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演説

 開闢歴二五九四年一〇月一〇日 ホームズ沖


「お待ちしておりました。サクリング提督」


 カイルは旗艦である七四門艦エイジャックスにユニティを近づけ、ボートを出して乗り込み、提督を迎えた。


「海戦には間に合わなかったようで残念だがな」


 海戦に参加できなかったため、サクリング提督は如何にも不機嫌そうに憮然として答え、カイルを苦笑させた。


「戦闘経過はこちらにあります」


 エイジャックスと合流する前に、カイルは海戦前の状況と経過を纏めた報告書を作成しており、それをサクリング提督に渡した。


「ありがとう、クロフォード艦長」


 サクリングは報告書を受け取ると、直ぐさま付属する海図の戦闘経過を見て状況を把握した。


「一方的にやられてしまったな」


「風の変転が無ければ優勢を確保出来ましたが……」


「私としては昨日のうちに海戦が終わらなかったことを感謝したいが、それでは不謹慎だな」


 昨日のカイルとドレーク提督とのやりとりについても報告書に書いており、サクリングは何が起きたか理解した。


「事は急を要するな。何としても義勇艦隊によるリバリタニア軍支援を阻止しなければならない。攻撃するべきは輸送船だな」


「はい、援助が行われることは阻止しなければなりません」


 ここで武器弾薬がリバリタニア軍へ引き渡されたら、これまで続けてきた海上封鎖の成果が無に帰してしまう。

 武器弾薬を得たリバリタニア軍は各地で反撃に転じ、各地に展開するアルビオン陸軍は劣勢となるだろう

 ただでさえ、リバリタニアに対して人数で劣勢な状況であり、リバリタニア軍に武器弾薬が供給されたら植民地ニューアルビオンは終わりだ。


「直ちに攻撃を敢行する。ドレーク提督の元に行く。それと各艦長を旗艦に集結させよ」


「はい」




 サクリング提督はドレーク提督の旗艦ロンドンへ乗艦した。


「私はサクリング提督だ。ドレーク提督にお会いしたい」


 ボートからサクリングが呼びかけると、甲板の上から血まみれの人型が現れた。

 一瞬驚いたサクリングだったが、動揺を抑え人型の敬礼を受けた。


「ロンドン艦長オールコック海佐であります。サクリング提督の乗艦を歓迎いたします」


「う、うむ」


 気圧されたサクリングだったが、直ぐさまロンドンに乗り込む。


「だいぶ酷くやられたようだな」


 甲板を見て、何よりオールコック海佐の姿を見れば、激しい戦闘が行われた事は判る。

 あちこちが破損し、死体が転がっている。

 しかし、不幸中の幸いにもマストの損傷は無く、帆が幾らか裂けているだけで直ぐに航行可能なようだ。


「提督、ユニティには軍医が乗艦しております。移乗させて治療にあたらせてはどうでしょうか?」


 研究と専門性に甚だ不安のあるヒラリーだが、軍医としての腕前は非常に良い。負傷者の多いロンドンの支援に最適だろう。一部研究対象を発見され治療を受けるであろう患者には気の毒だが。


「よろしい、直ちに実行し給え」


 何も知らないサクリング提督は、即座に許可した。


「オールコック海佐、君も治療を受け給え」


「私は大丈夫です」


 全身血まみれのオールコック海佐は大丈夫だと主張した。


「その姿の何処が大丈夫なのだ。直ちに治療を受け給え」


 サクリング提督はオールコック海佐を下がらせると直ぐにカイルに命じた。


「ミスタ・クロフォード、ロンドンと各艦の被害状況の確認に行き給え。直ちに戦闘可能かどうかを見るのだ」


「アイアイ・サー!」


 命令を受けて、カイルは直ぐに各艦を目視で確認した。

 索具や帆が裂けている艦は多いが、思ったより損傷は少なかった。

 義勇艦隊はガリアやイスパニアの艦で構成されている。ガリア海軍とイスパニア海軍は敵艦が航行不能すべくマストや索具など上を狙う事が多く、船体を撃つことは少ないからだ。

