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その3

善は急げ。

感染は拡大の最中なんだ。話は早い方がいい。

レインの会社は「とりあえず短期で東京へ」と言ってきたけど、レインが強く意見して、正式な「異動」ということになった。現場管理者である以上、感染のリスクを増やすわけにはいかないって。そんなの当たり前だよね。

札幌の荷物は、とりあえずそのまま。大家さんは「どうせ後なんかすぐ決まらないから、そのままでいい」と、片づけが終わるまでは管理費だけで家賃なしにしてくれたんだって。聞いたら、日ごろからレインは大家さんのお孫さんと遊んであげたり、仲良くしてたみたい。そういうとこ、とってもレインらしいよね。


わずか1週間で、レインは東京に戻ってくることになった。

いま空港は新千歳も羽田もガラガラだって。

時間さえ調整すれば、電車移動も比較的、人との接触を避けられる。だいたい、彼だっていつも通勤してるわけだし。

頭では分かっていても、気になっちゃうなあ。

もう、ホントこのウイルスだいっきらい!


お日さまが雲の間から顔をのぞかせて、アタシは緑色のカーディガンを着てきたことを後悔した。真新しいパンプスに、いつものフープ・ピアス。ここ何年かでまた髪を伸ばし始めた。美容院に行けないのが辛いといえば辛い。

レインがアタシのすっぴんを見て「かわいい」って言ってくれたから、今はたれ目やおちょぼ口を隠すようなメイクはしなくなった。コンプレックスに効く特効薬を、アタシは知ってる。

羽田空港には、ホントに信じられないくらい誰もいないんだな。レインを見送った時は、あれだけの人でごった返していたのに。

あの日、アタシは遠くに行っちゃうレインを見送りにここへ来た。

DJを通じてアタシたちには特別な絆が芽生えていたけど、レインにとってアタシはあくまで大事な仲間で、それ以上じゃなかった。

だから、アタシは彼への思いを羽田に置いてくるつもりだった。

そして、出発のたった30分前に…今でもよく分からない奇跡が起きて、アタシたちは同じ道を歩いていくことになった。

決め手は、アタシがあたふたテンパってる姿。そんなの、ある?今でも思い出しては恥ずかしさがこみ上げてくるけど。

でもサイコーの思い出だよ。

スマホが鳴った。レインには「空港に着いたら連絡して」と言ってある。

「到着したよ、サニィ。」

「お疲れさま。第2ターミナルだよね、2階の出発ロビーの車寄せまで来てくれる?いま、行くから。」

「…どういうこと?家で待ってるんじゃないの?」

「後で説明するから。」

アタシはそう言ってスマホの通話を切った。


まばらな人たちからさらに離れて、ポツンと一人で立ち尽くすマスク姿のレインの姿が見えた。やっぱり、荷物はそれなりにたくさん持ってきてる。

「レイン―!」

アタシは大声で声をかけながら、手を振って近づいた。

小柄なレインが、目を丸くしてこっちを見ていた。

アタシと、アタシが運転する青いセダンを。

「おかえり、レイン!」

「ただいまサニィ…これ、どうしたの?」

「いいから早く乗って!ここ駐車禁止だから、早くしないと怒られちゃうよ。」

その言葉を聞いて、レインはいつもの機敏さを取り戻した。急いで荷物を後部座席に放り込むと、自分は助手席に乗り込む。

アタシは颯爽とギアをドライブに入れ、滑らかに車を出発させた…つもりだったけど。やや加速が速かったみたいで、ガクンと頭が後ろに振れちゃった。

「…ごめん。」

「いや、大丈夫…この車、どうしたの?」

「レンタカー。」

「どうして…いや、いい。ありがとう、サニィ。」

言わなくても彼は分かってくれている。アタシがどうして、こんなことしたのかを。

バカげてるかもしれないけど、家のことと同じなんだ。

アタシは改めて、そろ~っとアクセルを踏み込んだ。

「レンタカー屋さんも消毒は徹底したって言ってたけど、アタシも除菌シートでひと通り拭いたよ。それでも気になるようだったら、そこにシート置いてあるから拭いてね。」

レインは除菌シートの箱を手に取り、一枚取り出して丁寧に拭いた…自分の手を。

それから、その手をパーにしてアタシの方に突き出した。

「ホントにありがとね。感謝してるよ。」

アタシはその手に軽く手を合わせ、ハイタッチした。

「車の運転できるなんて知らなかったよ。」

「いや、めっちゃ恐いよ。今でも。」

アタシはそう言って、ハンドルをぎゅっと握った。レインがいるからさっきより安心してるけど、経堂からここまで来るだけでも大試練だったんだから!

「ペーパー歴だけは長いけど、運転するのって地元に帰った時だけだから。東京って、なんでこんなに標識が多いの?」

「…俺、運転替わろうか?」

レインの顔が、心なしか引きつっている気がする。

「レインもそんなに運転うまくないじゃない。」

「まあ、北海道なら大丈夫だったけど。都内は…自信ないな。」

「じゃあ、条件は同じだね。ならアタシが運転するよ。来た道を帰ればいいんだから、できるはず!」

そう言いながも、視線は標識を追っかけるのでいっぱいいっぱい。肩に力が入りまくってる!

「レイン、疲れたでしょ。寝ててもいいよ、家に着いたら起こしてあげるから。」

「あはは、ありがとう。でも大丈夫だよ、元気だから。」

そう、実際は寝るどころの気分じゃないだろうね。

感染する以前に、事故に遭ったら本末転倒だもん!

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