02
火曜日――本日は魔術の授業です。
前回の魔術の授業の時に言われた通り、本日は私の属性を調べるためにトライベッカ先生が属性を調べる魔導具を持ってきてくださいました。
いつも座学の時に使用するお部屋――ちょっと広めの部屋にテーブルと椅子がある――でテーブルを挟んで正面にトライベッカ先生、反対に私を中心に両隣に兄様たちがいます。
テーブルの上にはサッカーボールくらいの大きさで、表面ツルツルで透明感のある青? 角度によっては緑にも黄色にも見える球体。前世で言うところの占い師が使っているような大きな丸い水晶玉のようなものです。魔導具というくらいですし、ガラスや水晶ではないのでしょうか。キラキラしてとっても綺麗です。
「わあ…」
水晶玉?を思わず覗き込む。逆さまになった自分の顔が映っています。
私の後ろからアベル兄様とカイン兄様も一緒にのぞき込んでいますが、イケメンは逆さになってもイケメンですね。はあ~眼福。
「ユニシェル、魔導具に手を乗せてくれるかの」
「はいです」
トライベッカ先生の言葉に、背伸びしながら手を伸ばす。と、同時に心得たようにアベル兄様が抱き上げてくれました。うん、予想してました。どっちかな、とは思いましたけど。笑顔で「あべるにいさま、ありがとうございます」とお礼を言えば、当たり前のようにイケメンの爽やか笑顔が返ってきます。至近距離の破壊力半端ない。心臓に悪過ぎて寿命縮まりそう。いや、反対に延びそう?
「ユニシェル、どうかしたかい?」
おっと、前世のオタク喪女がうっかり顔を出しました。いけないいけない。慌てて首を横に振りなんでもないと伝え魔導具へと向き直ります。
手を伸ばしかけて――急に不安になった。
私の属性――改めて考えると、私ちゃんと属性あるのかしら?
転生しているのだから、私は間違いなくこの世界の住人のはずだ。でも、前世の記憶があるのはどんな意味があるのだろうか? 前世の記憶…本当にそうなのだろうか。もしかしたら、私は『ユニシェル・エリシオン』の中に久方瑞穂が混じった――いや、憑依している、なんてことは…?
果たして『ない』、と言い切れるのだろうか――?
「大丈夫だ。怖いことはない」
唐突に沸き上がった不安に固まっていると、温かい手が頭に触れた。少し乱暴に、でも優しく。見上げた先には真っ直ぐに見つめてくるカイン兄様。目が合うと力強く頷いてる。
私を抱き上げていたアベル兄様も優しく背中を撫でてくれる。視線を向ければ優しい微笑み――不安が嘘のように霧散していく。
大丈夫――うん、大丈夫だ。
私の中には、きちんとこの世界での記憶もある。初めて父様を呼んだ日も、兄様に手を引かれ庭を散歩したこともちゃんと覚えている。きっと大丈夫。
カイン兄様に笑顔を返し、もう一度向き直る。深呼吸。左手をぎゅっと胸の前で祈るように握り、右手を伸ばして魔導具に触れた。
魔導具が柔らかな光にふわりと包まれる。
あ、光った?と思った瞬間――光の奔流が嵐となって吹き荒れた。
「ひゃっ!?」
『!?』
光が部屋を真っ白に染める――同時にキラキラと虹色に煌めく暴風が発生――反射的に兄様たちが抱きしめて庇ってくれなかったら、吹き飛ばされていたかもしれない。グッジョブ兄様たち! 素晴らしい反射神経です!!
というか何これどういうこと!? 何か物凄い大事になっている気がするんですけど!! 暴風のせいで部屋の調度品が吹っ飛んで窓も割れてるし!!
わけがわからず、兄様たちに必死にしがみつく。しばらくして唐突に暴風は止み、光もスウーっと消えていった。
「…こりゃあまた、ずいぶんと女神に愛されとるようじゃのう」
トライベッカ先生の呑気な声が聞こえた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ひかりぞくせい?」
暴風によってぐちゃぐちゃになってしまった部屋――メイドさんたちが片付け中です。全力で申し訳ない…半泣きで謝罪し手伝うと主張しましたが、兄様たちから「ユニシェルのせいではない」と却下されました――から別室に移動し一息。
テーブルを挟んで私の両隣に兄様たち、正面にトライベッカ先生が座っています。
改めて属性に関する鑑定結果とその授業開始です。
「ユニシェルは間違いなく『光属性』じゃの。最初の光の色が白じゃったろう。あれは光属性の証じゃ」
「しろ…」
正直まぶしくて色なんて認識出来ませんでした…そして次いで起こった暴風で半分パニックでしたよ。
というか、あの風はなんだったのでしょうか。属性を調べるのって毎回あんな暴風が起こるものなんでしょうか。
「トライベッカ先生。あの風は? あんなのは見たことがないです」
「それに、風が妙な光を帯びていましたね。虹のように、さまざまな色が混じったような…」
カイン兄様とアベル兄様の問いかけに、トライベッカ先生は顎ひげを撫でつつ思案するように目を閉じる。あれって毎回起こるようなことじゃないのですね。って、え、そうなの? 私だけ? なんで?
