奴隷輸入禁止
開闢歴二五九四年八月一日 チャールズタウン
カイル達ホームズ方面軍主力を乗せた船団はチャールズタウンへ帰還した。
敵の本拠地を前に多くの物資と装備を放棄しての帰還であり、大敗北に等しい。
人員は無事だったが、装備の補充と再編成には多くの時間を必要とするだろう。
何とかチャールズタウンで戦力を回復しようとタウンゼント将軍は考えていた。
しかし、そこで待っていたのは凶報だった。
「ポーツマスが陥落しました」
今後の方針を決める作戦会議の席上で、ニューアルビオン艦隊司令長官サクリング提督が連絡船からもたらされた報告を伝えた。
戦隊から艦隊へ規模が拡大されて、サクリング提督も事実上の昇進を果たしたが、戦局が不安定な状況では素直に喜べない。
特に重要拠点の失陥を伝える役割を果たさねばならないとなると余計に苦しい。
独立派の多い地域にある港町ポーツマス。ここには多数の船が停泊・接岸が出来る良港であり、ニューアルビオンにおけるアルビオン帝国の重要な拠点だ。
その守備のために多数の陸軍部隊が派遣されていた。
しかし一歩外に出れば独立派の支配下であり、ポーツマスは包囲されていた。
海上からの補給で何とか食いつなぐことが出来ており、増援も受けていたが、積極的な攻勢に出るには状況が悪かった。
そこへ追い打ちをかけたのが海賊の襲来だった。
独立派には元々商人が多く、持ち船も多い。
彼等が船に武装を施して海上の補給船を襲撃したため補給路を絶たれてしまった。
独立宣言後は各地から海賊が私掠許可を求めて参集し、アルビオンの商船を襲っていた。
そのためポーツマスへの補給は不可能となり、市街地は飢餓状態に。
これ以上の継戦は不可能となった為に、ポーツマスのアルビオン軍は全軍降伏した。
このためリバリタニアの勢いが増すこととなった。
「部隊はどうなりました?」
「反逆者共に全軍が捕らえられている」
タウンゼント将軍の問いかけにサクリングは答えた。
「何とか返還は出来ないでしょうか?」
「本国の訓令では無理だ。リバリタニアなる国は存在せず、リバリタニア軍は賊徒の集団であり、捕虜交換などあってはならない。犯罪者と取引など出来ない」
申し訳なさそうにサクリング提督は答えた。
戦争で捕虜が出るのは当然である。そのため戦争期間中でも捕虜交換を行う事は多々ある。勿論条件付きであり、解放されても戦争中は再び武器を取らない、身代金を払うなど制約を求めらっる事はあるが、捕虜交換は行われている。
兵力が減っている方面軍主力の本音としては捕虜を返還して貰い増員したい。武器を取らないと約束してあったとしても、本国の部隊と交代させる逃げ道もあり、いざとなれば約束を破れば良い。
ただし、これは国と国との戦争の場合だ。
新大陸での戦闘は国内の紛争であるが大規模過ぎて事実上の内戦である。
エウロパ諸国との関係が悪化しているアルビオンとしては他国につけいる隙を与えたくないため、帝国政府はリバリタニアを認めたくない。
そのため、国内問題として処理したかった。国内へ外国が干渉するのは国際法で制限されているからだ。
しかし捕虜交換は国と国の間で行うことであるため、捕虜交換を行うとリバリタニアをアルビオンが国として認めてしまう。
そのため、捕虜交換に応じることは出来なかった。
「この度、本国から新たな増援が来ることになった。一ヶ月もあれば一万。三ヶ月で三万ぐらいには増えるでしょう」
「それならば何とかなります」
「しかし、リバリタニアの勢いは増しています」
二人の会話にカイルが口を挟んだ。海軍側のオブザーバーとして参加している。しかし、実戦経験が豊富で、貴重な戦力であるベンネビス歩兵連隊の連隊長でもあるため、カイルの言葉は重視されている。
「海賊のみとはいえ、海上戦力を持たれたのは痛いです」
カイルが心配しているのは海賊による沿岸と補給船団への攻撃だった。
隻数が少ないニューアルビオン艦隊に、海賊に対処する余裕はない。
広大な海に散らばる海賊船を見つけ出すなど不可能に近い。
「そこで、海上封鎖を行う。ニューアルビオン北部各地の港に艦艇を貼り付けて船の出入りを監視する。独立派への武器弾薬流入を引き留め、海賊船の入出港を阻止する」
「確かに洋上を走る海賊船を追うより効果的ですが」
広い大洋でごま粒のように小さい船を見つけ出す事はほぼ不可能だ。洋上で船と船が巡り会えるのは奇跡に近い。
だが、港の数は限られている。大型船が入港できる港は少数だ。
港湾の入り口に監視の艦艇を貼り付けて入出港を監視し交易をストップさせる。
それが、海上封鎖だ。
海洋国家の伝統的な作戦と言って良い。現にアルビオンは敵国に海上封鎖を実施して何度も勝利してきた。
「ですが、上手く行くでしょうか? 接収する法的な根拠がありません。相手は叛徒ですし、外国船の入港は止められないかと」
問題となるのは、現在は内戦状態で相手がリバリタニアを名乗る勢力だという事だ。
