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コンコードの独立会議

 開闢歴二五九四年六月一七日 コンコード


 バンカーの戦いの翌日、密かに各植民地から集まっていた代表達がコンコードの議会議事堂に集結し、会議が開催された。

 本来は自治の為の植民地会議だが、本国との対立が激しくなり、代表の多くが独立派となった。そしてチャールズタウンで弾圧を受けた後、代表達は密かに脱出。コンコードに集まって協議を続けていた。


「諸君! 我々は勝利した!」


 コンコードの議会議事堂に集まった議員達にサミュエル・リビアは訴えた。

 チャールズタウン周辺の富農出身であり本土に留学した経験を持つ。その際、共和主義思想に感銘したが、途中で宮殿襲撃事件が発生し、共和派への弾圧が始まった。当局が疑いの目をリビアにも向けた為に身の安全を図ってチャールズタウンに帰ってきた。しかし、皇太子襲撃事件によって共和派と独立派に対する取り締まりが行われ、官憲の取り調べを受ける直前に命からがら逃れることに成功し、北部に入る。

 リビアは父親より継承した莫大な財産、主に農地の作物を北部に売って得た現金と債券からなる資産家である。その資産の一部を独立派へ援助しつづけ、徐々に独立派の中で地位を登って行き、いつの間にか幹部に。

 また演説が巧みなためにリーダーにも選出された。

 何より議会が開催される直前に『事実』『続・事実』を書いた作者であることを公表したため、独立派の間で人気も高い。

 それらの著書を読んで独立派へ転向した人々も多い。リビアが独立派最大勢力の中心人物と言っても過言ではない。

 彼の言葉に支持者は誰もが耳を傾け、その内容に感じ入っていた。


「我々はこれまで本国政府とその手先共によって虐げられてきた。度重なる不条理な命令や仕打ちを受け、我々の人権は蹂躙されてきた。重税を課され、貿易も制限されてきた。それでも我々は黙って従ってきた。様々な苦労の末、産業を興して優れた商品を生み出した。しかし、本国の産業と競合するようになると、彼等を保護するために我々には制限を強化し、我々を抹殺しようとした。ただでさえ重い税を更に重くした挙げ句、自治を取り上げ、陪審無しの裁判で我々を罰しようとした。最早我々は我慢の限界だ」


 リビアの言葉に議員達は黙り込んだ。重税の屈辱は誰もが経験しており、共感できる。しかし同時に、帝国を敵に回して圧倒的な軍事力で叩きつぶされてしまう場面を議員達は思い浮かべてしまった。


「だが諸君、安心してほしい。我々は無力ではない!」


 議員達の不安を一掃するようにリビアは大声で訴えた。


「かつての戦争でガリア相手に最前線で戦ったのは我々、ニューアルビオンの人間だ。本国の正規軍よりも大きな戦果を上げたのは我々の民兵隊だ。本国の正規軍に劣ることはない」


 リビアの言葉は事実であり、最前線で戦ったのはニューアルビオンの民兵隊だ。ガリア軍とガリアと同盟した原住民族たちとの戦いでは少人数で戦いを仕掛ける敵に対して、独立行動を行えるニューアルビオン住民中心の民兵隊の活躍が大きかった。


「事実、先日のバンカーの戦いにおいて我々の民兵隊は帝国正規軍に対して戦闘を行い互角に戦った。我々は帝国軍と戦える戦力がある。我が民兵隊の損害は五〇名ほど、対して帝国軍は二〇〇名以上の死傷者を出した。我々は勝てるのだ」


「しかし、我々は未だ帝国の一員だ。全面衝突だけは回避できないだろうか」


 慎重論を唱えたのはジョサイア・リードだった。

 多数の著書を発表しているため本国のみならずエウロパ諸国にも知人は多い。

 そのため植民地会議での発言力は強い。

 皇帝派とみられていたが、独立派の知り合いも多かったため当局から独立派とみなされ逮捕状が出されていた。そのため、チャールズタウンを脱出せざるを得なかった。

 しかし、今でも話し合いによる妥協が出来ると信じており、植民地会議で融和論を展開していた。


「戦いを仕掛けてきたのは帝国軍だ! 抵抗しなければ殺されるだけだ!」


 リードの願いとは裏腹に、リビアのアジ演説に賛同する議員が多かった。


「我々はこれまでも本国に何度も嘆願した。しかし本国の連中は我々の願いを切り捨てた。そのことはリード議員もご存知の筈だ」


「……」


 リビアに指摘されてリードは黙り込んだ。

 本国に行った際に政府や本国議会に何度も嘆願状を送ったが、クロフォード公爵など少数を除いて相手にされなかった。

 本国がニューアルビオンの声に耳を傾ける可能性は低い。

 それでもなおリードは話を続ける。


「しかし、戦争となれば同じアルビオン人で血を流すことになるぞ」


「彼等は我々のことを同胞とは思っていない。奴隷か下僕としか見做していない。その証拠に彼等は先の戦いで躊躇無く銃撃を加えて民兵達を殺してきた」


 議員の間にリビアの声に賛同する声が広がる。リビアは両手で制して議員達を静めた後、演説を再開する。


「最早我々の忍耐は限界だ。あるのは独立か、死か、だけだ! 我々は自らの自由の為に戦わなければならない」


 リビアの言葉に議員達が賛意を示した。


「採決を行おう。隷属か、独立か、我々は自らの運命を決めるのだ」


 直ちに投票が行われ、圧倒的多数により独立が可決された。


「判断は示された。我々は独立する! もはや帝国の下にいる植民地ではない。独立した国家なのだ。植民地会議は名称を変更し連合会議とする。同時に独立を宣言し、憲法と新国家の建国を行おう!」


