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軍医

 開闢歴二五九四年八月二〇日 チャールズタウン海軍工廠


「コラ! 今は展帆試験よ! 微風でも張りすぎると係留索が千切れる! ロープを緩めろ!」


 チャールズタウンの海軍工廠にレナの声が響く。

 目の前にあるのは先日カイルが捕獲したユニティだ。

 細身の三本スクーナーながらも強度も幅も十分にあるので軍艦への改装が決まった。


「中々、堂に入った指示だね」


「あ、カイル」


 司令部から戻ったカイルがレナを見て言う。


「それで決まったの?」


「ああ、ホームズ沖でクリス・クリフォード海佐の指揮下に入ってホームズを監視。場合によっては上陸戦闘だ」


「よし、この前のお返しをしてやる」


「あまりはしゃぎすぎないで」


 先日失敗して撤退することになったホームズへ戻る事にレナは意気を上げた。


「ところで、キース副連隊長もいるけど」


「ああ、海兵隊が兵力不足でね。ベンネビス歩兵連隊がクリスの戦隊へ臨時に配属される事になった。連隊から兵員を選抜して上陸戦闘などを行う」


「大丈夫なの?」


「戦闘に関しては問題無いはずだよ」


「いや、キースさんの船酔い」


「耐えてみせます!」


 力の入った声でキースが答える。生まれつき船に酔いやすい体質のために海軍から追い出された経歴がある。過日の戦闘でも撤退して船に乗り込むと船酔いに悩まされ続けていた。


「陸上にいて貰う事にするよ。陸上では補給や後方との連絡などやる事は沢山あるから。上陸戦闘に関してはグレシャム男爵いや第二大隊長に任せることにする。まあ、それは良いんだけど」


「どうしたの?」


「実は軍医が足りなくてね。上陸戦闘を行うとやはり負傷者が出る。治療を担当してくれる軍医が欲しい」


 カイルも医療知識はあるが、艦の指揮に専念したい。特に陸上部隊との共同作戦では密な連絡と注視が必要となり、負傷者の治療にまで手が回らない。


「司令部に紹介を頼んだんだけど、人材が不足していてね。居ないと言われた。誰かいないかな。内科医とは言わないけど、せめて外科医は欲しい」


「ミスタ・クロフォード」


 カイルに声を掛けてきた人物がいた。


「ミスタ・バンクス。どうしてここに?」


 帝国学会のメンバーであるバンクス氏だ。戦闘が激化している現状では既に本国へ帰っていてもおかしくない。


「船がまだ捕まらなくてね。それに軍や総督からニューアルビオンの知識人と交流するように頼まれていたのだよ」


「ああ、なるほど」


 ニューアルビオンにいる皇帝派を増やすために、植民地政府がバンクス氏に残留を懇願して貰った、とカイルは解釈した。

 本国の方が科学は発展しており、学会のメンバーであるバンクス氏は研究能力こそ無いものの知識は豊富だ。バンクス氏の話を聞こうとニューアルビオンの知識人が擦り寄ってきている。彼等は皇帝派になるだろう。


「しかし、不思議な形の船だね。スクーナーなのに一番前のマストの最上部が横帆になっている」


「トップスルスクーナーという型です!」


 よくぞ聞いてくれました、とばかりにカイルはバンクス氏に説明をはじめた。


「スクーナーは縦帆船で風上に向かって軽く走ってくれますし、少ない人数で航行させることも出来ます。しかしスクーナーは操船、特に停止や後進に関しては不得手です。そこでトップスルのみ、一番前のマストのトップのみを横帆に改造して裏帆を打てるようにしました。これで停止・後退がやりやすくなります。他にも色々仕掛けを加えていますよ。船体は元から細くて速力を出すことが出来ます。その分、船体が小型のために大砲はカロネード砲二二門のみの搭載となりました。しかし、すべて上甲板に配置している上、旋回が可能で射撃可能な範囲が広いです。しかもボートは」


「ミスタ・バンクス、なにか御用があったのでは?」


 カイルが何時までも語り続けており、終わる見込みが無いと判断したレナが間に割り込み、バンクス氏に用件をうかがった。


「ああ、そうだ。実は一人紹介したい人がいるのだが」


「どういう事です?」


「君の船に乗せて欲しい人がいるんだ。本人も是非にと言っている」


「士官候補生ですか?」


 カイルは少し顔を歪めた。

 通常、士官候補生は将来の幹部候補生となる上に、艦の運用や指揮も行わせるため士官の仕事が行く紅緩和する。だから多くいた方が良い。ただ義務教育も公教育もないアルビオンで教育を受けるには金が掛かる。そのため自費で教育を施せる有力者の子弟から採るのだが、経歴に箔を付けるために乗船するように求めてくることがある。

