アウトレット島
開闢歴二五九四年九月八日 アウトレット島
陣営の複数箇所で同じような爆発が起こったために、アウトレット島のリバリタニア軍は大混乱に陥った。
そこへ、クリス率いる船団が浜辺に到達し、ベンネビス歩兵連隊本隊を上陸させた。
リバリタニア軍は迎撃しようとしたが、大砲は先ほどの爆発とレナの破壊工作で全て無力化されている。
クリス達の上陸を止める手段をリバリタニア軍は失っており、妨害は少なかった。
ライフルの射程内にあったため銃撃を受けたものの、指揮系統の混乱で銃撃は散発的であり大した妨害にはならず、ベンネビス歩兵連隊は順調に上陸を果たした。
上陸した後、グレシャム男爵率いる第二大隊の兵士が森の中へ駆け込んで行く。彼等はリバリタニア軍の兵士を見つけ次第突撃し、容赦なく銃剣を突き刺す。
更に第一大隊の兵士も上陸し、陣形を組みつつ前進し、区切ったマスを埋めていくようにリバリタニア軍を掃討していく。
「ミス・タウンゼント!」
「キースさん」
上陸していた二人が合流し、互いの状況を確認する。
「上陸作戦は大成功です。連隊の主力は上陸しております」
「でも大丈夫ですか?」
「連隊の損害は軽微ですよ。あなたが大砲を破壊してくれたお陰です」
「いや、船酔いの方は」
「ヒラリー医師の治療で船酔いは上陸までに治りました。いや、素晴らしい腕を持つ女医だ」
「ははははは」
乾いた笑いをレナは上げた。
キースは乗艦して直ぐさま船酔いで卒倒し、ヒラリーの健康診断の事について知らない。
船酔いで苦しんでいる間にキースも診断を受けてはいた。しかし船酔いで意識が朦朧としていたため、キースは覚えていない。
キースが覚えていることはヒラリーの献身的な治療で船酔いを抑えて貰った事だけだった。
性病研究でぶっ飛んでいるがヒラリーも腕の立つ歴とした医師であり、腕前は良い。船酔いに対する知識もあったため、キースの症状を抑えることが出来た。
二人が話していると対岸のミンク島から砲声が聞こえてきた。
「ミンク島に配置されていたリバリタニア軍が我々の上陸に気が付いたのでしょう」
「向こうも大砲を持っているのは厄介ね」
「なに、こちらも大砲はありますよ。砲撃用意!」
歩兵連隊でも支援火器として連隊砲を装備している。小口径の砲だが、ある程度の効果は見込める。また、連隊はアウトレット島を確保するために砲兵連隊から分遣隊を受け取っており、本格的な砲撃を行う事も可能だ。
「撃て!」
キースの命令で大砲部隊が火を吹く。
大砲は経験と練習で技量のレベルが決まる。
リバリタニア軍が所有する大砲は少なく、演習用の火薬の調達に難点があり、大砲の発射速度も命中率も低い。一方、潤沢な火薬と演習量を誇るアルビオン帝国軍はリバリタニア軍の大砲部隊を見つけ出して次々と命中弾を与えていった。
ほんの数分でミンク島にいたリバリタニア軍大砲部隊は全滅した。
「ミンク島へ上陸し確保せよ」
直ぐさまボートが放たれ、ミンク島へ上陸部隊が向かって行く。
ミンク島からは散発的ならがらも牽制射撃が行われ、上陸を阻もうとする。
「敵も必死ね」
多数のライフル銃の発砲炎を見て、レナは上陸の際に損害が出ることを心配した。しかし、そこへ救世主が現れた。
「ユニティ! ってカイル、何をするつもり? あんなに沿岸に接近したら座礁するわよ」
レナは叫ぶが、ユニティは速力を落とすこと無く、浜辺近くを舐めるように航行する。
「浜に接近しすぎでは? 艦長?」
ユニティの甲板ではマイルズがカイルに意見具申を行っていた。
「大丈夫だ。この辺りの水域は測量・測深を行っている」
海図を作った時、外洋は無理だったが、錨泊地――停泊に良い箇所の測深は徹底的に行った。緊急避難や補給、あるいは活動拠点として利用可能だと判断し迷うことなく使えるように海図を整備している。
ミンク島とアウトレット島の間にある水域もいずれ根拠地として使えるとカイルは判断しており、綿密な測量を行っていた。
「浅瀬の縁を舐めるように進んでいる。心配するな」
「アイアイ・サー」
マイルズは返答する。だが、この近くでバルカンが座礁したこともあり、何時ユニティが同じように暗礁に乗り上げて座礁しないか心配だった。
その時、ユニティ全体に震動が襲う。
「ボトム擦りました!」
艦の底が海底に触れたことを操舵手が伝える。
「心配するな! ここら辺りの海底は砂地だ!」
河口付近の海底には河川から流出してきた土砂が分厚く堆積している。
多少、擦っても艦に大きな影響は無い。
カイルは正確に状況を捉えていた。やがて振動は収まり、船体への損傷も無かった。
「砲撃用意! 左舷前方へ思いっきり向けるんだ。弾種はブドウ弾、照準が整い次第撃て」
「アイアイ・サー! 砲撃用意!」
水兵達が搭載されたカロネード砲に取り付いて砲撃準備をする。
通常の艦載砲と異なり、旋回装置が付いているため射界が広い。前方に向かって砲撃することは比較的容易だ。
「準備完了!」
「撃て!」
