ランツクネヒト
開闢歴二五九四年四月一〇日 チャールズタウン
船団旗艦は単に指揮官が乗艦するだけでは無い。船団運営に必要な人材が乗り込んでくる。
司令官の副官や書記は当然として、彼等の召使いや料理人なども一緒だ。
しかも、今回の任務は陸軍部隊であるランツクネヒト連隊の輸送であり、連隊の司令部要員も乗せていく。
更に陸軍の装備である陸上用の大砲や馬、何より人員を乗せるためのスペースが必要だ。
今回は四隻の輸送艦に分散して乗艦することになっているが、カイル率いるバルカンが一番大きいため、配分も大きい。四八〇名の兵員と一〇〇頭の馬、六門の連隊砲をはじめとする装備、各兵員へ三〇〇発分の弾薬、そして彼等の一月分の食料。
これらを積み込むために膨大な空間も確保しなければならず、甲板から艦載砲を船底に仕舞うことになってしまった。
自衛用に六門だけ残しているが、心細い。ニューアルビオン周辺の制海権をアルビオン海軍が確保しているからこそ出来る芸当であり、通常なら決して行わない。
その甲斐あって、大砲や武器弾薬に関しては問題なく積み込むことが出来た。
しかし、馬の積載には苦労させられる。馬は水も食料も人の倍は食べる。しかも馬糞の処理を行わなくてはならない。管理は連隊の人間が主に行うが、バルカンからもサポートととして、艦内の部署と調整する人間が必要だ。
「レナ頼むよ」
「なんで私なのよ」
カイルに担当者と指名されたレナは大いに不満だった。陸軍士官の方が向いているとカイルに茶化されていると思ったからだ。
「実家に連隊があるだろう。そこで馬の扱いは知っているだろう」
「私は歩兵連隊よ」
「士官や輜重用の馬があるだろう。それに君も馬は習っているはず」
「そんなの何年も前の話よ。私よりカイルの方が詳しいでしょう。クロフォードには騎兵連隊があるじゃない」
「何年も前のことだし、小さかったし、船ばかり乗っていたからよく分からないよ」
実のところ、カイルの領地であるクロフォードは馬の名産地だ。開拓用として力強く、寒冷なクロフォードの気候に強い大柄の馬を産出している。
カイル自身も幼い頃から父親に馬術を仕込まれていた。だが馬の世話よりバルカンの指揮に専念したいためカイルは無知を装っていた。
「兎に角、艦長命令だ。積み込まれる馬の世話を頼む」
「この貸しは高く付くわよ」
「命令で貸し借りは無いよ」
こうしてカイルはレナに馬の世話を押し付けた。貸し借りは無いと言ったものの、人間関係を円滑にするには何かしら個人的にレナに補償した方が良いかもしれない、とカイルは思った。
「何とか乗せられた」
積み込むべき物資を全て受け入れ、出港準備を整えたカイルは、甲板で安堵の吐いていた。
甲板はランツクネヒト第二連隊の将兵でごった返している。
「来ました」
マイルズが接近してくるボートを指差してカイルに知らせる。
ランツクネヒト第二連隊の士官達を乗せたボートだ。
「マイルズ、水兵達を整列させるんだ」
「アイアイ・サー!」
直ちに手空きの水兵を整列させる。アルビオン帝国に売られたとはいえ、相手は他国の連隊だ。下手な対応をすると反発される。それに数日のみとはいえ共に船の上で過ごす仲間となる。良好な関係である方が良い。
間もなくボートはバルカンに横付けされ、士官達が上がってくる。
乗り込んでいる海兵隊の鼓手がドラム演奏する中、ランツクネヒト第二連隊の軍旗が上がってきた。
「連隊旗に敬礼!」
カイルは部下に敬礼を命じた。
連隊旗は国王、皇帝から部隊編成を認められた象徴で、連隊そのものであり、軍艦の軍艦旗と同じ扱いだ。
敬礼をしなければ失礼にあたる。それに名ばかりとはいえカイルも連隊長であり、連隊に対する経緯を忘れてはならない。
だから丁重に歓迎する。
軍旗に続いて軍旗護衛小隊と士官達が上がってくる。
その時一人の白髪の老人が複数の将校と共に現れて声を掛けてきた。
「ランツクネヒト第二連隊連隊長のフルンツベルクです。今回はご厄介になります」
「アルビオン海軍バルカン艦長のカイル・クロフォード海尉です。小さな艦で不自由をかけますが精一杯のお持て成しをいたします」
「我が連隊に丁重なお出迎え感謝いたします。数日ですがお世話になります。部下達が迷惑を掛けないよう伝えますので、何か問題がありましたらお知らせ下さい」
「ありがとうございます」
人当たりの良さそうな連隊長でカイルは安心した。数日間とはいえ狭い艦内で寝食を共にする人間とは仲良くしておくにこしたことはない。
「マイルズ、連隊長をお連れしろ」
「はっ」
カイルはマイルズに連隊長の案内を命じて部屋に向かわせる。
代わって若い将校、カイルよりは年上、二〇歳くらいの陸軍将校が話しかけてきた。
「ありがとうございます艦長殿。ウチの連隊長がお世話になります」
「いやいやとんでもないですよロートシールド大隊長」
話しかけてきたのはランツクネヒト第二連隊大隊長のマイヤー・ロートシールドだ。
連隊の主計長のような立場で兵站に責任を持つ将校であり、積み込みの際に何度も打ち合わせをして面識があった。
実務的な人物で、バルカンへの積み込みが迅速に済んだのは彼の能力が優れているからだ。
「貴方のお陰で予定より早く積み込みが完了しました」
「いや、貴方方が受け容れ準備を整えてくれたからですよ」
「しかし、本当に連隊長自ら渡海なさるとは」
