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勇者のご利用は計画的に  作者: ネコパンチ三世
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二話 「おっぱい哲学」

「ねぇ、ここってどこの国の領土?」


 スコットはすぐには質問に答えられない、アリエが思ったよりも重かった事は完全に想定外だった。三千アベルじゃ足りなかった、もっと吹っ掛けておくべきだったとひたすらに後悔し汗を掻いている。

 

「ああ? ここはトロピルカの領土だ」


 彼らの住む世界、イリテアは東西南北を四つの大国が治めている。

 北のシルベリア共和国、西のヨルネス帝国、東のリーゼル王国、そして今まさに二人がいるのが南のトロピルカ公国だ。

 今から二人が訪れようとしているパイナルは、リーゼルとトロピルカの国境付近に位置している。大昔は領土を広げる為に国同士の争いが絶えなかったが、なんやかんやで現在のうまい形に納まり国同士の大きな戦いはかれこれ百年以上ない。


「何でだ? お前この辺の奴じゃないのか?」


「ねね、そんな事よりパイナルにはギルドの支所ってある?」


 質問はするくせにこっちの質問には答えないのかとスコットは少し呆れた、まぁ別に答えようが答えまいがどちらでもスコットにとってはどーでも良かった。ただ報酬さえしっかりと払ってもらえればそれ以上は何も言うまい、また小銭で払われるんだろうと憂鬱になってはいたが。


「あるぜ、ちとぼろっちいけどな」


 そんなこんなでパイナルに何事も無く二人は到着した。

 

 パイナルは果実の栽培が盛んで、王都やそれ以外の少し大きな町へ出荷することで村人は生計を立てている。住人の数は三十余りの小さい村ではあるが、互いに協力し支えあいながら質素ながらも平和な暮らしをを送っていた。


「くっあー! 重かった!」


 

ギルド支所の中にある椅子にアリエを降ろし、スコットが腰をそらしながら伸びをすると、ボキボキと骨が鳴り疲れが溜まっているのが良く分かる。

その様子を不満げにアリエは見ていたが、流石に金を払ってとはいえここまで運んでくれた相手には何も言えない。


パイナルのギルド支所は、木造平屋のさほど大きくない建物だった。

難易度の高い依頼も無く、そもそも依頼件数も多くはないためギルド支所もそれなりの大きさで問題なかった。

ただ今日に限ってはロビーが活気付いており、依頼を持ってきた村人や依頼をこなし、報酬を受け取るために訪れた冒険者が多く見られた。


「あれ? スコットさんじゃないですか」


休んでいた二人に声をかけ、誰かが近づいてくる。

その人物を見た時アリエは愕然とし、驚きを隠せなかった。

その人物はおそらくアリエと同じ年頃の娘だったのだが、ある点において二人は大きく隔たりがある物が一つある。


胸だ。


美しい形状に柔らかそうな雰囲気を醸し出し、更には大きさも申し分ない。

それは芸術といっても差し支えないだろう、見るものの心を洗い流すが如く、大きくも決して傲慢さを感じさせずに確かにそれはそこにある。

果たして「胸」とは、あえてはっきり言うならば


「おっぱい」とは一体なんなのだろうか?


