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勇者のご利用は計画的に  作者: ネコパンチ三世
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四話 「勇者のご利用は計画的に」

 二人の後を追うブルゲットはこの上なく気分が良い、何故か? 勝利が決まっているからだ。

 彼が連れているフレイムサラマンダーの強さは魔法強度でいう所の四、人間が習得できる魔法の最高強度は五とされている、つまり並大抵の人間が勝てるわけがない。

 ブルゲットはまるで自分が王にでもなったかのような気分だった、絶対的強者の余裕といえる。

 最高だ、ああ最高だ。これが悦に入るという事なのか? 草を踏みしめる音も体に絡みつく暑さも今は心地いい。

 そんな事を感じながらブルゲットは洞窟の前に立った。気絶した部下を置いてきてしまった事に気づいたが、今はそんな事どうでもいい。自分にはフレイムサラマンダーがいる。


 洞窟の入り口に展開している対魔力障壁は先ほどの状況的に考えて、展開速度は速いが脆いタイプだという結論をブルゲットは出した。恐らくフレイムサラマンダーならニ~三撃ほどで破壊できるだろうが、ここで彼の性格の悪さが遺憾なく発揮される事となる。


「<<ディテクタ―・アイ(探知眼)>>」


 人型の生体反応が二つ、間違いなく先ほどの二人だ。口元にいやらしい笑みを浮かべブルゲットは命じた、


「洞窟内に熱を送れ」


 入口は一つだけ、出口無し。そう広くない空間という事は分かっている、魔力障壁は魔力による攻撃は防げても魔力によって発生する熱などは防げない。暑さに耐えきれず飛び出してきたところを……とずいぶんとまぁ性格の悪い事この上ない男は、自分は暑さにやられない木陰から高みの見物を決め込んでいた。




「仕事の話って……」


 アリエの額に岩肌から垂れた水滴が一粒落ちたが、全く動じることは無かった。動じる事も出来ない程にスコットの話に耳を傾けていたからだ。

 

「はっきり言ってやるよ。お前は間違いなくこのままだとあいつに捕まる、もしかしたら死ぬかもしれねぇな。それはお前の望むところじゃねえだろ? だから俺を雇え、そしたら俺がお前を助けてやる」


 正直に言うとアリエは迷った。確かにスコットの言う通りだと思う、自分にはフレイムサラマンダーを倒すだけの力があるわけじゃない、それに色々ありすぎて忘れかけていた足の痛みも戻り始めている。

 普通に考えればスコットの言葉に従うのが得策だろうが、気がかりなことがいくつかあった。


「あんた……私が何したかブルゲットから聞いたんでしょ?」


「国宝を盗んだ挙句に、王を裏切って国をひっくり返そうとした大罪人だってな」


「だったら何で……私を助けようとすんのよ、あいつの言ってることが本当でもしかしたら私が嘘付いてるって事だってあり得るじゃない」


 助けてほしい、そう思いながらアリエはそんな言葉しか絞り出せない。雇えばいい、もしかしたらこの場は助かるかもしれない、でもいずれまた新しい追手が来る。

 スコット一人でリーゼル王国を丸ごと相手に出来るわけがない、遠くない未来で確実に死んでしまうだろう。だからこそ自分の言葉で考え直してほしかった、それは紛れも無くアリエの優しさによるものだ。


「やっぱ馬鹿だな、お前」


 たったそれだけの言葉だったが、アリエの優しさを蹂躙するには十分だった。驚くほどあっさり、もう困惑していると言っても過言ではないような顔でスコットはそう言い放った。

 アリエは鳩が豆鉄砲を食ったような顔のまま固まってしまう、それも無理からぬ話だとは思うが。


「な……何でそんな」


「お前が王国転覆? 面白すぎて禿るわ。そんな大それたことが出来るタマかよ、それに俺にとってはどっちでもいい。お前が本当に大罪人で国をひっくり返して支配しようが、王女として国を救おうがどっちでもそれなりの地位を得られることに違いはねぇ。だとすればお前を助けねぇ手はねえだろ? それなりの報酬は約束されてるようなもんだ」


「それさ……リスキー過ぎない?」


「たまには博打も打つのも悪くねえ」


 もうアリエは考える事をやめた、そっかそっかこいつが動く理由は揺るがない『金』のためだ。確かに不純も不純ではある、だが逆に言えばだからこそその一点では信用出来るのではないだろうか?