連隊長はオーナーのような立場であり、共に従軍する必要は無い。カイルのように連隊を副連隊長に任せ、自らは他の公職に就いたり、領地に引き籠もる連隊長も多い。
「部下へのケジメでしょう。連隊長の家系はランツクネヒトの創設者に繋がります。部下達を置いていけないのでしょう」
「立派な方だ」
カイル自身も連隊を持つ身だが、海軍の任務を優先して殆ど関わりを持っていない。そのためフルンツベルク連隊長が眩しく見える。
終生海軍に奉職する気のカイルは見習う気はないものの、その気概が格好いいと思えてしまう。
「しかし、海を渡って新大陸まで赴かれると大変でしょう」
「仕方ありませんよ。我が国は貧しいので。身売りして稼がなければなりません」
自嘲気味にロートシールド大隊長は答えた。
ゲルマニアは貧しく、外貨獲得のために傭兵業が盛んだ。彼らのように連隊ごと貸し出して外国で戦争をすることも多い。
「それに親戚付き合いもあります。仲が悪くなるとなかなか大変です。こまめに顔を出して関係を維持しておきませんと」
「よくわかります」
ゲルマニアの諸侯はゲルマニア国内だけでなく、外国の君主とも婚姻関係を結んでいる。
諸侯は独立した王国であり、皇帝への忠誠は主従契約の内容を果たせば十分であり、他は好き勝手に出来る。
だから、ゲルマニアの諸侯は諸外国と婚姻を結び、自分の勢力を拡大しようと画策している。
それを諸外国も知っていて、懐柔しようとゲルマニアの諸侯に外交攻勢をかけている。
アルビオンも例に漏れず、ゲルマニア諸侯と婚姻関係を結んでいる。
現皇帝陛下も某ゲルマニア諸侯の甥御だったはずだ。その関係を利用してゲルマニアからランツクネヒトを雇うことが出来た。
ゲルマニアにとっても縁戚関係を活用して、傭兵として自分の連隊を売り込んでいる。彼等にとっても貴重な外貨収入源なので最大限に活用している。
「兵達がご迷惑をお掛けするでしょうが、ご容赦を」
「荒くれ者には慣れていますよ」
カイルは水兵と乗り込んできた兵士達を見た。
青いジャケットと赤のジャケット以外見分けようが無い。
顔立ちこそアルビオン人とゲルマニア人の違いはあるが、雰囲気が似ている。
兵士も水兵も社会の最底辺の階層から採用される事が多いため、彼等の雰囲気は似ている。
募集方法も似たようなもので、酒場で給料が良いと宣伝して招き寄せる、色仕掛けで誘う、酒を飲ませてベロベロに酔わせてサインさせる。
それでも拒絶するなら力に訴えて無理矢理サインさせる。
アルビオン海軍の強制徴募とそれほど変わりは無い。
だから自然と雰囲気が似ている。
「索具やロープを踏まないよう注意して下さい。いきなりロープが動いて宙づりになったあげく、海に落ちた奴がいますから。海に落ちたら救助するのは難しいです」
「なるほど、兵士に注意するよう命じましょう」
和やかに話が進む。少し心配したがランツクネヒトの士官とは上手くやれそうだとカイルは思った。
あとは司令官であるロックフォード海佐を乗せれば出港可能だ。
本来はランツクネヒトを出迎えなければならないのに、大物気取りで遅れてくるのだろう。
「艦長! 司令が乗艦されます!」
マイルズの報告で外を見るとロックフォードがボートでこちらにやって来るのが見えた。
「乗員を甲板に並ばせて、歓迎するんだ」
「はい!」
カイルの命令を受けたマイルズは直ぐさま水兵達を着替えさせ、甲板に整列させた。直後にロックフォードが上がってくる。
「世話になるぞ」
「はい、お部屋は用意してあります」
既にカイルは艦長室の私物を引き払い、エドモントの部屋に移している。
艦長はどのような場合でも自分の部屋を渡さないが、直属の上官だけは例外だ。
この場合、船団司令であるロックフォード海佐に艦長室を明け渡す。通常、追い出された艦長は、他の部屋を作るか副長の部屋に行く。
今回カイルはエドモントの部屋にお邪魔する事にした。エドモントは笑って許してくれたが、何かお礼をしなければならないだろう。
「ああ、航海中、万事頼むぞ。それと航海計画は出来たか」
「はい、こちらに」
カイルはロックフォードから命令されていた航海計画書を渡した。
「何だねこれは?」
しかし、ロックフォードは計画書を見て不機嫌な顔をした。
「やけに遠回りの航路ではないか」
「いえ、最短コースです」
「だが、陸地からだいぶ離れている」
「お言葉ですが、暗礁を避けるために必要な距離です」
一般の地図では海は何もないように見える。だが岬から隆起が続き、暗礁となっている海域もある。
そうした危険箇所を避けて航行する事をカイルは念頭に置いて航海計画を策定した。
だがロックフォードには遠回りなコースをとっているようにしか見えていないようだ。
「命令では速やかに部隊をポーツマスに送るよう命令されている。遠回りしている暇はない」
「しかし、安全を考えればこのコースが妥当です」
「上官の命令が絶対だ。最短コースを取り給え」
「は、はい」
「宜しい。所要時間を短縮するために各艦は最大速でポーツマスに向かうように伝えよ」
「え!」
とんでもない命令にカイルは思わず声を上げた。
「何か不服か?」
「はい、一番速力の遅い艦に合わせなければ、船団が維持できません」
「今回は輸送任務であり、切迫する情勢に対応するためには時間が惜しい。全艦に最大速力を出させよ」
「しかし」
「これは命令だ。ミスタ・クロフォード」
「……はい」
ロックフォード海佐の命令にカイルは渋々従うことにした。




