ホームズの戦い 中編
「何だこの音は」
物の怪のような不気味な音にタウンゼント将軍は驚いた。
次の瞬間、前方、追撃している味方部隊の更に前から光が見えた。味方部隊が倒れた後、将軍達の元に大砲の轟音が響いてきた。
「馬鹿な……大砲だと!」
アルビオン軍全体に衝撃が走った、リバリタニア軍は大砲を持たないはずではなかったのか。
悪夢と思ったが、更にリバリタニアの陣地から数斉射が放たれ、アルビオン軍兵士が倒れるところを見たら現実である事に間違いない。
何よりの証拠に、前から放たれた一弾が将軍の脇をバウンドしながら過ぎ去っては、現実を認めざるを得ない。
地面に穿たれた痕から見ても大型砲である事は確実だ。それも十門以上の一二ポンド、下手をすれば二四ポンドの艦載砲クラスの大型砲だ。
「艦載砲……」
その時、カイルはようやく気がついた。
「連中、バルカンとデルファイに乗っていた大砲を引き上げたんだ」
座礁して沈没したが、ホームズの海は浅い。
船の中から大砲を取り出すことは不可能ではない。
一応、大砲は釘を火孔に打ち込んで使用不能にしておいたが、錐があれば再び開けることが出来る。
それに処分できたのは甲板に置いてあった六門のみ。船倉に保管してあった一二門は海没処分したが、その際に釘を打ったかどうかカイルは確認していない。
デルファイに関しては混乱のあまり処分が行われたかどうかさえ判らない。
しかも大砲はただの鉄の筒であり、海水に浸かっても、引き上げて砲身を磨き上げ、砲架を作って乗せれば再使用は可能である。
リバリタニア軍が使っていても不思議はない。
リバリタニア軍の大砲は次々と火を吹き、砲弾の雨がアルビオン軍を打ち破っていく。そして砲火はアルビオン軍砲兵隊をも捕らえた。
砲弾が次々と撃ち込まれてアルビオン軍の大砲を破壊する。
味方砲兵隊は反撃するが、リバリタニア軍砲兵は陣地を作り上げて防御しており、いくら打ち込んでも砲声は途切れず、一方的に攻撃してくる。
「な、何が起きたんだ!」
追撃中に不気味な音を聞いたパットナムは、次いで前方からの砲撃に仰天した。
彼はリバリタニア軍が大砲を持っていないという情報を信じていた。なのにどうして撃たれるのか、直ぐに理解出来なかった。
「小隊長! 部隊を纏めて下さい!」
小隊軍曹に怒鳴られてパットナムは我に返る。
(そうだ。士官として、貴族として、怯懦は許されない)
パットナムはサーベルを掲げて大声で怒鳴った。
「小隊整列! 前へ!」
パットナムは小隊が集合する前に前進を始めた。突然の号令に小隊の兵士たちは驚いたが、他でもない小隊長の命令であるため兎に角従った。
そして前進を続けて、リバリタニア軍砲兵陣地の前にパットナムは身を曝す。
大砲が再び放たれた。しかし砲弾はパットナムの横を掠めただけで直撃しなかった。だが後ろで逃げ出した兵士の頭を粉砕した。
「臆病者は死ぬだけだ!」
軍曹の言葉を聞き、逃げ出した兵士の最期を見て、小隊員達は前進する。
(そうだ。勇気を見せて前進すれば良いんだ)
「前へ!」
パットナムは再び命じ、自ら先頭に立って前に進む。パットナムの前進に引きずられて他の兵士達も一緒に前進する。
(あとちょっとだ)
砲兵陣地の近くまで前進した直後だった。パットナムの胸にライフルの一弾が命中。動脈を切り裂いて、一瞬にしてパットナムを絶命させた。
「小隊長戦死!」
隣にいた小隊軍曹が大声で周りに伝えた。
「これより小隊は後退する。集まれ!」
(良くやりましたよ小隊長。務めは果たしましたよ。士官やリーダーなんて怯える兵士の前に立って前進するように煽り立てる存在ですからね。進むのを見て兵士達が後に続くように出来れば良いんです。それだけが士官の役割ですよ。何より中心人物がいた方が纏まりが良い。お陰で大砲の砲声でバラバラになった小隊が纏まりました。これで小隊は各個撃破されることなく纏まって後退できます)
軍曹は心の中で亡くなったパットナムを軍曹なりに悼み、残った小隊員を纏めて後退していった。
下級士官の役割とは、先頭に立って、兵士を纏める事であり、これは全ての連隊に所属する熟練下士官と上級士官の共通見解だった。
「上手く行ったな」
ホームズ民兵司令のジェイムス・オブライエンは自分の作戦が上手く行ったことに満足していた。
鳥の羽の付いた銃を担ぎやすいように片側が跳ね上げられフェルト帽を被り、フリンジ付きの茶色に染め上げたシャツを着込んでいる。キャンバス地のカバンと角で作った火薬入れを提げ、靴は鹿革のモカシンを履いている。
