ロックフォード海佐
開闢歴二五九四年四月八日 チャールズタウン
証拠品となるユニティを連れてチャールズタウンに戻ったカイル。
海上での司法を司る海事裁判所にユニティを引き渡し、一件落着となった。
しかし、この件は独立派を刺激した。武器を奪われたこともさることながら、海事裁判所に引き渡された上、裁判を受けたことに憎悪の念を持った。
海事裁判所は陸の裁判所と違って陪審員がいない。そのため正統な裁判ではなく、帝国の横暴であると独立派は訴えていた。
帝国では陪審は地元の人々から無作為で選ばれる。独立派の地域では自然と独立派の人間が陪審員となるため、独立派の犯罪者が無罪放免となる裁判が多かった。
そのため帝国はニューアルビオンにおいては明確な犯罪者を無罪放免としないよう、陪審に邪魔されない海事裁判所で裁判を行うこととした。
この決定に反発する独立派が再びデモ活動などを起こしており、ニューアルビオン全体に緊張が高まっていた。
特に拿捕が行われたホームズでは激烈な運動が行われており、現地の役人が追い出されてしまった。
「激しいな」
基地の外で繰り広げられるデモ活動を見てカイルは呟いた。
「なんであんなに抗議しているの?」
同じくデモを見ていたレナが尋ねた。
「自分たちの財産が奪われたと考えているんだよ。ユニティに積まれていた武器はニューアルビオンの生活、自衛のために必要な物であり、奪うのは財産権の侵害のみならず、生存権さえ奪われる、と主張している」
「よく知っているわね」
「海兵隊が押収した地下出版物『続・事実』に書いてあったからね」
カイルは拾ったパンフレットを取り出して読み上げた。
皇太子殿下が本国に逃げ帰った事を受けて書かれたようだが、追加でユニティのことも書いてある。
「皇太子が逃げ帰ったのは自らの保身の為でありニューアルビンの土を耕す事は奴隷に押し付け、作物を貿易公社が搾取させれば良いという考えの表れである。またユニティの拿捕は、財産権の侵害であり、いずれ農地や家屋も接収することの序章である。そのために陪審を伴わない海事裁判所で裁判が行われた。ニューアルビオンの奴隷化は進んでおり、この事実から目を逸らすべきではない。帝国に対して抵抗し、自由を得るために独立するべきだ」
「過激ね」
「しかもニューアルビオンの住民の心をしっかり掴んでいる。独立運動は更に大きくなるだろうね」
「それで司令部に呼び出されたの?」
「多分ね。新たな命令が下ると思う」
「デモを大砲で吹き飛ばせと?」
「町ごと破壊するのはどうかと思うよ。まあ似たような事かもしれないけど、違った任務だと思うよ」
そう言ってカイルはレナと分かれて司令部に向かう。司令官室に通され、サクリング提督の元へ行くと命令された。
「アルビオン帝国海軍所属バルカン艦長カイル・クロフォード海尉。ポーツマスへ向かうランツクネヒト第二連隊輸送の船団に加わることを命じる」
「急な話ですね」
呼び出されて直ぐに命令が下るのは余程の緊急事態だ。
「先の襲撃事件で情勢は変わった。各地の警備を強化しなければならない。特に北部で独立派の動きが活発になっている」
先日カイルはチャールズタウンの町を歩いたが、独立派と皇帝派に分かれる町で、独立派の摘発が行われれば皆戦々恐々とするだろう。基地の外で行われているデモはまだ生ぬるい方だ。
デモを開くことさえ許されている。
独立派の多い北部ではデモから暴動に発展することが多いため、デモを開くことさえ許されない。しかも独立派に対して特に激しい取り調べが行われていると聞く。
そのため、北部では独立派の運動がより過激になっていた。
「各地で暴動が起きようとしている。これを防ぐのが治安を預かる者の役目だ。今回の武器密輸船の押収により証拠も揃った。独立派の武装蜂起を阻止するため部隊を移動させる。既に準備は出来ている」
「手際が良いですね」
密輸船ユニティを捕まえてから総督府や海軍上層部においてそのような論調は多くなっていた。
だからといって何百人もの部隊を直ぐに移動できる訳ではない。人員の他に武器や弾薬に食料、その他の装備品を運ぶ必要があり、準備が必要だ。
特に船だと積み込みに時間が掛かるし補給も必要だ。予め企むか、計画していなければ迅速に出来る事ではない。
