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決闘

「やれやれ、心配事が多過ぎる」


 宴会が終わった後、カイルは酔い覚ましに周囲を散歩していた。

 周辺には歩哨が立っており、酔った者でも歩けるぐらいには安全は保障されている。

 幾つも張られたテントの間を歩いて、カイルは軍の様子を見ていた。

 赤いコートにゲートル、そして靴。全ての兵士が同じ物を身につけている。本国の工場が大量生産したものだ。補給が円滑に行われている証明である。

 兵士達の食事も充分なものだ。補給船で運び込まれた牛を捌いて牛肉が振る舞われ、ビスケットの量も充分。


(これなら明日の戦いも大丈夫だ)


 多少の安心感を得て、カイルは自分のテントに戻ろうとした。


「その話は断ったはずです」


 だが、通りがかったテントの生地越しに聞き覚えのある少女の声が響いた。


「女子が軍人などなるものではない。まして危険な海軍などもってのほかだ」


 続いて男の声が聞こえてきた。

 レナとその父親であるタウンゼント将軍が言い争っていた。


「父さんの、いえ我が家のパーシー連隊に入るなど断ります」


「何時までも子供でいられると思うな。跡取りが必要なのだ」


「自分の出世が無に帰すのが嫌なのでしょう」


「その出世のお陰で今の家があるのだ。維持しなければ」


 身につまされるような会話が交わされており、カイルは居心地が悪くなった。


「連隊は帝国にとっても必要だ。丁度連隊内には有望な士官が多数いる。紹介しよう。我が連隊の尉官のパットナム君だ」


「失礼します!」


 少年のような、丁度カイルと同年代の少年の声が響いてきた。


「お初にお目に掛かりますお嬢様。パーシー連隊で尉官を務めておりますパットナムです」


「彼は優秀でね。先の戦いでも勇敢に先陣を切っていたのだよ」


「バンカーの戦いはどうだったの?」


 レナが尋ねた。バンカーの戦いではパーシー連隊は士官が大量に戦死して戦列を維持できず退却していた。


「……彼は怯まず戦場に残っていたのだよ」


「本当に? 大方、失神して倒れていたんじゃない?」


 レナの指摘に二人は沈黙してしまい、消極的に認めたことになった。


「それに尉官というのは若過ぎない? 冗談も良いところでしょう。精々候補生では」


「戦功を上げたので昇進させたのだ」


「大方士官が大量に戦死したから、補充のために昇進させたのでしょう。戦場、いえ困難や逆境の中で役に立つとは思えないわ」


「必ずや戦功を立てて見せます」


 レナに言われてパットナムは前に出てきた。


「先の戦いでは第一線で指揮をとりました」


「バンカーでは役に立たなかったでしょう」


「あれは植民地の連中が穴の中に隠れていたからです。出てきたら必ず勝ちます」


 根拠も無く自信満々に言うパットナムを見てレナは呆れた。


「こんな馬鹿正直で世間知らずなお子様を士官にするなんて大丈夫なの?」


 レナ自身も入隊したときは世間知らずだったが、強制徴募や臨検などで汚い手口は見てきたため、世間をある程度知る大人になっていた。

 レナの見立てでは、パットナムは真面目過ぎる、融通の利かない子供だ。杓子定規に物事に対応する上、先の見通しが甘すぎる。

 レナの厳しい指摘にタウンゼント将軍は額に掌を当てて答えた。


「だが、彼は伯爵家の次男だ。家柄も申し分ない」


「それで篭の鳥になれと!」


 レナの怒りのボルテージが上がっていく。下手をすればサーベルを抜きかねないと思ったカイルはテントに飛び込んだ。


「失礼します将軍。今後の補給について予定の確認をしたいのですが」


 カイルが入ったことで、とりあえず言い争いは収まった。


「おお、君がカイル・クロフォード海尉か。噂はかねがね。サクリング提督が頻りに話していたよ」


「いえ、まだ若輩者の身です」


「ははは。謙遜はいいよ。クロフォード公爵家の出身だとか。その年で艦長を務めていると」


