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秘密工作

 開闢歴二五九四年一〇月二三日 ホームズの町の沖合


「……え?」


 ダリンプル博士からの命令内容に思わずカイルは素っ頓狂な声を上げてしまった。


「ヴェスタルへ反逆者を乗せろというのですか」


「そうだ」


「気は確かですか!」


 転生前の世界で言えば、大量殺戮テロ事件の首謀者を裁判無しに国外退去させろと言っているに等しい。


「そんな事をして、将兵が納得すると思いますか。何より法の裁きを受けさせるべきではないのですか」


「事はそう簡単ではない」


 黙っているサクリング提督に代わってダリンプル博士が言う。


「このまま降伏させたらどうなる?」


「反乱は終了でしょう」


「だが、各地に独立派は残る。本国に対する不満も募るだろう。しかし、首謀者であるサミュエル・リビアが国外へ逃げれば、命惜しさに逃れたと憤り、戦闘継続の意思が無くなるだろう。それに首謀者を捕らえてしまっては処刑せざるをえない。帝国が処罰したとなればニューアルビオン住民の反帝国感情が高まるだろう」


「確かに殺されては殉教者に祭り上げられるでしょう」


 転生前にいた世界の六〇年代から七〇年代の安保闘争で、機動隊は極力デモ隊に死者が出ないように心がけた。自国民の殺傷を避けたという理由もあるが、殉教者として祭り上げられないようするためだ。実際、一人の女性が亡くなって殉教者として祭り上げられ、デモ隊の活動が一時活発化した。