大きいもの、小さなもの、様々な大きさや形があり十人十色の千差万別。

趣味や好みは人それぞれあれど、言わせてもらうならば大きかろうと小さかろうとどちらも素晴らしい物である事には変わりない。

だが、彼女のそれは次元が違う。同性からは羨望の異性からは憧憬の眼差しを注がれる。


まさに驚異的な胸囲だった。




「よおリズ、何だよこんな僻地にまで応援かよ?」


「今はどこも人手不足ですからね、あれ? そちらの方は?」


間抜けな顔を晒し、未だに現実を受け入れずにアリエはただただ呆然としていたがリズの呼びかけに応える形で目を覚ました。


「こ、こんにちは! 私はアリエと言います!」


「初めまして、私はギルドの受け付け担当のリズ・ベルモントです」


アリエはリズの胸にしか視線がいっていなかったが、髪は長く少し薄い桜色でさらさらしているし、声は柔らかく優しい聴く者の心を和ませるような声だ。

顔も大きく美しい緑色の瞳は宝石を思わせる。

とにかくめちゃくちゃ美人なのだ。


「スコットさんのお友達? 今日はどんなご用で?」


「おいおい、こんな小銭女と友達なわけないだろ。仕事だ仕事」


アリエは取り敢えず何も言わずにスコットを睨んでから、息を整えて喋り出した。


「冒険者を雇いたいの、とにかく強い人を」


話を聞くと、すぐにリズは慣れた手つきでメモを取り出した。美人な上に仕事もできる、最高の人材としか言えない。


「とにかく強いとなると……一等級冒険者ですね」


「ええ、お願い」


「その……失礼ですが報酬金は大丈夫でしょうか? 一等級冒険者となると最低でも一千万アベルは必要ですよ?」


アリエは目を剥く、一千万アベルなど払えるはずがない。もしそんな額がポンと払えるならば、スコットに小銭で報酬を払わない。


「そんなに!?」


「はい、一等級冒険者に依頼するのは王族や貴族の方が多いですから」


冒険者は力量によって十の等級によってランク付けされており、アリエの依頼しようとした一等級冒険者は数多くいる冒険者の一握りしかいない、だがその力は確かで高額な報酬に見合うだけの働きをする。


リズはあくまでも最低一千万と言った、それはつまり依頼内容によっては更に高額になる可能性もあるという事だ。

所持金一万五千アベルのアリエにはどうする事も出来ない。


「諦めろ、世の中は金が全てだ」


「ごめんなさい……規則なので私にはどうする事もできません」


うなだれるアリエに申し訳なさそうに声をかけるリズとは対照的にスコットは存外冷たかった。ここで優しい言葉の一つもかけてあげればいいと心底思うが、スコットはそんな言葉に意味がない事を知っている。


「これはお詫びと言ってはなんですけど……足を怪我しているようなので」


「<<ヒリング・オーラ(回復の波紋)>>」


アリエの足にリズが手をかざすと、淡い緑の光が足を包み少しずつ痛みが引いていくのが分かる。

リズは今まで何度も何人も、アリエの様に報酬が払えずに泣く泣く依頼を諦める人達を見てきた。

その度に、何もできない無力さに襲われる。


「ありがとうございます……失礼します」


アリエはうなだれながら、よたよたと治ったばかりの足をふらつかせ出口に向かって歩いて行く。その姿は陽気な酔っ払いのようにも、寂しげな迷子の子供のようにも見えた。


「気にすんなよリズ、金がねぇのが悪い」


「気にしない訳ないじゃないですか、スコットさん……せめてお話だけでも聞いてあげれないですか?」


スコットは鼻で笑った、金が無い依頼人の話なんて聞く価値すらない。リズは優し過ぎる、この仕事は割り切っていかなければならない。

救える人間と、救えない人間を。


「話を聞いてどうする? 話を聞いてあの小銭女が救われんのか? 不用意な優しさは誰も救えねーよ」


言い返したくても言い返せない、リズにはスコットに言い返せるだけの答えがないから。

それでも、せめて話だけでも聞いてあげて欲しかった。自分では無く、アリエを救うだけの力を持ち勇者であるスコットに。


「なら、私が依頼します! アリエさんのお話を聞いてあげてください。お願いします!」


非常にまずいとスコットは激しく焦った、リズは頭を下げ今にも泣き出しそうだ。周りの目もあるし、何よりリズに頭を下げさせた挙句に泣かせたなどという噂が広がれば、夜道もおちおち歩けない。


