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再会

 開闢歴二五九四年三月二五日


 グレシャム夫妻を乗せたバルカンはカイルの指揮もあり、無事に南部の保養所に到着し任務を達成した。

 暫くの間滞在するよう夫人はカイルを誘ったが、カイルは任務があると言って断り、直ぐにチャールズタウンに戻った。

 ウィリアム皇太子の着任が間近に迫っているからだ。

 カイルの古くからの友人であり、個人的に好感の持てる人物でもある。観測航海にも同行し、何より幼馴染みで親しいウィリアムと共に働けるのは嬉しい。

 だが、公的な立場、皇太子殿下という肩書きは重く、自由に会うことも出来ない。

 しかも、この肩書きはアルビオンの国家の代表という意味も含まれている。

 独立するか否か争っている中に皇太子が行くと、独立派を刺激するのは確実だ。

 その反面、融和の切っ掛けとなる可能性もある。

 先日出版された『事実』というパンフレットにある、『国民を顧みない』という記述を覆すためにも皇太子殿下の来訪は好ましく、ニューアルビオンの住民に声を聞かせるべきだ。

 そのためニューアルビオンの名士を集めて、ウィリアムの着任祝いのパーティーが開かれることになっていた。

 開催日に間に合うよう、カイルは艦の性能を限界まで発揮させ最大速力で帰還させた。

 その甲斐あってパーティー前日の二四日に入港できた。そして水先案内人から、前日殿下が到着されたことを知らされた。

 パーティーを開き、ニューアルビオンの住民と会うことは独立派からの襲撃を招きかねない危険な事だ。しかし、是が非でもやらなければならない。

 だからこそカイルは全速力でチャールズタウンに向かってバルカンを走らせたのだ。


「パーティーに参加されるのですか?」


 いそいそと上陸準備を始めるカイルにマイルズが尋ねた。


「招待されていないけど、挨拶ぐらいはしておこうと思ってね。


 旧友に会いたいこともあるが、あの危なっかしい皇太子殿下が大人しくしているとはカイルには思えない。普段真面目なのに、何処か無鉄砲な部分があり、時たま何かやらかしてくれる。

 それを防ぐ為にも釘を刺しておきたい。


「招待状とかはあるのですか?」


「手紙を出しておいたが、返事はまだ無い。待っていたら遅れるだろうから、このまま行く。補給はエドモントに任せる。作業が終了したら乗組員も交代で上陸し休養するように。ただし騒ぎは起こすな。司令部に良い店を尋ねておけ」


「ありがとうございます」


 町が独立派と皇帝派で分かれているチャールズタウンに上陸させるのは余計な混乱を招く恐れがあるため、本来ならば望ましくない。だが、乗組員に休養を与えないと士気が低下して、カイルの納得する水準で働いてくれないだろう。

 一度採用したら契約終了までずっと艦に閉じ込めておくのが今のアルビオン海軍のやり方だが、上陸許可は艦長の権限内だ。彼等への休暇はカイルの一存で出せる。

 万が一も考えて、トラブルに巻き込まれ難い店を司令部に尋ねておくことも忘れない。

 要点を伝えておけば、後は熟練下士官のマイルズが良きに計らってくれる。

 有能な部下がいることのありがたさをカイルは噛みしめていた。


「では上陸してくる。先に行って待っているよ」




 カイルは上陸すると、パーティーが開かれる建物に向かう。その途中で思わぬ人物に出会った。


「ミスタ・クロフォード!」


「ミスタ・バンクス?」


 帝国学会の有力者バンクス氏が声を掛けてきた。観測航海を共にした仲間だ。

 科学者として、何より有力な金持ちのスポンサーとして有名で、カイルもお世話になっていた。バンクス氏は同行者と共にカイルに駆け寄る。


「どうしてここに」


「こちらにおられるチャールズタウンの有力者ジョサイア・リード氏に招待されたのだよ。ニューアルビオンの学会員が観測航海の成果を聞きたがっていてね。彼をはじめとするニューアルビオンの知識人は私たちの航海に興味津々でね。ああ、紹介するよジョサイア・リード氏、こちらはディスカバリーで艦長を務めたアルビオン帝国海軍一であるの士官カイル・クロフォード海尉です。ミスタ・クロフォード、こちらはジョサイア・リード氏だ」


「はじめまして。ジョサイア・リードです」


 リード氏がカイルに手を差し伸べてきた。

 五〇を過ぎているはずだが、背筋は伸びており活動的な印象を与える人だ。特に目元は冷静ながらも鋭く、観察眼が高いことを想像させる。


「カイル・クロフォードです。現在はバルカンの艦長を務めています」


 返事をして手を握ると力強く握り返してきた。精力的な人だという事も分かる。


「本国でのご活躍は伺っております。小官はかつてニューアルビオンに勤務した事もあり、現状を憂いております」


 カイルの言葉にリード氏は笑みを浮かべて答えた。


「ありがとうございます。貴方の様な方に応援して頂けるのは心強い。報告書を読ませて頂きました。お若いのに海軍一の士官というのは本当ですね」


「いえ、まだ若輩者ですよ」


「いやいや、貴方の航海計画や、各地で行った測量の成果を見ても、貴方が素晴らしい技能を持っていることは分かります」


 成果を褒められたカイルは嬉しくなった。自分の行った事の成果を評価している、しかも意味を理解している人の言葉は何よりも嬉しい。知識人であるリード氏から褒められた事は、リード氏の知識、それも最先端の知識に基づいて評価されたことを意味する。

