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船団輸送

 ロックフォードの命令は直ちに伝えられ、船団は準備が出来た艦から次々と出港していった。


「先に行くぜ! クロフォード!」


 ゴードンの指揮するデルファイがバルカンの横を猛烈なスピードで駆け抜けていくが、カイルは気にしなかった。


「ミスタ・クロフォード、この艦は速力がもっと出せるのではないか?」


 デルファイに抜かれるのを見たロックフォード海佐がカイルに尋ねる。


「通常なら。しかし、現在は輸送任務の為、多数の人員と装備を乗せて満載状態であり、これが精一杯の速力です」


「しかし、見るところ帆の張り方が不十分なようだが」


「あまり帆に風を受けるとマストに過度な負担が掛かります」


「まだ余裕があるように見えるが」


「しかし」


 カイルはロックフォードから目を逸らして艦の後方を見る。だが、直ぐに戻す。


「兎に角だ。もっと速力を出し給え。出来るのだろう」


「……はい」


 船の事では嘘は吐けず、カイルは正直に答えた。


「では速力を出し給え。これは命令だ」


「アイアイ・サー! マイルズ! トリムを調整」


 カイルは水兵達に帆の角度を調整させた。適帆となったバルカンは徐々にスピードを上げて行き、先ほど追い抜いていったデルファイに追いつき、抜き返した。

 ゴードンが何か叫んでいるが、気にしない。


「何か気になることでも?」


 追い抜いた後も、不機嫌なカイルを見てロートシールド大隊長が話しかけてきた。


「いや、特には」


「それにしては後ろを気にしているようだが。追い抜いた艦の事でも気にしているのかい?」


「まさか」


 カイルは真顔で答えた。カイルはゴードンの事など少しも気にしていない。

 ゴードンの操艦が下手な事は良く知っている。威勢ばかりで何も知らない。上手く航行できるのは部下と艦が優秀なだけだ。

 そんな無能なゴードンに振り回される艦と乗組員が気の毒だとカイルは思う。


「出航前のロックフォード司令とのやりとりかな?」


 カイルは一瞬だけ眉を上げ、話すべきか悩んだ。だが、隠し事は出来ないと考えて話した。


「船団を組むときは最も遅い船に速力を合わせます。そうしないと船団がバラバラになっていまいます」


 この船団の場合、最も低速な艦は船団最後尾の一艦であり、最速はカイルのバルカンだ。

 だから最後尾の艦に合わせようとカイルは常に後ろを見て、帆を調整していた。何も考えず、ただ最大速力を出していただけのゴードンのデルファイが抜き去ったのは必然だ。

 もう一隻は船団のセオリーに忠実で速力が出せるにも関わらず、最後尾の艦に速力を合わせていた。

 カイルは出来る限り船団を維持しようと考えていたが、ロックフォード司令の為に台無しだ。


「だが、ロックフォード司令の言うとおり輸送任務だ。各艦が独行していても問題無いのでは? 特に今回は情勢が緊迫しての部隊輸送。迅速に輸送する事が肝心では」


「無事に到着出来るのであれば」


 カイルは感情の無い声で答えた。


「何か問題が出てくると?」


「海では何があるか分かりません」


 現代日本において商船が船団を編成することは殆ど無く、組むとしてもソマリア沖くらいだ。

 転生前に何度か船団を組んで、もどかしい思いをしたし緊張したが、海賊の襲撃を考えれば独行より安心だ。


「船団を組んだ時は組み続けるべきです」


 何か起きたとき、助けてくれる仲間がいるのは心強い。独行は可能な限り避けたかった。




 開闢歴二五九四年四月一五日 ホームズ沖


 五日後、船団は瓦解し、各艦はバラバラに航行していた。中でも最も速力の速いバルカンは単独で先行し、ホームズ沖を通過しつつあった。

 風の向きがこの前と違う上に重い荷物を運んでいるため速力が低下している。お陰で前回より航海日数が長い。しかもホームズ沖への到着が夜となってしまいカイルは焦る。

 この辺りに暗礁が多いことは海図を作った過程でよく知っている。

 日が落ちてからカイルは甲板に上がった。

 艦長室では部屋の主となった司令であるロックフォード海佐が、フルンツベルク連隊長と共に宴会を開いている。

 退屈な艦上生活に少しでも潤いを持たせようというロックフォード海佐の計らいだ。カイルも命令で参加していたが、中座して甲板に上がった。


「艦に異常は?」


「ありません」


 当直に出ていたレナが答える。


「良いの? 下にいなくて」


「危うい状況なのに、下に居られないよ」


 いかにも心配げな様子でカイルは艦尾を確認する。

 月は出ておらず、何も明かりが無い。船団の後続を完全に引き離している。

 左手、風下の西にはホームズの集落から漏れて来る明かりが見える。

 天測で大体の位置を確認するのが精々だ。


「まあ、危険な事は分かるけど」


「どう危険なんです?」


 いつの間に上がってきたのか、ロートシールド大隊長が話しかけてきた。カイルが中座するのを見て、追いかけてきたのだろう。隠し事は出来ないと判断したカイルは、説明することにした。