典型的なニューアルビオンの住民だった。
お洒落らしきものは精々、伸ばして整えたあご髭だが、剃るのが面倒なので放置しているだけである。
その髭面のジェイムスは笑っていた。
「リバリタニア正規軍が聞いて呆れるぜ。アルビオン軍の真似事をしても勝てるはずがないのによ」
コンコードから逃げてきたリバリタニア軍は、ホームズ民兵に指揮下に入るように命じた。
だがオブライエンは断った。
バカの下で働くのは嫌で、帝国の支配下はもっと嫌なオブライエンだ。
「俺が軍隊を指揮して追い払ってやるよ」
逃げてきたリビアを相手にオブライエンは啖呵を切る。
民兵隊の隊長も隊内の選挙で決めるが、オブライエンは長年先住民との抗争において最前線で戦ってきたこともあり、指導力と戦術眼に優れていた。
何より何事にも動じない胆力と強引な押しが武器であり、リビアの弁舌をねじ伏せ、自分の主張を押し通した。
こうしてオブライエンはホームズ防衛総司令官の肩書きを手に入れ、リバリタニア軍の将軍となった。そして逃げてきた正規軍も指揮下に入れて反撃作戦を準備した。
撃沈したアルビオン軍艦から大砲を引き上げ、整備して使用可能にした。あいにくと大砲を運ぶ手段が無いためにホームズ周辺にしか配置できない。だがリバリタニア軍の撤退でホームズまでアルビオン軍が来てくれたのは寧ろ好都合だった。
そこで中央に民兵隊を置き、左右をリバリタニア正規軍で固める陣形を取らせた。
勿論これは囮。
帝国軍による最初の攻撃で民兵隊は撤退。後方に作り上げた砲兵陣地にアルビオン軍を引きつける。
そしてオブライエンが不気味なことで有名なホロホロ鳥の泣き声を真似て出す合図と共に大砲を撃つ。同時に隠れていた民兵達が一斉に狙撃を開始する。
ライフルの長射程を生かし、指揮官を狙撃して指揮系統を破壊するのだ。
原野を隠れることなく密集して走ってくるアルビオン軍など良い的だ。
一方こちらは常日頃から狩りに親しんでおり、高いレベルの射撃と獲物に近づくための隠蔽技能を持った民兵達だ。物陰に隠れて射撃を行うのは得意だ。
何より、自分の意思で単独行動できるのが素晴らしい。指示をしなくても自分の役割を理解している。
まして、ホームズ民兵にとってホームズが故郷であり草木一本まで知り尽くしている。
一度隠れたら余所者が見つける事など不可能だ。
「しかし子供を先頭で歩かせるとはな」
レッドコート――アルビオン軍の服、それも士官の服を着ていたのは子供だった。
小隊レベルの部隊でただ一人だけが士官の制服を着用している以上指揮官である事は確実だった。だから射殺した。
これは戦争なのだ。既に自分の子もチャールズタウンでの取り締まりで失っている。
アルビオン本国に尻尾を振るつもりなどオブライエンは毛頭ない。
「さて、次の獲物は」
探していると蹄の音が接近してくるのが解った。
パットナムが戦死したとき、近衛騎兵連隊が砲兵陣地に向かって突撃を開始した。砲兵陣地へ素早く入り込み、蹂躙して味方の危機を救おうというのだ。
「無謀だな」
砲兵を叩きつぶすつもりだろうが、大砲の周りは陣地を作って防御を固めている。
新大陸で起きる嵐や洪水に対処するために、住民は土木作業に慣れている。砲兵陣地も簡単に壊れるような代物は作っていない。
まして何処に民兵が伏せているか分からないところへ馬で突撃するなど愚の骨頂だ。
実際、騎兵隊は次々と狙撃されて倒れて行く。
それでも騎兵隊は突撃を止めない。
「勇敢だな。近衛騎兵か」
豪奢な軍服を煌めかせながら突撃する様は壮観だったが、倒れて行くのは哀れとしか言いようがない。
それでも突撃してくる以上、オブライエンは迎え撃たなければならない。
「あれかな」
指揮官らしき人物を見つけたオブライエンは近くの木の枝の間に銃を置いて支えにして狙いを定めた。馬の歩幅、リズムを頭に刻みつけて標的を観察する。
射撃が得意なホームズの住人の中でもオブライエンは特に射撃に優れており、空を飛ぶ鳥さえ撃ち落とす。
狙いを定めたオブライエンは引き金を引いた。
銃弾は二〇〇メートル離れた騎兵連隊長の眉間を直撃し、即死させた。
連隊長を失った騎兵連隊は突撃を中断、生き残ったダヴィントンが撤退を命令し、突撃は失敗に終わった。
「前進しろ!」
騎兵隊を撃退したオブライエンは追撃を命令。リバリタニア軍の民兵は進撃を開始し、アルビオン砲兵隊に襲いかかり、これを制圧した。




