【第6話】お手手のシワとシワを合わせられなくて、なーむー
残り、3。
真綿で首を絞めつけられるように、
ゆっくりと、そして確実に刻まれていた俺の命のカウントダウンは、
頭の中に響いた「バトルが終了しました」の声と共に、停止した。
「た、助かった・・」
膝に力が入らなくなり、腰から落ちるようにそのまま地面に尻もちをつく。
「あー結構ギリだったね。セーフ」
エリカは俺の残りLPが展開された空中のウインドウに顔を近づけながら、
「クエストを達成してから3時間はLPの減算が止まるから。
まぁボーナスタイムみたいなものね」
「そうなんですね。本当に助かりました」
俺はホッと、胸を撫で下ろす。
「ただ、LPについては気を付けて欲しい」
言葉の意味が持つ深刻度を敢えて強調するように、
一拍間を置いてから、エリカは俺に向き合って話しを続けた。
「今こうして瞬きを一回しても、戦闘中に技を使っても、
何かモノを買った対価としても、自分の行動が伴う全ての場面で必ず無くなるから」
そうだったのか。
戦闘中は勝手にLPが減っていくものだと思ってたけど、
走って、呼吸して、逃げていた行動の一つずつをキッカケに減っていたんだな。
本当に人間の寿命みたいなものか。
いや、戦闘中に技を使う際だってそうだし、
短期的に訪れるイベントに対して常に大幅な変動の余地があることを考えると、
悠長に寿命だなんて構えてられないな。
生きるために必要なあらゆる要素が、
ライフポイントの一点に集約されている。
何か判断を間違えたら、即死もあると。
自らの命を常に切り売りして生きていく。
その重圧は、今は実感はないが俺の想像以上なのかもしれない。
「あの・・ところでさっきからなんで、
太郎さんはあんなに落ち込んでるんですかね?」
たぶん見た目からして年下の女の子なんだけど、
自然と敬語になってしまうのは童貞の悲しき性なんだろうか。
いや、これは自分の理解の範疇を超えたものに対する、
一種の防衛本能なのかもしれない。
金髪、黒肌、白塗りメイク。
今にも「いただきます」と笹の葉の束を綺麗に平らげそうな目の前のパンダ系ぽっちゃり女子は、
俺の引きこもり人生における【今後の接点の無さそうな存在ランキング】において、
地球外生命体のエイリアンと同列にある唯一無二の存在感だ。
異文化コミュニケーションにもほどがある。
さっきドラゴンに死ぬほどデカイ炎を吐き出された時と同じベクトルの恐怖を感じるんだが、どうしよう。
膝、震えないで。
頑張って、俺。
「私18だから。あいつは15。敬語とか気持ち悪いからいいよ。
こっちも敬語とか使うつもりもないし」
「15?太郎さ・・いや、太郎くんって15なの?」
二人の年齢にも驚いたが、
お兄さんは「敬語とか気持ち悪い」の発言が地味に心に刺さってます。はい。
ヒーロー然としたフルフェイスのヘルメットに隠されていて気付かなかったが、
太郎くんってかなり若いんだな。
いつの間にか近くに来ていた太郎くんをよくよく見たところ、
左右の眉毛がガッツリ繋がってる容姿だけは気になったので、
「なんでその眉毛なの?」と聞くと「険しい表情になった時、眉毛がVになるから。勝利のV」
という想定外かつ斜め上からの回答が返ってきたので、一言。
「ダサいよ」
「えっ!?」
慌てて助けを求めるようにエリカを振り向く太郎だが、
「すっごくダサいよ」
一刀両断。
むしろ破壊力が上乗せされた最上級の直撃をくらい、即KO。
その場で膝を折って四つん這いのような体勢でうな垂れてしまった。
「あぁ、なんかごめん」
「まぁちょ~っと腕っぷしは立つけどさ。中身はヒーロー好きのただのガキだからね。
もともとさっきから落ち込んでたのも、
ここに登場する時に自分のテーマソングを歌い忘れたのが理由だから」
「自分のテーマソング・・ね」
隣りで頭を抱え込みながら、若干の涙声で「やっちまった」を繰り返す情けないその姿。
先程までの他を寄せつけない圧倒的な存在感は、すっかり影を潜めていた。
「まぁ太郎は勝手に立ち直るから放っておくとして」
「キャプテンと呼べ」
「めんどくさ」
「太郎くん、お疲れ様です」
「呼んで!お願いだからキャプテンって呼んで!」
なるほど。
これは面白い遊びを手にしてしまった予感。
向かいのエリスの目元が「気づいた?」といった感じに笑っている。
俺はたまらずに吹き出して笑ってしまった。
「あ、そろそろかもよ」
エリスの言葉が終わるやいなや、
俺の目の前に花火のような煌びやかなエフェクトが数発打ちあがり、
同時に「congratulations!」という立体的な3D文字が浮かびあがった。
その下には俺の全てのステータスが記載されたウィンドウが空中に展開されて、
獲得した経験値を表示する中抜けの四角い枠内を、
左から動いたバーが流れるように右の際まで達し、レベルアップを告げてを何度も繰り返していく。
頭の中ではその度に祝福を告げる鐘の音が響き、
余韻を残したまま次に発せられた新たな鐘の音と重なり続けた結果、
