【第5話】俺の名はキャプテン・ゼロカイザー
「ところで俺さ、コーヒーが大好きなんだよね」
「えっ?」
「眠気も覚めるし、香りも好きだし、味も好き。
生まれ変わったらキャプテン・コーヒー・ゼロカロリーに改名しても良いレベルで好き」
「待って、俺、死にそうだから!」
地鳴りのような音を響かせながら、
迫り来る後方からの脅威。
もはや振り返る勇気もないが、
謎の声の独演会は一方的に続いて行く。
「たださぁ飲んだら確実にお腹をくだすんだよね。
冗談かと思うくらいに速攻でさ。
その結果、俺は一つの答えに達したんだ。
俺の飲むコーヒーにはもれなく下剤がぶちこまれてる。
謎の組織から送り込まれたプロの下剤仕込み屋が、
隙をみつけては、全力でコーヒーの中にぶちこみ続けている。
その辺さ、客観的に聞いてどう思う?」
「知らねぇよ!」
「これが電車のホームでさ~、
缶コーヒーとか無意識に飲んでから乗車しちゃったらさぁ大変。
行くも地獄、戻るも地獄、しゃがんだら終わる、立ってても終わる。
完全に八方ふさがりの中、ラテン系のノリで激しいリズムを刻みながら尻神様がご降臨。
下腹部にて開催される狂喜乱舞のリオのカーニバル。
もう親戚一同、家族総出のお祭り騒ぎでさ。
サンバ!サンバ!って陽気に俺を攻め立ててくるんだよね」
「あーやばいやばいやばい!」
俺はいったい、死の間際で何を聞かされてるんだ!
「ここで選択肢は2つある。
全てを諦めて尻からサンバしてしまうか、
しんどくても堪えて今を乗り越えようとするのか」
「良い話に持っていきたい雰囲気だけど、なんっっも響いてねぇからな!」
「俺はな、青年」
「なんだよ!」
「ある意味どちらの選択肢でもあるわけだ。
限界まで堪えて乗り越えようとはするけど、大体は無理だ。
最終的には失意のサンバなんだ」
「どうでもいい!心の底からどうでもいい!」
「でもな、青年」
頭の中に響いていたふざけた雰囲気の声色が、
突然、真剣なものに変わった。
「どんなに追い込まれて、情けない姿になって、
大勢の人から見向きもされない存在になったとしても。
諦めずに前を向いて、必死に這い上がろうとするその姿は、
誰かの心を打つものなんだ」
体のすぐ側を、
一陣の疾風が駆け抜けていく。
「俺の名はキャプテン・ゼロカイザー。生きる意志と共に、運命に立ち向かう者だ」
意を決して後ろを振り返ると、
もはや炎の壁にしか見えない火球の存在があった。
真正面から対峙する、その男。
臆することなく、地面を蹴って。
空中で右半身を引き絞るように大きく反る。
「これが・・」
握りしめた拳から、ほとばしる烈火の炎。
「魂の一撃だ!」
拳が描いた、真紅の軌跡。
衝突点から眩い光の矢が拡散する。
「行けぇぇええええええええええ!」
力と力がぶつかり合い、
押しては返すギリギリの均衡を保った空間を前に、
まるで時間が静止したような感覚に陥る。
音もなく、動きもなく、刻一刻と時間だけが過ぎ去っていく。
・・って、あれ?
俺、本当に動けなくね?
瞬きすら自由にできない。
そして、いつの間にか、世界が色を失っている。
静止されたモノクロの世界の中、
「あんた馬鹿なの?」
と目の前にふらりと現れた女は呆れた表情で俺にいった。
理由はわからないが、彼女だけが唯一この世界で色をまとって動いている。
「いい?時間ないから早口になるよ。
次からはこんな高難易度のクエストを一人でやらないで。
っていうか、チャレンジできないのが普通なんだけどさ」
わかりました、といいたくても何も自由がききません。
「討伐系の場合は、メインのクエスト参加者が報酬の6割。後はチーム内で均等に折半。
強敵と戦うには必然的にチームに参加するメンバーも増えるからね。
戦闘中に使用したライフポイントによっては、
サブの参加者は報酬を貰ってもライフポイントが戦闘前より減るなんてことがザラにあるわ」
なるほど。
細かくはよくわかんねーけど、
ライフポイントが戦闘においても重要そうだってことはわかった。
「だから普通はね、誰かを助けようなんて割に合わないことはしないの。
ここの参加者のほとんどがそう思ってる」
それじゃあ、なおさら思うんだが。
この人達は赤の他人の俺を助ける為に、
どうして自らの大切なライフポイントを削ってくれているんだろう。
「ただ、少なくとも、あいつは目先の損得で動かないから。
困っている人がいて、助けたいから、助けてる。
自分の心を突き動かす単純な動機だけで動いてるの。
まぁ、毎回こうやって振り回される私はたまったもんじゃないけどね」
空中で拳を突き出したまま静止するゼロカイザーに向かって、
その女は人差し指と親指を立てて銃のような形を右手で作り、照準を合わせるように狙いを定めた。
「イルヴァーナ・リフト」
すると、ゼロカイザーの体は今居た場所から消えて、
遠くに見えるドラゴンの顔の前に移動したようだった。
えっ?
こいつが移動させたのか?
「あーやばい。ちょっと無駄なこと喋りすぎて時間ないわ」
急に正面から両肩を掴まれて、ドキッとする。
「イルヴァーナ・クレスト」
呟かれた次の瞬間には、
火球を側面の位置から眺められる場所に一気に移動していた。
そして、指を一回、パチンと鳴らす。
色を取り戻した世界が、再び、動き始める。
「私は時を操る魔道士。名前は二階堂エリス。よろしくね」
目標を失った大火球が、エリスの背中越しを轟音をたてながら通過して行った。
「だぁーーっ、エリスお前、また勝手にやりやがったな!」
「許可なんかとってたら、あんた速攻で死ぬから。
さぁ太郎くん、心置きなくそのまま殴ってしまいなさい」
「偽りの名を呼ぶな、俺のことはキャプテンと呼べ!」
虚をつかれて動揺していた様子のドラゴンだったが、
急に何かを悟ったように、ゆっくりと、瞼を、閉じた。
両翼を胴体に抱き込むように畳みこむ。
ドラゴンを中心とした辺り一帯は、
目も眩むほどの神々しい光の渦に包まれ始めた。
「炎竜ガルアオロスの攻撃、エンド・オブ・ソロウが発動しました。
これから7秒後、対象を中心とした半径10キロメートルのあらゆる物質は消滅します」
久しぶりに喋ったと思ったら、
お前は本当にろくなこと言わないのな・・
ここに来て自爆かよ・・
あと7秒って・・
どうやっても無理じゃねーか!
その時、聞き間違いかもしれないが、
隣りのエリスが「大丈夫よ」と呟いたような気がした。
遠くの彼方で、自分の何十倍もの体を持つドラゴンと、
真っ向から対峙するゼロカイザー。
その一挙手一投足を逃さないとするエリスの熱い眼差しに、
不安の影は全く感じられなかった。
「よう脇役くん、最後まで盛り上げてくれてサンキューな」
ドラゴンの額の側面を、紫炎をまとったゼロカイザーの拳が、
唸りをあげて、疾走する。
「魂、燃やすぜ・・フルバースト・インパクトォォッ!」
額の形が歪むほどの衝撃をもって、
横殴りされたドラゴンの巨体が重力を忘れたように吹っ飛んでいく。
次第にドラゴンの体は光の粒となって、輪郭を崩していき、
青空に溶け込むように跡形もなく消えていった。