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放棄

 独立派のスクーナー三隻の内、二隻を拿捕、一隻を航行不能にしたカイル達だったが、状況は依然として悪い。

 再び艦が大きく揺れた。浸水が激しくなってバランスが崩れ始めたようだ。


「何とか持ち堪えて欲しいんだが」


 しかし艦の揺れは収まらず、カイルの元には凶報がもたらされる。


「艦長! 浸水が激しくなっています。深さは五フィートを超えました」


 船倉で修理を行っていたステファンが駆け上がってくる。

 クレアの爆発魔法とその後の戦闘による激しい航行。最後には再び座礁したのだ。

 損傷が広がらない方が不思議だ。


「いよいよ危険だな」


 カイルは状況が悪化していることを認識した。

 いずれ沈没すると判断し、少しでも浮いている時間を長引かせようと座礁させたが、大した時間稼ぎにはならなかったようだ。

 そしてカイルは決断した。


「フルンツベルク連隊長とロートシールド大隊長を呼んでくれ」


「アイアイ・サー!」


 直ぐにマイルズが連隊長と大隊長を呼び寄せた。


「状況が早く悪くなりました。この艦は間もなく沈みます。艦を放棄し総員退艦させ、陸で救援を待ちます。ご協力をお願いできますか?」


「独立派がいて危険では?」


 フルンツベルク連隊長がカイルに尋ねた。


「ええ、だからバルカンに留まっていたのです。陸で独立派の攻撃を受けるより、座礁しているバルカンの方が安全と考えていましたが、本艦は間もなく沈没します。沈む船より陸で救助を待つ方が安全です。退艦の用意と協力をお願いします」


 艦の最高責任者はカイルだが、人数が多いのはフルンツベルク連隊長率いるランツクネヒト連隊であり彼等の協力が不可欠だ。


「分かりました。ご指示をお願いします」


「ありがとうございます」


 フルンツベルク連隊長の協力にカイルは感謝した。

 脱出の時に危険なのは船の沈没そのものより、乗船者がパニックを起こして混乱することだ。秩序だって順に進めれば数分で全員脱出出来たのに、パニックで一気に殺到して誰も助からなかったという遭難事故は多い。


「で、どうすれば宜しいですかな?」


「連隊全員を甲板に上げて整列、待機させて下さい」


「わかった。連隊! 甲板に整列!」


 フルンツベルク連隊長の号令で士官と下士官達が兵士達を甲板に整列させる。


「これより退艦する! 以降は私語を禁止。命令あるまで動くな! 許可無く動く物は射殺する! 士官及び下士官は拳銃に弾を装填! 撃鉄を上げよ! 違反者を見つけたら即座に射殺せよ」


