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ホームズの戦い 前編

 開闢歴二五九四年七月二五日 ホームズ近郊


「炎上した補給船が出て補給計画に支障が出た今、攻撃は中止すべきです」


 補給船二隻を喪失した直後、カイルはタウンゼント将軍に進言した。


「このままでは食料弾薬が不足して我々は行動不能となります」


「だが襲撃前に物資は陸揚げされており、三会戦分は確保出来ている。更に後続の補給船がいるのだろう」


「確かに後続はいますが」


 そこでカイルは言葉を濁した。

 後続が来る手筈になってはいるが、何が起こるか判らないのが海だ。風向きが悪く遅延したり、嵐で難破して到着しないこともある。

 何より独立派に、海賊船とはいえ海上戦力が加わった事は予想外だ。

 精々、小型船に小口径砲を乗せただけの小規模な襲撃が行われるだけで、海上の護衛は最小限で済むと考えていた。

 しかし、ブランカリリオのような外洋を自由に航行できる大型船と強力な大砲、何より経験豊富な指揮官に率いられた精鋭が出てくるなど予想外だ。


「独立派はリバリタニア建国を宣言しています。彼等は私掠許可を発行して海賊達を集めていると考えます。ニューアルビオン全体に海賊船が来襲することを計算して、再度作戦を検討するべきです」


「ならば尚更攻撃を早めなければならないだろう。そのような連中を捨て置くことは出来ない」


 タウンゼント将軍はカイルの要請を撥ね除けて、予定通りコンコードへの攻撃を開始することを全軍に命令した。


「レナ、止めることは出来ない?」


「無理よ。話は通じるけど、一旦決めたら断固として実行する人よ」


 娘であるレナは父親の性格を熟知しており、説得が無意味である事を身に浸みている。

 打つ手が無くなり、カイルは黙って観戦に努める事にした。




 アルビオン軍は作戦指令に従い、陣朝の内から形の構築を始める。

 アルビオン軍の各連隊は中央と左右両翼を構成する横隊列を作り上げる。

 中でも中央を占めるタウンゼント将軍のパーシー連隊は士気が高い。バンカーの戦いで無様な姿を見せたため名誉挽回とばかりに戦意は高揚している。

 この時代の一般的な会戦の陣形であり、銃の威力を最大限に引き出せる利点がある。

 後方にはランツクネヒト第二連隊とベンネビス連隊が予備として待機している。

 陣形を作り上げて前進する様は一糸乱れておらず見事であり、タウンゼント将軍の統率力とアルビオン帝国陸軍の高い練度を示していた。

 一方、独立派改めリバリタニア軍は陣形が乱れていた。両翼の正規軍こそ陣形を作り上げているが、中央の民兵隊は一応並んでいるだけで列が波を打っている。


「馬鹿げている。民兵を中央にだと」


 カイルの前で指揮を執っていたタウンゼント将軍はリバリタニア軍の配置を見て馬鹿にしていた。

 中央が崩壊したら左右両翼が分断されて各個撃破される。故に中央に優秀な部隊を置いて崩壊を防ぐのが常識だが、彼等の布陣はそれを行っていない。


「中央に攻撃を集中させる。砲兵隊を前進させろ」


 後方に待機させていた砲兵隊を前進させ、中央の前方に押し出した。

 本来なら砲兵隊は後方から味方の援護を行うものだが、リバリタニア軍は民兵が主体で大砲は装備していない。

 そのため砲兵は反撃を考慮することなく、前進することが出来た。

 そして、最前列に到着するとリバリタニア軍に向かって一斉射撃を行う。

 鉄製の球形砲弾であり、地面に落ちても爆発はしない。しかし、砲弾は至近距離から発射されたために、撃った瞬間にリバリタニア軍の隊列へ真っ直ぐに突入。針路上にある障害物、リバリタニア軍兵士の身体を貫通し数人を纏めて突き抜ける。

 威力が多少落ちてバウンドしても砲弾の勢いは止まらず、砲弾は後列を襲い兵士の腹部や頭を跳ね飛ばす。

 バウンドが止まっても砲弾は転がり続け、止まるまで兵士の足を切断した。

 密集隊形だったこともあり、たった一発で数人が死傷。

 十数門の大砲が三斉射しただけでり、リバリタニア軍の陣形は大きく乱れた。


「全歩兵連隊に前進命令」




「前進!」


 横隊列の最前列で小隊を指揮していたパットナムは部下に命じた。

 小隊長として兵士達の前に立って指揮を鼓舞していた。

 正規軍の戦いならば戦列を維持できた方が勝ちだ。敵の戦列が乱れて逃げ出したら追撃戦となり、こちらは敵を後ろから撃つことが出来る。

 戦列を崩さず、敵に向かって前進し、撃ちまくるのが戦いの鉄則だ。

 その中でも士官は重要だ。兵士と共に、時には先頭に立って前進する。


(僕は士官だ。兵士達とは違う。ましてエルフとも違う)


 貴族という誇りにかけて逃げ出すような真似は出来ない。パットナムは兵士の前に立って進む。

 部下の兵士達も、士官が前に進むのを見ては前進以外に選択肢はない。

 隊列を整え、足並みを揃えて前進して行く。


(無様な連中だ)


