ニューアルビオン
アルビオン帝国新大陸領ニューアルビオンは一三の州から成り、皇帝から任命された総督によって統治されている。
それぞれ州ごとに特色があり、南は綿花やタバコを栽培し、北は南で産出した農作物の加工や、運び出す運送業で栄えていた。
チャールズタウンはブルーヒルズ州の首都であり、新大陸の貿易拠点、ニューアルビオンの行政都市として栄えている。
巨大な湾の沿岸に位置し、複数の港があり造船所もある。
その利便性から海軍も基地を置き、ドックを有する海軍工廠も置かれていた。
新大陸方面艦隊ニューアルビオン戦隊の司令部が置かれたのも必然だった。
カイルの上司であるサクリング提督は既に二年以上ここで司令官を務めている。
先日は本国から状況報告の為に帰国したが、直ぐに引き返している。
その随行者としてカイル、レナ、エドモント達もいた。
「夢じゃないよね? レナが海尉なんて」
未だにレナの海尉任官試験合格が信じられないこともあり、カイルが尋ねると平手打ちを食らった。
「気性が激しいと嫁のもらい手がいなくなるよ」
「五月蠅い!」
年が明けて早々、チャールズタウンに向かう船の甲板では、カイルのレナ弄りが続いている。
「まあ、僕に対するのはいいけど、現地では大人しくしてね」
「そんなに不味いの? 植民地全部が敵に回っているの?」
「色々複雑なんだよ」
先述の通り、アルビオン帝国新大陸領ニューアルビオンは南が農業地域で北が商工業の地域だ。
北は商業面で稼いでおり、今回の課税で価格を上げざるを得ず、商品の競争力が弱まるため、最も打撃を被る。工業の方も力を付けてきており、アルビオン本国の工場のライバルとなりつつある状況であるため、こちらも摩擦も大きい。しかもニューアルビオンは航海法などの法律より本国を通じての貿易しか許されておらず、自由貿易が出来ずにいる。
そのためアルビオンに対する悪感情が高く、独立派が多い。
一方、南部は農業、特に綿とタバコの栽培が盛んで、アルビオン本国へ綿糸の原料として輸出しており本国との結びつきは強く皇帝派が多い。
チャールズタウンはその丁度中間にあって独立派と皇帝派の二つが対峙する場所だ。
「下手に対応したら一気に戦争になりかねないよ」
南北間の対立もあって、海軍をはじめとする駐留部隊は慎重な行動を本国より求められていた。
「植民地の対立に巻き込まれるなんてゴメンよ」
「南北対立を抑えて独立を防ぐのが僕らの役目だよ」
この前の対ガリア戦争で勝ちすぎたアルビオンは周辺国から警戒されており、エウロパ諸国による対アルビオン包囲網が出来つつある。
今回の新大陸の独立騒ぎでアルビオンの勢力が小さくなるのを望んでいる国は多い。そのため、独立騒ぎが長引くように独立派へ資金援助している国があるという噂もある。
いや、あるとみるべきだ。
ニューアルビオンの半分は先の対ガリア戦争でガリアから奪い取った領土であり、ガリアの影響力がまだ残っている。
そこを拠点に工作活動を行っているとみるべきだ。
北部も商業が盛んで、本国経由だが各国と貿易を行っていることから諸外国との結びつきが強い。
既に各国の工作員が入り込んで資金や武器を援助しているとみるべきだ。
「植民地の本国への感情が悪化しないように行動する必要があるんだ」
「ゴードンの尻拭い?」
「そういうことだよ」
他にも様々な事件はあったが、一番センセーショナルに知られているのはゴードンの起こした事件だ。植民地で発砲事件を起こすなど、火に油を注ぐことに他ならない。
そのためカイルもレナもゴードンのせいにしたくなる。
「じゃあウィリアムが来るのもゴードンの尻拭いの為?」
「そうだよ」
カイルは吐き捨てるように言う。
ウィリアムはカイルの友人であり、アルビオン帝国の皇太子だ。
カイルの父ケネスとウィリアムの父ジョージが海軍現役時代部下と上司の関係で、私的にも仲が良かった。
領地が隣だったこともあり、ウィリアムが皇太子となる前は互いの家を行き来した仲だ。
「皇太子として新大陸に来訪するのもその一環だよ」
ウィリアムは父親が海軍軍人だったこともあり、昔から海軍に憧れていた。
そしてカイルが入隊すると、自分も入隊すると言い出して、遂に身分を隠して士官候補生として入隊してしまった。
