~ ⅰ,日常 ~
私の毎日はいつもひとりだ。
どこへ出掛けるのも、何を食べるのも、たったひとり。
家族はいる。
お父さん、お母さん、金魚のフナ……でも、誰かと繋がっているとは思えない。去年死んだお祖父ちゃんは「人をよく見てみなさい。誰にだって繋がっている。誰かに触れようと思えばそれはちっとも難しいことじゃない」って言ってた。
味方のようで、味方じゃない……
そんなことわかってる。そんなことわかってるの。
*
「アスカ、夏休みだからっていつまで寝てるの」
一週間前から始まった“憂いなき日々”は、自由ではない。
朝起きて、ご飯を食べて、支度して――早く早くと急かされるけれど、「行ってきます」を見送るのは私。
「今日はお母さん、同窓会があるから遅くなるからね。夕御飯は好きなところに頼んでね。お金はいつものところに入れといたから」
「……お父さんは?」
ちょうどドアを開けた背に聞いてみる。
振り向いた顔は、メイクの濃ゆい困り顔。最近、お母さんは、お父さんのことを聞かれるのが嫌らしい。小学生の頃は「パパが大好きなのねえ」ってからかって来たのに。今では――
「ああ、決まってるでしょ」
これだけ。
そして、お父さんが家にいないことが当たり前になった。最後に会ったのはいつだろう? ずいぶん遠くに感じる……
ぼんやり靴箱の上で優雅に泳ぐフナを見て思い出そうとしたが、その間にお母さんは「よろしくね」と行ってしまった。
そう、お父さんはいる。だって、フナの世話をしているのはお父さんだもん。昨日まで苔がついていた水槽が、ヘンテコな装置を上に乗せ、フナをお上品に見せている。
お母さんは絶対、やらない。
私だって……餌をやるぐらいだ。
ひとりと一匹。
「お前は、立派な家族だ……たぶん」
私は軽く水槽を指先で小突くと、餌の合図かと勘違いしたフナがパクパクと水面で喘いだ。
なんの予定もない時間。やることといえば、宿題くらい。誰かに構ってもらおうとか休みが終わるまで期待したっていいことない。リビングでごろごろしてても、部屋で本を読んでいても、漫画を見ていてもお母さんは同じことしか言わなくなった。
――「それでいいの?」――
まるで、お母さん自身、自分に言っているみたいに。お母さんはお父さんと別れたいのかもしれない。お父さんはお父さんで、フナさえいればいいのかもしれない。
そう思うと、この家にいるのが急に空しくなってくる。
ここに私の居場所はないんだって。
:イラスト:
長岡更紗さん主催の企画にて、[大橋なずなさん]よりいただきました。ありがとうございます!