【外伝】笑顔のお兄さん
お兄さん、愛想いいね~。
それだけが取り柄だって?
いうよね~。
確かにこういう接客業としては強みかもしれないよね。
ただ、お兄さんみたいなタイプは、
内心で何考えてるかわからないからさ。
顔で笑って、心で泣いてみたいな。
ぶっちゃけ本心が見えない存在って怖いな~とも思うよ。
え~嘘だって、冗談だよ、冗談。
お兄さんは裏表なさそうに見えるもの。
俺、そういう深層心理みたいなの案外わかるからさ。
実は昔、精神科医をやってたことあって。
そんな風に見えないでしょ?
よく言われるわ~それ。
まぁ3年ぐらいで辞めちゃったけどさ。
もう限界だったというかね。
患者の数が増え続ける一方でさ。
その殆どが働いていても何も報われないだとか、
生活に困っていて、将来が見えなくて、
心が病んでいってるって内容がほとんどだったかな。
まぁね~わからないでもないよね~。
朝から晩まで身を粉にして働いたのに、めちゃくちゃ税金で引かれてさ、
手取りで12万を貰う人。
精神障害を装って、働けるのに働かなくて、
自宅でぽけ~っと過ごしてるだけで、
生活保護で手取りで12万を貰う人。
見た目は同じ12万でも、
そこに行きつくまでの苦労の質が全く違うというかさ。
働いた人達が納めた税金が、
最終的には働いてない人達に支給されているという理不尽な現実。
しかも彼らには当事者意識なんてなかったからね。
お金はどっかから湧いてくる泉のように思ってる。
いや~わかるよ。
俺らがしっかりやってれば、
偽りの精神障害者は生まれなかったっていうんでしょ?
俺だって真剣に患者と向き合って来たけどさ、
まともな睡眠時間さえとれないような激務に追い込まれて、
医者の数も減っていく中で、
自分に任される患者の数は毎日のように増えていく。
やりたいことと、やれること。
その狭間でなんとか心の折り合いをつけながらさ。
ちゃんと一人一人と向き合って、
本当にその患者が精神障害を患っているかなんて、
正確な判断はできなかったよ。
そもそも患者が嘘をついているという前提で、
疑いの目を向けながら診療している医者なんていないでしょ?
なんだろうね。
当たり前のことを当たり前のようにやっている人達が損をするというか、
正直者が馬鹿をみるというか、
世の中の為に、次の世代の為にって、
真面目に現実と向き合って働いている人達ほど、
不公平感を抱いてしまう現実はあったのかな~とは思ったけどね。
超が付くような高齢化社会に突入して、
世の中に爺さん、婆さんが増えに増えてさ、
それを支える世代の働く人達にかかる負担は増していく。
いくら働いても自分の生活の質は全く上がらない。
むしろ月日を重ねるごとに悪化していく。
将来を考えている人がいて、ゆくゆくは結婚したい。
出産もしたい。
ただ、目の前の現実は?
自分の生活だけでも不自由しているのに?
毎日、こんなに働いているのに、なんで余裕がないの?
税金って、なに?
それってなんの金?
誰から搾取した金?
私たちの幸せの為に使われるべき金じゃなくて?
おかしいでしょ。
認められるわけがないでしょ。
やり場のない怒りと、未来への絶望で、心を壊す。
なんというかね。
中には生活をする上で、本当に援助が必要な人たちもいるのにさ。
偽りの弱者が守られる一方で、
本気で困ってる人達に最後のセーフティーネットが届かない現実は、
なんか胸が痛くなったし、
聞いているだけでもやりきれない気持ちになったよね。
どんなに規則を厳しくしても、
すり抜ける存在は必ずどこかにはいる。
結局のところ、悪知恵が働く奴というかさ、
要領よく生きて行ける奴だけが得をしていく世の中なのかな~なんて。
殺したい?
唐突に怖いこと聞くね~。
さすがに殺したいとまでは思わないかな~。
そういう俺もつい最近までさ、
親の金を使って自由気ままな失業ライフを送っていたから、
働かない存在って観点からしたら同じ括りだしね。
自分の生活がなんとかなってしまうなら、
別に働かなくてもいいかなって気持ちは少なからずわかるからさ。
俺は働かなくても生きていける環境があった。
世の中にはそうじゃない人達もいる。
ただそれだけでしょ。
俺は嘘をついて生活保護を貰っているわけではないし、
税金だって親がちゃんと払ってるけどさ。
それだってある意味では生まれ持った環境の一部でしょ?