 あれこれ考えているとやたら洞窟内が熱くなってきているのが嫌でもわかった。


「なんか暑くない?」


「あー、多分外フレイムサラマンダーの熱気だな。やらしいことしてくれるぜ、とろとろしてると蒸し焼きになるぞ?」


 時間は無かった、だがアリエは至って冷静に答えを導いた。


「分かったあんたを雇う、条件は? どうせなんかあるんでしょ?」


「当然だろ。俺を裏切らない事、最後まで俺を信じる事、報酬金は必ず払う事、その他の細かい条件については後日改めて別紙で説明する」


「それでいいわ」


「そんなら最後に報酬金の額だ。本来なら冒険者と違って勇者は報酬金の額を自分で決めれる……が今回は特別だ、お前が決めていい」


 その時のスコットの顔は間違いなく今までで一番真面目な顔をしていた。


「お前は自分の命にいくら払える?」


 この時スコットはアリエがありえないような、人を馬鹿にしたような金額を提示した時はこの依頼を断らないでも適当にここから逃げて終わりにするつもりだった。はっきり言ってしまえば自分にはリスクの大きい仕事だという事は分かっている。

 それでもこの仕事をするのはそれなりの見返りを期待しての事だ、だがもしここでアリエが状況を全く理解していないような金額を出せばそれまで、アリエの器もたかが知れている。

 そんな奴を助けても仕方ない、働きに見合うだけの額を正確に出せない奴と仕事などしたくない。そう考えていた……がアリエはスコットの予想のはるか上を行った。


「十億……十億アベル払うわ」


「ぷっ……ははははは! さすが王女様だ思い切りが良いねぇ! そう言う奴は嫌いじゃないぜ、しっかし十億とはさすが一国の王女様だ。随分とお高い命だな!」


 これにはさすがに笑うしかない、やっぱり馬鹿だ。十億と言えば国の金庫からでも引っ張り出してこなければならない額だ、それをあっさり出すと言うなどまるで子供が価値を知らずに軽々しく口にするように言ったのが可笑しくして仕方なかった。


「ふざけないで」


 その声には軽々しさなど微塵も無い、訴えるような……どこかすがりつくような声だった。


「誰が私一人の命だって言ったの、私一人にそんな価値ないのは私が一番知ってる。でもね、いま私はリーゼル王国そのものを背負ってここまで来た、だから私を助ける事はリーゼル王国その物を助ける事だと理解しなさい! そのための十億アベルよ!」


 大粒の涙を流しながら訴えるアリエを見て、スコットは口元に軽く笑みを浮かべた。

 俺もまだまだだな、最初からこいつは十億という額の価値も自分のすべきことも自分の価値も全部分かっていた。全て覚悟の上だったというならば自分の考えが浅はかだったと認めざるを得ないだろう。


「契約成立だ、勇者スコット・スート二ーはこれより全てをかけて依頼者であるリーゼル王国第一王女アリエ・F・グラットバイツとの契約を果たす事を誓う」


「それで? 俺は最初どうすれば良い?」


「あの紫キャベツをぶっ飛ばしてきて!」


「了解だ、見せてやろうじゃねえか。勇者の……戦いって奴をよ」


 スコットは大剣の刃を樋を静かに指でなぞった。


属性変化(エレメント・チェンジ)・ヒュドールブリゲッザ」






「出てこないな……」 


 外にいたブルゲットはいよいよ飽きてきた、待てど暮らせど一向に二人は出てこない。実際にはそこまで時間は立っていないはずなのだがここでこらえ性の無さが出てきてしまう、腰かけていた木の根から立ち上がり軽く尻に付いた土を払ってから健気に命令を守り、熱を送り続けていたフレイムサラマンダーに指示を出そうとした。


