沿岸作戦
開闢歴二五九四年九月五日 ホームズ沖
数日後、カイルが率いる船団はホームズ沖を目指して出港した。
新たに加わったヒラリー医師の取り組みによが効果を発揮して船団での疫病の流行は無かった。
医療水準が低いこの時代、作戦行動の大半は疫病が流行って失敗している。疫病の発生を抑えただけでもヒラリーを軍医にした甲斐があった。
だが、他の方面で甚大な影響が出ていることに関しては口止めしている。
箝口令は敷いていないが、経験した全員が黙っている。
戦局に影響が無い事を祈るばかりだ。
船団は順風に乗り、五日でホームズ沖に到着出来た。
風の強弱で航海日数が変わるのはいつもの事であり、早く到着出来た方だ。
「前方に艦影があります! ホームズ戦隊です!」
ホームズ封鎖のために派遣された、クリフォード海佐率いる戦隊だ。
カイルは味方識別信号を出して、合流すると戦隊の旗艦であるフリゲート艦ライブリーに赴いた。
「ユニティ以下補給艦四隻、只今到着しました。ホームズ戦隊に合流いたします」
「合流を歓迎します」
カイル達を迎えたのはクリス・クリフォード海佐だ。
ようやく頼りになる司令官の下で働けることにカイルは安堵した。これまでの司令はロックフォードをはじめ、力量・人格が不足している人物ばかりだったからだ。
「早速ですけど、作戦行動を開始したいと思います」
「喜んで」
カイルはクリスに促されて艦長室に入り、広げられた作戦図を覗いた。
「ホームズ湾の北側から伸びて外洋を隔てるソールズベリー半島にはいくつかの島が付属しています。入り口はこの湾口のみ。今のところ本戦隊の任務は、出入りする船の監視と臨検、そして拿捕です」
封鎖作戦はアルビオン海軍の十八番であり、重要な任務だ。船の出入りを禁止して敵の経済を締め上げる。時間は掛かるが効果的だ。
何より商船が向こうからやって来るのを待ち構えて捕獲すれば良い。非常に楽な仕事だ。何ヶ月も洋上で待機できる図太い神経があればの話だが。
「ですが、それだけに留めるつもりはありません。周辺の島々や半島を奇襲するのが作戦の主眼です」
「連中のゲリラ戦をこちらは艦でやるという事ですね」
「そうです。そのためには根拠地が必要です。陸上兵力を駐留させ、支援と休養を行う為の根拠地が。何より封鎖のための任務にも必要です。その根拠地を確保する作戦を行います」
ソールズベリー半島の先端部の海図を出してクリスは説明を始めた。
「泊地の候補地はここです。半島から外洋に向かって並んでいるミンク島とアウトレット島。この二つの島の間には広い水域があり、しかもミンク島とアウトレット島の二つの島に囲まれています。風の影響を受け難く、荒天時の避難場所としても使えます。独立派の艦船がホームズへ入出港するのを監視することも出来ますし、発見すれば直ぐに泊地から出帆することが出来ます。ホームズ湾の出入り口を監視するのも容易で、直ぐに発見して捕まえる事が出来る」
「しかもソールズベリー半島の間に水路があり、リバリタニアの襲撃も遮ることが出来ますね」
狭いとはいえ水路で隔てられていれば少数の兵でも守ることが出来る。
ボートを使えば上陸できるだろうが、上陸できる人数は限られるため対処し易い。
正に理想の根拠地と言える。
「ええ、この二つの島を攻略するための指揮をお願いするわ」
「作戦案は無いのですか?」
「偵察は行っているけど、独立派はこの島の重要性を理解して少数ながら兵士を送り込んでいる。大砲も装備している。下手に攻撃を加えれば大損害ね。早急に攻略したかったけど、兵士が足りなくて」
クリスの戦隊の海兵隊では乗艦戦闘で手一杯で、上陸戦闘にまで手が回らなかったのだろう。
「なら船団には連れてきたベンネビス歩兵連隊がいますから。彼等にやらせましょう」
「頼むわ。でもね、敵もこの島の重要性を認識して防備を固めているわ。三門の大砲をアウトレット島の南側に配置して上陸に備えている」
「防御はどうですか?」
「砲台ではないけど、意外と強固よ。土壁を作っただけでもかなりの防御が出来るから」
大砲は鉄製の球形砲弾のため、分厚い土壁では刎ねたり埋まったりしてしまう。爆発もしないため破壊効果は少ない。
しかもリバリタニア軍の中心戦力である民兵は自宅や村の防御を固まるため土木作業に慣れている。防御陣地の構築、土壁の作成など朝飯前だ。
「他に砲台はありませんか?」
「今のところ確認できているのは、この三門ね。他の場所には無さそう。リバリタニア軍が保有する大砲は少ないからね」
「なら、一つ提案があるのですが」