 議員からの歓声が上がり、リビアの提案は可決された。


「リード議員、建国のための準備委員会に君も参加して欲しいのだが」


「私は……まだ可能性があると信じている。それに独立は時期尚早だ」


 リードは反対票を投じている。また準備委員会への傘下についても、これまでリビアの要請を断って来た。

 リードの感触では本国との話し合いによる戦闘回避は可能であると考えていた。

 それに独立するにしても、何処の国からも援助が無ければ無理だとリードは判断していた。


「そもそも何処の国が独立を支持してくれるというのだ」


「今こそ好機なんだ。先の戦争でアルビオンはエウロパ諸国から警戒感を抱かれている。各国は我々に対して支援を行ってくれている」


「本当なのか」


 リードは、リビアの言葉に恐れ慄いた。

 下手をすれば反逆罪、内通罪に問われる犯罪行為だ。

 何より本国との対話の機会が無くなってしまう。


「君は諸外国が介入する切っ掛けを与えたのではないか? その犯罪が公になるのが怖くて独立に走ったのではないか?」


「では、隷属が良いのか? 帝国が唯一の主人だと認め、奴隷となるのか? 我々は自由人であり、自立した人間だ。独立して自分の判断で動けるようにならなければならない。本国の狗となるのはゴメンだ。だからこそ諸外国の支援を取り付けた」


「帝国の奴隷から外国の狗となるのか?」


 支援を受ければその見返りを求められることになる。


「どの国の援助を受けるかは自分たちで決める。そしてその結果を悪かろうが良かろうが受け容れる。本国からの決定を唯々諾々と受け入れる事などしない。本国の独善を押し付けられるのはもう沢山だ」


 リビアが断じると他の議員も熱狂して賛同した。


「……わかった。手伝おう」


 リードは最後に折れて独立国家建設に加わることを承諾した。




 開闢歴二五九四年七月四日 コンコード


 半月後、植民地会議改め連合会議は、独立を宣言。

 新国家リバリタニア合衆国の建国を発表した。

 各植民地の独立とその独立を尊重する連合としてのリバリタニア合衆国であり、各植民地が独立して参加する形だ。

 連合会議は現在集結中の民兵隊を纏め、更に新規に招集した兵を以て、新国家の正規軍であるリバリタニア軍の創設を決定。

 彼等の最初の任務は、侵略者である帝国軍の撃退だった。

 既に周辺から二万に及ぶ兵士がコンコードに集まっており戦力は十分だ。

 彼等を再編成た上で訓練を重ねて、アルビオン帝国軍並みの戦力に育てれば充分に勝てる。

 今集まっている二万はその先駆けだった。

 そして創設されたばかりのリバリタニア軍兵士達は議事堂の前で独立宣言を聞くべく整列して待機している。

 予算に関しても債券を発行し、独自の通貨を発行することを決定しており、合衆国の形は整いつつある。


「これで何とかなるだろう」


 リードは議事堂の控え室にある寝椅子にに身を深く預けていた。準備委員として会議の後から殆ど休みもとらず仕事をしていたため、疲労が蓄積している。

 リードは知識人であり行政にも詳しい。そのため彼が諸制度についての草案を纏めて数日で作り上げた。

 彼が作った諸制度は今動き出そうとしている。


「ありがとうございます。リード議員」


 共に草案の作成に当たったリビアが労いの言葉をかける。リビアも同じくらい働き続けていたが、年が若いせいかリビアの顔に疲れの色は見せていなかった。


「あとは独立宣言だけです」


「そうだな」


「そこで一つ頼みがあるのですが」


「何だね?」


「リード議員。これからエウロパ諸国、ガリア王国へ行って頂けないでしょうか?」


「何故だ」


「諸外国からより多くの援助を得るには独立宣言を行った今が好機です。諸外国から承認を得るためにもリバリタニア大使として各国と交渉して頂きたいのです。エウロパ諸国に知人がおられ、かつ名前が知られているリード議員にしか出来ない事です」


「わかった。だが、上手く渡海できるだろうか」


「ガリア王国の軍艦に乗艦できる手筈は整っています。どうかお願い致します」


「よし、では行くとしよう。その前に独立宣言だけは聞かせて貰いたい。私が草稿から考えたものだ。それを聞いてから行きたい」


「勿論です」


 リビアはリードの手をとり、議事堂に向かった。

 議事堂に入るとリードを彼の席に座らせた後、リビアは演台の上に向かう。

 演台の後ろには旗が掲揚されている。

 赤青の縦の縞に中央には白い星をあしらった旗。

 先日制定されたばかりのリバリタニア合衆国旗。

 この日のために女性達が徹夜して作り上げた旗が下がっていた。

 その旗の下で、リビアは独立宣言を読み上げ始めた。

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