「もういい、さっさと障壁を破壊して……」


 喋りかけたその時だった、ブルゲットの指示を出す手間が省けてしまう。内側から障壁が壊されたからだ、障壁が壊されると同時に水の刃がフレイムサラマンダーの燃え盛る右前足を切り落とした、放たれた斬撃は後ろにあった大木を鮮やかに切り倒してしまう。

 それほどまでに超高圧の水の刃。


「そんな……馬鹿な……!!」


 ありえない! 絶対にあり得てたまるか! 困惑、ただひたすらにブルゲットは困惑した。心臓がいつもの倍以上に鼓動を刻んでいるのかと錯覚するほどに息苦しい。胸に手を押し当て必死に落ち着こうとするが騒ぎだした心臓は落ち着く様子など微塵も見せない。



 洞窟の入り口からゆっくりとスコットが現れ、その姿を見てまたしてもブルゲットは驚愕する。スコットの持つ巨大な剣の容貌が先ほどとは違っていたからだ。

 刃は水に覆われていた、水は生きているかの如くたゆたっており木々の隙間から差し込んだ太陽の光を浴びて、美しく輝いていた。


 魔法付与武器(エンチャントウェポン)……? いいや、ありえないとブルゲットはかぶりを振った。それもそのはずだ、目の前で起きている出来事はブルゲットの人生二十七年分を紐解いてもあり得ない事なのだから。

 魔法付与武器は通常の槍や剣といった武器に魔法を付与してから固定する。こうしてみるととても簡単そうに見えてしまうが、実はとても高度な技術と知識が必要でしかも武器に固定できる魔法の最大強度はニなのだ。それ以上は武器その物が壊れるか、魔法は固定されずに消えてしまう。


 そのため魔法付与武器は存在その物が珍しく、所有しているのは王族や貴族と言った権力者に自ずと限られる。

 だがまぁ、それでも全くないわけでは無いし金を積めば手には入る。上手く使えるかどうかは別として。


 違う、あり得ないのは魔法付与武器を持っている事ではない。あり得ないのはフレイムサラマンダーの足を切り裂いたという事だ。フレイムサラマンダーは炎そのもので体が構成されている為、決定的なダメージを与えるのに最も手っ取り早いのは水属性魔法を使う事なのだが……魔法強度四のフレイムサラマンダーに対抗するには魔法強度四もしくは五の魔法が必要だった。だがそんな人間はそうそういない、逆立ちしながら絵を描ける人間や走りながら模型を組み立てられる人間が中々いないように。


 頭の悪い例えになってしまったが、それくらい魔法強度四や五を扱える人間は少ないのだ。だからこそ、フレイムサラマンダーを召還した時点でブルゲットは勝ちを確信していたし、洞窟に逃げ込んだ二人をわざわざ回りくどい方法であぶり出そうとする余裕も見せた。