 茶や緑など色とりどりのシャツとズボン。制服がなく、とりあえず自分たちの服を着ているだけのリバリタニア軍を見て、パットナムは哀れに思った。

 碌に制服も揃えられない植民地兵がまともに戦えるはずがない。

 事実、植民地兵の隊列は波を打っている。しかも砲撃で崩れつつある。


(簡単に粉砕できる)


「小隊ーっ止まれっ! 射撃用意!」


 有効射程に入ったところでパットナムは命じる。彼の小隊は停止し、兵士達は担いでいたブラウン・ベス――アルビオン帝国軍標準フリントロック銃を控え銃――両手で身体の前で斜めに保持する。


「撃鉄起こせ!」


 小隊付の軍曹が命令すると兵士たちはの撃鉄を安全位置――トリガーで動かない位置まで起こす。


「薬包用意!」


 兵士達は腰の弾薬嚢を開けて、火薬と弾が包まれた紙を取りだし、弾の部分を前歯で噛み切る。


「火薬装填!」


 紙に残った火薬の一部を火皿の中に入れる。


「閉蓋!」


 そして蓋をすると撃鉄を完全に引き起こした。


「弾丸装填!」


 残りの火薬を筒先から入れる。全て入れたら口に残しておいた弾を入れて、最後に残った紙も筒先に入れる。


「朔杖用意!」


 銃身を固定する銃床に入っていた朔杖――弾と火薬を突き固める鉄製の棒を取り出す。


「突き着け!」


 取り出した銃身の中に朔杖を入れて、紙と弾と火薬を突いて固める。固める事で火薬は完全燃焼し、紙が弾を抑えるので、発砲前に銃身を下げても弾が転がり落ちる事を防げる。


「朔杖戻せ!」


 使った朔杖を元の位置に戻す。


「構え!」


 装填の終わった兵士達は銃を敵に向ける。

 この間十数秒。

 元は文字も書けない貧農や職にあぶれた底辺の出身だが、何日もこの動きを繰り返し練習させて覚えさせ、号令と共に出来る様に躾けてある。お陰で一級の兵士となった。

 この練度こそがアルビオン帝国軍の強さの秘訣だ。


「撃て!」


 パットナムの号令で小隊は一斉に発砲した。

 他の小隊、中隊も発砲し、戦場は発砲炎で白く包まれる。敵の姿が見えなくなったが、前から倒れる音がするので命中していることは確実だ。


「装填!」


 パットナムが命じて兵士達は再び装填を開始する。この間にリバリタニア軍が反撃してきたが銃声は散発的だ。

 運悪く被弾して倒れる兵士もいるが、再装填の動作は止まらない。


(よし、怯えずに装填している。さすが僕の小隊だ)


 兎に角、戦列を維持することが勝利の条件だ。隣の仲間が倒れても撃ち続ける。戦闘が終わるまで撃ち続ける。救助や回収はその後。

 勝利し、その時まで生きていれば治療できる。敗北すれば、救助も回収も出来ない。

 勝利するために戦列を維持し続けて、兎に角撃たせる。

 そしてパットナムの小隊は再装填が終わった。


「撃て!」


 パットナムは再び命令し、小隊は発砲する。

 再びリバリタニア軍の戦列で倒れる兵士が相次ぐ。

 そしてパットナムは再び装填を命じた。

 だが、次を撃つ前にリバリタニア軍は彼に背を向けて走り出した。




 二回ほどの射撃でリバリタニア軍中央の戦列は瓦解。民兵達は我先にと逃げ出した。

 それは丘の上に設けられたアルビオン軍の司令部からも明瞭に見えた。


「……追撃せよ!」


 あまりに早く瓦解したため呆気にとられたタウンゼント将軍は慌てて追撃命令を出したほどだ。

 中央に主力が殺到してリバリタニア軍を追撃する。


「おかしい、なぜこんなに早く瓦解するんだ。誘い込まれているのか」


 カイルは陸戦にはあまり詳しくないが、リバリタニア軍の戦い方に不審を感じた。しかし、何が怪しいのか説明出来ないため口出しできない。だが、嫌な予感だけはする。


「海の上では勇敢な君も陸では臆病者なのだね」


 カイルの呟きを聞いたタウンゼント将軍が皮肉る。


「私は何時でも臆病者ですよ」


 カイルは正直に答えた。

 何時天候が崩れるか、コースは合っているか、本国の外交方針が変わって今既に戦争に突入しているのではないか。

 船の上にいると心配事ばかりだ。

 凪の時も、いや凪の時だからこそ怖い。嵐の時は乗組員は緊張して集中するため負傷者は少ないが、凪の時は気が抜けてミスが多くなる。

 艦長に限らず船乗りは気の抜けない職業だ。安心出来る時間と空間を作る技術が重宝される程に。だが、本当に安らげる時間など無い。

 そのため自然と臆病になる。


「全てを終えるまで、気を抜くことなど出来ません」


「確かに、だが間もなく終わるよ」


 自信満々にタウンゼント将軍が言う。


「失敗すれば良いのに」


 傍らにいたレナが不吉な事を言った瞬間、不気味な音が響き渡る。


「ホロホロホロホロホロホロ――ッ」

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