 人員の損害も少なく、数時間程度の修理で戦闘可能な艦が大半だった。

 ただ、滑車やマストの落下などによって甲板に上がっていた高級士官に被害が多く出ている。前衛戦隊の司令官は負傷して指揮不能、激戦が繰り広げられた後衛戦隊の司令官は戦死していた。

 そのため、サクリング提督が最先任として指揮を執ることになった。


「ロンドンは使えるか?」


「大丈夫でしょう。艦長も元気です」


 一通りロンドンを見てみたが、損傷は思ったほど酷くなく、三時間程の修理で戦闘可能な程度に復旧出来る。カイルが報告すると真新しい正装を着た青年が入って来た。


「先ほどは失礼いたしました。ロンドン艦長のオールコック海佐です」


 完璧な敬礼をして、オールコックはサクリングに再び挨拶をした。


「……負傷していたのではないのか?」


「いえ、負傷はしておりません。全て返り血です」


「ヒラリー軍医にも確認しましたが、オールコック海佐は無傷です」


 信じられないことに、ロンドンは多数の命中弾を受け、死傷者を出しながらもオールコック艦長は無傷だった。オールコック艦長の周りではドレーク提督をはじめ砲弾による死傷者が出て、その返り血を浴びても海佐自身は無傷だった。


「……何とも幸運なことだ」


 何とも言いがたい表情でサクリング提督は纏めた。


「それと各艦の艦長が提督公室に集合されました。被害状況の集計も終わりました。人員の死傷は少なく、船体の損傷も思ったより軽く、戦闘不能となった五隻を除いて間もなく戦闘可能です」


「了解した。だとすると戦闘が出来るか」


「はい」


 サクリング提督の言葉にカイルは大きく頷いた。


「敵艦隊の様子はどうだ?」


「二隻のフリゲートを除いてホームズ湾に引き返していきました。敵戦列艦は投錨して修理にあたっています。湾内に入り迎撃態勢を整えようとしています。そしてその後ろで輸送船から物資の揚陸を行っています」


「よし、では行こう」


 そしてサクリング提督は大きな決意を胸に、艦長達が集まる長官室に入っていった。


「いかんな」


 艦長達の表情を見て、サクリング提督は彼等の心情を読み取った。

 艦長達は意気消沈していた。特に集中攻撃を受けた後衛の艦長は疲労困憊だった。

 自分たちは勝利していた。数の上で負けていたが義勇艦隊に遅れを取らず、寧ろ優勢に戦闘を進めていた。

 だが、風の変転により劣勢となって負けてしまった。もしサクリング提督の艦隊が間に合わなければ、敗北していたかもしれない。

 純粋な戦闘で負けはしない。しかし、風の向きが悪化すれば、敗北してしまう。

 そんな想いが彼等の中にはあった。


「少し気合いを入れる必要があるな」


 サクリングは姿勢を正、し堂々とした態度で艦長達の前に立った。


「諸君、現状は知っての通りだ。義勇艦隊を称する連中がリバリタニアを支援している。既に輸送船をホームズ湾内に入れており、武器弾薬の供与どころか兵員の上陸さえ開始している。これはアルビオン帝国に対する純粋な侵略であり、看過することは出来ない。よって、我々はこれを阻止する」


