殿
開闢歴二五九四年一〇月一日 アウトレット島
「スタボー! その後タッキングして敵に接近する」
突然風上側から襲いかかってきたユニティに驚いた二隻だが、距離が離れていたため、直ぐに迎え撃つ準備を始める。
一隻が風上側に舵を切り、もう一隻は風下に舵を切ってユニティを挟み撃ちにしようとする。
「大丈夫なの? 風上を押さえられるわよ」
ユニティの針路は南南西。風は西風のため切り上がりが限界に近い。
「もう少し操帆の腕が良くなったと思っていたけどレナもまだまだだね」
「いくら上手くなっても、あんたに敵う訳無いでしょ」
「もう少し自分の艦の事を知っておいてよレナ。スタボー! ツリム合わせ」
「スタボー・サー」
カイルは風上側に舵を切った。トップスルスクーナーは切り上がり性能が良い。
通常のバークと同じ性能と考えていた義勇艦隊のフリゲートは風上に舵を切られて慌てる。
しかし、もう遅かった。
ユニティはフリゲートの針路を遮る位置、自らの大砲を放てる場所に来ていた。
「左舷撃て!」
カイルの号令で左舷の大砲が一斉に放たれる。
一一門の二四ポンド砲を浴びせられ、フリゲートはマストや船体を破壊される。
それでもなお戦う意志は失われない。
しかし、カイルも砲撃を食らう気は無かった。
「砲員は右舷へ移動! タッキング!」
更に風上へユニティを向けて上手回しを行う。フリゲートの射界外で回頭して、今度は右舷を敵艦に見せる。そしてそのまま、フリゲートの舳先を横切る。
「撃て!」
既に待機していた砲員が引き金を引く。
艦首からユニティの砲撃を正面から浴び、艦首から順に被弾してフリゲートは沈黙した。
「敵フリゲートのマストが折れました。フリゲートは航行停止」
戦果を聞いて、ユニティの甲板では歓声が上がる。
「まだ一隻いるぞ! 砲員は左舷に移動し再装填! ポート!」
「ポート・サー!」
風下に向かったもう一隻を左舷に捉えつつ、カイルはユニティをもう一隻の艦尾に移動させる。
フリゲートも迎撃しようと大砲をユニティに向けるが発砲しない。
「どうして撃ってこないの」
「今撃ったらユニティの後ろにいる撃破された味方に命中してしまうからな。砲撃できないんだ」
カイルは二隻のフリゲート艦の間に入り込んでいた。ユニティに命中しなければ味方に当たってしまう。そうして砲撃を抑え込んだフリゲートの射界を通り抜けてユニティは敵艦の艦尾に食らいついた。
「右舷撃て!」
艦尾を晒したフリゲートに一一門の大砲が火を吹いた。
帆船の構造上、艦尾は非常に脆い。艦尾から入って来た砲弾はフリゲートを突き抜け、艦内を縦断。大損害を与えた。
「フリゲート二隻沈黙!」
「よし、とりあえず二隻だな。残りもやるぞ」
『おう!』
カイルの声にユニティの乗員は歓声を持って応え、八隻のフリゲートに向かって舵を切った。
一旦右に舵を切って南に向かった後、上手回しを行って残り八隻のフリゲートにユニティは立ち向かう。
「敵艦回頭! こちらに側面を向けています」
「流石に警戒しているか」
味方の二隻が瞬く間に撃破されたのを見て、残りの八隻はユニティを警戒している。
もう同じように接近することは出来ないだろう。
「スタボー! 敵の右側を横断する。針路を北北西へ」
フリゲートは互いに距離を詰めてユニティを射界に収めようとしていた。
しかしカイルは射程ギリギリを通り、攻撃の隙を与えない。
そして敵の隊列中央近くまで差し掛かったところで命じた。
「スタボー!」
カイルはユニティの舵をさらに右に切らせ、敵艦隊から離れる行動に出た。
突然逃げ出したと錯覚したフリゲート達は、ユニティを包囲するように追いかけ始める。
「敵艦隊は風下、風上の二手に分かれて展開。追ってきます」
「また、一隻ずつ盾にして攻撃するの?」
レナがカイルに尋ねた。
「いや、思ったよりも連中の連携が良い」
微妙に艦と艦の位置をずらして互いが射界に入らないようにしている。
ユニティが不用意に接近すれば、フリゲートのいずれかが砲撃を加えてくる。下手をすれば、左右領邦の敵艦から十字砲火を浴びてしまう。
接近するのは危険過ぎる。
「だから逃げるの?」
「予定を切り上げるだけだ。今でも充分に成果は上げているし、目的は達している」
カイルの目的はクリスの本隊を逃がすための時間稼ぎだ。
足の早い二隻を仕留めたことで義勇艦隊が本隊を包囲する機会を奪った。
更に残りのフリゲートはカイルのユニティを包囲しようと舵を切っており、もはや本隊に追いつけない。
「だから、もう帰るの?」
「それでもいいけど、風が不安だ」
今の風では追いつけないが、風力が強まれば追いつく機会を与えてしまう。
