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襲撃

 後から来るバルカンの乗員を迎えようとカイルは埠頭に向かっていた。

 折角の上陸で大いに飲むためには上官がいない方が良いのだが、微妙な情勢のために釘を刺しておかなければならない。その分、酒場で少しぐらい奢ってやろうとカイルは考えていた。


「カイル」


 その途中で声を掛けられた。


「ウィリアム?」


 聞こえたのは小さい声だが、友人であるウィリアムの声に間違いない。声のした方向に目を向けると今、パーティー会場にいるはずのウィリアムがいた。

 通常の海軍海尉の士官服の上に地味なコートを着て二角帽を被っているのでウィリアムだとは誰も気が付かない。


「どうしてこんな所にいるんだ」


「カイルに会うためだよ。艦長就任おめでとう」


「ありがとう」


 ウィリアムが心から感謝してくれるのはカイルとしても嬉しい。しかし、立場を考えれば軽率な行動を行っているという思いが強く、カイルは顔が強ばっていた。

 しかし、ウィリアムは気が付いていないのか鈍いのか話を続ける。


「カイルの艦への転属願いを出したんだけど、拒否されてしまったよ」


「まあ、そうなるね」


 カイルが指揮するバルカンは新大陸戦隊の任務を果たすために活動中のいわば雑用係だ。

 航海に出ていることが多く、危険が多い。

 危険度では観測航海の方が高いが、皇太子殿下が要らぬ危険を冒す必要は無い。

 それにエルフの元で働いているとなれば、ウィリアムへの心証は悪くなる。

 カイルにとっても残念だが、ウィリアムの希望は通らないだろう。


「で、会場には誰がいるんだ?」


「カークに代わりを務めて貰っている」


 カークはウィリアムの護衛であり、常に側に居る側近だ。観測航海でも一緒に来ていた。

 影武者としての役目も負わされており、身代わりになる事がある。

 しかし、今回の身代わりは必要だったのだろうかとカイルは考えてしまい、カークに同情した。


「で、何時になったら戻る気だ?」


「挨拶が終わったしね。戻るよ」


「送って行くよ」


 カイルはウィリアムと共に会場へ戻る事にした。真面目なウィリアムの事だから自ら戻るだろうが、途中で抜け出しはしないかと心配でカイルも付いていくことにした


「あれ?」


 会場の建物の裏口、ウィリアムが抜け出したときに使った出入り口に二人の人影があった。服装を見ると警備の海兵隊員のようだ。


「これじゃあ、戻れないな」


「いや、様子が変だぞ」


 警備の兵にしては周りを気にし過ぎている。通常なら顔を動かさず、目だけで周囲を確認するのだが、彼等はクビを動かして周囲を見ている。


「……そういえば出て行く時に警備の兵はいたのか?」


「出ようとしたときはいたけど、途中でいなくなったよ。交代していたのかな」


 それを聞いたカイルは嫌な予感がした。


「ここにいてくれ」


 ウィリアムをその場に残し、カイルは裏口にいる海兵隊員に近づく。


「誰か!」


 カイルが近づくと海兵隊員は大声で尋ねてくる。


「身分を名乗れ!」


「アルビオン帝国海軍バルカン艦長のカイル・クロフォードだ。肩章が目に入らないのか?」


 艦長は特別な金の肩章を就けることが許されている。

 これは海兵隊を含む海軍の常識だ。それに気が付かない時点でカイルは警戒した。


「失礼しました」


 海兵隊員は姿勢を正して謝罪した


「貴様は何をしているんだ」


「は! 司令部より警備を命令され裏口を固めておりました」


「命令を出したのは衛兵司令のクレア・クリフォード海尉か?」


「はい! そうであります」


「ミス・クリフォードは司令部付きで権限は無い筈だが? それに昇進して海佐になっているが。どうして知らない?」


 海兵隊員は黙り込んだ。その間にもう一人の海兵隊員がカイルの背後に回ろうとした。

 その前にカイルは動き出した。腰に佩いている父から貰った東洋の刀を引き抜き、動き出した海兵隊員に斬りかかる。

 銃で防御しようとして前に出てきた瞬間、カイルは刀の峰を首筋にたたき込む。

 残った海兵隊員は刺突の姿勢をとるが、カイルは素早く滑り込み、再び首筋に刀の峰でたたき込んで気絶させた。


「偽者だね」


「どうして判るんだ?」


「僕の階級章を判別できなかったし、クリフォード海佐の事も知らなかった。何より、襲われたのに発砲してこなかった」


 警備の海兵隊員は銃に弾を込めている。襲撃者を撃退する他に、発砲して緊急事態を知らせる為だ。


「発砲しなかったのは、正規の警備に見つかりたくないからだ。既に会場内に侵入されているな」


「どうして?」


「中にいる人間を襲うためだろうね」


「カークが危ない」


 会場内にいる重要人物はウィリアムだ。だが今はカークが身代わりとなっている。


「助けないと」


「そうだね」


 本来カークはウィリアムの護衛である。しかしウィリアムにとっては親しい友人でもある。少なくともウィリアムはそう思っている。カークに危険が及ぶのは避けたい。


「助けに行くか」


 カイルは偽の海兵隊員を放置して、裏口から建物の内部に入り、会場の方へ向かう。縛り上げておきたいが、あいにくとロープが手元に無い。海兵隊員の装備にはあるだろうが、探している時間も暇も無い。侵入者への対処が先だ。