 連隊長の命令は過激だが反発する者は居なかった。士官も下士官も拳銃に弾を込めて撃鉄を上げる。兵士達も一歩も動かなかった。

 強制徴募で集められた兵士たちだが、見事な統率にカイルは驚いた。


「連隊全員を集めました次は?」


「出来る限り沈没を遅らせます。ボートに積めない重量物を艦外へ投棄して下さい」


「連隊の装備品をか?」


「今から持ち出すのは不可能です。何より死んでしまったら使えませんし、賠償請求も出来ませんよ」


「……確かに」


 フルンツベルク連隊長は苦笑した。


「だが、その言葉は座礁した直後に聞かせて貰いたかったな」


「申し訳ありません」


 座礁したときに命じてくれていれば即座に装備品の放棄に同意したのに、とフルンツベルク連隊長が言っていることをカイルは理解した。

 帝国に賠償を連隊長は求める気だろうが、今は連隊やバルカンが長持ちする方を優先すべきと考えている。

 もう少し腹を割って連隊長と話し合っておくべきだったとカイルは後悔した。


「では投棄を始めて下さい。まずは馬からです」


「馬が溺れてしまうではないか」


「ええ何頭かは。ですが幸いにも丘に近く、馬は泳げますし陸に向かって泳ごうとします。運の良い何頭かは陸に上がる事が出来ますよ」


「了解した。ロートシールド大隊長! 兵を割いて馬を海へ逃がせ! それと中隊長の中から一人をクロフォード艦長の連絡役に任命! 命令の齟齬が無いようにしろ」


「了解」


「あと、先遣隊の用意をお願いします。先にボートで上陸させて橋頭堡を、安全地帯を確保しましょう」


「確かに。独立派の巣窟に上陸するのだからな」


 カイルは艦に乗せてあったボートを海に浮かべて水兵とランツクネヒト第二連隊を陸に向かわせる。


「艦長! 拿捕した二隻のスクーナーよりボートが接近中!」


 スクーナーの制圧を終えたレナとエドモントをバルカンに戻って来た。二隻から出たボートがバルカンに横付けする


「スクーナー二隻の制圧は完了。二時間以内に修理を終えて航行可能になるわ。ただ、全員を乗せるのは難しいわね。船が小さ過ぎる」


 レナとエドモントが斬り込んで捕らえたスクーナーは小さ過ぎて、ランツクネヒトとバルカンの乗員を全員乗せる事は不可能だ。


「デルファイの方はダメだね」


 外から見ただけの判断だが、デルファイは完全に座礁しており、離礁の可能性は無かった。

 満潮時に座礁したため、潮が引いた今では船体が岩礁に食い込んでいて動かせそうにない。

 しかもデルファイに乗艦しているランツクネヒトの兵員と乗員も助けないといけない。


「救出活動が一番厄介だけどね。パニックを起こして甲板で暴れている」


 指揮官である艦長が逃亡したため、残ったのは水兵とランツクネヒトの兵士達。

 少数の下士官を除けば全員が強制徴募で集められたから烏合の衆と言って良い。統率者である士官が居なくなれば混乱するのは当然だ。だが残念な事にカイルには助ける術はない。

 バルカンだけで手一杯だ


「レナ、エドモント。二人はそれぞれ捕らえたスクーナーで行って貰う。レナは負傷者を乗せてチャールズタウンに。エドモントは身軽になって高速でポーツマスに向かってくれ」


「一寸! 乗せられない乗員達はどうするの?」


「座礁して動けないことを通報する必要がある。遭難していることを知っているのは僕たち以外にはホームズの独立派だけだ。救援を要請しないと危険だ」


 逃げ出した司令官がポーツマスに逃げ込んでも、救助を送ってくれる可能性は低い。

 カイル達は自ら動く必要があった。


「船団の二隻が来てくれるかも?」


「それはないね」


 一縷の望みを船団の残りの二隻にかけたレナだったがカイルは否定した。


「船団がバラバラになった、と言うより司令官に置いていかれた二隻は独自の判断で動いてポーツマスへ向かうはず。僕なら当初の最短コースは危険と判断してずっと沖合を航行するよ」


 陸へ向かう風も考慮すれば更に海岸から遠い海を航行しているだろう。後続の二隻が沿岸を通り、カイル達を見つける可能性はほぼ無い。

 風向きが逆の為に戦闘騒音も聞き取られていないだろう。


「だから、近くの味方の基地に救援要請を届けて欲しい。そのために二人には行って貰う」


「けど」


「全員助かるには他に方法は無い。他に方法はある?」


「……分かったわ」


 反対しかけたレナだったが、最後にはカイルの指示に従った。


「フルンツベルク連隊長。以上が私の決定です。負傷者と移乗すべき人員の人選をお願いします」


「……了解した」


 少し間を置いてからフルンツベルク連隊長は答えた。

 連隊員の中から安全な場所に移すべき人員を選ぶのは気が重い。それでもやって貰わないとならない。

 スクーナーの出発準備とバルカンからの脱出準備が始められた。

 フルンツベルク連隊長は艦への残留を強く希望し、バルカンに残った。

 それが功を奏して、同乗者であり大多数を占めるランツクネヒト第二連隊が混乱に陥るのを防げた。

 事故による混乱で、乗員と同乗者の間の意思疎通が乱れ、事態を悪化させることは海難事故で良くあることだ。

 転生前には商船高専でも会社でも事故への対処は厳しく指導されていた。それを避けられたのはカイルにとっても喜ばしいことだ。

 二隻のスクーナーが出て行く間にも装備品、馬、馬料、大砲などが落とされ少しでも沈没の時間を遅らせようとする。

 デルファイの方は混乱の極みだ。

 我先にと逃げだそうと海に飛び込める者のは上等。

 大半は何も出来ず甲板で喚いているだけだ。何とか混乱を鎮めようとボートを一隻向かわせて落ち着くように命じるが、誰も耳を貸さない。仕方なく海に逃げた者を引き上げるだけだ。