 それがどうだ、フレイムサラマンダーの足を容易く切断する水の刃を放つ武器。常識ではありえない、少なくとも魔法強度四以上の魔法が付与された武器。


 文字通り、()()()()()のだ。絶対に。


「ふざけるな……ふざけるなぁ! 認めるか……あり得るかそんなことがぁ! 何を寝ているフレイムサラマンダー! さっさと奴らを焼き尽くせ!」


前足を切り落とされ、地面に崩れ落ちていたフレイムサラマンダーがゆっくりと体を起こした。残った三本の足で体を支え、口を開く。

 放たれた火球は三つ、真っすぐにスコットに向かったが刃に纏わりついた水が刀の一振りと共にうねり火球を難なくかき消した。


「んじゃ下がってろ」


「うん……」


 アリエは今の一撃でスコットが口だけではない事は理解した、それでも何となく不安がある。自分の判断が間違っていないか……


「馬鹿野郎、なーに辛気臭い声出してんだ。言ったろうが最後まで信じとけ、依頼を受けた以上は絶対に負けねぇからよ」


 アリエの考えはその言葉で遮られ、それ以上進展することは無かった。ただ今はこの口が悪く金に汚い勇者を信じるのみだ。アリエは静かに頷き洞窟近くの岩陰に身を隠した。


「さーてぇ? そんじゃあ行きますか!」


 スコットが走り出すと同時に、迫る火球。それをあっさりと躱す。刃を振り上げると刃先に水が集まり出す。それを斬撃として放つが今度はフレイムサラマンダーが体を逸らしたためかする程度に終わってしまう。だが続けざまに放った斬撃によって左側の後ろ脚を切り落とす、フレイムサラマンダーは素早く動きまわるスコットの姿を捉えることが出来ない、間違いなくスコットは優勢だった。


 それを見てブルゲットが面白いわけがない、とにかく焦っていた。このままではまず間違いなく負ける、それが少しずつ確信に変わっていく……だが手がないわけでは無い。

 だがこれはなるべく使いたく無かった手段だった


「くそっ、まさか使う事になるとはな……」


「|形態変化・完全体(フルファイア)


 そう唱えると同時に、フレイムサラマンダーの姿が変わっていく。切り落とされたはずの足が再生し、体は元の状態より一回り大きくなり、揺らめく炎の量もそれが発する熱量も目に見える程に肌で感じるほどにはっきりと変化した。


「うげ……完全体か? だりぃなぁ……」


「ふはは……! 死ね! 焼け死んでしまえ! うっ……ごほっ……!」


 完全体のフレイムサラマンダーは確かに強い。魔法強度は驚異の五、こいつを前にしてはもう人間は手を上げ白旗をふりふりしながら逃げるしかない。確かに強力だがそれを使役するにはそれ相応のリスクも当然存在する。


 ブルゲットの使った『火蜥蜴の宝玉』はフレイムサラマンダーの召還・使役を可能にするアイテムだが、それはあくまで通常形態のフレイムサラマンダーに限っての話だ。完全体のフレイムサラマンダーを扱うにはそれ相応の才能が必要だった。もし無理に使えば、使用者の体にダメージを与えフレイムサラマンダーの暴走を招く事になる。

 

 そして悲しいかな、ブルゲットには完全体のフレイムサラマンダーを扱うだけの才能は無い。現に今も血の混じった咳を繰り返している、だが今はそんな事どうでもいいと感じてしまうほどに混乱している、錯乱していると言っても過言ではない、それほどまでにスコットの存在を否定したかった。


 魔法強度四の化け物相手に劣らない人間など。


「ったく……ありゃ暴走に近いな、ダラダラしてっと手が付けらんなくなりそうだ」


一刻も早く片を付けようと、スコットは斬撃を放つ。しかし放った水の刃は、フレイムサラマンダーの体に届く前に蒸発してしまう。先ほどとは比べ物にならない程の高温を放つ体は、高い攻撃力と防御力を同時に実現させていた。

 現在の体表温度はおよそ千度、触れればタダでは済まない。


「どうすっかな……」


 スコットは攻撃を避けながら打開策を探す。

 え? 大口を叩いた割りには早速苦戦してるじゃないかって? それは仕方ないと分かっていただきたい。これはあくまで事故なのだから、先ほどの状態のフレイムサラマンダーなら勿論そう手こずらずに倒せていたし、倒し方もいくつもあったし映える倒し方も思いついていた……が今の状況ではそんな事は言ってられない。


「しゃーねぇか、いい能力だったんだけどな……」


 剣を地面に突き立てると、再び樋をなぞる。すると少なくともアリエとブルゲットの二人が見た事ない文字が刀身に浮かび輝いた。


「属性限界強制……」


「スコット前!!」


 スコットももちろん場所を考えて剣を突き立て、上記の行動にを取っていた。今までの攻撃、相手との距離、その他諸々の条件を考えた上で準備に必要なだけの時間が取れる場所へ移動していた。

