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舞台裏

 開闢歴二五九四年一〇月二三日 ホームズの町の沖合


「どうしますか?」


 接近してくる無灯火のボートの群を見て、マイルズがカイルに尋ねる。カイルは慎重に考えてから命じた。


「明かりを点けろ」


「ですが」


「いいから点けろ。それと旗を用意」


「あ、アイアイ・サー」


 直ぐにマイルズはランタンの幕を外して明かりを付け、艇尾の棹にアルビオン海軍旗を揚げる。


「前方のボート、停船せよ! 私はアルビオン帝国海軍ユニティ艦長カイル・クロフォード海尉だ。サクリング提督の命令で視察を行っている。所属、官姓名を答えよ」


 真っ暗闇のボートから見知った顔、いや見覚えのある復讐に駈られたオーラを纏った人物が現れた。


「先の戦ぶりだなクロフォード海尉。ニューアルビオン歩兵第一連隊連隊長グレシャムだ」


 不遜な態度で名乗られたとき、カイルの背中は冷や汗で大洪水となった。

 だがカイルは努めて、いや必死に平常心を心がけグレシャム男爵に尋ねた。


「何をしてるんですか」


「ホームズの町を攻撃する。町の死角となる場所があり、そこから攻め込む事が出来る」


「攻撃命令は出ていないはずだが」


 リビアを脱出させるために、今夜アルビオン帝国軍は一切の軍事行動は許されていない。精々警戒を行うくらいだ。


「独断で行う。リビアの首を取ってやる」


 振り返らずとも、背後でリビアが身体を強ばらせるのがカイルにはわかった。グレシャム男爵が気付いたのではないかと、カイルは怯えたがその様子はなく、強い口調で答えた。


「軍令違反は見逃せません。直ちに撤退して下さい」


「共和主義の悪魔共を見逃せというのか!」


 怒号が闇夜に響き渡り、カイルの背後でリビア達が恐怖で仰け反る動きが伝わった。

 ここで彼等が男爵に見つかる訳にはいかない。

 このボートにリビアが居るとグレシャム男爵に知られたら命はない。

 リビアは勿論、カイル達もだ。

 リビア脱出の協力者としてカイルも問答無用で殺されるだろう。

 事実リビアの脱出を支援しており、事の真相を知ったグレシャム男爵が怒りのあまり攻撃してくる危険も否定出来ない。

 だから気付かれないように、カイルは必死の演技でグレシャム男爵に対して高圧的な態度をとって追い返そうとする。


「軍の命令には従って貰います。いかなる理由であれ、命令違反は許されません」


「私の連隊だ」


「帝国の連隊です。帝国は秩序を求めます。その秩序を乱すのであればリバリタニアと同じです」


「……ふん、だから帝国軍の下には入りたくなかったんだ」


 渋々ながらもグレシャムはカイルの説得を聞き入れ、連隊に撤退命令を出した。

 連隊長の命令を受けて、ボートの群はアルビオン陣地に引き返していった。


「……ふう」


 グレシャムが十分に離れたところでカイルはようやく息を吐くことができた。


「危なかったですね。しかし、よく引き返してくれましたね」


「思わず怒号を出してしまったし、僕らに見つかったからには引き返さざるを得ないだろうからな」


 何よりカイルがランタンを点灯したためにホームズ側に発見された可能性がある。

 川からボートで上陸するときはボートに乗っている時が一番危険だ。男爵達は闇に紛れて奇襲しようとしていたようだが、ランタンで照らされてしまっては、もはや奇襲は不可能。

 攻撃を続行しても強襲となり、リバリタニアの攻撃を受けつつ無理矢理上陸するしか無い。損害が大きくなり、攻撃は失敗するだろう。そのような危険を冒す気はグレシャム男爵にも無いはずだ。