 誰にも止められる事無く、見張りもいなくなった入り口からカイルは建物の中に入った。

 そして目的の人物が居る場所、最も人だかりの多い場所へ向かう。今回のパーティーはウィリアムに会うことが目的なのだから、ウィリアムに扮したカークの元に最も人が多いのは当たり前だ。

 向かって行くと予想通り、人だかりの中心にウィリアム、いやカークがいた。


「止まれ! 招待客がで無い者が何故居るんだ!」


 護衛の一人がカイルを止める。カイルの出席を断った人物だった。何より腰に刀を下げていては、不審としか言いようが無い。


「緊急事態です。直ぐに殿下を控え室に」


「そのような事が出来るか。不法侵入で営倉に送ってやる」


「待て、ミスタ・クロフォード、どういう事だ」


 騒ぎに気が付いたサクリング提督が尋ねる。


「失礼します提督。不審者が侵入したようです。裏口の警備兵は偽物とすり替わっていました。既に何者かが侵入したと考えるべきです」


「なんだと」


 カイルの言葉にサクリング提督は驚いた。


「ここは我々が警備しています。不審者など誰も入れません」


「だが、現に裏口の警備はすり替わっていたぞ」


 もし本物だったとしても間抜けすぎる。


「その証拠に招待客でない私が裏口から入る事が出来た。私がいること自体、警備に穴が空いている証拠だ。提督、兎に角、一度殿下を控え室に」


「そうすることにしよう」


 サクリング提督はカイルの提案を受け容れた。護衛の士官は渋るが、提督の言葉には逆らえなかった。

 そしてカイル達が動こうとしたとき、ボーイの一人が殿下に扮するカークに近づいていた。上着に手を入れてナイフを取り出す。

 それを見たカイルはパーティー客の持っていたグラスを奪い取るとボーイに向かって投げつけた。

 グラスはボーイの側頭部に命中し、床に倒れた。


「襲撃者です!」


 ナイフが床に転がるのを見ればボーイが何者なのか明らかだった。


「捕らえろ!」


 護衛が叫ぶと、周りが一斉に動いた。だが、数人の男達に阻まれる。

 襲撃者の仲間のようだ。パーティー会場の各所で乱闘が起きる。

 その間に、殿下に扮したカークは出て行った。


「失敗だ! 引き上げろ!」


 襲撃者達が大声で叫ぶと彼等は一目散に裏口へ向かって走って行った。


「逃がすか!」


 カイルは直ぐに追いかける。彼等に指示した人間を突き止めなければ。裏口の偽の海兵隊員がいるが、証人は多い程良い。

 彼等は裏口にたどり着くと、一目散に隣の建物の裏側に入っていく。


「畜生! 逃がしたか!」


 追撃しても待ち伏せされているだろう。一人で追うのは危険すぎる。

 カイルが引き返そうとしたとき、建物の裏側から連続した銃声が聞こえた。


「!」


 何が起こったのか気になり、警戒しながら建物の裏側を覗いた。

 そこには銃を構えた赤い上着を着た兵士と地面に倒れて血を流す襲撃者がいた。


「おい! これはどういう事だ! 貴様らは何だ!」


 カイルが怒鳴り込むと、兵士達は銃を向けるが、指揮官らしき人物に止められて銃を下ろす。


「失礼しましたクロフォード海尉殿。自分は近衛騎兵第一連隊第九中隊長のバナスター・ダヴィントンであります」


「どうして陸軍が居るんだ」


「新大陸への駐留命令を受け到着し、本日は殿下の警備を命令されておりました」


「襲撃者を入れてしまうとは大した警備だな」


「何分、チャールズタウンに到着してきてまだ日が浅いため、植民地に慣れておりません」


 肩を竦めるようにダヴィントンは答える。


「しかし、いきなり発砲し射殺する必要は無いだろう。尋問が出来ないじゃないか。彼等は皇太子殿下襲撃犯だぞ」


「殿下を襲った襲撃犯は大逆犯であり、死刑となって当然です。それに我々にも襲いかかってきたのでやむを得ず我々も反撃するしかありませんでした」


 事件の瞬間を見ていた訳では無いため、カイルはそれ以上の追求は出来なかった。

 階級がほぼ同じという事もあり、強く言えない。


「……この事はサクリング提督に報告させてもらう」


「どうぞご自由に」


 立ち去るカイルにダヴィントンは傲然と答えた。

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