 仮に攻撃が来ても、防げ躱せる距離を十分に取っていたはず。しかしアリエの声で正面を向いたスコットの眼前には渦巻く豪炎がもうどうしようもない位置にまで迫っている。


「焼かれろ!  『<<フレイム・バダヴァロート(炎渦)>>』に!」


「やっべ……」

 

とっさに剣を構えたが、すでに遅かった。渦巻く炎は剣ごとスコットを吹き飛ばしながら地面を焼き焦がす、勢い良く吹き飛ばされスコットの体は直線上の木をへし折りながら森の奥へと運ばれて行った。

 少し遅れて、スコットの吹き飛ばされた方向で凄まじい爆発音が聞こえる。ドーム状に膨れ上がった爆発が更に破壊範囲を広げたのだ。


「は……ははは! 終わった……やった! やったぞ!」


 トイフェルはひとしきり喜んだ後、岩陰にいるアリエに向かって叫び出す。


「さぁ! もうあなたを守る人間はいない! 諦めて出てきてくれませんかねぇ!」


 ゆっくりとアリエは岩陰から姿を現す。トイフェルは初めは上機嫌にその様子を見ていたのだがすぐに不機嫌になってしまう。

 トイフェルはアリエの絶望した顔を期待していたのだ、あの高飛車で強気で生意気な娘が全てを失い絶望しだらしなく命乞いする姿を所望していた。

 だがどうだ、目の前の少女はただ真っすぐに自分を見ている。絶望せず、諦める事も無く、ましてや気が狂ってしまったわけでもない。

 目の前の少女は、間違いなくその瞳に『希望』を宿している。


「どうして……どうしてそんな顔が出来る!? お前はもう終わったんだぞ!? 地位も! 財も! 友人も! 何もかもだ! あとはもうそのちっぽけな命と、命乞いする言葉と壊れる運命にある心しかお前には残されていないのに! どうしてそんな顔が出来る!?」


 喚き散らすブルゲットを見ながらアリエは満足そうに笑った。

 

「礼を言うわブルゲット、あんたのお陰で自分が何を持ってるか再確認できたわ。まだ意外と色々持ってたみたいで安心した」


「よくもそんな強がりを……! 状況が分かっていないのか!?」


「分かってるわよ? あんたはここで負ける、必ずね」


 ふざけるな! ブルゲットの何かが音を立てて切れた。もう任務も何もかもどうでもいい、ただ今はこのガキを殺す、ただそれだけの感情にブルゲットの脳内は支配されていた。灰にしてやる、欠片も残さない、二度とそんな口が聞けないように。

 二度と……二度と……自分が出来なかった、どれだけ努力しても出来なかった……希望に満ちた顔など出来ないように!


「殺せ! 『<<フレイム・バダヴァロート(炎渦)>>』を放てぇ!!」


 フレイムサラマンダーの口が開かれ、炎が収束していく。

 全く……オーバーキルもいい所だ、魔法強度二の魔法ですらどうすることも出来ないアリエにそれはさすがにやりすぎだろう。

 やはりブルゲットという男は悲しいほどに器が小さいようだ。


「死ね! 少し腕が立つくらいの男を雇って調子に乗ってしまった事を後悔しながらなぁ!」


 放たれた炎は確実にアリエを捉えている、これ以上ないほど完璧で絶対的な『死』がそこにはあった。


「馬鹿にしないでブルゲット」


「あいつは、金が大好きの守銭奴で変態、馬鹿でデリカシーの欠片も無い最低最悪のアホ勇者」


「でも……これだけは言える、あいつは金がかかっている以上は絶対に」


「負けない。そうでしょ!?」







「当然だ」


 アリエの目の前で炎はかき消えた、そこには紛れも無い勇者の姿がある。


「何故!? どうして生きている!? 直撃だったはずだ!」


「直撃だったさ、いい攻撃だったぜ。まぁこいつのお陰さ」


 スコットの剣はもう水を纏ってはいない、刃そのものが水と化していた。自在に形を変えながら一つの形に本来ならば留まる事を知らないはずの水を『刃』という形に押し固めている。