 カイルにはそれが何よりも嬉しい。


「本当に素晴らしい方ですね」


「その通り」


二人の間にバンクス氏が割って入った。


「リード氏は本当に素晴らしい方だ。一緒の船に乗ったが、あれほど聡明で礼儀正しい人はいない」


「なるほど。あれほど素晴らしい成果を聞きたがるのは当然ですね」


「まったくだ。こうして我々は人々に科学の素晴らしさを、未知の領域を伝えることが出来る」


 カイルが持ち上げるとバンクス氏は鷹揚に答えた。

 バンクス氏は本当に純粋な招待だと思っているようだが、カイルは違うと思った。

 バンクス氏が観測航海を話すことで、ニューアルビオンが本国が偉大だと思わせるような、宣伝工作の一環ではないかとカイルは考えている。

 国威発揚にはビッグニュースとその関係者の講演は効果絶大だ。身びいきとは言え、グレシャム夫人が報告書のパンフレットを持っている程で、チャールズタウンでも観測航海の事はよく知られている。

 カイルに講演の話が来ないのは、カイルがエルフで、誰もが怖がっているからだろう。


「しかし、本当に嬉しいよ。新大陸の動植物を観察できるし、こうして君と会えるのだから」


「ええ、私も嬉しいですよ。ミスタ・バンクスとミスタ・ダリンプル」


 バンクス氏のもう一人の同行者であるダリンプル博士に剣呑な視線を向けてカイルは答える。

 ミスタ・ダリンプルは博物学博士として学会に籍を置いているが、もう一つの顔はアルビオン帝国政府の諜報員でもある。博物学者の地位を利用して目的地に入り込み、情報を収集、工作活動を行うのが任務だ。

 先の観測航海に参加したのも、航海途中で寄港地などの情報を入手するためだ。

 彼の工作活動のお陰で軍法会議を逃れた事もあり、恩を感じているカイルだが、この新大陸で何か工作活動をやるのではと考えて警戒してしまう。


「三人はパーティーに参加なさるので?」


「ああ、殿下とは共に現地に入った。宿舎が違うのでこうして歩いて向かっているのだよ」


「そういうことでしたか」


 確かに帝国学会の会員が随員として殿下と共に訪れるのならば箔が付くな、とカイルは納得がいった。


「君もパーティーに参加するのかい?」


「正式な招待状はありませんが、殿下にはかつてお世話になったので、ご挨拶だけでも、と思いまして」


「それは良い事だ。では行こう」


そう言ってカイルはバンクス氏とダリンプル博士と共にパーティー会場に入ろうとした。

 だが、入り口で警備の海兵隊員に止められてしまった。


「招待状の無い方は入場できません」


「殿下にお会いしたいのだが」


「招待状が無ければ出来ません」


「殿下にお取り次ぎは」


「出来ません」


 海兵隊員は頑として聞き入れない。


「君、何とかならないのかい? 私の連れという事にできないか?」


「招待状が無ければダメです」


 頑なな海兵隊員の態度に、バンクス氏は声を荒らげようとしたがカイルが止めた。


「仕方ありません。彼はそう命令されている立場ですから。無理をすれば彼が処罰されてしまします」


「しかし、殿下と会えなくなるぞ」


「殿下はチャールズタウンに転属してきます。この後も会う機会はありますよ。今日は一寸、運が無かったようです。帰還したばかりで招待状も貰っていません。またの機会に会いますよ」


「そうか。では、また」


「はい」


 こうしてカイルはバンクス氏とダリンプル博士、そしてリード氏と別れた。


「やれやれ、身分が明らかになると会えもしないのか」


 二人が会場内にはいるのを見届けてからカイルは一人呟いた。

 一応ウィリアムは新大陸戦隊司令部付きという職に付いている。だが、司令官のサクリング提督さえ、会うことは制限されている。

 海軍士官なのに同僚や上官と会えないというのはおかしな事だ。

 とはいえ、先の対ガリア戦争や観測航海では自由に会うことが出来たのは、身分を隠していてのこと。身分を明らかにした今では警備が厳重だ。


「まあ、襲撃するような不逞の輩はいないだろうけど」


 警備が厳しいという事は襲撃される危険も低くなる。その意味では身分を明かしたことは良かった。

 だがウィリアムと会う手が無くなった事も事実で、カイルは会場を後にして艦に戻ろうとした。

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