表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/54

二重遭難

 カイルはロックフォード海佐の命令に従い、連隊の積み荷を捨てずに離礁の準備を始めた。

 錨を艦の後方へ綱を付けて海底に沈め、引っ張れるように準備する。船の浸水が酷い箇所を布などで埋め、入って来た海水をポンプで捨てている。

 本来なら積み荷を捨てればより完璧なのだが、今は不可能だ。


「揺れが酷くなってきましたね」


「満潮に近いからな」


 ベテラン下士官のマイルズも不安を隠せずカイルに話しかけている。

 船が少し浮き上がったが離礁できる程ではない。しかし、若干浮いたため艦が左右に揺れやすくなっている。波に翻弄されて、船体が左右の暗礁にぶつかって軋み、破孔や継ぎ目の隙間を広げ、浸水を増やしている。


「浸水は?」


「三フィートです」


「やはり浸水が増えているか」


 このままだと浸水し過ぎで重くなり離礁できない。


「ポンプの数を増やせ」


「人員が足りません。浸水の修理に人員を割いておりまして」


 座礁して以来、水兵に応急修理を命じているため疲れも出てきている。これ以上、人員を割くのは無理だとマイルズは断言した。


「ランツクネヒトから人を出して貰う。四〇〇人もいるんだ。交代で作業を行えば簡単に終わる。それと外から継ぎ目に馬糞を塗りつけて抑える」


「しかし、岩礁に食い込んでいるのでは。船が揺れて挟まれ圧死する危険があります」


「危険は承知だ。他に方法はない。泳げる者を集めろ」


「アイアイ・サー!」


 マイルズは泳げる水兵数名を呼び出して甲板に集合させた。そこには下着一枚となったカイルが待っていた。


「艦長、その格好は?」


「僕も作業に参加する」


「しかし」


「泳げる者全員で作業すると言った筈だ。一人でも多い方が良い」


 海軍では脱走防止のため、つまり泳いで逃げ出すのを防ぐ為に、泳げない人間を好んで乗組員にしている。そのため泳げる乗員は貴重だ。


「直ぐに作業に掛かれ!」


 そう言うや否やカイルは自ら馬糞を持って海に飛び込んだ。

 そして十数秒海の中にいたかと思うと海面に上がってきた。


「何をしているんだ! 作業に入れ! それと新しい馬糞を用意しろ!」


 艦長が自ら作業に入るのを見て、選抜された乗組員達も次々と海に入っていく。

 作業は夜明けの満潮まで続けられ、離礁準備は出来る範囲で着々と進められた。

 その甲斐あってか、一時は四フィートに達した浸水は徐々に減っていた。

 夜明け頃には満ち潮となり、離礁前の確認作業に入った。


「浸水は?」


「現在二フィートです」


 船倉で補修作業に当たっていたマイルズの報告に、ようやくカイルは笑った。


「緩んだつなぎ目を塞いだのとポンプを稼働させたお陰で浸水は減っているようだな。ステファン。周辺の水深は? 特に艦尾周辺の安全は?」


「〇.二海里以内は確認しましたさあ。暗礁の位置はバッチリでさあ」


 ボートで周辺を測深したステファンが答える。危険な暗礁もあったが、それらは海図に記載済みだ。


「後方の錨は設置したな」


「既にキャプスタンには綱を付けています」


 甲板作業を監督していたウィルマが報告する。


「キャプスタンへの人員の配置は?」


「ランツクネヒトからも人を出して貰って配置済みよ」


 ランツクネヒトと交渉をしていたレナが報告する。


「積み荷の移し替えは?」


「なるべく艦尾に荷物を移したよ」


 積み荷の責任者であるエドモントが答える。岩礁に食い込んでいる艦の前方から後ろに荷物を移す。これで前を軽くし、岩に食い込んだ艦首を浮きやすくして離礁が簡単にできるようにする。