「何なんだ……それは」


「お前も聞いたこと位あるだろ? 失われし死の形たち(ロストウェポンズ)って言葉をよ」


 失われし死の形たち(ロストウェポンズ)……それはまだ、イリテア各地で休むことなく争いが起きていた時代に存在した武器。現存する物は少なく、また今の技術では再現不能の伝説級の武器。

 存在したかも怪しく、口伝または限られた文献によってのみ存在をほのめかされている。文献によれば一つ一つ違う特性を持ち、過去の戦いで凄まじい戦果を挙げたと記されていたという。


「それが……その内の一つだと言うのか!?」


「ああ、らしいぜ」


 スコットの持つ剣の有する特性は、『属性の奪取と保持(キャッチ&ストック)』。切った相手の属性を奪い、それを自身の能力として内部に最大三つストックする。奪い取った属性はそのまま自身の強さに反映されるため、切った相手が強ければ強いほど能力使用時の攻撃力は増していく。

 先ほどから使用している『ヒュドールブリゲッザ』は水属性の魔法強度四のモンスターである、ブリゲッザを以前スコットが討伐した時に奪い取ったものである。


 更にこの武器の特性はもう一つある、それが『属性上限強制解放(オーバーエレメント)』だ。使用している魔法強度を一段階強制的に上げる事が可能な特性だが強力な反面デメリットもあり、使用した属性は例外なく消滅してしまうため、再び奪い取らなければならない。

 ブリゲッザは水の刃を形成し、獲物を襲う獰猛かつ強力なモンスターだったためスコットは倒すのに苦労した。だからこそスコットは躊躇っていたのだ。


「ふざけるな! 負けるか……私が……負けてたまるか!! 殺せ! フレイムサラマンダー!」


 今までとは比べ物にならない熱量、全身全霊の一撃を見舞うためにフレイムサラマンダーは予備動作に入る。徐々に大きくなっていく火球は、小さな太陽と見まがうほどに大きく成長した。


「怖いか?」


「怖いに決まってるじゃない、だから必ず私を守りなさい」


「了解だ」


「死ねええええええええええ!」


 火球は放たれた、一片の救いも慈悲も持たずに。ただ命を奪うために。

 スコットはただ静かに刀を振り上げ、そしてただ静かに振り下ろした。


「お疲れさん」


 極大の水の刃は何もかもを切り裂いた。火球もフレイムサラマンダーも大地も木も何もかも。


 静かにブルゲットの手の中にあった宝玉が砕け散って地面に散らばった。


 スコット・スートニーは勇者である。……いいやこれ以上は何も言うまい、今アリエの前に立つ黒髪で大剣を携え、その大きな瞳とやる気のない言動、そして拝金主義を掲げた身長百七十五センチくらいのアリエより二つ上の二十歳の男は紛れも無く勇者なのだから。





「色素を分解されたくなかったら言いなさい! この紫キャベツ! リーゼルは今どうなってるの!?」


「だ……誰が話すものか……この裏切り物が……ぐッ……」


 力を使い果たしたブルゲットを縛り上げ、ブルゲットの頬を引っ張りながら楽しくアリエは尋問に勤しんでいた。動けない相手に容赦がない姿勢は評価に値すると言ってもいいんじゃないだろうか? とりあえずあっちゃこっちゃくすぐり抜くとブルゲットは口を割った。