 横付けしたら、甲板に居る全員が殺到してボートは転覆してしまうだろう。だからカイルはボートにデルファイへの横付けを厳禁にしていた。

 離れていてもそれが手に取るように分かるのは心苦しい。しかし、そんな感傷も艦の振動で現実に引き戻される。


「いよいよ不味いか」


 ランツクネヒトの協力もあり装備を捨てると共に、ポンプを交代で動かしているが、艦の沈み込みは激しい。

 既に甲板にも海水が流れこんできている。

 甲板が水に浸かってはこれ以上引き延ばすことは出来ない。


「排水作業を中止して下さい。もう意味はありません」


「わかった」


 カイルが伝えると連隊長は部下に作業中止を命令する。

 その時、激しい振動が起こり、木材が弾ける音が甲板に響いた。


「メインマストが右舷に倒れるぞ! 退避しろ!」


 カイルが叫んだ直後、マストが音を立てて倒れた。

 多くは退避できていたが、逃げ遅れた数名がマストの下敷きになり絶命した。

 恐怖で甲板上で動けなくなった全員にカイルは叱咤した。


「力を合わせてマストを海に落とせ! 救命筏代わりにするんだ。ロープを切断して艦から放せ」


 カイルの命令で、固まっていた全員が再び動き出した。人間は何か目的や目標があると動ける。兎に角このような危険がある時は絶えず命令しなければならない。

 多少の困難もあったが直ぐにマストは海に浮かび上がった。

 巨大な浮遊物を確保したことでカイルは命じた。


「総員退艦! この船はもう持たない。ステファン! 砲の火孔に釘を打ち込んで塞げ、僕は艦長室の書類を処分する。総員甲板にある浮きそうな物を確保。海に飛び込むんだ!」


 そしてフルンツベルク連隊長に振り返って伝える。


「浮遊物を持っているかマストに捕まっていれば陸から戻って来たボートが助けてくれます」


「わかった」


 フルンツベルク連隊長は了解したが、少し間を置いてから新たな命令を下した。


「全員が一斉に飛び込むのは危険だ! 中隊ごとに順次飛び込め! 陸は近い! 泳げる物は泳いで行け! 泳げない者は浮遊物をしっかり握って飛び込むかマストに捕まって浮いていろ。互いに助け合え! そうすれば助かるぞ」


 フルンツベルク連隊長の言葉に将兵達は勇気づけられた。

 更にカイルが言い忘れていた事、一斉に入らず順番に海に入る事で混乱を避けることが出来た。

 そして連隊は連隊長の命令に従い、中隊ごとに次々と海へ入っていく。


「艦長、軍艦旗はどうしますか?」


「……勿論降納する」


 最早バルカンは助からない。軍艦としての使命は果たせない。

 軍艦としての存在証明である軍艦旗を降納しなければ。何より独立派に奪われるという不名誉を回避しなくてはならない。

 カイルは艦尾甲板に掲げられた軍艦旗の元に行く。


「軍艦旗降納!」


 カイルが敬礼しつつ命令すると水兵が旗を徐々に降ろし始めた。残っていた准士官、下士官、水兵も敬礼して軍艦旗が下りるのを見送った。

 そして軍艦旗が下りるとマイルズは折りたたんでカイルに差し出した。


「ありがとうマイルズ。だが、君が持っていてくれ、私はまだ指揮する必要があるので艦に残る。先に陸に向かってくれ」


「分かりました。艦長もご無事で」


「ああ、忘れるところだった。航海日誌も持って行ってくれ」


 カイルはバルカンの航海日誌と海図をマイルズに渡した。


「陸で返して貰うまで頼んだぞ」


「お任せ下さい。必ず渡します」


 マイルズはカイルに敬礼するとボートに乗り込み、陸に向かった。


「艦長、済まないが我々の軍旗も陸に上げて貰えないだろうか?」


 フルンツベルク連隊長がカイルに頼み込む。


「勿論です。連隊旗は大切ですからね。ボートでどうぞ」


 残っていた最後の一隻に連隊旗を乗せて陸へ発進させた。

 残った将兵達も順に海に飛び込んで行き、脱出は順調に進んでいる。

 カイルは艦長室に残された重要書類を破棄、ウィルマに命じて海図を確保させる。

 これで全ての処理が完了した。

 最後に残ったカイルがフルンツベルク連隊長に言う。


「陸で会いましょう」


「それは無理だろうな」


 だが、フルンツベルク連隊長の返答は素っ気なかった。


「どうしてですか?」


 カイルが怪訝に思って尋ねると、フルンツベルク連隊長は挨拶をするようにあっさりと、しかし致命的な事を伝えた。


「私は泳げないんだよ」

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