カイルの命令で艦載砲が一斉に火を吹いた。
ブドウ弾が詰め込まれたカーロネード砲の砲撃は横殴りの雨のように小さな弾がリバリタニア軍を襲い、銃撃を黙らせる。
「次弾装填!」
だがカイルはこれで終わらせない。ユニティの乗員達は度重なる砲撃訓練で鍛え上げられており、最短で九〇秒で次の射撃が可能だ。カイルが身銭を切って火薬を購入して砲撃訓練を繰り返した成果だ。
今回は一〇〇秒で全てのカロネード砲が再装填を終えた。
「撃て」
新たな砲撃でリバリタニア軍は壊滅した。
「装填!」
だがカイルは念の為に再装填を命じて、退却中のリバリタニア軍へ向けて再び砲撃を行わせた。
五分間で三斉射を浴びせてリバリタニア軍を壊滅させた。
そこへキース率いる上陸部隊が到達。抵抗を受けることもなく島の奥地へ進撃し、ミンク島を制圧した。
「ミンク島を制圧したようです」
「よし、本艦針路そのまま」
「このままでは外洋に出てしまいますが」
砲撃を終えた後、カイルは針路を変えず、真っ直ぐにユニティを進めていた。
「ああ、一旦外洋に出る。その後、ミンク島とソールズベリー半島の間の水路に進入する」
「どうしてですか」
「俺がリバリタニア軍の司令官ならミンク島へ増援を送る。連中もそろそろ奇襲に気が付いて集まってきただろう。リバリタニア軍が浜辺に集結してボートで渡る頃だ。そいつらを潰す」
「アイアイ・サー。直ぐに砲撃の準備を行います」
「よし、準備を頼む。ポート」
外洋に出るとカイルは艦を左に向けさせて、ミンク島とソールズベリー半島の間の水路に進入させる。
そして丁度中間ぐらいの場所で、ボートで横断中のリバリタニア軍を発見した。
「左右両舷砲撃用意! その後右砲戦。すれ違い様に斉射。掃討する」
「アイアイ・サー!」
ボートに乗ったリバリタニア軍は動揺してライフルを撃ってくるが、カイルは気にせず艦を前進させる。
そしてリバリタニア軍の前に到達すると命じた。
「撃て!」
再びブドウ弾が放たれる。何も隔てる物の無い海面上、リバリタニア軍は真っ正面から砲撃を受ける。
「タッキング!」
すかさずカイルは上手回しを命じた。ユニティは小さい半径で旋回し、短時間で回頭すると、再びリバリタニア軍の前に立ち塞がる。
今度は反対舷の大砲が火を吹いて、残ったリバリタニア軍を葬る。
「これで連中は暫くの間ミンク島にやってくる事は出来ないだろうな」
自身が挙げた成果を確認した後、カイルはユニティをミンク島とアウトレット島の間の水域へ向けさせ、凱旋した。
「早速やっているな」
カイルが水域に進入すると既に多数の補給船と輸送船が錨泊しており、多数のボートを下ろしてミンク島への上陸作業を始めていた。
食料と水はもとより、大砲、武器弾薬、陣地構築用の資材、居住用のテントなど様々だ。
ミンク島でリバリタニア軍を抑えるための設備や武器だ。
対するアウトレット島には休養地としての機能を置いて、乗員が休めるよう、宿舎や酒場などを作っている。今は防御設備に資材を回しているためテントだけだがいずれ建物が建設されるだろう。
「マイルズ、本艦からも人員を出して、陣地構築および大砲の設営を支援するんだ」
「陸での仕事ですか?」
「安心して停泊できる場所を確保するために必要だ。襲撃に怯えて眠れぬ夜を過ごしたいか? 常に当直に立つ航海をずっと続ける方が良いか?」
「直ちに準備します!」
自分たちの安全な寝床を確保するため、マイルズは早速人員を選抜してミンク島に送り出した。
そのボートにはカイルも連絡の為に乗り込んでいた。
「お待ちしていました艦長」
「ありがとう、ミス・タウンゼント。損害はないか?」
ミンク島への上陸作戦にも参加したレナが迎えた。
「本艦からは負傷者が出ただけで死者はありません。ベンネビス歩兵連隊には死者が出ましたが、数名だけです」
「そうか」
自分の連隊から死者を出したことにカイルは少し残念に思った
「まあしょうが無い。それよりキース兄ちゃん、いや副連隊長はいるか?」
「あー、無理ね。船酔いが直ったと思っていたんだけど、実際は抑え込んでいただけみたいで、今ベッドの上でうなされているわ」
「ご愁傷様」
軍医であるヒラリーの看病を受けており、恐らく大丈夫だろう。色々と問題はあるが、ヒラリーは医師としての腕前は問題無い。少なくともキースを安心して預けられる程度には。
「仕方ないか。グレシャム男爵と打ち合わせて防御陣地を作ってくれ。それが終わったら最小限の人員を残して兵隊を休ませて」
「大丈夫なの? ソールズベリー半島からの逆襲を考えなくて良いの?」
小さい島とはいえミンク島とアウトレット島を占領されているのだ。リバリタニアの本拠となっているホームズに近いため、リバリタニア軍なら直ぐに奪回に来るだろう。
それに備えなくて良いのか、とレナは尋ねた。するとカイルは時計を見ながら答えた。
「大丈夫だよ。敵の攻撃があるとすれば、次の干潮から満潮にかけてだよ。今は、もうすぐ満潮だ。少なくとも干潮まで休める時間はあるよ」




