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第二次ホームズの戦い 後編

 開闢歴二五九四年一〇月一八日 ホームズ湾


「良い船みたいだね」


「何処が」


 ボロボロの船の甲板の上で褒めているカイルにレナはすかさず突っ込む。

 戦闘が始まる前日、カイルはサクリング提督に頼んで一隻の輸送艦を得ていた。


「廃船寸前のおんぼろ船じゃないの。なんでこんな船を要求したのよ」


 カイルが指定したのは、ニューアルビオンの騒乱が起きたことで急遽徴用された商船を改造した輸送艦だった。

 レナの言う通り廃船寸前で、船舶不足で手当たり次第に海軍が購入しなければ解体、あるいは防波堤として沈められていただろう。


「こんな船で大丈夫なの」


「寧ろ、おあつらえ向きだね」


「本当に上手く行くの?」


「勿論だよ。それとも本当は信じていないの」


「まあ、カイルの腕は信じているけど」


 作戦会議では、半ば父親への反抗心から勢いで言ってしまった部分もある。だが、カイルの腕前、船に関する技術を信じている。だからこそ、こんな老朽船を使うとは信じられなかった。


「他も大丈夫なの? 向かう場所は浅瀬も多いでしょう」


 アルビオン軍が浜辺から上陸した理由の一つはホームズ周辺の浅瀬が多いことだ。

 特に、リバリタニア軍が渡河してきた場所の周辺は水深が浅く、船舶での輸送は難しい。

 平底船なら運べるが、大砲などの重装備は運び込めない。

 陸上を輸送しようにもリバリタニア軍に邪魔されてしまう。


「だからこそリバリタニア軍も油断しているはずだよ。大型船で一挙に大砲も物資も運び込むなんて考えてもいないだろうからね」


 カイルの立てた作戦は簡単だ。

 まず、陸上の部隊でリバリタニア軍を攻める。その後、故意に撤退して浜辺まで下がる。

 追撃してきたリバリタニア軍は、海上に停泊する戦列艦部隊の砲撃で足止めする。

 その間に、カイルが指揮する輸送艦で川を遡上させ、大量の物資と大砲をリバリタニア軍の後方に輸送。橋頭堡を作り上げ、リバリタニア軍の退路を断ち、包囲殲滅する作戦だ。


「さて、積み込みを始めよう」


「始めようって……満潮でも水深はこの艦の吃水より浅いでしょう」


 浅瀬の周辺は満ち潮でも水深三メートル。この艦の吃水は全ての積み荷を降ろしても三.五メートル。

 座礁してしまう。


「艦内の積み荷や不要な物は全て捨てるんだ」


「それでも無理でしょう」


 長期航海に不要な食料や水を捨てても三メートルまでには至らないだろう。


「なに。捨てられる物は他にもある」


「何を?」


「マイルズ、手空きの人員を集めてバラストを捨てろ!」


 カイルの命令にレナもマイルズも凍り付いた。


「気は確かなの? バラストを捨てたら、転覆するじゃないの」


 バラストとは船底に積み込まれている重しとなる石、砂、鉄塊のことだ。通常、船は排水量の八分の一前後のバラストを乗せている。

 重しとなるし吃水が深くなり抵抗も増えるだけで、速く走ることを考えれば意味がない。

 それでも船にバラストを積み込むのは、船が非常に不安定な存在だからだ。

 船には浮き上がる力――浮力と、沈み込む力――重力の二つがあり、浮力の中である浮心は上に、重力の中心である重心は下にあるほうが望ましい。

 だが船は軽く作られているため、重心は上に来てしまう。

 特に帆船は上部にマストを何本も取り付けているため、重心が上がりやすい。

 しかも風を受け止める帆があるため、風を受けた帆船は余計に傾きやすい。

 その力に負けないようにバラストを搭載することで重心を下げて、転覆を防いでいる。


「だけどバラストを捨てれば吃水は上がる。浅瀬を越えて航行できるほどにね」


「浮かび上がっても航行出来ないでしょう。転覆するわよ」


「だからバラストの代わりに物資を搭載するんだよ。大砲や食料、弾薬を船底に積み込めばバラスト代わりになって艦は安定する上に浅瀬を越えられる」


「でも凄く不安定よ。軽い船が不安定ということはカイルが教えた事でしょう」


 船は軽い状態で航行する事はまず無い。

 重心が上方にあるトップヘビーでは非常にバランスが悪いため、転覆の危険が高い。軽過ぎると感じればバラストを追加することもある。

 転生前の世界でカイルが船舶会社の航海士として勤務していたときも、安定のためにバラストとなる海水をどれだけ入れれば良いか悩んだものだ。

 不足ならば韓国のフェリーのように転覆するし、入れ過ぎるとスピードが出なくなり、燃費が悪くなる。

 その匙加減が非常に難しい。


「大丈夫、成功させるよ」


「……しょうが無いわね」


 軽く、だが自信満々にカイルが言うと、レナも従った。

 マイルズもユニティから移ってきた乗員を指揮してカイルの命令通り、バラストを捨てて大砲や武器弾薬を乗せる。


「小型砲二門は甲板に上げておいてくれ。他は船倉に収納せよ。キース兄ちゃん、いや副連隊長。それとグレシャム男爵」


「何でしょう」


「お呼びでしょうか」


 作戦に参加する二つの連隊の指揮官を集めて指示をする。


「小舟の用意を。連隊の兵員は小舟で付いてきて貰う。一隻当たり二〇名乗れるとして七〇は必要だな。戦列艦や捕獲した輸送艦からもボートを接収すれば十分に間に合うはずだ」