そしてトライベッカ先生、なんでそんな溜めるんです? 何か重要な理由とかあるの? あったっけ、何か特別な設定。
必死に『FANTASTIC CONCERTO』の設定を思い出す――えーと、主人公の属性はゲームスタート時に入力する誕生日と血液型で決定する。属性は火、水、風、雷、地/緑、光、闇の7つ。ゲームでは属性を調べるための魔導具なんてものはなく、主人公の属性はゲームスタート時すでにわかっていて――というか、ステータス画面に属性がしっかりと明記されている――なので、属性を調べる時にこんな騒ぎが起こるなんて初耳です。
決定した属性によって覚えることが出来る魔術が違う――自分の属性とは違う魔術も覚えることはできますが、制御が難しく暴発率がとても高い上に使えたとしても威力が極端に落ちる、そのため他属性を覚えるのは無意味とまではいかないがデメリットの方が大きいので普通は自分の属性の魔術を極めようとするのが一般的――光属性なら回復や支援系だった、はず。魔術使用時に確かにキラキラとしたエフェクトがあったけど…別にそれって特別なことではなかった…よ、ね? あれ、あったっけ特別な理由。いやないない、なかった!
怖い怖い怖い、知らない設定後付けしないでーっ!
脳内でさきほど以上のパニックを起こしながらトライベッカ先生の言葉を待つ。両隣の兄様たちも緊張しているのか少し表情が硬い気がします。
やがてトライベッカ先生が目を開け、こちらを真っ直ぐ見ながら口を開きました。
「あの暴風はユニシェルの魔力がそれだけ大きい証じゃのう」
「…魔力が、大きい」
「そして風の中に光を帯びている現象――それには一つ、心当たりがある」
「心当たり、ですか」
「うむ」
カイン兄様とアベル兄様が合いの手にトライベッカ先生はもう一度目を閉じ…今度は数秒ですぐに開き心当たりを教えてくれた。
「創世記の一節に記述がある。虹色の光を帯びた魔力――それは、女神の行使する奇跡じゃと」
まるで夕食のメニューを告げたかのようにあっさりと言った心当たりは、とんでもない言葉でした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『女神テリオスルキアは何もない暗闇の中、キラキラと虹色に輝く光を生み出しました。
光は温かさを湛え大きく広がり、基盤を創りました。
基盤の上側には空気を満たし空を創り、下側には水を満たし海を創り、海の上には青々とした肥大なる大地を創りました。
世界を創った女神は、最後に空に、海に、大地に、さまざまな命を生み出しました。』
「…うわぁ…」
寝室の本棚にあった創世記。その中にしっかりと『虹色に輝く光』の記述を発見し、思わずため息と共にうんざりしたような声が漏れてしまいました。
あの後、女神の行使する奇跡についてトライベッカ先生にもう少し掘り下げて聞こうとしたのですがいつものにこにこ笑顔で「創世記を読んでみると良いぞ」と言われ終了。そのまま授業へと突入――ちなみに本日の授業は、属性の色とその属性により覚えることが出来る魔術の系統を教えていただきました。正直、そのあたりはゲームと変わらなかったので半分聞き流していました――虹色に輝く光が気になってそれどころではないです。
『FANTASTIC CONCERTO』の主人公が女神の力を使用出来る――そんな設定、ゲームではなかった。
確かに戦闘で魔術を使うと虹色に輝くようなエフェクトはあった。あったけれど…!
たまたま? そんな深い意味はなくて、ただただそういうエフェクトなだけ?――それなら問題はない。いや、エフェクトだけ派手で実力は大したことないのは嫌だけど! 見掛け倒しとか悲しいけど!
ゲームの主人公だから女神の奇跡が使えるの?――これが一番ありそう。うん。主人公補正ってやつですね! 真っ当に努力している方に申し訳ない気もしますが、女神様復活ルート頑張るので見逃して頂きたい!
もしも――もしも、このエフェクトが本当に女神の奇跡で、私がこの力を使える理由が次代の女神であるためだったとしたら――つまりは、女神復活ルートではなく、公式が定めたトゥルーエンディングがすでに確定していたとしたら――。
ぐるぐると頭の中でいろいろな可能性が浮かんでは消える。私にとって最悪の可能性が浮かんだ瞬間、慌てて頭を振って思考を強制中断させる。だめだめそれはだめ。だってそんなの――。
「ユニシェル? まだ起きているのかい」
突然背後から聞こえた声にびくりと肩が揺れる。
慌てて振り向けば、心配そうな顔をしたアベル兄様――その後ろにはカイン兄様もいた。
「あべるにいさま、かいんにいさま」
「…寝れないのか」
カイン兄様の言葉に、一瞬迷ってから頷く。
「ぐるぐるしてねむれなかったので、そうせいきをみてましたの。とらいべっかせんせいも、よみなさいっていってましたので」
「そうか」
カイン兄様が抱き上げてくれて、あやすように背中を優しく撫でてくれる。ありがたく身を預け甘えます。
「お勉強も大事だけど、夜はきちんと寝ないとだめだよ」
アベル兄様が頭を撫でてくれる。素直に頷けば、兄様たちが「良い子だ」と褒めてくれました。
寝るだけでイケメンに褒められる、幼女の人生イージーモードですね! 現実逃避!!
「さあ、ベッドに入って。寝るまでそばにいるから」
「本、読むか?」
兄様たちの優しさに涙が出そうになります。
頑張ります――頑張りますから、どうか望む未来へと進めますように…。
未来はまだ決まっていないと。あの虹色の魔力はただのエフェクトであると。そう強く願いながら、眠りにつきました。