【第2話】ラブストーリーと類人猿は突然に
朝、起きたら、
大金持ちになっていた。
これは嬉しい。
宝くじで当ったとか、庭を掘ったら金塊が出てきたとか、
資産家でノリの良いお爺さんにじゃんけんで勝ったら引くほどお金渡されたとか、
細かい理由はなんでもいい。
働かなくても今後も生きて行ける。
それだけで充分だと思う。
では、ね。
気持ちを落ち着けたところで。
この目の前の現実を冷静かつ客観的に見つめてみよう。
朝、起きたら、
いかにも本物っぽいゴリラが添い寝していた。
うん。
助けて!
本当に助けてください!
百歩譲って、そこは人間。
この際、可愛い女の子なんて高望みはしません。
50、80喜んで。
ババアだろうがババアみたいなジジイだろうが受け入れます!
なぜ、ゴリラなのか。
しかも鼻と鼻がつく距離にだ!
俺のファーストキスがゴリラに奪われる勢いなんだが!
くの字で寝ている俺に向かい合うようにくの字で寝ている彼というかゴリラ。
動物園から送り込まれた新手の刺客か?
背中にファスナーがあるのか?
誰かのドッキリ?
おいおいおいおい!
状況が全く整理出来ないぞ!
どうしてこうなった!
昨日も眠気の限界までゲームして、そのまま途中で意識が飛んで、
起きた時には目の前にゴリラ。
モーニングゴリラ。
頼んでねぇよ!
どんなホテルサービスだよ!
「おはよう」
「えっ・・」
ふいに視線を上げると、想像以上につぶらな瞳をしたゴリラと目が合って固まってしまう。
「あぁ~寝たわ~。おはよう」
えっ、と。
完全に綺麗な日本語を喋るんだね。
ウホッとかじゃないんだね。
でも待てよ。
そしたらやっぱり中に人間が入っていて、ドッキリだったパターンってこと?
俺、そんな友達一人もいないけど?
「じゃあ、もういいかな」
ゴリラが呟いた次の瞬間、その開いた口元から黒い棒のようなものが伸びてきて、
俺の眉間にそのままコツンとぶつかった。
ひんやりとした鉄の感触。
肌がめり込んだ感覚から、先端が筒状になっていることに気づく。
なにか嫌な予感がした。
カチリと、近くで音が鳴る。
不穏な振動が棒を通して伝わってきた。
どういうこと?
これは現実なのか?
その時、唐突に。
パンッと一回。
短い破裂音。
衝撃と共に頭が後ろに持っていかれる。
抗えない重力に押しつぶされるように、
意識が一気に遠のいていく。
「死んだように生きていたらさ、今ここで死んじゃっても同じことだよね」
遠くでぼんやりと聞こえる声。
視界を侵食する闇に沈み込んでいく。
何も返せない。
もう何も見えない。
何も。
「ごめんなさい」
無意識の中、
心の名で呟いた声。
一瞬だけ。
幼き日に見た母親の笑顔が浮かんで、消えた。