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砲台爆破

 開闢歴二五九四年一〇月一日 アウトレット島


 ミンク島とアウトレット島を制圧した後、クリフォードのホームズ戦隊は二つの島の間にある水域を新たな根拠地にして活動を開始した。

 連れてきた数隻の補給船を常駐させており、各艦への補給活動を行っている。

 補給船から補給を受けながらカイルはホームズ湾へユニティを繰り返し出撃させている。

 ホームズ湾の内外は水深不明の箇所が多く、測量がユニティの通常任務になっている。

 出港して数日間かけてリバリタニア軍の前で測量し、同水域へ引き返すことが日常となった。時折受けるリバリタニア軍の攻撃を撃退しつつ任務を遂行していた。

 時折、ホームズに向かって行く商船を発見し拿捕することはあるが、頻繁ではない。

 それ以外の活動は、ユニティで沿岸部にあるリバリタニア軍の集結地を艦砲射撃した後、海兵隊員やベンネビス歩兵連隊の兵員を載せたボートを繰り出して破壊を行う程度だ。

 そんなある日、根拠地に戻ってくると、チャールズタウンから到着した補給艦が停泊していた。

 何か情報が入ってきていると期待したカイルは、早速クリフォード海佐の旗艦ライブリーに向かった。


「エウロパで武装中立同盟が出来たわ」


「どんな同盟です?」


「簡単に言うと、リバリタニアとアルビオンの間の戦争を局外中立とする諸国の同盟よ」


「エウロパ諸国はリバリタニアを認めるという事ですか」


「ええ。事実上承認することになるわ。で、中立を維持するためにアルビオンが不当な臨検、拿捕に対抗するためエウロパ諸国が武装して対抗するための同盟よ。要するにアルビオンの海上封鎖と臨検に抗議するのが大義名分よ。自由にリバリタニアと交易するためのね」


「完全な敵対同盟じゃないですか」


「エウロパ諸国の言い分によれば、不当な拿捕行為に対抗するための自衛手段だそうよ」


「いつも通りの見解の違いですね。で、我々はどうなるのですか?」


 一つの条文を巡って互いの解釈をぶつけ合うのが国際政治だが、そのミスを受け止めるのはいつも現場だ。


「少なくとも本国からの援軍は最小限になるとのことよ。アルビオン本国周辺に、周辺国が武装中立同盟の艦隊を出しているから」


 アルビオン海軍はエウロパ一の勢力を誇っている。だが他のエウロパ諸国の海軍全てを合わせた数より少なく、全エウロパ諸国が同盟すれば数的に劣勢だ。


「このままでは本国も危うくなるので新大陸に艦隊を出すことは出来ないそうよ」


「援軍も無いのですか」


「それどころか敵に援軍が来るそうよ。共和主義の理念に賛同して義勇軍が編成され、リバリタニアの元にはせ参じるのよ」


「誰がですか?」


「モンテイル提督」


「……一四隻の戦列艦から成るガリア艦隊の司令長官ですよね」


「ええ、他にもイスパニアやルシタニアなどからも志を同じくする者が艦隊を率いて合流するそうよ。戦列艦二四隻、他多数」


「……それだけの大艦隊が義勇軍と名乗るのは無理がありませんか」


 軍艦に限らず船は様々な技術者の集合体だ。船乗りと一口に言ってもそれぞれ専門があり、掌帆長や大工、航海、鍛冶、料理人など、その道のプロが集まっている。

 まして海軍は大砲の整備や火薬の管理を必要とする。素人を集めて訓練するだけの陸軍とは全く別の存在だ。

 そんな専門家集団が一斉に志を同じくして集まるなどあり得ない。

 精々商船を借り上げて武装船にすることが関の山。まして海軍、いや国家の財産である軍艦、それも主力艦である戦列艦を率いて義勇軍にはせ参じることはない。


「国家の命令で来たんでしょうか。義勇軍というのは隠れ蓑でしょう」


「相手がそう言い張るなら私たちは何も言えないわ」


 相手の屁理屈を言い負かせない時点で外交は敗北だ。

 義勇艦隊結成を許した時点でアルビオンは外交的に敗北していた。

 その後始末、或いは災難に遭う現場にいるのがカイル達だ。


「で、その義勇艦隊はどうしているんですか」


「本国からの情報ではニューアルビンの南にあるアンティル諸島へ向かっているそうよ。時間的に見て、ガリア本国を出港した日から計算すれば、既に到着しているでしょう。今後どう動くか気になるところね」