 「虎は死して皮を留め、人は死して名を残す」の諺を帝国は恐れていた。


「上手く行きますかね」


「少なくともリバリタニアの元に纏まっているより、鎮圧は容易い」


 カイルの懸念にダリンプル博士は答えた。

 確かにリバリタニアの元で纏まっているより、各地でバラバラになって戦闘を行ってくれた方が各個撃破しやすい。


「それにリビアを慕う独立派の人間がニューアルビオンから出て行けば、過激派が少なくなる」


「逃走した首謀者の人望は駄々下がりでしょう。どれだけの人数が追いかけて行くか」


「しかし、ゼロではない。それにガリアからの支援が望めるという淡い期待に群がるバカを引き寄せることも出来る」


「ホームズは徹底抗戦を訴えていたはずですが」


「それは地元の民兵司令オブライエンの主張だ。リバリタニア政府はずっと帝国と講和を模索していた」


「そうですか」


 カイルは、ダリンプル博士の言葉に内心呆れながら答える。

 反乱勢力だと声高に叫び、リバリタニアの存在を否定した帝国だが、水面下では交渉相手として接触を重ねていた。

 だからこそ、今回の作戦も立案できた訳だ。

 国家の裏などそんな物だ。

 非常に腹立たしい思いをカイルは感じていた。そのためダリンプル博士への口調も刺々しいものになる。


「確かにうまい話ですが、私がやらなくてはならないのですか」


「君は敵味方から目立つからね。何よりもエルフだから誤魔化しようがない」


 確かにエルフという存在は非常に稀少である。まして海軍士官などカイル以外にはいない。だから間違えようがない。


「相手はそうでしょうけど、こちらは相手が本人かどうか確認できません」


「大丈夫だ。リビアを知っている者がいます。彼を同道して下さい」


 ダリンプル博士が入室を促すと、入って来たのはジョサイア・リード氏だった。

 リード氏は義勇艦隊と共に帰国し、ホームズに入っていた。だが義勇艦隊が壊滅したため、帝国内にいる友人を頼っての和平交渉をリードは進めていた。

 リードとダリンプル博士は帝国学会での友人であり、その伝手でリビアが脱出出来る様、手筈を整えた。

 カイルとリードは以前チャールズタウンで会っているが、互いに知らない方が良いという判断を下し、互いに名乗らなかった。


「彼と共に行って下さい。そして指定された時刻に、指定された人数が来ているか確認して船を乗り付ければ良い」


「乗せた後どうするんですか? まさかユニティでガリアに運べと」


「いや、ボートで入港中のヴェスタルへ運び引き渡すんだ。あとは向こうが何とかしてくれる」


「ガリア側の手筈はどうなんですか?」


「これから打ち合わせに行くんだ。連絡を名目にヴェスタルへ向かい、メロヴィング艦長と接触。作戦の打ち合わせを行って引き渡せ」


「……大丈夫なんでしょうね」


 何か裏があって自分がスケープゴートにされないか、カイルは不安を感じた。

 口頭で違反行為を命令し、実行させておきながら、実行後法律違反で逮捕、口封じのために処刑。

 使い捨てにされるのはご免被るとカイルは訴えた。


「それに関しては安心したまえ、この件に関しては命令書を作成しておこう。成功後は破却して貰うが」


「提督それは」


 突然口を挟んできたサクリング提督にダリンプル博士は慌てた。

 秘密工作の証拠を残すような行為は避けたい。


「ミスタ・クロフォードが安心して作戦を行えるようにするための配慮だ。それにミスタ・クロフォードが失敗するとは思っていない。それとも君は作戦が失敗すると考えているのか」


「い、いえ、そのようなことはありません」


「ならば、問題無いだろう。作戦が終了して命令書を返却してこの場で焼却すれば良い」


「しかし」


「以上だ。出来ないのであれば、作戦は無しだ」


「……分かりました」


 直ぐにサクリング提督はその場で命令書を作成し、サインをするとカイルに手渡した。


「気の進まない任務だろうが頼むぞ」


「アイアイ・サー」


 カイルは敬礼して命令書を受け取った。


「ただ、このような作戦だと個人的な報償が欲しいですね」


「何が欲しいのだね?」


「それは作戦が成功してから希望いたします」


「出来る限りぞみは叶えよう」


「ありがとうございます」


渋い顔をするダリンプル博士を横目に、カイルはサクリング提督へ感謝の敬礼して提督室を後にした。




 サクリング提督の支援もあって、カイルはリードのホームズ脱出の準備を進めた。

 ヴェスタルの元へ行き、メロヴィング艦長と会って打ち合わせを行う。メロヴィング艦長はカイルの登場に露骨に顔をしかめたが、リードが関わっている作戦では仕方なく、打ち合わせは直ぐに終わった。

 ユニティに戻ったカイルは直ぐに口の堅い乗員を中心に作戦メンバーを選出する。

 マイルズは当然として、ステファンは少々性格に難があるが、緊急時の機転が利くし腕も立つのでメンバーに入れた。

 他にもウィルマなど信頼できて腕の良いメンバーを集めて、ボートを仕立ててホームズの町へ向かう。

 エドモントやレナには黙っている。

 知っているメンバーは少ない方が望ましい、こんな汚い工作などに関わらせたくない。

 何よりレナは黙っていることが出来ないだろう。リード憎さのあまりに斬りかかることも考えられるので外した。

 幸い、今夜は月の無い夜。

 視界が悪いため見つかる心配はない。

 アルビオン海軍による封鎖線はあるが、視察と監視だと言って偽り突破する。

 問題なのはホームズの町からの攻撃だが、海岸線の関係で死角になっている場所があり、そこからリビアを拾い上げることとなった。

 カイルはエルフの能力である夜目の良さを使ってその場所に向かう。


「合図です」


 ボートの舳先で見張りに立っていたマイルズが言う。

 確かに目印の明かりだ。


「直ぐに合図を送り返せ」


 カイルの指示にマイルズは従い、予め決められた合図、布を掛けたランタンを開く回数で合図を送る。

 合図のあった地点から返信があり、カイルはボートを岸辺に着ける。


「急いで乗り込むんだ」


 小声でカイルはせき立てる。

 ボートに乗り込む人々はリード氏とカイルの姿を見て安堵したようだ。

 リビアを含む一三人のリバリタニアの首脳はカイルのボートに乗り終え出発した。

 あとはヴェスタルに届けるだけだ。


「! ミスタ・クロフォード。前方から多数のボートがやって来ます」


 マイルズの報告にカイルは驚いた。

 見ると確かに明かりを付けていないボートが多数カイル達の方へ迫って来る。

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