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上陸

「……え?」


 まるで挨拶をするかのように自然と致命的な事を言ったフルンツベルク連隊長の言葉をカイルは一瞬理解出来なかった。

 連隊長は泳げない。

 考えて見れば当たり前だ。この世界で泳げる人間は稀少。海軍軍人さえ泳げない人間が殆どだ。

 その意味をようやく理解すると、猛烈に強い意志がカイルに沸き起こった。


(この人を助けなければならない)


 一四才の少年が三倍以上も年長者を、転生前の年齢を加算しても年上の人間を助けようというのはおこがましいかもしれない。

 しかし、今後陸上で連隊が生き残るには、絶対にこの連隊長が必要だった。

 カイルは直ぐさま近くのロープを手に取ると輪を作り、背中に回して両手を通し、両肩からロープを後ろにやり、フルンツベルク連隊長の両脇をくぐらせる。


「何をしているのかね」


「貴方を助けます。貴方は助からなければならない」


「何故だね」


「あなたにはまだ連隊があります。連隊長ならば、上司ならば、部下がいる限り命令を出すために死なずに生き残る術を考えて下さい」


 ロープで互いに背を向け合う状態になってからカイルは言う。


「これから飛び込みます! ですが安心して下さい。必ず、海面に貴方を上げます。少なくとも息が出来る様にします。手は綱から放さないで。あそこのマストまで運びます」


「あ、ああ」


 カイルはそう言うとフルンツベルク連隊長を背負って海に飛び込んだ。一瞬沈み込むが直ぐに浮かび上がる。

 そして平泳ぎの要領でマストに向かって泳ぎはじめる。

 期待通りだったが、フルンツベルク連隊長はカイルの言葉に素直に従って大人しくしていた。

 泳げない者は海に落ちるとパニックを起こして暴れたり、救助者に抱きついて共に溺れてしまうことが多い。そのため救助者は離れたところからロープで要救助者を引き上げることが大事だ。しかし、冷静な連隊長の行動でカイルは背負って泳ぐことが出来る。

 そしてマストまで無事に泳ぎ着く。


「マストに着きました。ロープを切りますので一瞬沈むと思いますが、直ぐに助けます。その後はマストに掴まって下さい!」


 カイルはそう言うと、短刀でロープを切断して海中に入り、フルンツベルク連隊長の身体を掴んでマストへ浮き上がらせる。

 連隊長がマストを掴んだと感じた瞬間、カイルは手を放し海面に上がった。

 そしてマストを掴んでいる連隊長を確認すると、カイルはマストに上がって連隊長を引き上げた。


「大丈夫ですよ」


「ありがとう艦長。しかしエルフというのは本当に魔法を使えるようだね。人一人を担いで泳げるとは」


「いや、これは知っている者なら普通に出来ますよ」


 妖精魔法を殆ど使えないカイルだが、泳ぎには転生前から自信がある。

 着衣水泳も救助のやり方も習っていたので実行したまでだ。

 その時、先に出したボートが転覆するのが見えた。過積載でバランスを崩してしまったのだろう。乗せていた物と一緒に人が海に落ちて行く。

 すぐさまカイルは波間に浮かんでいる物を見つけて再び海に飛び込む。

 そして、物を持っていた人物と共にマストに戻ってくると立ち上がって叫んだ。


「連隊旗の元に集合せよ!」


 カイルが持っていたのはランツクネヒト第二連隊の連隊旗だった。

 連隊の象徴であり、部隊の拠り所だ。

 見慣れた旗を目にした将兵達は徐々にマストの周りへ集まってくる。


「連隊長。彼等を集めて指示を」


「わかった」


 連隊長は足場の不安定なマストに立ち上がる。足が小刻みに震えていたが、背筋を伸ばして声を張り上げる。


「……総員集まれ! 必ずボートが助けてくれる!」


 連隊長の言葉にランツクネヒト第二連隊将兵は勇気が沸いてきた。連隊旗が目印となり、浮遊物にしがみついていた続々とマストに集まる。

 それはボートにもよい目印となり、連隊の将兵が次々と集まってくる。


「マストのロープを投げてやるんだ。溺者が掴んだら引き上げろ。泳げる者は近くの者を助けてやれ!」


 カイルは指示すると自らも飛び込んで周囲の将兵をマストに引き寄せる。


「おい、みんな大丈夫か」


 二人程助けた後、カイルは自分の部下の無事か確認した。


「って、すごいな」


 驚いたのはウィルマとオバリエアの活躍だ。ウィルマはカイルが仕込んで泳げるようにしており、救助のやり方もたたき込んでいる。あっという間に数人の将兵をマストに引き上げた。

