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振り切れ

 見張員からの報告によるとホームズから多数の船舶が出てきたという。

 カイルは直ぐさま艦首に向かう。

 そして望遠鏡を取り出して前方を注視すると、ホームズから多数の船舶が迫ってきている


「どうして出てきたの」


 やって来る船舶を見たレナが呟く。


「あれは多分独立派の連中だ。武器が奪われた事に気が付いて、奪い返しに出てきたんだろう」


 武装蜂起も考えている独立派にとって帝国に武器を奪われるのは不味いだろう。

 何としてもユニティをカイル達から奪回して武器を手に入れようと躍起だ。


「応戦して追い払う?」


「ダメだ」


 レナの意見をカイルは却下した。


「どうして?」


「独立派をいたずらに刺激するのは避けたい」


 本国やサクリング提督からの訓令があり、なるべく衝突は避けたい。独立派とはいえニューアルビオンの住人に悪感情を持たれることは避けたい。


「数が多いし、何よりユニティをチャールズタウンへ持ち帰る必要がある」


 バルカンのみであれば、横帆船でも小型のスクーナー相手に勝負できる自信がカイルにはある。

 しかし、今はユニティがいる。

 ユニティを守りつつ、迎撃するには数が多すぎる。数隻がバルカンを牽制している間に、残りがユニティへ斬り込んで奪い返される危険が大きい。


「で、どうするの?」


 レナはカイルに尋ねた。

 そしてカイルは命令した。


「エドモント! ユニティの乗員をそちらに送る。送った後、トプスルに逆帆を受けて後進させ取舵! 舳先が東を向いたらウェアリングで南東へ逃げろ!」


「アイアイ・サー! 艦長はどうするんですか?」


「俺は、海兵隊と回航要員でユニティを操り、離脱を援護する」


「無茶じゃないの」


 捕獲したばかりの船を使って戦闘行動を行うなど無謀でしかなく、レナは呆れる。


「仕方ないよ。ユニティーは武器弾薬を満載しているから足が遅い。しかも縦帆船だからバルカンに追いつけない」


 縦帆船は横帆船に比べて必要な人数が少なく、風上への切り上がり性能が良い。逆に順風の状況だと帆が小さく向きも悪いため、横帆船より速力が劣る。

 このままではユニティがバルカンに追いつけず独立派に再奪取されることは目に見えている。


「ホームズから出てきた船は二本マストのスクーナーで小さいけど、小回りが利きそうだ。しかも今日は風はあるけど波が少ない」


 船は波風の影響を大きく受ける。

 帆に風を受けて進む帆船には風が必要なのは言うまでもない。

 一方、波は大きいと抵抗が増えて船足を遅くする。

 小型船だと波を乗り越えるだけでも困難だ。大型船ならある程度の大波は船首で切り分けて進む事が出来、安定性があるため乗り越えられる。しかし、今日は波が小さく、ユニティより小型の二本スクーナーの方が速力を出すのに適している。


「下手をすればバルカンも追いつかれてしまう。追跡をまくためにユニティを囮にして攪乱して離脱の時間を作った方が良い」


「そんな事が出来るの?」


「出来るかじゃない。やるんだ」


 レナの心配をカイルは斬り捨て、準備を進めた。


「艦長! ユニティ乗員の移乗、完了しました!」


 マイルズが報告する。既に回航要員も選別し、配置に付いていた。


「よし、出るぞ! 渡し板と止め綱を外せ! トリム調整、風を捕らえて前に進め!」


 カイルの命令通り、止め綱が外れるとエドモントはバルカンを後退させて行く。

 遮る物が無くなり、再び風を受けたユニティは帆に風を受け止めて、風上へ前進を始めた。


「針路北西微北! 風上に向かえ! ジャイブ!」


「アイアイ・サー!」


 カイルの指示を受けて、マイルズが乗員に指示を下し、帆の向きを変える。


「艦長! 船が重過ぎてそんなに速力が出ませんが」


「しょうがない。風下へ一ポイント変針」


「アイアイ・サー」


 やはり武器の積み込みすぎで船が重く、思ったよりも速力が出ない。


「バルカンの様子はどうだ?」


「後退を終えて命令通り南東へ離脱中です!」


 見張り台に上がった見張員が報告する。横帆船は風下より少しズレた方角の方が速力を出せる。バルカンの場合風下から三ポイント――三三度ほどズレたところが速度が一番出せる。

