【第3話】RPGやったことあんのか!
瞼の裏に、
淡い光を感じた。
薄目からゆっくりと持ち上げて、光の彼方を見つめると、
雲一つない澄み渡った青空が広がっている。
頬をそよぐ風の暖かさが心地よい。
大の字に伸ばしたままの手足を、
草原の絨毯が波打つようにくすぐってくる。
いやぁ~。
気持ちいい。
こんな日はあれだなぁ。
彼女とほっこり遠足デートだなぁ。
家で作ってくれたお弁当とか一緒に食べたりしてさ。
「キミが焼いてくれた卵焼きよりも、甘くてとろける恋をしよう」
「うん、大好き!」
みたいなね。
女心を鷲掴みにする熱い決めセリフ、
かましてぇなぁ。
それにしても長閑で、落ち着いたこの空間。
夢見心地のまま、
見上げていた空の彼方。
青一色の世界に浮かんだ、赤い点。
あれは・・
思考を巡らす間もなく、
点から円に、円から巨大な塊に、
形を拡大しながらもの凄い勢いでこちらに急降下してくる。
「おいおい・・嘘だろ」
両翼を交差して内側に折り畳み、
気流を切り裂きながら滑空してくるその姿。
実物なんて見たことがない。
いや、違う。
本来は見れるはずがない、
伝承や神話における伝説上の生物が、そこにいた。
「ドラゴンじゃねーか!」
次の瞬間、
鼓膜に直接痛みを感じるほどの衝突音と、
振動が体中を貫いた。
「炎竜ガルアオロスの攻撃、グライダープレスです」
突然、頭の中で抑揚のない機械的な音声が反響する。
「誰だお前、うるせぇよ馬鹿!」
炎竜?攻撃?
なんちゃらプレス?
意味わかんねーけど人の頭の中で勝手に喋んな!
辺り一帯の地面は蜂起し、
土煙が舞い上がって視界を遮った。
ふいに右腕に走った、衝撃。
「ぐぁぁぁあああ」
巻き上がった土煙が口の中に入り、
喉の奥に張り付いて呼吸が困難になる。
「被ダメージ計測中。解析完了。情報を展開します」
再び頭の中で一方的に反響する声。
目の前にはホログラム調の薄緑をした透過ウインドウが出現し、
デジタル表示されている120のライフポイントが一気に25まで減算した。
「ライフポイント危険域に突入。対象によるあらゆる攻撃の回避を推奨します」
ちょっと待てよ!
どうなってんだ!
こいつは勝手に頭の中で喋りやがるし、わけわかんねー単語は飛び交うし・・
って、あれ?
右腕の激痛が、いつの間にか完全に消えてるんだが・・
慌てて目の前に右腕を起こすと、
あるべきはずのものが、ない。
肘から先の腕が、綺麗さっぱりなくなっていた。
「あじゃぱぁぁぁあああ!!」
恐る恐る右肘の辺りを覗きこんでみると、
中は暗闇に包まれていて、ぽっかりと空洞になっている。
「被ダメージの許容値オーバーにより、右腕の58%がロストしました」
「お前、淡々と言うよね!」
なんだよこれ。
血とか肉とか骨とかもろもろどこいった!
どうなってんだよ、俺の体は・・
その時、視界を遮っていた薄い土煙が向かい風と共に払われた。
「マジかよ・・」
目の前の光景に圧倒されて動けない。
3階建てのビルの高さはあろうかというその全長。
切り立った岩肌を連想させるような、いびつな凹凸のある赤い鱗に覆われた体。
鋭い鉤爪と牙を具え、
狩りの対象としてこちらを見据える獰猛な目つきは、一切の隙がない。
「本物の・・ドラゴンなのか?」
「ヴァァアアアアア!!」
首をしならせながらありったけの叫び声をあげるドラゴン。
すると、ほぼ同じタイミングで、頭の中に例の抑揚のない機械的な音声が反響した。
「バトルが開始されました」
「お前は、生粋の自由人なのか!」
ドラゴンの声圧から押し寄せてくる衝撃波で、
全身がビリビリと震えている。
現実感は全くないが、夢ではない。
無意識にドラゴンの額の近くに視線を合わせると、
「情報を展開します」という声に合わせて、
ホログラム調の透過ウィンドウが再び空間に展開された。
【ネーム】
炎竜ガルアオロス
【レベル】
270
【タイプ】
ドラゴン
【クラス】
ボス級
【ライフポイント(LP)】
78000
【アルティメットスキル】
■グライダープレス
威力E 範囲攻撃 LP-5000
■エナジーフレア
威力D 範囲攻撃 LP-12000
■エンド・オブ・ソロウ
威力A 範囲攻撃 LP-1~78000
なるほど。
たぶんやべーやつ。
「おい、聞いてんだろ。誰だかわかんねーが、現状の俺のステータスも出してくれ」
「了解しました。情報を展開します」
【ネーム】
海崎剣聖
【レベル】
1
【タイプ】
非戦闘員
【クラス】
旅人A
【ライフポイント】
25
【アルティメットスキル】
■なし
なるほど。
装備も技も何一つない非戦闘員の旅人Aが、
始まりの場所で、急に空から降ってきたボスと戦うことになる。
わかりました。
鉄壁の死亡フラグですね。
「RPG・・やったことねーのか、クソ野郎!!」