 各連隊の兵員は七〇〇名前後で合計一四〇〇名。他に操船の水兵や海兵隊員を乗せるから二〇〇〇名くらいにはなる。


「判りました。しかし、水上では反撃できませんよ」


「大丈夫だ。リバリタニア軍に攻撃の隙は与えないよ」


 会戦前日、カイルは一日掛けて明日の決戦の準備を終えた。




 開闢歴二五九四年一〇月一九日 ホームズ湾


 そして作戦の日、予定通りランツクネヒトが後退し、リバリタニア軍が攻めてきた時、カイルの作戦は発動した。


「帆を開け! 左舷開き!」


 カイルは自ら舵を持って命令する。

 海から吹く東風を捉えようと輸送艦の帆を開かせた。

 軽くなって重心が高くなった為に、左舷から吹き付ける風でいつも以上に艦が右に傾く。


「転覆するわ」


 急激な傾斜にレナが叫ぶ。


「大丈夫だ。少し帆を緩めればバランスが取れる。」


 カイルが断言し、帆の角度を調整させると艦の傾きは止まって動き出す。

 丁度満ち潮で、海流に乗って船は進んで行く。


「よし、前進だ」


 輸送艦の周りにいた七〇隻の小舟やボートも一斉に漕ぎ出して上流に向かって行く。

 リバリタニア軍は、戦列艦の砲撃による土煙でこちらが見えず、攻撃の気配はない。


「予想通り煙幕になってくれているね」


「でも浅瀬は見逃してはくれないわよ」


 そう言ったとたん艦底を擦る衝撃が響いてきた。


「やっぱりまだ吃水が深いわ」


「大丈夫だ! トリム! 帆を張り増せ」


 帆により多くの風を受け止めると輸送艦は更に右に傾く。


「転覆するわよ」


 傾きすぎて立つ事が出来なくなったレナは、マストにしがみついてカイルに怒鳴る。


「その前に止まる! 艦が傾いて海に触れる面積を増やして船底を浮き上がらせる」


 天井が低い箇所を身体を傾けて通り抜けるのと同じ事をカイルは輸送艦にやらせようとしていた。

 考えは上手く行き、振動は微弱となって浅瀬をすり抜け事が出来た。


「よし! 上手く行ったぞ! 帆を緩めて、進むんだ」


 艦の傾きを修正するとカイルは舵を微調整する。

 軽量化を徹底したため船体はいつも以上に浮き上がっているため、舵も効きにくい。だがカイルは舵から伝わる感触を頼りに微妙な修正を続け、転覆させることなく艦を前に進ませて行く。


