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脱出

「お疲れさまです」


 戦闘から帰ってきたカイルをフルンツベルク連隊長は労いの言葉をかけた。


「中々戦闘がお上手で。本職である我々が不甲斐なく、済みません」


「いや、共にこの窮地を抜け出さなければならない者同士。お気になさらずに」


 ランツクネヒトと一緒にいなければ戦線を維持できない。


「しかし素晴らしい戦闘指揮の素質だ。中隊長として我が連隊に来ませんか」


「いやいや」


 フルンツベルク連隊長の勧誘をカイルは断った。


「一応自分の連隊を持つ身ですし、私は船の方が好きなので」


「残念だ。優秀な士官は常に不足気味なのだが」


「お気持ちは分かりますよ。名ばかり連隊長ですが、連隊のために有望な士官を雇おうとしましたが断られたばかりでして」


「おお、艦長もでしたか」


 一通り冗談を言い合って緊張を解した後、カイルはフルンツベルク連隊長に尋ねた。


「兵力はどのくらい残っています?」


「浜に上がったのは、四〇一名。そのうち戦闘可能なのは三一五名だ」


「意外と多いですね」


 更にバルカンの乗員が八〇名程いる。しばらくの間は自分達だけで持ち堪えることが出来そうだ。


「ああ、ミスタ・クロフォードのお陰だ。だが、装備や弾薬の大半が海没した上に銃を失った者が多い。実質的戦力としては一〇〇名程、弾は銃一丁につき八〇発だ。食料は五日分です」