才能だって同じだよ。
誰でも生まれ持った差はあるけれど、
そんなものをいちいち罪だなんだっていう奴の気がしれない。
それはただの世間知らず。被害妄想だ。
現実を現実として受け止める度量がないのを、
他人のせいにして責任転嫁しているだけでしょ。
って、あれ?
これってなんの話しだったっけ?
ごめんごめん。変なスイッチ入っちゃってさ。
え?医者の守秘義務?
ちょっと~笑いながら怖いこというよね~ホント。
この世界でも法律とか、取り締まる警察官とかいたりするの?
聞いたことない?あ、そう。
法律がないとか、ちょっと怖いけどね。
だって、もしお兄さんがさ、俺のことを殺してしまったとしても、
なんの罪にも問われないってことでしょ?
確かにそうですね~って怖い怖い。笑ってる場合じゃないってば。
結構、やばい現実だからね。
そうか~だったら自分の身を守れる職業に転職した方がいいんだろうな。
ゲームの世界でもよくあるじゃんか。
戦士とか、武道家とか、実戦向きで強そうなの。
無い?なんで?
早いもの勝ち?
既に存在している同じ職業は誰にも選べない感じなんだ。へぇ~。
なんでなんだろうね。
それにしてもお兄さんペン回しが上手いよね。
さっきからず~っと手元を見ないでクルクル繰り返してさ。
そういう職業?
え?これって笑うところ?
急に真顔でいわれて、ちょっと拍子抜けしたというかさ。
お兄さんサラッとボケたりする人なんだね。
この写真は?
あ、これってお兄さんの若い時の写真なんじゃない?
へぇ~ホント今のまんま若くなった感じだね~。
高校生ぐらい?
曲がったことは大嫌い、みたいな。
明るさの中にブレない芯が備わってるイメージだね。
今はなんというか、そうやって笑う表情の中で、
たまに隠しきれない陰を感じる時があるというかさ。
まぁ長いこと生きてれば、
誰にも話せないような苦労もあるだろうし。
陰のない人間のほうが不気味な存在かもしれないよね。
あっ、ごめんね。俺の悪い癖でさ~。
どうでもいい詮索をしてしまうんだよね。
そっか~10年以上も前の写真なんだね~。
隣りの小さな女の子は誰?
知り合い?
そうなんだ~。よく笑ってて可愛いよね~。
いや、この子は見たことはないよ。
違うか、この子が10年経った時の姿を思い浮かべないとな。
今だと16~8歳くらい?
ん~それでもやっぱり見てないと思う。
知り合いにも聞いてみる?
ちょっ、待っ、待ってってば。急に詰め寄らないでよ。
やらないって。大丈夫。
落ち着いてよ。
どうしたの、急に怒って。
そんな怒るような内容だった?
わかったよ。
もうこれ以上は何もいわないよ。
ただ、せっかく探してるんならさ、
色んな人に聞いた方がいい気もするけどね。
この世界ってありえないくらいに大きくて広い感じがしない?
俺もこの町で3箇所目の滞在になるけど、
全容はま~ったく見えてこないしな。
そんな途方に暮れてしまうような世界の中で、
たった一人の存在を探し出すって、
努力でどうこう出来る問題じゃないと思うんだよね。
聞いてる?お兄さん。
まだ怒ってるの?
つうか、日中のこんな時間なのに、
この職業案内所ってお兄さんしか働いてない感じなんだね。
違和感あるというか、殺風景な感じというか、
なんでかな~って思っただけだよ。
ちょっとちょっと、
真顔が怖いよ、お兄さん。
愛想が良いことだけが取り柄だって、
自分でもいってたじゃんか。
あれ?
手元で回していたペンは?
もう必要ない?
必用ないって、どういうこと?
お兄さん、あのさ。
大丈夫?
その体、なんで消えていってるの?
違う?
俺?
怖いんだけど。
なんで?
なんの笑顔なの、それ?
お前さ。
いったい誰なんだよ。