「レナ、いえミス・タウンゼントにも助けられています。彼女がいなければ艦は纏められません」


 多少、世辞が入っていたがカイルの言ったことは本心だ。入隊当時こそ危なっかしい行動が多かったが、ここ最近のカイルの指導もありレナは海軍士官として成長している。

 何より海兵隊や白兵戦の指揮では彼女に頼ることが多い。


「家柄とエルフの怪しい術が使えるのは便利ですね」


 パットナムが棘のある言葉をカイルに言う。


「……どういう意味でしょうか」


「公爵家、それもフォードの一族という出身を利用し、エルフという呪われた種族の秘術で昇進したんだろう」


「常日頃の鍛錬と実力ですよ」


 転生前の経験と記憶によるところも大きいが、実力によって昇進してきた自負がカイルにはあった。

 エルフの怪しい術と言うが、人間の両親の間に生まれたカイルはエルフの術を知らない。

 精々、海流と空気の流れを予測できて、声を遠くに届けたり変えたり出来る程度だ。

 しかしパットナムは信じない


「そうでもしなければ短期間に昇進出来るのはおかしい。そもそも世界を一周するなんて不可能だ」


「いい加減にしなさい!」


 脇で黙っていたレナが口を挟んだ。


「艦長が世界一周航海を成し遂げたのは事実です。何より卓越した航海術があります。昇進は不思議なものではありません」


「し、しかし、そんな些末な技能など、士官、いや貴族には不要。戦場で見せる勇気こそが」


「その粗末な技術が無ければ大洋を越えることは出来ないのよ。少なくとも何の実力も無いあなたより、カイルの方がずっと素晴らしいわ」


 レナは言い切った瞬間、顔を真っ赤にした。カイルとタウンゼント将軍は聞き流したが、言われたパットナムは目を白黒させ、次いで怒りを露わにして手袋を脱ぐとカイルに叩き付けた。


「え」


「決闘だ!」


 パットナムは大声で怒鳴った。


「エルフのお前がお嬢様を秘術でたぶらかしたんだ! でなければこんなことを言うはずがない。どうせこれまでの事も全てエルフの秘術でやったんだろう」


「何を馬鹿なことを」


「五月蠅い! 本来なら斬り捨ててやるが、曲がりなりにも公爵公子だ。決闘して斬り伏せてやる。将軍、介添人をお願いします」


「どうするかねカイル・クロフォード海尉」


「受けます」


 将軍の問いかけに、カイルではなくレナが承諾した。


「ちょ、一寸待ってよレナ」


「今すぐこの場で決着を付けましょう。貴方が勝てば私は海軍を辞める。負ければ今後文句は言わない」


「良いでしょう!」


 そう言うとパットナムはサーベルを引き抜いた。そしてレナもサーベルを引き抜く。


「……あの……お嬢様、どういう事でしょう」


「艦長に代わって、私が代理人としてこの決闘を受けます」


 サーベルを構えるレナは真顔で言い切る。


「いや、婚約者となるお嬢様を傷つけるなど私には出来ません」


「あんたみたいな奴に嫁ぐなんてお断り」


「なっ」


 レナが明確に否定すると、パットナムの構えが崩れた。すかさずレナは踏み込み、パットナムのサーベルを弾き飛ばす。飛ばされたサーベルは宙を舞い、タウンゼント将軍の衣装箱に突き刺さった。


「剣の腕も未熟ね。こんな様子じゃ、将来有望なんて眉唾ね。と言う訳で、この話はおしまいね」


 それだけ言うとレナはカイルの手を握って一緒にテントから出て行った。


「わ、私は諦めませんよ! 必ず貴方の婿になって見せます」


 残されたパットナムが大声で叫んだが、レナは無視した。

 もう一人残されたタウンゼント将軍も首を振るだけだった。




「よかったの?」


 テントから離れてからカイルはレナに話しかけた。

 父親の持ちかけた縁談の相手に決闘を挑むなんて前代未聞だ。


「ええ、あんな奴、これでいいのよ」


「でもお父さんの前でやるなんて」


「勝手に結婚を決めようとした親を気遣う必要なんて無いわ。それに腹が立っていたし。実力でのし上がってきたのに、優れているのに。自分たちが理解出来ない事を些末な技術と言われて黙っていられないわ」