「まあ、軍事的合理性をグレシャム男爵が持ち合わせていてくれたのが良かったよ」


「それに海尉の人徳もありますからな」


「人徳?」


 マイルズの言葉にカイルは首を傾げた。


「僕はエルフであって人じゃないよ」


 カイルが真面目に返すと、一瞬虚を突かれて黙り込んだマイルズ達は大声で笑い始めた。


「そうでしたな。まあ、そういうことにしておきましょう。では作戦通り進めますよ」


「ああ、そうしてくれ」


 何故笑い出したのかカイルには判らなかったが、作戦が上手く進んでいるのはよかった。

 この後カイルはサクリング提督の特命視察だと申告して封鎖線を切り抜け、目的地であるフリゲート艦ヴェスタルにたどり着き、リビアを無事に引き渡すことが出来た。

 カイル達のボートが離れた後、リビア達を乗せたヴェスタルは夜明けと共にホームズ湾を後にした。




「厄介者がいなくなったな」


 ヴェスタルが出港する様子を旗艦ロンドンの後甲板でサクリング提督は見届け呟く。


「提督のご協力には感謝しています」


 隣にいたダリンプル博士は恭しく頭を下げながら感謝の言葉を述べる。


「命令だ。感謝される筋合いはない」


「ですが助かりました。この場にいないミスタ・クロフォード海尉にも感謝を」


 ヴェスタルにリビアを送り届けた後、カイルは旗艦ロンドンに行き、作戦の成功を報告した。

 その時、カイルは作戦前の個人的な報償を提督に求めていたが、ダリンプルには聞こえなかった。

 サクリング提督は特に動かなかったし、カイルも報告を終えると旗艦ロンドンを離れて行ったので、大事ではないとダリンプルは判断していた。


「それでは私は陸上に用があるので失礼いたします」


「解った。ボートで送ろう」


 舷側に待機していたボートをサクリングは呼び出し、長身の士官にダリンプル博士を送り出すように命じた。

 ボートはロンドンを離れて陸に向かって漕ぎ出した。

 だがボートはロンドンから離れるとオールを漕ぐのを止めてしまった。


「どうしたんだ。何かあったのか」


「どういう事か話して頂きたくて止めました」


 不信を感じたダリンプルがと問い質すと、艇尾で指揮を執っていた長身の士官から聞き知った声が流れて来た。


「クロフォード海尉」


 ダリンプルが驚いている最中、カイルはカツラを取り、隠していた尖り耳を出し、シークレットブーツを脱いでいつもの小柄な姿に戻った。


「どうしてこのような事を?」


「サクリング提督に頼んだ報償として貴方と話す機会を得ました」


 ロンドンから離れたように見せかけて、途中で引き返し、さらに変装をして、ダリンプルが陸に上がる機会を待っていた。


「なぜです」


「今回の事件の真相ですよ。反乱に関するね。ダリンプル博士」


「何の事でしょう」


「今回の反乱は帝国によって仕組まれた、あるいは誘導して起こされたと私は考えています。まあ、規模が大きくなり過ぎましたが」


「帝国が仕組んだと?」


「ええ、帝国の諜報員が動いていたのですからね」


「私は何も答えられん」


「なら私の独り言に付き合って下さい。あなたは帝国上層部の命令でニューアルビオンの煽動工作を行っていた。ニューアルビオンを宥めるには本国の同意が得られない。しかしニューアルビオンは過激派が多くなりすぎてどうしようもない。そこで過激派を一網打尽にする計画を実行した」


「どの作戦ですか」


「皇太子襲撃です。皇太子が襲撃されれば大々的な捜査が可能となる。過激派を使嗾して皇太子を襲撃させた。そして襲撃事件を口実にして過激派を捕らえたのでしょう」


「帝国の一員が帝国、それも皇族に仇なしたと仰るのですか?」


「必要とあらばやるでしょう。で、工作は成功。襲撃は失敗し犯人は全員射殺、同時に過激派を捕まえる口実が出来た」


「その後も、過激派は動いていたよ」


「それも偽装でしょう。潜入工作員を予め送り込んでおいて過激派のメンバーをリストアップ。襲撃事件の後の捜査で主要メンバーを逮捕。主要メンバーがいなくなった後、潜入工作員が過激派の重要なポストに就く。そして情報を帝国に渡す」


「そうなったら良いね」


「ええ本当に良かったですよ。そうやってユニティによる武器取得の情報を得たのでしょう?」


 今、カイルが指揮艦としているユニティを捕獲したのは情報部からの情報があったからだ。

 だがタイミングが良過ぎた。上手く出来過ぎており、カイルは不審に思っていたが、過激派の中に潜入させた工作員から情報を得ていたのならば辻褄は合う。


「さらに過激派から武器弾薬を押収することが出来、過激派の掃討は無事に進んだ。しかし、予想外の事件が起こった」


「なんです?」


「バルカン及びデルファイの座礁事故です。あの事件でランツクネヒト第二連隊の装備を海中投棄しました。それを過激派、独立派が回収して彼等に武器が渡ってしまった。そのため過激派を抑える事が出来なくなった。そもそも過激派はリバリタニアと同じ、いや元となった組織ですからね。彼等は地方分権の組織で、地方の統制は非常に困難だ。チャールズタウン周辺の過激派を押さえても他を抑えるのは無理だったのでは?」


 ダリンプルは黙り込んだ。しかしカイルは続ける。


「そしてバンカーでの戦い。武器を得て過激に行動するようになった彼等を最早抑える事が出来なくなってしまった。そこで方針を変えて彼等を更に激発させることにした。激発させ騒動が大きくなったところを叩く」


