ユニシェル主人公の場合、他のキャラの攻略に失敗、またはステータス育成が間に合わずどのエンディングにもいかなかった場合、兄妹3人の仲良しエンドになります。
攻略難易度Eな兄様たちですが、それでもある程度の好感度はキープしないといけませんし、イベントも起こさねばなりません。足元しっかり固めましょう。
近付いた私に気付いたらしいアベル兄様がちらりとこちらを見る――すぐに先生に視線を戻し、気を引き締めるようにぐっと剣を握り直すと猛然と先生に向かっていった。
…これは、あれですか? 良いとこ見せようと張り切っている感じです??
アベル兄様。そういうのは意中の女性相手にすることであって、血の繋がった実の妹にすることでは…どうなんだろう。たぶん、しないですよね? 私前世で一人っ子だったので、そういうきょうだい間の感覚とかわかりません。
カイン兄様がハンカチをひいてくれました。ありがたくハンカチの上に座ります。
改めてアベル兄様を見る――ゲーム内の彼は24歳で黒の騎士団に所属する騎士だが、現在はまだ12歳の少年。
さらさらの青銀の髪が、今は汗で額に張り付いていて12歳なのに色気が…まだ少年なのに色気とはどういうことなのですか。真剣な表情と相手を真っ直ぐに見据える紫水晶の瞳が身内の贔屓目差し引いてもカッコいいです。
隣に座るカイン兄様ともども欠点らしい欠点はない――と言いたいところですが、残念ながら二人して重度のシスコン。本当に残念です。なんせもう一人のヒロインの場合、彼の元へ通うと…序盤はほぼ100%妹との用事を理由に断られる。
「すみません、今日は妹に早く帰ると約束しているので」
「その日は妹と街に出掛けます」
「広場のバザー? もちろん妹と、後魔術院にいる弟と一緒に行きますよ」
満面の笑みで話すアベルにコントローラー投げそうになりました。
立ち話もだいたい妹の話。別に妹はライバルキャラでもお邪魔キャラでもないのに、物凄く邪魔だと思ったのはきっと私だけではなかったはずです。
アベル兄様は――否、カイン兄様もだ――もう少し女性に対する態度をどうにかすべきだと思います。今からなら矯正出来るだろうか。いや二人の将来のお嫁さんのためにも矯正せねばなるまい。
新たな目標が設定されました。私、頑張ります。