~ ⅵ,堕ちた花火 ~
戦いに勝った次の日、残飯処理と一日期限が過ぎた牛乳のせいで寝込んでいたところに電話が掛かって来た。
「明後日の丸々寺の花火大会、一緒に行かない?」
吉成君だった。
彼は、彼女に振られたのに、やたらと陽気に誘って来た。「家にいてもいいことないぞ」だなんて、いいこと言うじゃないの。
私は、待ち合わせ場所と時間を聞いて電話を切った。
*
「なーんだ、浴衣じゃないのかあ…」
寺の側にあるコンビニへ入ると、雑誌コーナーにいた吉成君が口を尖らせた。
「女の子はやっぱり可愛い浴衣じゃないと」
己の欲をぶつける吉成君にむっと胸が軋む。着たくなくて着てないわけじゃない。彼は、人となりはいいが余計なことを言って後悔するタイプだった。彼女に振られた原因もそれに違いない。
私は、浴衣論を熱弁する彼にジャブを打つことにした。
「ひとりじゃ着れなかったからね」
ごめん、と続ければ吉成君は目を逸した。
十歳離れた大人が、子供にやり込められる。これほど面白いことはないが、重たい空気に耐えられるはずもなく、彼の手首を掴んで屋台へ引っ張った。
「唐揚げ串、買って」
吉成君は、犬ころみたいに財布を取り出して「勿論だよ」と二本も買ってくれた。
腹ごしらえさえ出来ればご機嫌なものだ。
昨日、トイレに籠りっぱなしだった私にはご馳走もご馳走、二人で鐘つき堂の柱に寄り掛かり、ぺろりと平らげる。すると、開始のアナウンスの声に周囲が色めき立った。
「いよいよだね」
少し大きめの声で吉成君の肩を叩く。
彼は、串の先を見詰めていた。
「どうしたの?」
私が身体ごと彼に向けると、花火が一つ散った。照らされた顔はずっと下に向けられたまま、吉成君は口を開いた。
「一昨日の夜、亜子おばさんを見たんだ。俺と同い年くらいの男と一緒だった」
「それで?」
「おじさんもいた。言い争いしてた」
「それで?」
「おばさん…男とどっかに行っちゃって、昨日、俺ん家で話し合いしてた」
「そっか」
「それで、話し合いの内容まではわかんなかったけど……今日、二人は別れるんだってお袋から聞いてさ。俺、お前が大丈夫か心配になっちゃって――」
彼の話を聞いていると、何度か見たことがある女の人が目の端に入った。ゆるふわな髪を大輪の向日葵で留め、ちょっと嫉妬まじりの目であるのにその場から動かない。彼女は、時々、浴衣の蝶々を花火へ浮かばせていた。
「吉成君」
私が彼女に指差すと、吉成君は「なんで」と呟いた。驚きと、喜びと、ないまぜになった顔をしてうずうずと足先を向ける。
無意識なんだろうなぁ。
さっさと駆け寄らないのは何故か――ただ、私がわかるのは、もう彼の心配事は消えちゃったってこと。彼はひとりじゃないってこと。仲間になろうとしてくれたけど、やっぱり違った。
彼には待っている人がいた。
「吉成君」
私は、我に返った彼が謝るのを遮ってニヤリと笑う。
「あっちに友達を見つけたから行くね?」
戸惑う彼を置き去りにして、ぽかんと口を開けて空を仰ぐ人垣を通り抜け、バス停を目指す。色とりどりの花火にうつし出されたそれぞれの顔は餌を欲しがるフナに似ていた。
みんな、何かを欲しいている。
私もそのひとりなんだけどな、とすいているバス停に立って口を開けてみた。