「分かったよ、聞くだけ聞くわ。そっからは知らねぇからな」


「ありがとうございます! 報酬はいくらで?」


「三百アベルでいい。喉が渇いて仕方ねぇ」


リズから三百アベルを受け取り、買ったばかりの水をがぶ飲みしてから、アリエを追いかける。

そう遠くへは行ってなかったため、すぐに捕まえて近くのベンチに座らせた。


「何よ急に、一体どういう風の吹きまわし?」


「仕方ねぇだろ、話を聞いてやってくれって頼まれたんだからよ」


「あんたにしたって仕方ないじゃない」


「いいからさっさと話やがれ小銭女」


ふぅ、とアリエは溜息をつく。こんな金に汚いバカ勇者に話したところでどうにもならないのは確信している。

自分が抱えている問題はそんな簡単なものではないと分かってはいるが、やはりどこかで話を誰かに聞いて欲しいという感情もたしかにある。


ただ出来ればもっと『らしい』人物に聞いて欲しかったが。


「……あんた、リーゼル王国が今どんな状況にあるか分かる?」


「ああ、確か王が豹変したって噂だな。税を上げたり、抵抗する人間を処刑したり」


「そうよ、でもそれは王が悪いんじゃない。王は操られてるの」


いよいよ話がきな臭くなってきた、明らかに割りに合わない仕事の匂いが香ばしく漂ってくるのがスコットには分かる。

アリエの頭がおかしいか、国王の狂信的な信者ならまだ気持ちを楽にして話を聞けたが残念な事にそのどちらでもないらしい。


「なんで分かるんだ? 王が悪いんじゃないって」


そう聞いた時、アリエの表情が曇ったのがすぐに分かった。それはその質問の答えが、アリエにとって嫌な記憶を思い出させるものでしかないからだ。


「私は見たのよ……王に『あいつ』が魔法をかけているのを」


「へぇ、で? 誰なんだよ『あいつ』って」


「三ヶ月前に現れたトイフェルって商人よ、そいつが王国に来る少し前にモンスターの襲撃で王国中の食糧庫がやられたの」


「そこに食糧を大量に持って現れた救世主様、ってとこか」


 静かにアリエはうなづいた、トイフェルは間違いなく英雄だった。餓死者も出ると危惧された王国に大量の食糧を持って現れた救世主、端正な顔立ちに甘く優しい声に無償で食料を配る器の大きさ、どれをとってもいけ好かないほど完璧な男だった。

 あっという間に王と国民の信頼を得た男が求めたのはただ一つ、リーゼル王国で王に仕える事だった。

 二つ返事で王もその願いを快諾し、他の大臣や兵士に加え国民もまた救世主を大きな歓声と共に迎えいれた。


「でもしばらくしてからあいつは……本性を現したのよ」


 絶大な信頼を他方から得たトイフェルは、あっという間に政治にまで関わる立場に上り詰めた。

 そして王に相談があると言い、王の部屋へ向かい全てを始めたのだ。


「私は元々あいつが何となく気に入らなかったのよ、確かに王国を救ってくれた事には感謝したけどなんて言うか……なんか好きになれなかったの」


「はは、お前ってけっこう性格悪いのな」


 一度は感じたことはあるのではないだろうか、悪い奴ではないと分かっていても、周りがどれだけ褒めたたえようとも、僻みや妬み嫉みといったネガティブな感情を抜きにして何となくこいつとは仲良くなれそうにないな……と。

 アリエにとってトイフェルとはそういう立ち位置にいる男だった。向こうから明るく話しかけられることも何度かあったが、返せるのは生返事と愛想笑いだけでいつまでたっても慣れることは無く、距離を取らずにはいられない存在だった。

 

 何故こうも距離を取ってしまうのかアリエなりにあれこれ考えてはみたものの、性格や容姿に言動から立ち振る舞いに至るまで文句のつけようのない男である事は間違いない。

 ならば何故か? 考え抜いて出した答えは『なんとなく』としか言いようがない。

 だからこそ、スコットに『性格が悪い』と言われたことは何気にショックではあった、自分でもそう思っていたからである、あれほど素晴らしい男を周りの人間のように受け入れられなかった自分は性格が悪いのではないかと。