 サクリング提督の言葉に艦長達は驚いた。

 確かに輸送船を見逃せばリバリタニアへの支援が行われてしまう。これを阻止することを作戦目的にするのは妥当だ。

 だが損傷を受けたとはいえ、敵は二四隻の戦列艦を有する大艦隊だ。まして狭い湾内で輸送船を守る様に布陣しているはず。

 しかもホームズ湾内の地理に艦長達は詳しくない。

 敵が迎撃準備を整え、状況の判らない湾内に突入するのは無謀だと考えていた。

 躊躇う艦長達の前でサクリング提督は話を続けた。


「今試されているのは帝国ではなく私だ」


 思いがけない言葉に艦長達はサクリング提督を注視した。


「諸君らの事は知っているし信頼している。勇敢で怯懦などせず監視せずとも積極的に戦う。かといって蛮勇に任せ無謀で愚かな戦いを行わない思慮も持っている。君たちは艦を最上の状態に維持し、その能力を発揮できるようにしている。戦闘で損傷しようとも、即座に復旧し戦列に加わることが出来ると。どのような風でも捉え艦を誰よりも上手に航行させることが出来る。こと艦の戦闘においては貴官らに任せても何ら心配はない。何より君らはアルビオン帝国海軍の精鋭であり、寄せ集めの艦隊に負けるなど考えてはいないし、そのような想像は、君らに対する侮辱だと考える。ならば問題となるのは私だ」


 サクリング提督はトーンを一段階上げた。


「次の戦いで勝敗を決するのは諸君らが私を信頼してくれるかどうかだ。私は諸君らを決戦の地まで導こう。決戦の地は、義勇艦隊が入り込んでいったホームズ湾だ。湾多くに潜んだ義勇艦隊を攻撃し、リバリタニア軍を名乗る独立派への支援を打ち砕くことが作戦の目的だ」


 今も義勇艦隊の輸送船が陸上への補給作業を行っていた。

 これを防がなければ、戦争は泥沼となるだろう。

 サクリング提督の言葉は艦長達にそのことを再認識させた。


「本艦隊はこれよりホームズ湾へ突入し、義勇艦隊を撃滅。リバリタニア軍への支援を阻止する。しかし、ホームズ湾には多数の浅瀬があり、操艦を誤れば座礁する。君らは旗艦の後を進めば良い。問題なのは先導する私に付いてきてくれるかだ。私は諸君らを必ずや決戦の地へ導く。しかし、君らが私に対して不信を感じ隊列を離れては無理だ。この作戦が成功するか否かは私が諸君らの信頼を勝ち得るかどうかだ。私は約束する。決して座礁せず諸君らを決戦の地に導くと。その後は各艦が独自の判断で戦闘をせよ。各員の能力を私は信じている。諸君らが決戦の地に入れば勝利は間違いない。だからこそ私は言う。私を信じて貰いたい。私を信じて付いて来て貰いたい。以上だ」


 演説が終わると長官室の中は静まりかえった。


「帝国海軍万歳! サクリング提督万歳!」


 旗艦艦長であるオールコック海佐が最初に万歳を唱えると、他の艦長も相次いで万歳を唱和した。


「ありがとう諸君。艦に戻り給え」


 サクリング提督が解散を命じると各艦の艦長は自分の艦に戻っていった。


「ミスタ・クロフォード」


「イエス・サー」


 ただ一人、カイルだけをサクリングは呼び止めた。


「済まないが、ロンドンの海尉に一時転属して貰うぞ」


「ユニティで先導するのではないのですか?」


「旗艦先頭で行く。そのためにはホームズ湾に詳しい君の協力が必要だ。助言者として私が君を必要としているのだ。済まないが来て貰えないだろうか」


「感激であります」


 カイルは最敬礼でサクリング提督の命令を受け容れた。


「と言う訳だオールコック海佐。ミスタ・クロフォードに航海指揮を任せ給え、君は戦闘指揮に注力してくれ」


「アイアイ・サー」


 エルフであるカイルを不気味な目で見るオールコック海佐だったが、サクリング提督の命令であり、渋々従った。


「まあ、当然か」


 いつも通りの扱いにカイルは溜息も出なかった。寧ろ、一時的とは言え戦列艦を指揮できることに感動していた。

 戦列艦はフリゲートに比べると鈍重だが、大きくて格好いい。

 転生前にイギリスのポーツマスでヴィクトリーに乗艦する機会があったが、格好いい。三本のマストの間を無数の索具が張り巡らされ、甲板には砲門が等間隔で並んでいた光景に興奮したものだ。

 ロンドンもヴィクトリーとほぼ同じ大きさの戦列艦であり、一度で良いから操艦してみたいと思う船だ。


「よし、頑張るぞ」


 カイルは気合いを入れようと声に出して叫んだ。

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