 オバリエアも南国の島出身のため、泳ぎは達者であり、次々と漂流者を助ける。


「本当にいい仕事をするな」


 彼女たちの活躍で少なからぬ将兵が助け上げられた。

 やがて、陸地に行っていたボートが戻って来て、マストに上がった将兵達を引き上げて行く。


「艦長! 無事ですか!」


 その時、一度陸に行き乗員を下ろしたマイルズがボートに乗って引き返してきた。


「大丈夫だ! 怪我人を先に運んでくれ」


「アイアイ・サー!」


 直ぐさま他のボートと共に生存者を救助していく。


「艦長、あとは貴方方だけです」


「わかった。どうぞ連隊長」


「ありがとう艦長」


 最後となったカイルとフルンツベルク連隊長がボートに乗り込んだとき、背後で轟音が鳴り響いた。


「艦長、バルカンが……沈みます」


 後甲板が徐々に海に没して行き、滑るように波の中へバルカンは消えていった。まるで沈没を認めないかのように艦首のマストが海面から突き出ていたが、船体が海面下に消えた以上、最早沈没したことに違いはない。

 カイルは無言で敬礼をして別れを惜しんだ。

 隣にいたマイルズ、続いてバルカンの水兵達、そしてフルンツベルク連隊長以下ランツクネヒト第二連隊の将兵も敬礼してバルカンを送った。


「さあ、上陸するぞ」


 別れの儀式を終えたカイルが宣言するとボートは陸地に向かった。




 上陸地点に選んだのはホームズ湾南側から北へ突き出た岬の先端部。岬の根本を抑えれば敵の侵入を防げる絶好の場所だ。


「陸で再会できましたね」


「そうだな。君のお陰だ」


 カイルに声を掛けられるとフルンツベルク連隊長はニヤリと笑って応えた。


「連隊長! ご無事でしたか」


 先に陸地に上がっていたロートシールド大隊長がフルンツベルク連隊長に駆け寄って来た。


「ありがとう大隊長。その前に連隊を纏めるぞ」


「はい」


 ロートシールド大隊長は振り返って将兵に命じた。


「総員! 整列! 連隊長に敬礼!」


 直ぐさま上陸していた兵士達が起立し、整列、敬礼をする。

 栄誉礼を受けた連隊長はユックリと答礼しつつその前を歩いた。


「軍旗上陸! 軍旗護衛小隊! 護衛せよ!」


 ボートに乗っていた軍旗が下ろされ、十数人の将兵を引き連れて連隊の前に登場する。

 カイルも上陸できた乗組員を集めて敬礼する。

 艦を失ったばかりのカイルには眩しく見えた。

 だが、安堵したのも束の間だった。数発の銃声が周囲にこだました。


「武器を持っている者は応戦せよ! 士官は手近な兵を集めて指揮!」


 フルンツベルク連隊長の声が響いて連隊は動き出した。


「中々、手が早いな連中は」


「ミニットマン――民兵の連中ですよ。この近くの住人の自警団です」


「やけに動きが良いな」


「先の戦争では前線に立ちましたし、普段から原住民相手に戦争をしています。地元なので地形も把握しており手強いです」


 カイルは事情を説明した。

 対ガリア戦争では何度か新大陸で戦闘が起きており、カイルも民兵と共に戦った事がある。

 それだけに民兵の恐ろしさも知っていた。

 銃声は散発的に聞こえるだけだが、姿が見えない。


「遠くから撃っているだけだ! 前進!」


 中隊長の一人が敵を排除しようと中隊を横隊に整列させて前進させた。


「待て! 危険だ!」


 カイルが叫ぶと同時に中隊長は撃たれて倒れた。付近にいた将兵も数人が倒れる。


「狙撃だ! 木々の間から狙われているぞ!」


 民兵は少人数で戦う為、狙撃に優れている。またライフルを使っているので遠距離でも良く当たる。前の戦争で民兵と行動を共にしていた時、一〇〇メートル先のトランプを一〇発中九発撃ち抜いたときはカイルも仰天したものだ。