「本国は増援を出してくれるんでしょうね」


「出したみたいよ。チャールズタウンのサクリング提督へ五隻、ポーツマスの封鎖艦隊へドレーク提督率いる一九隻が配備されたわ」


「兵力の分散では?」


「何処に義勇艦隊が来るか判らないから、満遍なく配備したいみたいよ」


「各個撃破されるのがオチですよ」


「でも文句を言ってもどうしようもないわよ。艦隊の指揮権なんて、まして配置を決める権限なんて私たちにはないし」


「そうですね」


 一応の結論が出たあとカイルとクリスは揃って溜息を吐いた。


「私たちに出来る事をしましょう。兎に角、今ホームズはリバリタニアの首都とみなされています」


 経済的にはポーツマスの方が大きいが、人口も多いため食糧確保などで維持に苦労している。

 そのためリバリタニア首脳部は小さめのポーツマスに集まり、臨時の首都としていた。


「そして、ホームズは幾度も帝国に対して勝利を収めた地であり、リバリタニアの心のよりどころよ。そこで帝国としてはここをいずれ攻略したい」


「ええ、そのために測量を続けています」


 入り江や島が複雑に入り組んだホームズ湾の正確な海図を作り上げ、後の攻略に役に立てることがカイルの役割だ。

 クリス・クリフォード海佐率いる戦隊の艦艇は全てこの任務にあたっていると行っても過言ではない。


「でもね、その任務を妨害する為にリバリタニア軍はソールズベリー半島の先端に大砲を設置してきたわ」


 湾の入り口であり、根拠地に近い岬にリバリタニア軍は大砲を配備した。ミンク島とソールズベリー半島の間で砲撃戦を繰り広げていたが、大砲の技術に関してはアルビオンの方が上であり、リバリタニア軍の大砲を複数破壊していた。