リバリタニアの勢力下に置かれた港も表向きはアルビオンの港であり、外国の船が入港することに問題はない。
犯罪組織と交易を行った、不法な品を持ち込んだなどアルビオンの法に触れるような事をすればともかく、いきなり拿捕するのは国際問題だ。
「大丈夫だ。それに関しては本国が新たな法律を作った」
「何ですか?」
「奴隷輸入禁止令だ。奴隷をアルビオン国内に持ち込むことを禁止している」
ニューアルビオンにおいて奴隷は南部の大規模農場の労働力として購入され使役されている。主に暗黒大陸から輸入されており、武器などのエウロパ諸国の品を持ち込んで奴隷と交換。得た奴隷をニューアルビオンへ持ち込んで売り、その代金で綿やトウモロコシなどの品をエウロパ諸国に販売する。
このような三角貿易で栄えていた。それを中断しようというのだ。
「貿易関係者が怒りませんか?」
カイルもそのような貿易が行われていることは知っていた。個人的な感情はともかく、国家の産業として行われているのは事実であり、南部が労働力として奴隷を必要としているのは事実だ。
「本国では奴隷の廃止運動が盛んでね。奴隷貿易の中止も決定した。ただ南部に関しては長年の慣習に伴い、許可制とすることとなった」
顔を歪め背筋を伸ばしてサクリング提督が断言するのを見てカイルは察した。
本国の奴隷貿易廃止は建前で、本当は北部の海上封鎖の口実にしたいだけだ。輸入禁止の奴隷を持ち込んでいないか確認する為に臨検すると宣言すれば外国籍の船でも堂々と臨検できる。
そもそも北部では奴隷の需要が無く、特に暗黒大陸からの奴隷需要は皆無だ。
ここチャールズタウンより北だと暗黒大陸出身者は寒すぎて死ぬ確率が高いためだ。南部で奴隷制が盛んなのは奴隷が生き延びたためであり、北部にいないのは運び込んだ財産である奴隷が死ぬからだ。
それだけの理由で北部は奴隷を必要としていない。
奴隷船が入港する理由も無いのだ。奴隷が輸入できない南部が不満を持つことになるがそこは許可制、皇帝派の人々に許可書を大盤振る舞いすることで解決する。
「同じ人を牛豚のように売買するのは心が穢れる。そのような悪習はなくさねばならない」
気持ちの悪い建前を話すのが辛くてサクリング提督の顔は歪んでいた。
「全くです! 勝手に本人の意向を無視して売買されるのは本当に嫌なものです」
会議に参加していたキースが大声で感情の籠もった声で同意する。
危うく弟のような自分の上官に連隊ごと狂信者に売られそうになった事が、トラウマになっているらしい。
「奴隷を乗せているか、許可を得て奴隷を運んでいるか確認の為に臨検を行うと各国に伝えてある。これはアルビオンの国内問題であり、諸外国が関知するところではない。存分に臨検し給え」
「了解しました」
カイルは、不承不承ながらも同意した。
露骨に顔を顰めているがサクリングも咎めはしなかった。
「そこでだ、ミスタ・クロフォード。君には艦の指揮を執って貰いたい」
「本当ですか!」
カイルはサクリングの言葉に喜色を浮かべた。
これで、有能な狂信者から離れられる、何より海に出られると喜んだ。その喜ぶカイルの姿を見てキースは顔を顰め、泣きそうになった。この後自分がその狂信者に一人で対応しなければならない悪夢のような未来に。
「ああ、だが隻数が少ないのでかつて捕獲したユニティを改造して使って貰う。既に工廠の方で改修を行っている。君が指揮し給え」
「ありがとうございます」
「ただ、その前に一つ任務をこなして貰いたい」
「何でしょうか?」
「既にポーツマスには監視と封鎖のための戦隊を向けている。そこの指揮官には私が士官候補生時代の……仲間が指揮を執っているのだが」
少しばかり言いずらそうにサクリングは伝える。
「エリアル・メリーウェザー海佐。フリゲート艦アストリアの艦長を務めている。捕獲する対象が多いので回航要員として行ってきてくれないか? ユニティの出撃用意が出来るまでの間だ」
「指揮下に入れと?」
「いや、一度回航するだけで良い。ユニティの用意が出来るまでに戻ってこられるだろう」
「そういうことであれば」
本当なら改修の指揮も行いたいカイルだが、サクリング提督の命令では仕方ない。
海軍士官は不足しており、回航要員も足りない。
今後艦艇数が増えれば、士官の不足は更に深刻になるだろう。
本国から呼び寄せているが、まだ不足している。
「それと向こうで学んでこい。エリアルのやり方を見ておくんだ」
「提督は信頼しておられるんですね」
「信頼はしているが好きではない」
真顔で語気を強めてサクリングが断言した。普段から厳しい口調のクリング提督だが、いつもよりも強く言ったためにカイルは少し驚いた。
場の空気を乱したことに気が付いて、サクリングは顔を紅くして取り繕うように話を続ける。
「私とはかなりやり方が違う。君も他の艦のやり方を知るよい機会だ。行ってくるんだ」
「あ、アイアイ・サー」
カイルはサクリング提督の言葉の真意が判らぬままポーツマス沖に向かう事になった。