その用意は数日から数週間かかるが、直ぐにでも出来るという。幾らチャールズタウンが大きな海軍基地であり物資が山積みであっても、これほど素早く行くことは通常ではない。
「何時になくな。しかし、皇太子襲撃事件とそれに伴う武器密輸となれば厳しく対応せざるをえん」
「そうですね」
サクリング提督の声にカイルは答えたが、実際は別のことを考えていた。
本当にあの事件は独立派による襲撃だったのだろうか。
もし襲撃は本国政府が工作員によって仕掛けたでっち上げであったとしたら、それを独立派のせいにしたら。
帝国政府は独立派を大々的に捜索、いや弾圧する大義名分を手に入れる事が出来る。
事実、現状は政府による独立派弾圧に近い。
何より、襲撃事件の時にダヴィントンが言った言葉、大逆犯が気になる。
あの時点でダヴィントンは皇太子殿下が襲撃されたことを知らないはずだ。
それなのに断言するように言っている。
襲撃犯を放ったのがダヴィントンで、犯行後、口封じのために射殺したとしたら、辻褄が合う。
偽の海兵隊員もあの後逃走し、射殺されたと発表されている。
更に密輸船ユニティの捕獲に、その後の部隊輸送。あまりに事が迅速に進みすぎていて怪しいとカイルは思う。
そこで確かめるべくサクリング提督に話しかける。
「反乱に備えた動きが多いそうですね」
「ああ、各地の弾薬を集中管理するように命令が来ている。武器弾薬の輸送で大変だ」
「聞いております」
カイルの部下であり友人のレナは陸軍将官の娘だ。彼女には陸軍に何人か知り合いがいる。その伝手で得た話では、各地の弾薬庫にある武器弾薬を一箇所に纏める作業が行われているとのことだ。
本来は原住民の襲撃に備えて素早く取り出せるよう各地に備蓄されていたが、反乱が起きたとき、反乱側に奪われないよう集中管理する方針に改めた。
アメリカ独立戦争や西南戦争の前でも同じように地方の反乱を恐れて武器の輸送と集中管理を行っていたため、この動きは不思議ではない。
だが、植民地政府の中でも、特に本国に近い人物達が警戒していることがよく判る。反乱が怒ることを念頭に置いているのだろう
「一体誰の書いた筋書きだか」
「陰謀論を考えるのはよいが任務を確実に実施してくれ」
「分かっています。しかし、ランツクネヒトですか?」
ランツクネヒトとはエウロパ大陸にあるゲルマニア帝国の領邦で編成された部隊で、いわば傭兵部隊だ。
連隊は貴族の財産である。そして財産は売買することが可能だ。
アルビオン帝国は海洋国家として繁栄しているが、人口が少ないため陸軍兵力が小さい。そこで、人口が多く貧しいゲルマニア帝国内の小国で編成された連隊を人員込みで購入してアルビオンの戦争に使っていた。
先の対ガリア戦争でも十年戦争でも用いられており、アルビオン陸軍兵力全体の三分の一から半分ほどがランツクネヒト連隊だった。
今は常備軍の時代だが、このような形態は常備傭兵軍と言った方が正確だろう。
もう少し昔、中世の傭兵軍は戦争の時だけ雇っていたのだが、今の時代は膨大な国家予算を使って常に傭兵を雇っておける時代なのだ。
「ニューアルビオンの方々が不審に思うでしょうね」
自国領土の警備のために外国人傭兵部隊を置くのはトラブルの元だ。傭兵達が勝手に略奪に走りかねないからだ。
給料や物資を供給している間は問題無いだろう。しかし補給が途切れた時、略奪に走る恐れがある。ニューアルビオンはアルビオン帝国の一部だから自国民に被害が及ぶ。
何より政府が外国から買ってきた狗に自分たちの生活の場を監視されるの、住民にとっては快くない。
「これは本国からの命令だ。今更拒否も出来ない」
ニューアルビオン住民の感情をサクリング提督も解っており、残念そうに言う。
しかし命令に従う義務が二人にはあって拒否は出来ない。
「今回は本国からの指令という事もあり、司令も指名された。司令官はジョン・ロックフォード海佐だ」
「……海軍本部勤務が長いと聞いておりますが」
カイルが父親であるケネスが海軍軍人だった事もあり、カイルは海軍人事について多少の知識を持っていた。
「今回、ポーツマスの基地司令として着任することになり、船団と共に行くことになっている」
「私もポーツマスに転属ですか?」
「いや、君は今回の航海のみだ。輸送任務が終わったら引き返してこい」
「わかりました」
「出来る限り、素早くポーツマスへ送ってくれ。動きにくいのは承知だが、本国から厳命されているし、北の情勢が不安だ。少しでも兵力を送っておきたい」