 順調に行き足を上げて離脱していることにカイルは満足した。


「ホームズから出てきたスクーナーは? 数と針路は?」


「出てきたのは三隻です。更に一隻出てきました。四隻ともこちらに向かってきます!」


「予想通りだな」


 彼等、独立派は武器の入手、帝国に押収された武器の再奪取が目的のようだ。バルカンを歯牙にも掛けず、カイルの指揮するユニティに向かってくる。


「予定通り、こちらに引き寄せる。タッキング! 針路を南南西へ!」


「アイアイ・サー!」


 出来る限り、独立派の船を風上に集中させて、バルカンが逃げる時間を稼ぐ。

 風下側では有利な位置を取られてしまう。だがそれは距離が詰まっているときの話。

 距離があると、詰めるのに時間が掛かる。何よりバルカンは横帆船の為、順風での最高速度が縦帆船のスクーナーより速い。


「後方のスクーナー四隻。我々を追ってきます」


「まあまあの腕だな」


「なに敵を褒めているの」


「いや、もう少し腕が良いと思ったんだけどそうでもなかった」


 追撃してくるスクーナーを見てカイルは呟く。幾ら性能に優れていても、腕が悪ければ船は能力を発揮できない。


「僕ならもっと素早く走らせる事が出来たのに。トリム調整が上手く出来ていないね」


 帆船は風を受ける帆の向きで速力が大きく違う。風を最大限に捕らえられるように航行することが、船乗りの腕の最大の見せ場だ。その善し悪しで船乗りの腕が判る。


「感心していないで逃げる算段に専念したら?」


「そうだね」


 カイルは東側の海面を見る。


「そろそろいいね。バルカンと合流する。ポート! 針路を南東へ変更」


「アイアイ・サー!」


 左に舵を切らせて、南東へ向かわせる。既にバルカンはスクーナーが追いつけない距離にいる。カイル達の役割は果たされたため、合流するべく針路を変更した。

 しかし、同じ風の中を航行するならば、もちろん性能の良い方が速力が速い。

 この場合小型のスクーナーの方が速力を上げてきていた。


「接近してくるわ。追いつかれるんじゃ?」


 後ろを監視していたレナが叫ぶ。


「大丈夫。直ぐに追いつけなくなるよ。それよりもうすぐ船が大きく揺れるから備えておいて」


 慌てるレナに対してカイルは冷静に答えた。

 そして暫くするとカイルの言葉通り、ユニティの船体が大きく揺れた。


「どうしたの?」


「波の向きが変わったんだ。ここから結構荒れるよ」


「大丈夫なの?」


「大丈夫じゃないね。彼等は」


 カイルは追跡してくるスクーナーを指差した。

 独立派の船は小型のため波の影響が大きい。波に翻弄されて速力を大きく落としていた。

 ユニティは彼等よりも大型で、積み荷が多くて安定いる。そのため波の影響は小さく、速力低下は少ない。


「思った通り、こちらの方が速力は高い。もう追いつけないだろうね」


 カイルは波の変わり目をエルフの能力で見抜き、彼等が不利になる海域を選んで航行させたのだ。


「さあ、エドモント達と合流してチャールズタウンに帰ろう。久方ぶりにユックリ出来るだろう」




 その後、カイルはバルカンと合流し、揃ってチャールズタウンに向かって船を進めた。

 彼等が入港するとサクリング提督が出迎えに来ており、見事ユニティを捕獲したことに対する賞賛の言葉をカイル達に贈った。

 ユニティーはそのまま当局に送られ、乗員も海事裁判所に送られて、厳しい刑罰を科せられる見通しだ。

 更に武器を大量に積み込んでいたことが大々的に報道され、独立派が危険な存在であることが改めて喧伝た。その対策として取り締まりの強化を行う事が同時に発表された。


「あら浮かない顔ね?」


 ユニティの引き渡しが終わった後、カイルは艦長室で難しい顔をしていた。その顔を見てレナが話しかける。


「どうしたの? 任務に成功したのに」


「本当に成功したと思うの?」


「全力を発揮して達成できたんじゃないの? 幸運もあったけど」


「そうだね。幸運もあったけど」


 カイルは釈然としなかった。というより、成功して当然、成功するように仕組まれていた茶番劇だと考えていたからだ。

 何百海里もある広大な海で二隻の船が出会える可能性など無きに等しい。

 予め情報が得られて待ち伏せできたが、そこへユニティが現れたのはあまりに都合が良過ぎる。

 まるで仕組まれたかのようだ。

 いや実際に仕組まれていたのだろう。

 情報部が独立派に送り込んでいたスパイにやらせたのだろうか、本当のところは分からない。だが、ユニティを捕らえたことで武器の密輸が明らかになり、更に独立派への捜査を認める口実が出来てしまった。

 治安維持の名目で、更なる陸軍部隊の増強も計画されているという。


「踊らされていただけなんじゃないか?」


 カイルはそんな思いが強くなった。

 いずれにせよ、新大陸で新たな動きが出てくる予感がカイルにはあった。 

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