「んなっ……まぁいいわ、それであの日も何となく気になって部屋を覗きに行ったのそして見たわ。あいつが王を操るのを……それからよ王がおかしくなったのは」


 アリエはそう言ってうなだれた、その話を聞いてスコットは宙に向かってため息をつく。

 今の話を聞く限りどうも相当めんどくさい事になってきたと確信したと同時にいくつか疑問点が浮かぶがあえてそれは口にしない。

 これ以上の面倒事は勘弁してほしい。


「ま、あんたに言っても仕方ない事だったけどね。てか一つ聞きたいんだけど」


「なんだよ、リズ並みに胸を大きくする方法か? やめとけやめとけ、ありゃ才能だ」


「アホ変態勇者、私だってそれなりにあるっての……じゃなくて! なんであんたみたいなのが勇者やってんのよ。どう考えても向いてないでしょ」


「簡単だ、金になるからだよ。勇者より稼げる仕事なんてのはなかなか無いからな、タダで助けて欲しいってんならあそこにいる奴みたいなのに頼むんだな」


スコットが指差した方には、大きな荷物を持ったお婆さんに手を貸す青年がいた。

金に汚いスコットとは違う、一日一善をモットーに生きているような感じのいい青年だ。


「はぁ……あんたみたいなのが王国を救ってくれたら良かったのに」


「なんでだ?」


「お金目的ってわかってた方が目的も分かりやすいし、なにより思う存分嫌いになれそう」


アリエの皮肉を笑いながら、スコットは口を尖らせる。


「そりゃ残念だったな。つーかお前これからどうすんの?」


 内心どうしようかアリエは少し焦っていた、お金が無ければだれも助けられない。そして今の自分には金も無ければ力も無い、できた繋がりはお金でできた繋がりでしかも金に汚い勇者だけのようなものだ。

 もちろん諦めたわけでは無いが、疲労と絶望感から心がすり減ってきているのはすぐに分かった。


「分からない……とりあえず別の町に行くわ」


「あっそ、まあ達者でやれや」


 そう言ってベンチから少し離れた場所のトイレで用を足しているスコットの頭の中には、様々な思いが渦巻いている。パイナルまで運んだ報酬の三千アベルをまだもらっていない事や、利子はいくらつけようか、また小銭で返されたらたまらねえとか考えていた。


 トイレから出ると何やら怪しげな男が話しかけてきた。胡散臭い男で、垂れた目は曇りくすんだ黒色をしていた。少なくとも友好的な関係を作れそうにない小汚い茶色いローブに身を包んだ男は、スコットに一枚の紙を見せた。


「この者を探しているのですが、この辺りで見かけませんでしたか?」


 差し出された紙を見たスコットは吹き出しそうになる、それは指名手配書だったのだがそこに描かれている人物がまぁ滑稽だった。

 頭の悪そうな顔と金を持ってなさそうな顔を織り交ぜてから小銭を一枚放り込んだらこんな顔になるのだろう。


「こいつは頭の悪そうな顔だな、金も持ってなさそうだし。こいつがどうかしたのか?」


「この者は大罪人です、リーゼル王国の国宝を盗み国家を転覆させようと謀ったのですから」


 その時、男の後ろから声がかけられると同じような身なりをした男がなにやらごにょごにょと報告した。

 それを聞き男が分かった、とだけ言うと報告した男は走り去ってしまった。


「では、失礼します。件の者が見つかったそうなので」


 走り出そうとする男にスコットは聞いた。まぁもちろん手配書に描かれていたのが誰かは分かりきっていた。

手配書を書いた奴に、よく特徴を捉えていると最大級の賛辞を送りたい気分ですらあった。


「こいつの名前は?」


「......リーゼル王国第一王女、アリエ・(フォー)・グラットバイツ」


男が走り去った後でスコットは少し考えた。ふんふんと何か納得したようにうなづいてから男の後を追って走り出した。


 --大金を手に入れるにはそれなりのリスク……ってか

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