先の観測航海にも当初は候補生として、後に海尉心得として同行した。
これだけでも十分に危険だ。
なのに海軍上層部はウィリアムの海軍入隊を公表した上、ニューアルビオン、チャールズタウンへ配属すると発表した。
カイル達は先にチャールズタウンへ行き、ウィリアムが来る準備を進める手筈となっている。
ウィリアムも先日昇進して海尉に任官しており、一海尉としての配属だが、皇太子という立場上だと様々な配慮が必要となる。
「一海尉なのに大げさね」
「今までの方が異常だったんだよ」
ウィリアムはカイル、レナと共に航海した仲であり友に値する人物だ。
だが、皇太子という立場だと気軽に動く訳にはいかない。
「誰かが裏を引いているのかしら」
「そうかもね」
カイルはレナの呟きをはぐらかした。心当たりがあり過ぎる。
ウィリアムの母親である皇太后は、どうもウィリアムをよく思っていないようだ。カイルがエルフである事を理由に悪し様に言っている影に隠れているが、ウィリアムも嫌っていることも事実だ。
実際、カイルと共にに危害を加えようとしたことも一度や二度ではない。
皇太后である立場と、友人の母親でなければ返り討ちにしたいと思っているくらいだ。
誰かの差し金でウィリアムを新大陸にやりたがっている可能性が高かった。
「いずれにしろ、ニューアルビオンでの任務は心して取り掛からないとね」
開闢歴二五九四年二月一五日
カイル達を乗せた船は一月程の航海を経て、チャールズタウンに到着した。
航海中は平穏で何も問題が無かった。
それだけにニューアルビオンでの任務も上手く行って欲しいと考えていたがそうもいかない。
チャールズタウンは半数が中立派、残り半分が皇帝派と独立派で二分している。
そのためあちこちで独立に対する演説やデモが行われており、革命前夜という雰囲気が出ている。
そんな中にウィリアムを入れるのは危険ではないかと思う。
確かに、皇太子が来ることで本国は植民地を重く見ているというポーズを見せる事が出来る。
しかし、一寸したことで本国に対する反感を醸し出す危険も孕んでいる。
「何も起きないようにしないと」
カイルはチャールズタウンに着くと、サクリング提督の司令部での勤務に入った。
ウィリアムは南方のインペリアルタウンの新大陸方面艦隊司令部を訪れてから、チャールズタウンに来るため、一月か一月半程遅れてくる。それまでに自分の仕事を片づける事にした。
カイルの仕事は主に海図の確認で、前回勤務していたときの測量計画が上手く行っているかどうかの確認だ。観測航海に参加するために途中で抜けてしまったが、後任が上手くやってくれたようで海図は完成していた。
今後もしもの事があれば、この海図が役に立つはずだ。
革命が起こったら、海軍の作戦行動で必要になるからだ。
もっとも革命が起きず、海図も商船の安全の為に提供できれば一番良いとカイルは考えている。
そんな時、カイルはサクリング提督に呼び出された。
「お呼びでしょうか?」
司令部の一室に設けられた司令官室にカイルは入った。
植民地の全ての海軍部隊を指揮するためには、資料を置くにも人員を配置するためにも、陸上の方が何かと都合が良かった。
サクリング提督は船の方が好きだが、広い部屋を使える利点は認めざるを得ない。
通常の提督室の倍以上はあるのだから。
それでも船を操る方がサクリングは好きだし、カイルも操艦している方が好きだ。
「君は艦長職に就きたいか?」
「はい」
だからサクリング提督の言葉にカイルは条件反射で答えた。
「宜しい、ならば艦を与えよう。ブリッグだが、バルカンという艦がある。それに乗り給え」
通常、軍艦は海佐が任命される。
カイルは海尉だが、等級艦以外であれば指揮することが出来る。
一隻の艦を与えられたら海尉艦長として艦長の仲間入りだ。
観測航海では、前艦長が事故で死亡したために代理として指揮を執ったに過ぎない。
今回は初めから艦長として任命される。
観測航海前にも艦を与えられていたのだが、海図の不備で未知の暗礁に座礁して失っている。
二度と過ちは繰り返すまいとカイルは決意して、艦長職を全うしようと心に決めた。
「それで最初の任務だが、グレシャム男爵夫妻を南の保養地に連れて行ってくれないか?」