ユニティ捕獲によって、北部の独立派の行動が過激になっているという情報が入ってきている。
万が一に備えて上層部が兵力を送っておきたいのも解る。
だが、性急すぎるようにカイルには思えてならない。
何より、船団司令の力量が充分かどうか心配だった。
ロックフォード海佐とはカイルは初対面だったが、最初に会った瞬間、カイルは胡散臭い人物だなと思った。
仕立ての良い制服の胸には上位の勲章が所狭しと並んでいる。
ただ、ロックフォード海佐が戦功を上げたという話は聞いたことが無い。海軍本部内の立ち回りで昇進してきた人物だという噂が事実だとカイルは思った。
実力主義と言われている海軍であっても、実のところは陸軍より比較的マシというだけで、情事人事は横行している。
問題なのは、ロックフォード海佐の指揮官としての能力だ。
「今回、船団に加わらせていただきますバルカン艦長のクロフォード海尉です」
「ジョン・ロックフォードだ。サクリング提督と違って私は厳格だ。規則違反の無いようにな」
「……」
いきなりの言葉にカイルは黙り込んだ。
規則重視の堅物だという事はよく分かった。
カイルのバルカンの他に三隻の船が輸送に加わるが、カイルと同僚となる二人の海尉艦長も無表情か、黙り込んでいる。
「叔父貴、こいつはエルフだけど大丈夫か?」
姿だけでも忌々しいのに、声を聞いただけでカイルは嫌悪感で吐き出しそうになる。
「いい気になっていないだろうな。ミスタ・クロフォード」
入隊して最初の艦でカイル達を虐めていたゴードン・フォードだ。
今では海尉になって艦を指揮しているようだ。
フォードは海軍の名門であり、幾つもの分家がある。カイルのクロフォードもそうだしロックフォードもその一つだ。そしてフォード一門の結束を高めるために婚姻関係を分家の間で結んでいる。
たしかジョン・ロックフォードの妻はゴードン・フォードの父親の妹だったはずだとカイルは思いだした。
エルフである為に貴族との社交も碌に行っていないカイルだが、その程度の事は知っている。
「観測航海を成功させた航海の専門家という話だ」
「本当かよ。艦長を殺してのし上がったとか聞いているぞ」
本人を前に不躾な事をいう二人だと思ったが、現在は上官であるため黙っていることにする。
今回だけの航海であり、以後会うことはあるまい。ここは黙って耐えて後に禍根を残さないようにする。
「ともかく、バルカンを含む船団をもって傭兵共をポーツマスに運ぶのが役目だ。海軍本部からは可及的速やかに部隊を運ぶように指示を受けている」
そう言ってロックフォードは海軍本部からの命令書を出して、ひけらかすように見せる。
権威を見せびらかす、自分の優位を示すのが好きな人物の行動だ。
「私はバルカンに乗ってポーツマスに向かうことにする」
「え」
突然の決定にカイルは驚いた。てっきりロックフォード海佐は、甥のゴードンが率いるデルファイに乗艦すると思っていたからだ。
「何故バルカンなんだ叔父貴」
「バルカンが編成される船団の中で最も大きく足の速い船だからだ」
確かにバルカンは、船団の中では一番早いし大きい。
「戦闘力が最も大きいしな」
指揮官が船団の中で最も戦闘力のある艦に乗り込むのは当然だ。
敵と遭遇して混戦になったとき、司令官は旗艦を使って味方を援護するのが通常だ。また強力な艦を旗艦とすることで司令官が容易く倒れて指揮不能になるのを防ぐ意味もある。
その意味ではバルカンを選択したのは当然だ。
だが、反りの合わない上官が自分の艦にやってくる事にカイルは頭が痛くなった。
転生前、コンテナ船に乗り込んでいた折に海自出身の先輩航海士が言うことには、隊司令や群司令の人柄にもよるが、指揮官が乗り込む船は雰囲気が悪くなる。特に艦長は目に見えて動きが悪くなるそうだ。
自分の上官に四六時中見られる上に、自分の部屋である艦長室を譲らなければならない。
アルビオン海軍もそのように規定されており、カイルは自分の艦長室を明け渡さなければならない。
「以上だ。宜しく頼むぞ」
これほどまでに重大で気の重いことをジョン・ロックフォードは簡単に言い放った。
「ああ、それと君は航海が専門だったな。船団の航海計画策定を頼むぞ」
好きな仕事である、航海計画の策定を命令されたのがカイルにとっての唯一の救いだった。