 その狙撃がカイル達に向けられているのは恐怖でしかない。


「近くの木々を盾にして隠れろ!」


 カイルは中隊を伏せさせると共に、自身も近くの木の根本に走り、伏せる。


「ほんの数人の様に思えるが、銃の腕が良いな」


「ライフルを使っていますからね」


 カイル達海軍やランツクネヒトが使っているのは滑空銃であり、銃身内部はただの筒だ。

 先込め式のため、弾が入りやすいように隙間が多く、弾に与えるパワーが少ない上に、弾がぶれるため命中精度が悪く殺傷射程が一〇〇メートルあっても、必中距離は一〇メートルから二〇メートルだ。

 一方、ライフルは銃身の内部にライフリングと呼ばれる螺旋状の溝が斬り込まれており、弾を回転させて弾道を安定させるため射程が長く、命中率も高い。

 その分高価だが、射程が長いため狩猟向きだ。普段から食料調達のため狩りをする上に、少人数で原住民を相手にする必要があるニューアルビオンの住民の現状に合っている。そのため多くのライフルがニューアルビオンに出回っている。

 人数はほんの数人だろうが、射程が長い上に将校を真っ先に狙撃してくる。そのためカイル達が数百人、戦闘可能な将兵でさえ百人くらいを擁していようとも、手も足も出せない。


「少し排除してきます。援護を」


 カイルは銃を借りると弾薬嚢を持って進む。

 一発撃つと弾薬嚢から弾薬包を取り出して、弾の入っている部分を前歯で囓り取る。

 そして手に残った火薬の入った包を銃口から入れる。そして口にのこった弾薬を入れて、銃口周りに残った火薬を息で吹き飛ばす。

 銃床を地面に数回叩いて、弾の重さで火薬を固めると銃を構えて発砲する。

 一発撃ったら直ぐに同じ方法で再装填して発砲する。その間、僅か十数秒。

 通常なら三〇秒程かかるところをカイルは半分以下で行い、迅速に銃撃を浴びせる。

 それを見ていたランツクネヒト第二連隊の将兵も真似をしてミニットマン――民兵に弾幕射撃を行う。

 その援護を受けてカイルは右に飛びだして行く。

 木々を盾にしつつ前進し、民兵の前に到達した。

 装填作業中の民兵は突然現れたカイルに動揺する。


「うおおおっ」


「はっ」


 持っていたハンマーで殴りかかるが、カイルは銃を捨てて父が東洋で手に入れた刀を掴み、振り抜きざまに民兵の右腕に刀傷を負わせる。

 残った数人もカイルが腕を切り伏せ、制圧された。


「艦長! 大丈夫ですか?」


「大丈夫だ。それより彼等を拘束してくれ」


「はい」


 マイルズはカイルの指示に従い民兵を縛っていった。


「凄いな。銃を持つ多数を相手に斬りかかれるとは」


「ライフルでしたからね。装填に時間が掛かるんです」


 銃身の溝によって弾が回転して安定するライフルだが、溝に弾が食い込まなければ回転しない。そのため銃口より弾の方が大きく、装填に力を要するので再装填に時間が掛かり、六〇秒に一発撃てるかどうかだ。

 しかも力の入れ具合は半端ではなく、ハンマーを使って叩かなければならない程だ。

 再装填に時間が掛かる隙を突いてカイルは前進し、ミニットマンを捕らえる事が出来た。


「さて、仲間は何人いるんだ」


 ランツクネヒト第二連隊の士官が捕らえたミニットマンに尋ねる


「五万といるぜ」


「何人だ」


「三四五六人」


「無意味だ。ミニットマンは仲間意識が強い」


 仲間内では嘘偽り無く語るが、余所者には大いに嘘を吐いたり法螺を吹くのがミニットマンだ。

 その時、再び銃声がした。


「人数が多いのは事実でしょう。ここは独立派の中心ですから」


 ミニットマンは自警団みたいなものであり、住民のほぼ全員が入っている。

 成人男性全員が敵と考えて不思議ではない。


「この辺りの人口を考えると、最大で千人くらいはいるな」


 途方も無い人数にカイルは溜息を吐いた。

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