「さて、予定地点だ」


 リバリタニア軍の渡河地点近くの予定点に到達するとカイルは命じる。


「アンカー・レッコ!」


 艦首の錨を下ろして艦が流されないようにする。


「ミズンスパンカー、開き変えろ!」


 後ろの帆を調整し、艦尾を流して艦が陸地に対して斜めに、渡河地点へ舷側が向くように調整する。


「座礁させるぞ! 衝撃に備えろ!」


 カイルが叫んだ瞬間、乗員は何かに捕まる。同時に艦は浅瀬に座礁して停止した。


「よし、予定通りの位置に到着したな。風を抜け! 帆を畳むんだ。アンカーを更に下ろして艦を固定しろ。」


「本当にやり遂げたわね」


 半信半疑の表情でレナが呆れたように言う。


「まだ終わってはいないよ。寧ろこれからが本番だ。直ぐに次の作業を進めて」


「判ったわ。爆薬用意! 左舷側の爆砕用意!」


 カイルの命令を受けて、レナは直ぐさま乗員を指揮して爆砕の準備を始める。予め、船体に開けておいた孔に爆薬を詰め込み、導火線に点火する。

 数秒後に爆発して、船体の横に大穴、いや出入り口が開いた。


「出入り口が出来ました!」


「よし、小舟をこちらに持ってくるように伝えろ」


 輸送艦の周りでは既にベンネビス歩兵連隊とニューアルビオン歩兵第一連隊を乗せたボートが浜に乗り付け、次々と上陸して行く。

 空いたボートは直ぐに輸送艦の周りにやって来る。ボート同士を繋げた後、その上に板を載せて輸送艦に出来た出入り口の近くから浜辺まで延びる浮桟橋を作る。


「大砲を下ろせ!」


 船倉に積み込んであった大砲が引き上げられ次々と丘に上陸して行く。


「マイルズ、船の解体を始めろ」


「アイアイ・サー」


 ここまで川を遡らせて座礁させるては、再び海に下るのは難しい。ここで解体して陣地構築の資材にした方が良い。

 上陸していると、リバリタニア軍もこちらに気が付いて迎撃部隊を送り込んできた。

 しかし、既に大砲を上陸させた上に、輸送艦に乗せた大砲からの砲撃。更に二個連隊の兵員による防御陣形によってリバリタニア軍の攻撃は阻まれる。

 こうしてリバリタニア軍を防いでいると、新連隊長ダヴィントン率いる近衛騎兵連隊がリバリタニア軍の脇をすり抜けて、カイル達の元に合流した。

 続いてカイル達を攻撃していたリバリタニア軍を襲撃への襲撃を開始した。

 近衛騎兵連隊は敵部隊を壊滅させると、止まることなくリバリタニア軍の後方を襲撃し、砲兵を襲撃して壊滅させた上、大量の物資を焼き払った。

 リバリタニア軍が退路が断たれたことを知った時には最早全てが手遅れだった。

 ホームズに逃げ込もうにも渡河地点はカイル達によって制圧されており、砲兵も全滅。物資も残り僅かだった。

 リバリタニア軍と義勇軍はアルビオン帝国軍に降伏。

 第二次ホームズの戦いはアルビオン軍の勝利で幕を閉じた。




 開闢歴二五九四年一〇月二三日 ホームズの町の沖合


「しぶといな」


 第二次ホームズの戦いから数日後、アルビオン軍はホームズの町を包囲していた。

 リバリタニア軍の主力となる正規軍は全滅。

 各地の独立派民兵は健在だが、それぞれ独立しており、纏める組織はリバリタニア正規軍しかいない。

 アルビオン軍は戦闘に勝利すると直ぐさまホームズ周辺に部隊を展開してホームズを包囲。リバリタニア各地への連絡網を封じて指揮が執れないようにした。

 誰も逃げられないよう包囲戦を行い、降伏を勧告した。

 しかしホームズの町は降伏勧告を拒否し、徹底抗戦を宣言。

 やむを得ずアルビオン軍はホームズの町に対して砲撃を敢行した。

 以降、昼夜絶えず砲撃を行い、ホームズの町は廃墟と化しつつある。

 カイルも砲撃作戦に参加し、ユニティを操りながらホームズの町に大砲を雨あられと浴びせている。


「直ぐに降伏してくれると良いんだけどな」


 望遠鏡で砲撃の効果を確かめていたカイルは呟く。

 アルビオン陸軍の部隊は陸上に展開し突入の機会を待っている。

 特にグレシャム男爵率いるニューアルビオン歩兵第一連隊は戦意旺盛で、単独で飛び出さないよう彼等を押さえるのに一苦労している、とのことだ。

 タウンゼント将軍はさぞかし頭を悩ませているに違いない、とカイルは人ごとのように考えている。


「ヴェスタルの位置は?」


「変わりありません。動く気配もありません」


 ヴェスタルはアルビオン軍の監視の為にガリア王国軍が派遣してきたフリゲート艦だ。

 艦長のマリー・メロヴィング海佐は相変わらずの高飛車な態度で、義勇軍にいたガリア人の引き渡しを要求してきた。

 図々しい要求だったが、捕虜を抱えている余裕がないため、サクリング提督は許可した。

 ガリア人は武装解除の上、ヴェスタルに渡し、やって来たガリアの商船に乗って本国へ帰っていった。

 そして残ったヴェスタルはアルビオン軍の監視を続けている。しかし、事ここに至っては何も出来ないだろう。

 十重二十重とアルビオン海軍が封鎖線を敷いているため、ホームズの町とは連絡さえとれないはずだ。

 ガリアが妨害する隙を帝国は与えていなかった。


「旗艦より信号が上がりました。ユニティ艦長は直ちに来艦されたし」


「艦長了解!」


 信号員の報告を受けて、カイルは直ぐにサクリング提督座乗の旗艦ロンドンに向かった。

 ロンドンはホームズ湾への突入時に艦尾に敵艦が衝突したため損傷を受けており、提督室にも損傷の痕が未だ生々しく残っていた。


「カイル・クロフォード海尉、ご命令により出頭しました」


「ああ、座って楽にしたまえ」


 サクリング提督はカイルを椅子に進めた後、自分は立ち上がり、一人の人物を室内に入れた。


「入り給え」


 後から提督室へ入って来たのはダリンプル博士だった。


「どのようなご用件でしょうか」


 カイルは顔をしかめながら言った。彼は帝国学会の会員だが、裏の顔は政府の諜報部員である。

 学会員として戦場に訪れる事はないだろうから、諜報部員としてカイルに何か命令を下す筈だ。


「実は秘密命令がある」


 予感が当たってカイルの顔の歪みは更に酷くなる。だがダリンプル博士は気にせず命令を伝え続ける。


「今夜ホームズの町に潜入し、サミュエル・リビアをはじめとするリバリタニア合衆国首脳を収容。湾内に停泊中のヴェスタルへ移送すべし」

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