最終的にはひたすら鐘を連打されてるような完全なカオス状態に突入した。
「新手の精神攻撃かよ」
遠くの空を見上げながら現実逃避をする俺を置き去りにして、
ステータス欄の各項目の数値がマイペースに繰り上がっていく。
「海崎剣聖、レベルが20にあがりました。
ライフポイントの上限が240あがりました。
素早さが25あがりました。
かしこさが1あがりました。
運のよさが90あがりました。現状クラスの最高値です。
おめでとうございます。クラスレベル2の職業に転職が可能になりました。
ラッキープレジデントにクラスチェンジが可能になりました。
万引き犯を追いかける旅人Bにクラスチェンジが可能になりました。
追いかける恋より追われる恋をしたい旅人Cにクラスチェンジが可能になりました。
報酬として、炎竜の鱗を手に入れました」
マシンガンのように矢継ぎ早で響いていた頭の中の声が、ここでピタッと止まる。
「あんた、海崎剣聖って名前なのね~」
「おいおいおい!なんだよラッキープレジデントって、
ヒーローっぽくて超カッコいいんだが!」
えーと、どうしよう。
RPGの醍醐味といえばクラスチェンジ。
まだ見ぬ新しい扉を開いていく高揚感や希望で胸がいっぱいになる要素のはずだが、
俺の心は未だ微動だにしない水平線。さざ波すら起きてない。
心電図だったら確実に死んでます。はい。
「い~な~ラッキープレジデントい~な~」
太郎くん、やはり感性と教養に難有りなんだろうか。
落ち着いてくれ。
横文字が並んでると、
イコールでかっこいいにはならないからな?
ラッキープレジデントを直訳すると、運の良い大統領。
実務力とか判断力とか皆無だから。
相手の喋ってる英語とか全く理解ができなくて、
最終的にはなんとなく笑顔で「YES」
「国民が服着るの禁止」「YES」
「公然わいせつ罪は全て死刑」「YES」
わかるな?
この2回答で国民抹殺。
もはや恐怖しかないからな?
まぁ長くなりそうだから敢えてツッコミは入れないでおくが。
冷静に考えてみると、
今回の戦闘中って二人が助けに来てくれたこともそうだけど、
ほぼ運の要素だけでクリアしたようなもんか。
となると、ステータスの上昇要素は、
クエスト中に自分のとった行動と密接にリンクしてるってことなんだろうな。
「じゃあ、あんたのことは剣聖って呼ぶから」
「いやいや、待って。これまで当たり前のようにやってきたけどさ、
どうして俺の頭の中に響いている声が二人にも聞こえてるんだよ。
そもそもこれって誰の声?」
エリカは両手を広げて手のひらを上に向けつつ、左右に軽く首を振った。
「私もこの機械的な音声については詳しくはわからないけど、
少なくとも同じクエストに参加しているもの同士の声は、
無条件で頭の中で共有されるみたいよ」
まぁ根本的に現実世界の常識とはかけ離れている空間だしな。
そういうもんとして納得するしかないか。
「い~な~。今回も大して全体のステータス上がらんかったな~」
いつの間にか立ち上がって、すねたような様子をみせる太郎。
「あっ!」
唐突に現実を直視した瞬間、俺は思わず声を上げてしまった。
背筋にスッと冷ややかなものが伝い、
頬が硬直するのがわかる。
居ても立っても居られずに太郎とエリカの顔を交互に見返すと、
「田中太郎、上限750に対して残りライフポイントは17。
二階堂エリカ、上限532に対して残りライフポイントは38です」
頭の中に抑揚のない機械的な声が響いた。
やっぱりそうか。
心の中に鬱屈とした落胆が広がっていく。
ギリギリの戦いの中で、
ラスボスみたいな強さのドラゴンを退治して貰ったんだ。
結果的に自分たちのLPを使い果たしていても、
なんもおかしくはない。
この二人は、俺を助けてくれたせいで・・
申し訳なさと歯痒さでいっぱいになって、次の言葉が何も続かなくなった。
だが、次にエリカから発せられた言葉は意外なものだった。
「まぁ大丈夫だけどね」
意に介さずといった様子で言葉を続ける。
「私も報酬で炎竜の牙を手に入れたから。久しぶりにA級素材をゲットしちゃったしさ~」
「俺も!炎竜の鉤爪を手に入れたからな!どうするよ~新しく武器でも作るかな~」
エリカはにやりと不敵な笑みを口元に浮かべて、
「これからが勝負の第2ラウンドよ」といって、俺の右腕を持ちあげた。
「それにさ、この右腕もちゃんと戻さないといけないしね」
え?
ちゃんと戻す?
ふと視線を右腕に下ろすと、
自分の右腕の大部分がなくなっていたことを、今の今で思い出した。
「つ・・使い捨てのロケットパンチかよ・・」
「ちょ、ちょっと剣聖!」
「あー倒れる倒れるって!」
駆け寄って来る二人の気配。
そっかぁ。
ハハハッ。
この世界でも、意識って、ちゃんと飛ぶんだなぁ。
ハハハハッ。
俺の悲惨な状況なんて露知らず。
見上げた空はどこまでも青く、
太陽はさんさんと光り輝いていてさ。
なんか、ね。
超絶イラッとしました。
晴天、死ねばいい。
はい。