 しかもゴードンのような我が儘に育った子供もいるため、無条件に乗艦させることは憚られる。

 もっともエルフであるカイルの艦に乗せようとする親も皆無だが。


「いや、医者なのだ」


「医者ですか」


 思わず聞き返すほどカイルは驚いた。医者は非常に貴重な人材で、戦列艦などの大型艦はともかく小型艦に軍医が乗っていることは稀だ。


「そうだ医者だ。君が軍医を探していると聞いてね。実は私の知り合いに軍医になりたいと言っている医者がいるんだ」


「本当ですか」


 確かにカイルは軍医を探していた。今回の任務では小規模とはいえ上陸作戦が敢行される。陸上戦闘が頻発することは確実で、負傷者が続出する事態は十分に考えられる。

 軍医が来てくれるのは有り難い。


「腕は?」


 それでもカイルは念の為に尋ねた。少なくと外科医程度の腕は欲しい。傷そのものより手術によって死ぬ患者が多いこともあり、腕の良い医者が欲しい。


「帝都キャメロットで仕事をしていたが、自らこのチャールズタウンへ来た内科医だ。キャメロットの大学で免許も取得している」


「内科医!」


 外科医と内科医ではその価値が大きく違う。

 アルビオンの外科医は切断作業のみしか行わないため大した教育は受けてず現場でのたたき込みだ。一方、内科医は大学で教育を受けた上で免許を交付される。転生前の医師に近い存在だ。

 勿論医学の水準は大きく隔たっているが、知識が有るのと無いのでは、また教育を受けているかいないかでも能力は大きく違う。


「腕はどうなのでしょう?」


「手術の経験もあるし、臨床も何度も行っている。学会での論文発表も行っており、賞も貰っている」


「是非来て欲しいです」


 言うこと無しの人材であり、カイルは即答で頼み込んだ。

 ミスタ・バンクスも嬉しそうな顔をしてカイルに感謝を伝えると基地を後にしていった。


「ねえカイル」


 一部始終を見ていたレナがカイルに声を掛けた。


「なんだい?」


「艦長を立てて話さなかったけど、大丈夫なの?」


「どういうことだい?」


「うちの連隊で、父さんが有能な士官を探していたんだけど、その時知人に紹介された人を入れたの。でも使い物にならなかったのよね」


「どういうこと?」


「紹介されたのは役立たずだったんだけど、有力者の子弟で知人さんはクビに出来なかったの。そこで父に押し付けたのよ。父の連隊にスカウトされたという形にして追い払ったの。で、その役立たずに父の連隊は振り回された訳」


「……ミスタ・バンクスが紹介する人物もそれだと?」


「おかしくない? 帝都で学んで周りに認められていたのに、新大陸へ来たのよ。しかも医者不足の新大陸でいくらでも仕事があるのに軍医になりたいなんて、不審過ぎるわ」


「言われてみればそうだな」


 この世界で医者は稀少であり、簡単には見つからない。海軍の軍医だって不足している。海軍軍医登録者三〇〇名の大半は外科医であり、正規の教育を受けた内科医は十人にも満たない。


「訳ありという訳か」


 しかもカイルはエルフでアルビオンの住民から嫌われている。実力を知る人々からは絶大な信頼を得ているが、艦の外では評判は悪い。

 そんなカイルの艦に乗り込んでも良いという内科医など、何か事情があるに違いない。


「正規採用する前に面接して決めるよ。どんな人物かこの目で見て判断する。面接の時は心して掛かるとしよう」




 開闢歴二五九四年八月二一日 チャールズタウン海軍工廠


 翌日、バンクス氏が紹介した医師が紹介者と共にカイルの元を訪れる事になった。

 そのためカイルは門の前で待っているが、周囲には人だかりが出来ていた。

 どんな医師か一目見てみようとユニティの乗組員が集まってきたからだ。


「見世物じゃないんだがな」


「皆気になるんでさあ。自分の命を預ける人ですから」


 ぼやくカイルの横に来ていたステファンが言う。


「どうせ、採用されるか否か、賭をしているんだろう」


「ささやかな楽しみでさあ」


 カイルの言葉をステファンは否定しなかった。楽しみの少ない海軍では何かにつけて賭け事が行われている。勿論、軍法で禁止されているが、慣例で艦長は黙認していた。


「あまり大きな金額を賭けるなよ」


「へい」


 その時一台の馬車が着き、カイル達の前に止まった。

 扉が開くと最初にバンクス氏がおり、続いて紹介された医師が出てくる。


「おおおおおっっっっっ」


 乗員一同が大声を上げた。

 出てきた人物は長身の腰にまで掛かる長い黒髪に切れ長の瞳を持つ女性だった。

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