 自分を海尉に昇進させてくれた航海術を馬鹿にされてレナは憤っていた。何より航海術を教えてくれたカイルを馬鹿にされてレナは怒っていた。

 無知で世間知らずなパットナムに決闘を申し込んだのも、完膚なきまでに打ち倒すためだ。


「貴方も怒って良いのよ。というか、どうして言われるがままなの」


「いや、普通によくあることだからね」


 エルフであるために理不尽な扱いを受ける事が昔からカイルには多かった。


「それでいつも黙り込んでいるの?」


「いや、今日はレナが、助けてくれる人がいたんで驚いたんだよ。あ、そうだレナ」


「なに?」


「ありがとう」


 不意に感謝の言葉を言われてレナは顔を真っ赤にした。


「な」


「何をしているのかな?」


 二人の間に突如クレアが現れた。


「ね、姉さん。何でも無いよ」


「あら、そうかしら。その手はなんなのかなあ」


 端正な顔に笑みを浮かべてはいるが、隠しようがない程に剣呑な空気を放ちつつ、レナとカイルの握られた手にクレアが視線を送る。


「いや、これは」


 呪文を唱え始めるクレアを見てカイルは慌てて手を放した。


「やっぱり、カイルをたぶらかすのね。この雌狐は」


「黙れ、淫乱魔術師。ここで息の根を止めてやろうか」


「二人とも、ここは陸軍の宿営地だから喧嘩は止めてね」




 翌朝、カイルは海岸に出てきた。

 深夜遅くまで喧嘩を続けたレナとクレアを仲裁していて眠ったのは遅い。お陰で睡眠不足になった上、陸軍部隊の間にはエルフが二人をたぶらかして二股を掛けている、などという噂が流れ始めている。

 エルフというだけで普段から陰口をたたかれているカイルにしてはまだ穏当な噂だった。

 それは別として、カイルは夜明けの海を見ておきたかった。

 夜明けの空を見て今日の天候を確認しておく習慣もあって、海岸に出ていた。

 今のところ、内陸部で冷やされた空気が下降気流となり陸風となって海に向かって吹いている。

 夜が明けたばかりで風は暫くは続くだろう。

 沖合にはアルビオン帝国海軍の補給艦二隻とその護衛艦が一隻。

 この場にいる方面軍主力は一万ほど。他に後方連絡のために総勢二〇〇〇の兵士が散らばっているが、当面の補給物資を搭載するには十分な隻数だ。

 本来なら更に補給艦と護衛を投入したいが、ニューアルビオン戦隊全体の隻数が少ないために割り当てられていない。

 艦艇の数が十分であればカイルが陸上に派遣されず洋上で指揮を執っていたはずなのだ。海尉として他の艦に乗艦する事も出来る。だがエルフであるカイルを嫌がる艦長や士官が多いため、無理だ。

 他に海に浮いているのは、あのガリア王女が艦長を務めるガリア海軍のフリゲート艦ヴェスタルが停泊中だ。

 観戦とガリア系住民保護を名目にしているが、アルビオン帝国の監視と情報収集、そして独立派への支援が任務なのは明白だ。

 追い払いたいのは山々だが、無害通航権を盾に拒絶している。

 今のところ問題は無さそうだが、何かが気になる。


「うん?」


 そのとき、カイルは一隻の船が日の出を背にして接近しているのが見えた。


「ガリア船か」


 船尾の旗を見ればガリア海軍の艦だと判る。停泊中のヴェスタルへの補給と連絡のために来たのかとカイルは考えた。

 だが、船はヴェスタルに向かわず、アルビオンの護衛艦に向かって行く。

 カイルが不審に思っていると船尾のガリア国旗が降ろされ、白百合をあしらった旗が翻った。


「ブランカリリオ!」


 悪名を轟かせる白百合海賊団の船だった。日の出の光が逆光となり、判別が遅れた。

 ブランカリリオは既にアルビオンの護衛艦を大砲の射程内に入れており、艦砲射撃を開始する。

 奇襲を受けて、護衛艦は反撃も出来ずに三斉射を浴びて全てのマストを喪失、戦闘能力を喪失し炎上する。

 護衛艦が戦闘力が喪失したのを見て、ブランカリリオは補給艦二隻に接近し接舷。仲間を突入させて補給艦一隻を乗っ取り、もう一隻は放火すると即座に沖合へ逃げていった。


「……やられた」


 独立派が海賊と手を組んで反撃してきたとカイルは悟り、今後の戦闘が困難になることを予感させた。

 そして、その背後にガリアがいるであろう事も。

 海賊の撃退は全ての海軍共通の任務であり、発見次第攻撃する。

 しかしヴェスタルは今ようやく錨を引き上げて追いかけようとしている。帆の張り方も遅く、追い付こうという意思は感じられない。途中で引き上げてくるだろう。

 事実、この後ヴェスタルは力なく引き上げてきた。

 カイルが海賊を見逃すのかと抗議すると、海賊船の速力が速いことと、本来の任務である観戦と監視に戻るためといって撥ね除けた。

 確たる証拠はないが、ガリアが海賊と通じて襲撃を行った事はほぼ確実だ。

 戦争がより複雑になる事は間違いない。

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