「レナ、現状を説明出来る?」


「出来るわよ。っと失礼」


 レナはカイルに悪態を吐いてからロートシールド大隊長に説明を始めた。


「今、本艦には風が東から吹いています。これが危険です」


「風の強さに問題は無く、順調に航行できていると思うが」


「確かに風力は良いのですが、方向が問題です。風下の西には陸地があります。風に流されて座礁する危険があります」


 帆船は風の影響を受けやすい。どんなに航路を保持しようとしても、風に押されて風下に流される事が多い。

 もし、風下に陸地や暗礁があろうものなら座礁してしまう。

 通常なら夜の沿岸は陸地からの風が吹くものだが、大陸に低気圧があるのか、海に高気圧があるのか、風向きは沖合から陸地に向かっている。


「通常、船乗りは陸へ向かう風を警戒して沖合に向かおうとします。特に夜間は」


「では、針路を変更するべきでは」


「ええ、そうです」


 ロートシールド大隊長の言葉にレナは同意して不安そうにカイルを見た。

 二人の視線が集まりカイルも顔をしかめる。この状況が非常に危険だと、観測航海の最中、カイルはレナに何度も教えた。今の当直はレナであり、危険をより強く感じているのだろう。

 そして尋ねている。このままで良いのかと。

 艦の航路を決定するのは艦長の役目だ。

 沖合に転舵するべきではないかと、レナは目で訴えている。

 カイルも心得ているが、現状では難しい。一度足下を見てからマストに目を戻し天を仰ぐ。

 そしてカイルは決心して命じる。


「スタボー・イージー。沖合へ。ユックリとな。トリム調整」


「スタボー・イージー・サー」


 カイルは緩く舵を右に切らせて沖合に出ることを命じる。

 同時に帆の向きを調整させる。レナも慣れた手つきで艦を沖合へ向かわせる。


「何をしているんだ」


 だが、作業が終わる前に下からロックフォードが上がってきた。


「勝手に針路を変更しているのかね。ミスタ・クロフォード」


「いえ、風に流されているようですのでコースに戻しただけです」


「舵を切りすぎていないか?」


 変なところで勘が鋭いな、とカイルは思った。

 艦長室の天井には舵柄が取り付けられており、これを見れば舵がどちらに向いているか知ることが出来る。

 ロックフォードは舵の動きから艦が沖合に向けて舵を切ったことを知った。


「直ぐに艦をコースに戻し給え」


「現在、流された分を戻しております」


「ミスタ・クロフォード。船団司令命令だ。直ぐに艦の針路を戻し給え」


「……アイアイ・サー。ポート・イージー」


「ポート・イージー・サー」


 カイルは操舵手に命じてコースに戻した。操舵手は復唱して、舵を左に陸に向かって切る。


「トリムも調整し給え。着くのが遅れるのは問題だ」


「……アイアイ・サー!」


 カイルは半ば自棄になりながら言う。

 直ぐさま帆の向きを変えて、元に戻す。


「よし良いようだな」


 帆の向きが修正されてロックフォードはご満悦だ。だが、カイルの方は座礁しないか気が気ではない。


「ロックフォード海佐。沖合に針路を変更すべきです」


 艦長として、何より船乗りとしてのプライド、職務遂行の心からカイルは進言した。


「司令と呼び給え」


「……ではロックフォード司令。沖合へ針路を変更するべきです」


「遠回りになるではないか。最短距離を進むんだ」


「危険です。沖合を通るべきです」


「海軍本部の命令は絶対だ。迅速に部隊を輸送するように命令が下っている。遅れては命令に反する。」


「途中で座礁しては到着さえ出来ません。無事に到着するためにも沖合へ向かうべきです」


「最短距離を進み給え! 遠回りなど断固許さん」


「……それは命令でしょうか?」


「そうだ」


「では航海日誌に付けさせてもらいます」


「宜しい。私も君の反抗に関して海軍本部に報告させて貰う」


 そう言うと二人は階段を下りてそれぞれの部屋に入り、互いの主張を文書にして残した。

 カイルは航海日誌に書き終えると、一つのアイディアが浮かび再び甲板に上がった。

 そして部下のステファンに命じる。


「ステファン、測深準備」


「この速力だと正確には測れませんぜ」


 水深を測る方法は鉛の錘を繋げたロープを海底へ垂らすだけだ。だが、艦の速力が速いと、ロープが流されて真っ直ぐに下りず斜めになり、正確な深さが分からない。

 バルカンは最大速に近い速力で航行しているので正確に計るのは無理だ。


「分かっている。だが念の為だ」


「……アイアイ・サー!」


 怠けるような行動の多いステファンだが、カイルの言葉を聞いて直ぐに準備に入る。

 そして艦首で測深をすると慌てて大声で報告した。


「四〇でさあっ!」


この報告にカイルは固まった。


「危険じゃない?」


 レナも慌てた声で尋ねてくる。

 測深用のロープは六〇尋。一尋が一.八メートルだから一一〇メートル分ある。

 外洋ならば底に届かない。それが四〇尋で届いたという事は暗礁に近い。

 しかも艦の速力が速いため、ロープは斜めに下りており、実際の水深はもっと浅い。

 カイルは決断した。


「ハード・スタボー!」


 面舵一杯を命じて艦を右に向ける。早く沖合に逃げなければ不味いことになる。

 その時、艦全体に衝撃が走った。

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