「危険でリスクが大き過ぎる。何より被害が大きい」


「ええ。実際、規模のコントロールに失敗して独立戦争となり、大きな被害と損害が出ました。しかもガリア艦隊を中心とした義勇艦隊までやって来て非常に困難な状況に陥った。もしもホームズ湾での戦いに負けていたら我々は敗北だったでしょう」


 ホームズ湾で海軍が義勇艦隊を撃滅したために、支援が絶たれたリバリタニアは降伏したようなものだ。


「海軍には感謝しているよ」


「余計な事はしないで貰いたいですね。首謀者を脱出させるなんて馬鹿げたことは。でも過激派の監視は容易になったでしょう。ガリアに逃れるメンバーの中に潜入工作員がいるんでしょう」


「まさか」


「サミュエル・リビア」


 カイルが言った名前を聞いてダリンプル博士は黙った。


「何処で転向させたか、あるいは入れ替わったか解りませんけど、リビアが帝国の潜入工作員なんでしょう」


 サミュエル・リビアは、帝都に留学していたため帝国がその動向を監視するのは簡単だ。

 帝国が転向させるなり、すり替わるなり、工作する機会はいくらでもあった筈だ。方法はどうあれ帝国はリビアを工作員にしてニューアルビオンへ戻した。


「帝国はサミュエル・リビアを工作員として過激派、独立派へ潜入させて情報を得た。過激派の情報を流すと共に過激な行動を行うメンバーを逮捕していったのでしょう。同時に独立派内におけるリビアのライバルも減る。リビアは独立派の中で確固たる地位を築けて一石二鳥。リーダーまでなったのは偶然か否かはわかりませんが」


 独立派や過激派の幹部クラスを逮捕出来たことが不思議だった。敵対的な住民の多いニューアルビオンでメンバーを特定するのは容易では無いからだ。

 だが内通者がいれば話は別だ。それも幹部クラスどころかリーダーなら情報は駄々漏れだ。


「何を証拠に」


「ヴェスタルに送り届けたことですよ。こんな短時間で独立派と交渉して送り出すなんて不可能ですよ。以前から水面下で交渉していたか、はじめから内通でもしていないと」


 独立派のメンバーの中でも、特に幹部クラスを逮捕出来たのは出来すぎていた。

 情報機器どころか輸送手段も未発達なこの世界で数日の内に交渉をとりまとめるなど不可能だ。

 特に情報や接触さえ秘匿する秘密協定の締結には、リードの仲介があったとしても時間が短すぎる。


「私は答える立場に無い。政府は肯定も否定もしない」


 それが皇帝を示していることにカイルは気が付いた。リーダーが裏切り者ならやりたい放題だろう。アルビオン帝国に降伏することも出来たはずだ。だが出来なかったのはそれだけニューアルビオンの住民の間に反帝国感情が渦巻いていたからだ。

 だからこそ独立派を逃亡させて信頼を失墜させる今回の作戦をカイル達に実行させたのだろう。

 帝国に降伏させなかったのは、反帝国勢力が彼等に接触すること、警報装置としての役割を期待しての事だ


「まあ良いですよ、そんなことは。私が聞きたいのはそんな事じゃない」


 カイルは改まってダリンプル博士に静かな声で尋ねた。


「グレシャム夫人の事はお前が仕組んだのか?」


「何の事だ」


「はぐらかすな。キチンと答えて貰う」


「アレは過激派、独立派が」


 ダリンプル博士がはぐらかそうとしたとき、カイルは無表情に拳銃を取り出し、銃口を博士の額に押し付けてハンマーを上げた。


「答えろ」


 殺意を込めた視線でカイルはダリンプル博士を睨み付けた。


「……我々は指示していない。過激派の末端がやったことだ」


 震える声でダリンプルは答えた。


「ありがとう」


 カイルはハンマーを戻して拳銃をしまった。


「陸に向かえ」


 カイルはボートを指揮してダリンプル博士を陸に送って解放した。

 グレシャム夫人のことでカイルは怒っていた。

 僅かな期間とはいえ大事にしてくれた夫人を、遺体とはいえ乱暴されたことにカイルは怒っていた。グレシャム男爵のように追いかける程のことはしないが、目の前に現れたら復讐しようと心に決めていた。

 男爵が皇帝派になるように情報部仕組んで襲撃していたのなら、復讐するつもりだった。

 幸か不幸か「していない」との答えをダリンプル博士から得られたのでカイルは銃を仕舞うことが出来た。

 「した」と答えたら、あるいは下手な答えを出していたら引き金を引いていた。

 これならば独立派の誰かが勝手にやったことだろう。何万と居る独立派の中から見つけ出すのは不可能だ。

 それに復讐しても夫人は帰ってこない。

 元より自己満足に過ぎない。後味は悪いが、これが現実であり、受け容れるしかなかった。


「ありがとうございました。夫人」


 復讐の相手は見つからず、カイルは夫人への別れを告げて自身の復讐を終わりにした。

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