 そのためリバリタニア軍は防御陣地を作って砲撃の被害を防いでいた。


「この陣地があると攻略はもとよりこの根拠地の安全も確保出来ません。ここを破壊します」


 戦争は会戦のような大きな戦いばかりではない。

会戦を有利にするために重要な町や陣地を巡って小さな戦いが行われる。

 それは海でも変わらず、大海戦を有利に進めるために港や要塞・砲台を攻略する場合が多い。

 むしろカイルの率いるユニティのような小艦艇の艦長には馴染み深い作戦行動だ。


「問題なのは何処に大砲があるか判らない事ですね」


 砲撃はいくつかある砲兵陣地から放たれている。

 大砲の数は最大でも三門とみられていた。だが囮を含む十数カ所の陣地の何処に大砲が配備されているかが判らない。

 リバリタニア軍にとっては貴重な大砲であり、アルビオン軍による破壊、奪取を恐れて慎重に運用している。

 アルビオン軍を欺くため、大砲を守るためにも複数の陣地を構築。頻繁に陣地間で大砲を移動させて、位置を掴ませないようにしていた。


「確実なのは撃たせた後、突入して破壊する事ですね」


 隠れている大砲の位置が判るのは発砲したときの音と光、煙だ。それを見つけて接近し攻撃すれば良い。


「何か方法はある?」


「勿論」




 その日の夕方、カイルはユニティを率いて出港した。そしてホームズ湾入り口近辺を航行していた。

 翌朝、ユニティは半島先端部への砲撃を敢行した。

 敵の部隊がいるかいないか分からないが砲台がある事は知っている。

 とりあえず砲撃してリバリタニア軍の反応を見てみた。

 緩慢に射撃を行っていると半島の先端から砲撃が始まった。


「やっぱり潜んでいたか」


 それも一門だけでなく、複数。三門ほどが放たれている。


「とりあえず、引っ張り出すことは出来たな。応戦しろ。ただしあと三斉射だけだ。マイルズ、回避運動を行うぞ、しっかり付いてこい」


「アイアイ・サー」


 艦と陸上砲台では艦の方が不利だ。

 特に防御を固めた陸上砲台は艦砲射撃で破壊することは困難だ。しかもリバリタニア軍は陣地構築が巧みで堅固。艦砲射撃での破壊は不可能だろう。

 ユニティが数斉射浴びせても砲台はなおも砲撃を加えてくる。


「スタボー」


 だが、カイルも艦が動けることを利用して砲撃を回避する。

 砲撃のタイミングを見計らい、艦を旋回させて、被弾しないようにする。


「ウェアリング!」「トプスル・アバック!」「タッキング!」「ハード・ポート!」


 カイルは矢継ぎ早に命じユニティを動かし続ける。

 トップスルスクーナーの機動性を利用して右に左に、時に停止し、次いで風下に艦を向けて急速離脱するなど、リバリタニア軍を翻弄する。


「そろそろかな」


砲撃を止めて回避行動に専念していたところ、陸上砲台は突然沈黙。次いで大爆発を起こした。


「やってくれたね」




「爆破に成功しました」


「よし、脱出よ」


 レナは率いていた海兵隊員を指揮して上陸した海岸へ戻って行く。

 昨夜の内にユニティはホームズ湾の中に進入して、レナ率いる海兵隊員を乗せたボートを出していた。

 そしてホームズ湾側からレナ達は上陸して、密かに半島の先端まで進出し、そこで待機していた。

 同地にはリバリタニア軍が配置されていたが、警戒していたのはミンク島からの上陸だった。そのため反対側のホームズ湾側への配置は疎かだった。

 そこを突いてレナ達は背後からの上陸に成功した。

 そして、夜明けにカイル率いるユニティが砲撃を行う。カイル達の攻撃に反撃するべくリバリタニア軍が大砲に発砲させたところで、レナ率いる上陸部隊が砲台を襲撃して破壊するのが作戦だ。

 昨日の夕方、ホームズ湾付近にいたのは大砲を引っ張り出すためでもある。

 レナは作戦が成功したことに気を良くしており、ボートの元に戻って海に出した。


「止まれ!」


 しかしボートで沖合に出たところでリバリタニア軍に見つかってしまう。


「大丈夫、ライフルの有効射程外よ」


 レナは海兵隊員を落ち着かせたが、大砲が出てくると黙り込んでしまった。

 新たに配備された大砲のようだ。

 流石にボートで大砲を防ぐ事は出来ない。

 降伏しか無いかと諦めかけたとき、海兵隊員が叫んだ。


「ユニティです!」


 半島を回り込んでレナ達を回収しに来たユニティだった。

 突然現れたフリゲートにリバリタニア軍は慌てた。

 急いで大砲の向きを変えようとするが、浜に足を取られて上手く行かない。

 同時にユニティの接近を許してしまいカロネード砲の斉射を受けて大砲は破壊された。

 その間にユニティはレナ達とリバリタニア軍の間に割り込む。

 レナ達のボートにギリギリまで近づくと左舷からロープを放ち、ボートの舳先に結ばせて曳航して行く。

 同時に反対側である右舷の大砲が再装填を完了して、追い打ちの砲撃を加えた。

 なおも、果敢にレナ達に銃撃を行い逃げ遅れたリバリタニア軍兵士を撃ち倒した。他の兵士はユニティが現れた時点で撤退しており、全体の損害は少なかった。

 一方ユニティに引きずられたボートに乗っているレナ達は人員のみユニティへ移乗。沖合へ出てからボートは艦内に収容された。


「やったわね。連中の大砲を潰してやったわ」


「全くだ」


 もしかしたらバルカンに積まれていた大砲だった可能性もある。自分たちの船に積まれていた大砲が再び味方へ放たれることを恐れていたため、カイルは壊されたことに安堵した。


「何よりこれでホームズ湾への侵入が容易になる。川を遡上して攻撃する事が出来る」


「大いに活躍出来るわね」


 レナが元気よく答える姿を見て、やっぱり陸上戦闘向きだ、海兵隊に入り直した方が良いなとカイルは思った。


「ただ、問題なのはヴェスタルなんだよね」


 先日よりガリアの王女様が艦長を務めるヴェスタルがホームズ湾内に入港してきた。表向きには観戦と監視と言っているが、リバリタニアへの支援が目的であることは間違いない。

 しかも中立を宣言しているため、攻撃も出来ない。

 下手にホームズへ攻撃を加えるとヴェスタルを巻き込む恐れがある。外交問題となればアルビオンはより不利な立場になる。

 故にヴェスタルを巻き込みかねないホームズへの攻撃は避けなければならない。


「まあ、他にも町や港はあるし、いいか」


 ホームズ湾は幾筋もの川が流れこんできており、水深に気を付ければユニティでもある程度は遡上できる。襲撃可能な場所は多い。


「さて、クリスに作戦成功の報告しにいこう」


 カイルはホームズ湾から出て行く針路を操舵手に指示して沖合に向かった。

 そしてホームズ湾の湾口を出たところで、南の方角に多数の艦艇が接近している様子が見えた。

 何かと思い接近してマストの旗を確認すると、リバリタニアを支援する為に結成された二四隻からなる義勇艦隊だった。

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