このところ風の動きが不安定だ。追いつけないように、ここで足止めしておく必要がある。
「予定通り、動けなくなってもらうよ。操舵手! 指示が細かくなるぞ! 聞き落とすな!」
カイルは命じると艦首に向かう。
通常艦長は舵がある艦尾において指揮を執る。
艦尾からは全てのマストと帆が視界に入るため、帆の状態、帆が確実に風を捕らえているか見る事が出来る。そのために帆船の舵は艦尾に設置されている。
艦首では前方はよく見えるが、帆を見る事は出来ないため、操艦に支障を来す。
だがカイルはあえて艦首に出て海を見つめる。
「ポート!」
「ポート・サー!」
良く通る声でカイルは指示を下し、操舵手は直ぐさま反応した。
左に舵を切り陸地に向かう。
「スタボー!」
「スタボー・サー!」
続いて右に舵を切り、陸地から離れていく。
「見張員! 敵艦はどうだ!」
「八隻とも本艦の右舷後方に続いています! 何隻かは帆を張り増して増速!」
「セオリー通りだな」
左舷は陸地に近く座礁の危険がある。何より風上へ走る事は出来ない。
だからフリゲートは風下、海側を押さえてユニティの退路を断つ考えだ。海戦術の定石通りと言って良い。
「だがここはホームズ沖だ」
次の瞬間、最も陸地から離れていた一隻が前につんのめるように停止。艦首を大きく沈み込ませた。
その隣にいた一隻も停止。こちらはフォアマストが途中で折れてしまう。
更に一隻が同じ末路を辿った。
「どうしたの?」
「ホームズ堆洲。堆積物が大量にある場所に引っかかったんだ」
ホームズ湾は幾つもの川が流れこんでおり、当然海にも流れ出ている。川は水だけでなく土砂も流すのでそれらも海に出てくる。
潮流などの関係により、それらが集まって出来たと考えられるのがホームズ堆洲だ。
「陸ばかり気にして、海面下の事を知らなかったのが徒になったな」
ホームズ堆洲は少し沖合にあり、陸地との間に僅かながら水路がある。カイルは艦首に立って海の色を確認。通れる場所を見抜いて、そこにユニティを進めて座礁を避けていた。
その間にも更に一隻が座礁して停止する。
「凄い、四隻が座礁して行動不能にしちゃった」
「まだまだだ。ポート!」
「って、堆洲に突入するの」
右側には堆洲がある。迂闊に入ればユニティも座礁する。
「ポート・サー!」
だが、ユニティの乗員は何の躊躇も無くカイルの指示に従った。
海の色がめまぐるしく変わる中、カイルは更に指示を下す。
「敵はどうしている」
「同じく右に舵を切りました。あ、左舷後方にいた一隻が座礁!」
堆洲は平坦ではない。起伏に富んでいて一寸した山脈になっている。その起伏に富んだ堆州の中をカイルはユニティを走らせる。何日も測量してきたので海底の地形は把握している。
何処を通ればユニティが座礁せずに航行できるか知り尽くしている。
一方の義勇艦隊にはそのような知識はない。無闇に艦を航行させ、次々と座礁させて行く。
「残りの三隻が縮帆! 錨を降ろして停船しました!」
「座礁を恐れて停船したか。良い判断だ」
仲間が座礁したのを見て、残った三隻は自らの座礁を避けて停船した。この後は波が落ち着くのを待ってボートを出し、測深しながら安全な海域に離脱するしかない。
当然、クリスの本隊を追撃する機会は失われる。
「作戦成功だね」
「やったぞ!」
カイルが宣言するとマイルズが鬨の声を上げて、乗員は唱和した。
たった一隻で十隻のフリゲートを相手に無傷で足止めを行い脱出する事が出来た。
海軍史に残る奇跡だ。
「一隻くらい捕獲したかったけど、後続の戦列艦二四隻がいるからね。拿捕に手間取っていると追いつかれてこっちが危険だ。ポート! ジャイブ開き変え! 本隊に合流する」
カイルは離脱を命令し、クリスの本隊に追いつくべくユニティの足を早めた。
ユニティは無事にクリスの本隊と合流。味方のいるポーツマスへと急いだ。
一方義勇艦隊はフリゲートが停止した状況を見て、追撃を断念。
残った根拠地の占領に向かう。
クリスが連れて行けないと判断した鈍足な輸送船数隻が残されていた。だが、これは置き土産だった。
拿捕しようと義勇艦隊の兵士が乗り込んだところ、船内に残された罠が発動。船倉に置かれていた発火装置が火薬に火を付けて大爆発を起こした。
拿捕するべく接近した艦を巻き込み、盛大に燃え上がる。
これもカイルがクリスに頼んで行った事だ。
鈍足な輸送船を連れていっても追いつかれるだけだ。ならば、輸送船は罠を仕掛けて置いていった方が良い。
そう進言して、乗員を移乗させ、火薬を積み込んで巨大な罠にしたのだ。
義勇艦隊は更に被害を拡大してしまい、出鼻を挫かれることとなった。
しかし、義勇艦隊は目的地であるホームズへの入港を果たし、物資の上陸作業を始めた。