 人数は多いものの武器が少ない。

 デルファイに幾らか残っていて欲しいところだが、あてには出来ないだろう。


「まあ、マシな方だろう。予めボートで幾らか積んで上陸させていたのがよかった」


 敵地に上陸するようなものであり、いくらかの備えが必要だという、カイルの判断による措置だった。

 判断は妥当だったが、量は不足している。


「兎に角、接近されないようにしなくては」


「ねえ、どうして接近されるの?」


「森が続いているからね。木を遮蔽物にして接近できる。しかも射程が長いから物陰に隠れたままで射撃できる」


 そこまで言ったところで、カイルは誰と話していたかに気が付き、凍り付いた。


「じゃあ森を焼き払ってあげるね」


 カイルの妻を自称する、姉のクレアだった。

 クレアはカイルの返事を聞かず歩き出す。

 カイルは止めようとしたが思いとどまり、ランツクネヒトの兵士に伝える。


「前線の兵士に下がって物陰に隠れるように言って下さい! 魔術が使われます」


 魔術という言葉と聞いて兵士達は後退した。先ほど離礁するために激しい爆発を起こしたことを兵士達は覚えており、カイルの指示に従った。


「ファイアー!」


 クレアは詠唱を終えると火球を生み出して放った。

 ランツクネヒトの兵士達は物陰に隠れていたのだが、それでも負傷者が出てしまった。

 クレアの火球の威力が凄まじ過ぎて全てを焼き払ってしまった。

 岬の根本部分、幅百メートルに渡って木々が焼き尽くされた。

 後には巨大な焼け野原が出現した。


「無茶苦茶な」


「ねえ、どう?」


「……うん。ありがとう、助かるよ」


 カイルから感謝の言葉を授けられ、クレアは舞い上がり、踊って喜んだ。

 その姿にカイルは呆れたが、言った言葉に偽りはなく、感謝もした。

 独立派の民兵が接近に使える遮蔽物が無くなったのだ。しかも丁度ライフルの射程分の遮蔽物が無くなり、狙撃される危険性が格段に減った。

 見張りを数人置いておけば大丈夫だ。

 その意味ではクレアは本当に良い仕事をしてくれた。




「さて、何日持ちこたえられるかな」


 民兵の襲撃を撃退し、クレアのお陰で安全地帯を確保出来たカイル達。多少の余裕が出来たのでデルファイの乗員を救助に取り掛かった。

 士官が居なくなり、甲板が混乱したため死傷者が出ていた。しかし、カイル達の救出活動によって、百人以上の水兵と将兵を助ける事が出来た。

 ただ、予想通りデルファイが離礁できないことは確実だった。

 暗礁に船体が深く食い込んでいる上に船体の損傷が激しい。満潮時に座礁したために船体を浮き上がらせるのは不可能だ。

 船倉の物資も傷んでいて使用できそうもない。


「問題なのは水ですね」


 カイルは懸念を表した。部隊がいるのは岬の突端だ。

 標高差が殆ど無いため、湧き水は期待できない。出たとしても塩水だ。

 水はバルカンとデルファイから持ち出せた分しかない。


「数百人の人員に供給するには量が足りません。精々、四日間程度ですね」


 物資の管理にあたっていたロートシールド大隊長が報告する。

 食料は何とかなるだろうが水はどうしようもない。

 カイルは転生前、暑い季節の山登りの最中、水を切らしてしまって激しく喉が乾いた経験がある。口の中が乾き、身体がだるく動き難くなって非常に辛かった。

 あんな思いをここで繰り返すのは何としても避けたかった。


「少なくとも水を得る方法はありますが」


「ほう、どんな方法だ?」


「波打ち際に穴を掘ってそこに海水を入れます。そこに熱した砲弾を入れて加熱、出てきた湯気に布をあてて湿らせます。あとは布を絞れば水が出てきます」


「そんな方法があるのか」


 サバイバルの基本だが、この世界で知っている人間は少ない。多少は状況を改善できるだろう。


「少なくとも、燃やせる木がある間は水を得られるので耐えられるでしょうが」


 そこまで言ってカイルは黙り込んだ。

 何より問題なのは、何時、援軍が来るか分からないという現実だ。絶望して独立派に降伏しようと考える兵士も出てくる。

 強制的に入隊させられた将兵である。勝ち目がなくなったり食事の供給が途絶えて逃げ出す、あるいは反乱を起こす危険は十分にある。


「助かる見込みを示すことができれば良いのですが」


 そこはロートシールド大隊長も理解しており、どうするべきか考えていた。

 カイルもロートシールドもフルンツベルクも魔術師ではなく唯の人であり、食料や水を生み出せすことなど不可能である。

 クレアは魔術師だが、専門は破壊魔法であり食料を生み出す事は出来ない。

 三人が頭を悩ませていると沖合から砲撃音が響いてきた。


「何だ」


 不審に思ったカイルが沖合を見た。

 そして水平線上に浮かぶ三隻の船を発見した。


「船団の後続です! 先頭にいるのはレナのスクーナーだ!」


 目の良いカイルは、直ぐに船を識別して叫んだ。


「チャールズタウンへ行く途中で偶然合流できたんだ。搭載している装備を全て捨てれば全員が乗り込めるだけの余裕があります」


 素早く二隻の搭載能力を思い出し、計算した上でカイルは断言した。

 三隻は注意深くカイル達のいる岬に接近してきた。そしてボートを下ろして乗員の収容に取り掛かった。


「撤退用意! 総員ボートに乗るんだ!」


 後詰めの兵士達の指揮を都立ながらも、フルンツベルク連隊長は上陸した兵隊を撤収させる。

 カイルもボートを指揮して部下を撤収させる。

 だが、民兵達も増援に気が付いて狙撃を始める。

 それどころか、兵隊が少なくなったのに気が付き、焼け野原を走ってこちらに向かってくる。


「不味い、ボートに大半の人員が乗っている。反撃できない」


 浜辺近くの森まで攻め込まれ、カイル達は銃撃を浴びた。

 ボートを出そうにも銃撃される中、漕ぐことは難しい。

 クレアの火炎魔法も近過ぎて使えない。


「カイル! 大丈夫!」


 その時、一隻のボートが接近し、赤髪の士官が飛び降り浜を駆け抜けた。レナである。


「って狙撃されるぞ!」


 カイルが怒鳴るが、レナは気にせず浜を駆け抜ける。足場が悪いにも関わらず、レナは風のように駆け抜け、民兵の元に行くと買ったばかりのサーベルを引き抜き、民兵に斬りかかる。射撃には優れている民兵でも接近戦の訓練は受けていない。

 あっという間にレナによって切り伏せられ、残りも撤退していった。


「今よ! 早く逃げ出して!」


「あ、ああ、全艇撤収! 浜から離れろ!」


 カイルは全てのボートを撤収させると、自らもレナを引き上げて船に戻っていった。


「よく撃たれなかったね」


「彼等の狙撃はピカイチだからね。来る場所が判っていれば、避けるなんて簡単よ」


「避けていたのかよ」


「え? 出来ないの? エルフだから?」


「人間でも出来ないよ」


 転生前は人間だったカイルは驚く。銃弾を予想して避けるなど通常の人間に出来ることではない。レナは人間の能力を超越している。


「まあ、でもお陰で助かったよ」


「本当に。助かりました」


 一緒のボートに乗っていたフルンツベルク連隊長がレナを絶賛した。


「損害も最小限で済みました。是非ウチの連隊に来て欲しいものだ。どうでしょう中隊長として来ませんか?」


「それは無理でしょう」


 レナを誘うフルンツベルク連隊長にカイルが割り込んだ。


「私の連隊に来ないかと誘ったら断りましたから」


「そうか、いやはや残念だ。運の良い士官は本当に貴重だから余計に残念だ。世の中ままならないものだ」


「ええ、まったく。ただ思いがけない幸運の前には些細なことですけど」


「確かに、船が来てくれたことは思いがけない幸運だ」


「なんか馬鹿にされているような気がするんだけど」


 カイルとフルンツベルク連隊長の話に入れずレナは頬を膨らました。


「まさか、感謝しているんだよ」


「本当に?」


「本当に」


 ボートが船に着くまでの間、カイルはレナを宥めて続けて、ようやく機嫌を直して貰うことが出来た。

 そして船に上がる際に、レナがカイルを引き上げたのだが、その時バランスを崩して自分の胸に抱き込んでしまった。

 それを見たクレアが怒り狂い、火炎魔法を炸裂させようとしたため、カイルは慌てて止めにはいることとなった。

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