 本来なら積み荷を捨てたいところだが仕方ない。


「よし、出来る事は全てしたな」


 カイルも出来る限りつなぎ目を馬糞で埋めて浸水を抑えた。

 時計を見て時刻を確認する。


「満潮だ」


 カイルはクロノメーターを取り出して時刻を確認する。満潮の間に行わなくては離礁できない。


「作業開始!」


 カイルはチャンスをものにすべく命令した。

 直ぐさま配置に付いていた乗組員達が一斉に作業を開始する。

 キャプスタンが回され、後方の海底に固定された錨を引っ張る。さらに艦尾にロープを繋いだボートがバルカンを引っ張る。

 全ては離礁の為だったが、バルカンが動き出すことはなかった。


「やっぱり重過ぎるか」


 船体が岩に食い込んでいる上に、重くて浮かんでいない。


「どうするのだ、ミスタ・クロフォード」


 離礁できないことに苛立ったロックフォードが責め立て、カイルを苛立たせる。

 そもそもロックフォードが積み荷の投棄を許せば離礁できただろうが今更遅い。今から投棄しても、完了したときには潮が引いてしまう。


「艦長! 南方より接近する艦影があります!」


 見張り台から見張員が報告した。

 カイルが確認すると確かに船がいる。


「船影確認! デルファイです!」


 ゴードン・フォードが指揮する僚艦のデルファイだ。


「味方か。助かったな。離礁できぬ無能より役に立つ」


 ロックフォードが安堵の呟きを余計な一言と共に口から出す。


「我々を救助するように信号を送るんだ」


「アイアイ・サー!」


 カイルは命令された通り、信号員に旗を揚げさせた。この状況ではゴードンに助けを求めるほかない。


「叔父上! このゴードン・フォード。無能なエルフのクロフォードに代わり助けに参りました!」


 と言う声がデルファイから響いているようにカイルは思えた。勿論幻聴だが、ゴードンなら本当に言っているに違いない。


「まずい」


 しかしカイルはある事に気が付いた。


「デルファイに連絡しろ! 直ちに停船しボートを出せと伝えろ」


「救助を断るつもりかミスタ・クロフォード」


 デルファイの接近を止めようとするカイルをロックフォードが非難した。


「違います。このままではデルファイが危険です!」


 その直後、デルファイは急停止し船体が傾いた。


「何が起きたんだ」


「……別の暗礁に座礁したんです」


 唖然とするロックフォードにカイルは答えた。

 この辺りは暗礁が多いため、座礁しやすい。

 それ以前に座礁した船に近づくのは危険だ。救助の為に接近しても他の暗礁に自らが乗り上げてしまう危険が大きい。離れた場所で停船し、ボートを出すのが正しい対応だ。

 座礁すれば二重遭難となってしまうため、救助者は安全を確認してから救助に入る。

 その手順を無視したため、ゴードンは典型的な二重遭難者となった。


「まったく、余計な事をしでかしてくれる」


 これで救助者となる筈だったデルファイも遭難者となり、カイルが対応しなければならなくなった。

 デルファイからボートが出てきたが、全員が乗れるはずがない。


「艦長! ホームズからスクーナーが出てきました!」


「そりゃ出てくるよな」


 独立派がひしめくホームズの目の前で帝国海軍の艦が二隻揃って遭難している。

 独立派なら鹵獲しようと考える。例え、座礁で航行不能でも装備を回収して活用するくらいは考える。

 その時司令官の従兵が駆け上がってきた。


「司令官! 浸水の深さが六フィートになりました」


「何だと!」


 これにはカイルも焦った。先ほどまで二フィートに抑えていたのに浸水が増えてしまうとは。

 ロックフォード司令官など顔面を蒼白にしている。


「状況を確認する。ここを頼むよレナ。おい、何処で測ったか教えてくれ」


 、知らせに来た従兵と共にカイルは船倉に下っていった。


「おかしいな。そんなに浸水していないぞ」


 カイルが船倉内に入っても深さ六フィートの浸水など無かった。

 六フィートなら船倉一杯に海水が満ちているはずだが、床の一部が沈んでいるだけだ。


「何処で測ったんだ」


「はい、天井から水面までの長さを測りました」


 従兵の説明を聞いてカイルは呆然とした。

 単なる計測ミスだ。

 カイルは、浸水の深さを船底のキールから水面までの深さで報告させている。

 しかし、この従兵が乗っていた艦では天井から水面までの長さで測っていたようだ。

 天井という明確な基準があるし、水面まで測るのが簡単で楽なため、多くの艦で行われている。

 だが、カイルは転生前からビルジ――船底のたまり水の深さをキールから水面までの距離で測っていたため、乗員にもこれの方法で報告するように指導していた。

 アルビオン帝国海軍では各艦の運営、管理や報告の基準は各艦の艦長に一任されており、このような間違いを生み出す原因になっていた。


「ウチの艦ではこうやって測るんだ」


 カイルは従兵に言うと、自ら船倉に下りて行き、マストのたもとに予め作って置いた物差しで水深を測る。そして浸水が二.五フィートである事を確認すると甲板に戻った。

 しかし階段を上がる途中から、上の甲板が騒がしいことに気が付いた。


「パニックを起こしかけているのか?」


 浸水が深いことで動揺していると思い、カイルは甲板に出ると大声で叫んだ。


「浸水は誤報だ! ビルジの深さは二.五フィート! 直ぐに沈没する危険は無い!」


 カイルが叫んだが、乗員と兵員の動揺は収まらない。


「どうしたんだ」


「カイル! 大変よ」


 その時レナが駆け込んできた。


「ロックフォード司令官がボートで逃げ出しやがった」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