翌日より指揮下にある補給船を沖合二箇所に集めて停泊させ、周辺をクリフォードの小艦艇が守る。夜には護衛艦のうち二隻がマストの上に灯火を取り付けて異常が無いかを教える念の入れようだ。
そして残りのライブリー及びユニティは外洋に面したアウトレット島南岸へ接近し、周辺への偵察を開始した。海図にはこの海域についての情報が少ないため、測深をして水路を見つけるのが任務だ。一方のリバリタニア側も妨害のため砲撃を開始。
数回の砲撃戦の後、二隻は離れていった。
だが翌朝も夜明け前から沿岸に接近して測量が行ったため砲撃戦が発生していた。
しかし、その次の日の夜明け前、事態は急変する。
開闢歴二五九四年九月八日 ホームズ沖
「総員起床! 戦闘配置に付け!」
ユニティの艦内にマイルズの号令が響いた。
艦内の乗員はそれぞれ持ち場に付く。
同時に乗艦していたベンネビス歩兵連隊の選抜隊も準備を進める。
「艦長。準備完了しました」
「よし、こちらも行くぞ。指示通りに行動してくれ」
「はっ」
マイルズは緊張した面持ちで敬礼を返す。普段なら行わないが緊張して敬礼してしまったのだろう。
これから行うアウトレット島北方への上陸作戦。夜間にミンク島とアウトレット島の間にある狭い水路を抜けて、二つの島の間の水域へ入るのだ。
アウトレット島北岸は島に囲まれた内水域のため波は穏やかで浜辺も広い。上陸地点とし最良だ。だが、水路が狭いため侵入する際には座礁の危険がある。位置が不明瞭な夜間なら尚更だ。万が一座礁すれば夜明けと共にリバリタニア軍に発見されて集中砲火を浴びる事は間違いない。
マイルズが緊張するのも無理はなかった。
「心配するな。必ず目的地へ突入させる」
カイルは自信を持って答えた。
この日のために、島の周囲を測量し水深を確認。さらに沖合待機中の補給艦にランプを点灯させて目印にする。
あとはこの目印を元に三角測量の要領で現在位置を割り出せば、安全に侵入できる。
「よし、行くぞ! ポート!」
左に舵を切り、水路へユニティを侵入させる。
カイルは羅針盤近くに位置取り、目印になる補給船のランプの方位を確かめる。
「第一標点方位一七〇、第二標点二三〇」
カイルが数値を読み上げると、ウィルマがすかさず海図に標点から言われた角度の直線を引き、二点の交点を出す。
「現在位置、H一九です」
侵入にあたってカイルは水路上をいくつかのマス目に区り、グリッド表記を行っていた。
方位と距離だけでは間違える危険があるからだ。
だがマス目で予め区切っておけば分かりやすい。咄嗟に現在位置をマス目の位置で言う事が出来る。
「スタボー・イージー」
若干流されていたため微修正。これも直ぐさま現在位置を割り出せる。グリッド表記が役に立った。
その後も微修正を繰り返しながら侵入して行く。
「よし、目標の直前だ。ボートを下ろせ!」
カイルはユニティを止めず、走らせたままボートを下ろさせる。
時間が無く、止まっている暇も余裕も無い。ロープでボートとユニティを結んでいるが、ボートは波に煽られ大きく揺れる。
その揺れるボートにベンネビス歩兵連隊選抜隊が次々と乗り込んで行く。
揺れているが、ここ数日の訓練で乗り移るのが上手くなっている。
数分で全員がボートに移った。
「準備完了!」
「切り離せ!」
カイルの号令でボートは切り離されて後方に消えて行く。
ユニティから離れたボートは暫くしてオールを展開すると陸上に向かって漕ぎ出す。
「上手く行っているわ」
上陸部隊を指揮するレナが、闇に包まれている陸を見て呟く。
リバリタニア軍は外洋側を警戒しているが、内海側は水路が狭いこともあり警戒が薄い。
だからこそ、カイルは内海側から侵入して奇襲上陸を行う事にした。
何の抵抗もなく上陸部隊は浜辺に上陸する。
「各員! 目標に向かって前進!」
レナの号令で選抜隊は走り出す。
目的地は外洋に面した箇所に設けられた砲台だ。
リバリタニア軍の大砲は全て外洋に面した浜に配備されている。これを破壊すれば外洋側から上陸することが可能になる。
彼等はそれぞれ大砲に向かう。途中でリバリタニア軍の見張りを見つけると銃剣で刺殺する。銃を使えば発砲音で気が付かれてしまう。
音もなく見張りを抹殺すると、大砲に釘を撃ち込んで発砲不能にする。
そして近くにあった火薬樽を見つけると、大砲の近くに運び込む。そして蓋を開けて導火線を結んで火を付けた。
全てが終わった後、彼等はその場を離れた。
そして、東から太陽が浮かび上がったとき、大爆発が起こった。