「リーゼルにはもう入れない、トイフェル様の魔法によってほぼすべての国との境界線に結界が張られましたからね! それも魔法強度八のですよ!? あの方は天才だァ!」


「くっ……こんにゃろうがぁ!」


 ブルゲットの腹にぼすぼすとアリエはパンチを見舞う、もちろん本気ではない大体九割くらいの力で殴り続けているだけだ。

 あくまでも本気ではない。


「おいおい、そいつに当たっても仕方ねぇだろが。で? どーすんだよ、まさか諦めるわけないよな?」


「馬鹿言ってんじゃないわよ! 結界は後で何とかすればいい! だから今は仲間よ、仲間を集めましょ。あんた一人じゃ心もとないし」


「そりゃいいねぇ、お前みたいな小銭女を一人で面倒見んのは大変そうだ」


 その言葉でアリエの拳はスコットに向かった。スコットも反撃しないわけがない、二人はボコスカ殴り合いながらブルゲットを置き去りにして歩き出した。




 二人の姿が見えなくなった頃に、ブルゲットはどうにか縄を程孤高ともがき始めていた。中々にきつく結ばれているため、簡単には解けそうになくブルゲットは芋虫の如くのたうちまわる。

 そんな時、一人の青年がブルゲットの前に立った。


「負けちゃったんだねブルゲットさん、王様から宝玉までもらったのに」


「アルグラッセ……どうしてここに」


 青年の名はアルグラッセ・レ―ヴェン。そうだな……彼の印象及び容姿を一言でまとめるなら「一日一善をモットーにしているような好青年」が一番しっくりくる。

 

「王が君に伝えたい事があるんだって」


 アルグラッセはポケットから透明な水晶を取りだし、ブルゲットの前に差し出すと音声が流れ始めた。


「やぁブルゲット、どうやら負けてしまったようだね」


 その声を聞いた途端に、縛られたままブルゲットは地面に頭をこすりつけ始める。からだはガタガタと震え始めただただ慈悲を請う。


「王! どうか……どうかお許しを! 次こそご期待に沿えるように……!」


 ブルゲットの言葉を遮るように『王』とよばれる、恐らくは男であろう人物は笑う。屈託なく純粋その物のような笑い声だった。


「はははは、ブルゲット。僕は別に怒ってはいないよ、なぁブルゲット君は僕の一体何なんだい?」


「私は……私は王の道具です! 王が望むことを成したい事を成すために使われるだけの道具です!」


「良いね、凄く良い。君は道具だ。それを踏まえて別の質問だ、君は使えない道具に対して怒声を浴びせるかい?」


「……いいえ」


「そうだろう? 私も一緒さ、使えない道具に怒ったりはしない。ただ……捨てるだけさ」


「え?」


 アルグラッセの手には細く美しい刀が握られている。三日月をそのまま刃としたような美しい刀が。


「やれ、アルグラッセ。彼の分はもう終わってるんだろう?」


「はい」


 トイフェルの心臓を、刃が貫く。次第に口の中に広がっていく鉄の味をかみしめながら、トイフェルはにわかに痙攣し息絶えた。


「王、あの二人はどうしますか?」


「今は放って置け、ゲームという物は敵がいなければつまらないだろう?」


「そうですね、まぁ手を出そうにも彼らの分は無いですから」


「ふふ、『一殺一善』がお前のモットーだったな。殊勝な奴よ」


「トイフェルさんとあっちの部下二人でストックを吐き出しちゃいましたから」


 静かに笑うとアルグラッセは森の中に再び消えた。





 顔を酷く腫らしたスコットとアリエは、フラフラと炎天下の中を歩く。この二人は加減という物を知らないのか? 下手するとブルゲットと戦った時よりもボロボロになっている。


「で? 最初はどこに行こうかしら?」


「ま、手堅くトロピルカの王都リアドンを目指すか。あそこなら人も情報も十分にある」


「オッケー、じゃあリアドンに向けてレッツゴー!」


 元気よく走りだそうとするアリエの肩にスコットは手を置いた、当然アリエは何事かと振り向くと目の前に見覚えのある紙が突き出されていた。

 うそでしょ……アリエはおそらくこの時震えていたに違いない。


「フレイムサラマンダー討伐における追加報酬の請求……ええええ!」


「上乗せで頼むわ」


「ふざけんじゃないわよ! この馬鹿勇者!!」


 スコットはにやりと笑う、怒り狂うアリエはその顔をとにかく睨みつけた。


「勇者のご利用は計画的にってな」


 二人の旅はどうやらまだまだ続くらしい。

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